関係性の食学 第1回 砂糖

投稿者: | 2005年6月4日

上田昌文+食の総合科学研究会
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 食の総合科学プロジェクトでは現在、重要な食材を個別にとりあげて多角的に分析し、その結果を『つぶつぶ』(いるふぁ発行の季刊雑誌)に「食べ物はどこから来るの?」という連載にまとめている。ここでは、その連載に掲載し切れなった事柄も含めていくらか詳しく報告する。人は何をどう食べるべきなのか 複雑な食の問題を解いていくための”関係性の食学”の構築に向けての第一歩にしたい。

●お砂糖って何?

 身体のエネルギー源として不可欠な糖質。砂糖は正確にはショ糖と呼ばれる糖質のことだ。その最も小さい単位を単糖類と呼ぶ。ブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)とガラクトースの3つがある。これらが2つつながったものが二糖類で、ショ糖(スクロース(またはサッカロース)=ブドウ糖+果糖)、乳糖(ラクトース=ブドウ糖+ガラクトース)、麦芽糖(マルトース=ブドウ糖+ブドウ糖)などがある。3つ以上がつながったものは多糖類。オリゴ糖やデンプンなどがある。

 食べた炭水化物は体内の酵素の働きで単糖類にまで分解されて、小腸から吸収される。そこから血液によって肝臓に運ばれ、ここで果糖やガラクトースはブドウ糖に変えられる。肝臓にグリコーゲンとして貯えられたり、脂肪やたんぱく質の素となるアミノ酸の合成材料になったり、血糖として体のあちこちに運ばれたりする。その後脂肪組織に取り込まれた血糖はそこで脂肪になる。また、筋肉組織に取り込まれた血糖はグリコーゲンとして貯えられ筋肉が活動するときのエネルギー源となる。グリコーゲンは貯えられる量が決まっているので、余分な糖質は脂肪となる。これが”食べ過ぎ”で人が太る仕組みだ。

●砂糖は絶対必要なものだろうか?

 じつはこの点が科学的に完全に明快になっているわけではない。言えることは、糖質は必須だが、現在の日本人の平均的な食事を考えると、いわゆる三大栄養素(炭水化物、脂肪、蛋白質)をむしろ多すぎるほど摂っているので(特に油脂)、最終的には炭水化物を適量とってさえいればブドウ糖が不足することはないので(それが不足すると体脂肪や体蛋白質を分解してエネルギー源に変える回路が作動する)、あえて砂糖で糖分をまかなう必要はない。

 ブドウ糖をエネルギー源として必要とするのは、脳、副腎皮質、赤血球、精巣、骨格筋である。脳は体重の2%を占めるのみだが、エネルギーの約20%を使う。絶対安静を保っていると、ブドウ糖の70~80%は脳で使われ、残りは主に赤血球で使われる。

 脳が使うエネルギー源のブドウ糖は1日当たり約120g。他の臓器なども含めて1日に必要なブドウ糖の量は約150gといわれている。体内でのブドウ糖の生成能力は(貯蔵したグリコーゲンや体蛋白質からの分をすべてあわせて)1日120~130gが限度だという説があるが、これが本当だとして、 150g-120g=30gほどのブドウ糖を補給しなかればいけなくなる計算だ。しかし、だから「毎日砂糖を摂ることが必要だ」ということにはならない。炭水化物を適宜摂取していれば、それを分解する能力が損なわれていない限り、問題がないはずだ。砂糖で問われなければならないのは、むしろ後に指摘する “砂糖でない糖”を知らないうちに意外と多く摂る食環境になってしまっていること、そして次に述べる砂糖自体を短時間に多く摂ることの弊害だ。

●甘いものを一気に多量に摂ると……

 ブドウ糖は短時間に大量に存在すると、身体はそれに反応しようとする。一気に多くのブドウ糖が体内に吸収されて血糖値が急激に上昇し、インスリンなどのホルモンが分泌されて、血糖値を下げようとする。ところがこのコントロールがなかなかうまくいかず、ショ糖は短時間で分解され消費されがちで、今度はブドウ糖の供給がなくなり、低血糖に傾く。こんなことの繰り返しが、インスリン自体の分泌の機能不全(糖尿病の一つのパターン)を招くことになる。

 また、インスリンには肝臓で脂肪が合成されるのを促進する働きが(そして脂肪が脂肪細胞で合成・貯蔵されるのを促進する働きも)あるため、インスリンがたくさん出ると、結果的に身体が太ることにつながる。

 糖質は確かに身体になくてはならないものだが、米のご飯など炭水化物を適当に食べさえすれば、身体に負担をかけないゆっくりとした分解によって問題なく摂取できるし、それが身体にやさしい摂り方だ、と考えるべきだろう。

●砂糖はどこから来るのか

 砂糖の原料は、熱帯や亜熱帯で育つサトウキビ(甘蔗;イネ科)と比較的寒冷な所で育つサトウダイコン(甜菜、ビート;ホウレン草の仲間)だ。日本ではサトウキビは鹿児島や沖縄、サトウダイコンは北海道が主な産地である。2002年では、国内の砂糖の生産量は、サトウキビの糖が15万トン、サトウダイコンの糖が72万トンで、合計で約87万トン(精糖換算)。これは、日本の総消費量(約230万トン)の約3分の1にあたる。

 世界中の砂糖の約70%はサトウキビから作られている。生産量は20世紀を通じて増加し続け、19世紀末に約1000万トンだったのが現在では1 億4000万トンに達している(図1)。生産と消費の伸びはアジア、中南米、アフリカ地域での大規模プランテーションによる輸出増加とそうした地域での人口増加と生活水準の向上による国内消費拡大によるところが大きい。

 近年いわゆる先進国では消費量は停滞ないし微減の傾向を示している。その中でも日本は1973年をピークにしてその後減少の一途を辿っている点で目立つ存在だ。現在では日本人は一人あたり年間約18kgの砂糖を消費し、ピーク時の約6割になっている(図2)。これは先進国の中では最も低い消費量だ(世界全体155ヶ国中で95位)。

 日本は需要の3分の2を海外からの安価な砂糖に依存している。主だった輸入先はオーストラリアとタイであり(合わせて8割近いシェア)、それにキューバ、南アフリカ、フィジーが続く。いわゆる「貧しい南の国」にとって砂糖は重要な換金作物なのだが、こうした国々では国内消費が伸びているとはいえ、生産量の伸びに見合った輸出量の伸びはみられない。そのわけは、先進国が強力な国内生産保護政策をとり、輸入量を制限して価格を引き下げているからだ。ほとんど知られていないことだが、日本の砂糖は世界で最も値段が高い。精製される前の「粗糖」の形で輸入されたものに、なんと輸入価格の1.5倍にも達する関税がかけられてきた時期もあるほどだ。2000年4月に粗糖関税は撤廃されたものの、依然価格調整は続き、ロンドンの取引所の精糖価格で1キロ 30円のものが東京では120円になるといった水準で推移している(2001年11月のデータ)。

 ラテンアメリカ、アフリカ、アジアの、本来なら持続可能な農作にあてられるべき最良の農地がサトウキビプランテーションにあてられている。土地の強制収用や過酷な労働といった人権にかかわる紛争もめずらしくない。1986年砂糖の国際価格の大暴落で、フィリピンのネグロス島では30万人の砂糖労働者が農園を追われて路頭に迷い、多数の飢餓者が出たことは、砂糖をめぐる南北問題の象徴的な出来事といえる。

 歴史的にみると、大量生産のためのプランテーションは奴隷制度が支え、産業革命以降は労働者の過酷な労働の友として砂糖を使用した食事が普及した。砂糖が日常生活へ浸透するのは19世紀以後のことであり、”砂糖が欠かせない食生活・食文化”はかなり新しいのだ。日本でも砂糖と政治は縁が深い。 17世紀の沖縄・奄美での最初の生産(薩摩藩による琉球支配)、将軍徳川吉宗の「砂糖奨励策」による国内製糖業の成長、明治期の不平等条約下での砂糖輸入の拡大(国産糖の壊滅)、そして日清戦争後の植民地・台湾を起点とする製糖工業の躍進。現在の国内製糖産業への保護政策は、敗戦で植民地を失い自給が底をついたことに端を発している。

●砂糖ではない糖たち

 日本では砂糖は約3分の1が家庭で、残りの3分の2は食品加工業で使われる(多い順にパン・菓子類、清涼飲料、乳製品となる)。注意しなければならないのは、デンプンから工業的に作られる「デンプン糖」のシェアが少なくない点だ(これは分類上砂糖とはみなされない)。原料の9割以上は輸入トウモロコシに依存し(コーンスターチ)、それらを「異性化糖」(果糖分55%以上の液糖:コーンシロップはこの一種、清涼飲料やアイスクリームなどに多用)、水飴、ブドウ糖に加工する。デンプン糖全体の2002年の需要量は約188万トンであり(異性化糖が86万トン、水飴が67万トン、ブドウ糖が35万トン)であり、その年の砂糖消費量241万トンに迫る量であることが分かる。「甘味料」と定義される量全体でみると、ここ10年ほどの一人当たりの消費量はそれほど変化していなことがわかる(図3)。

 甘味料には「糖アルコール」類(糖に水素を2つくっつけて作る還元糖)も含まれる。毎年需要は拡大していて2001年は28万トンに達している。砂糖と同程度の甘さでいくらか低カロリーなので、ダイエットを謳った飲料、加工食品、サプリメントに多用される。例えば、糖アルコール生産量の約6割を占めるソルビトールは砂糖の60%程の甘さ、75%程度のカロリーだが、高い保湿作用を持つので「しっとりした食感」を出すための保湿剤としてコンビニのおにぎりなどでもよく使われている。砂糖の何百倍、何千倍の甘さを売りにしている人工甘味料も忘れてはならない。約200倍の甘さを持つアスパルテームはすでに日本では340種類以上の食品・飲料に添加されているが、健康への悪影響を指摘する研究がいくつもある。糖アルコール使用の製品を「シュガーレス」「低カロリー」と呼ぶことはごまかしだし(表2の注)、多量摂取に伴う健康への影響が気がかりだ(ソルビトールを大量に摂取すると下痢を起こすことはよく知られている)。

●砂糖と健康

 砂糖の摂取をめぐる健康問題論争は、表にみるとおり平行線をたどっていることがわかる(表1)。「砂糖だけが問題なのではない、食べ過ぎやバランスを欠いた食がいけないのだ」というのはそのとおりかもしれないが、「身体には糖分が必須だから砂糖は不可欠」という理屈はなり立たないだろうことは先に述べた。日本では砂糖が庶民の食卓に登場したのは百数十年ほど前からだろう。現在では糖類は思いのほかいろいろな食品に加えられているし(表2)、調理のレシピにも砂糖はあたりまえのように顔を出す。レトルト、加工食品、スナック、ファーストフードなどの蔓延で、知らないうちに糖分を過剰に摂取してしまいがちだ。いったんなじんでしまった甘味から抜け出すのは難しいことを思うと、これはとりわけ子どもたちには気がかりな現状と言えるだろう。

(市民科学第2号 2005年6月)

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