【翻訳】BEIR Ⅶ報告書  行政・専門家向けの概要

投稿者: | 2006年7月13日

行政・専門家向けの概要

はじめに

この報告書は、国家研究評議会(NRC)の「電離放射線の生物学的影響に関する委員会(BEIR委員会)」によって準備されたもので、低線量・低LET(線エネルギー付与)電離放射線に対する人間集団の被曝の健康影響を扱うシリーズの第7番目のものである。この報告書は、低線量・低LETの健康影響に関する1990年のBEIR V報告書以降に得られた新情報に焦点をあてている。
電離放射線は、自然源からも人工源からも生じ、きわめて高い線量では、被曝後数日間のうちに明らかな損傷効果を細胞組織にもたらす。この報告書の焦点である低線量被曝では、がんのようないわゆる「晩発性」の影響が、最初の被曝の後、長い年月を経てもたらされる。この報告書で、BEIR委員会は、低線量を、意味のある影響が見られる最も低いほうの線量を重視して、低LET放射線の0に近いところから約100ミリグレイ(mGy)程度のものと定義している。さらに、線量の総量にかかわりなく、0.1mGy/分以下の線量率であっても数ヶ月を超えて生涯にわたる慢性的な被曝の結果として生じるかもしれない影響は、きわめて関連があると考えられる。中位の線量は、100mGy以上から1Gyまでの線量と定義され、高線量は、放射線治療で使われる(20~60Gyのオーダーの)きわめて高い総線量を含め、1Gy以上の線量とされる。
十分に立証された放射線被曝の「晩発性」の影響には、がんの誘発やいくつかの変性疾患(例、白内障)が含まれる。また、生殖細胞のDNAにおける突然変異の誘発は、遺伝すると、子孫の健康に悪影響をもたらす可能性を持ち、動物の研究では実証されてきている。

生物学による証拠

DNA損傷応答、遺伝子/染色体突然変異の出現、がんの多段階の進行との間には深い関係がある。放射線に関連する動物のがんとより限定された人間のデータについての分子的・細胞遺伝学的研究は、多段階のがんの進行過程の誘発と合致している。この過程は、自然発生のがんや他の発がん性物質への暴露と関連するがんに当てはまるものと異なるようには思われない。
動物のデータは、低線量放射線が腫瘍形成の初期段階(イニシエーション〔初発〕)に主に作用するという見解を支持する。その後の段階(プロモーション〔促進〕/プログレッション〔進展〕)での高線量の影響も有力である。データは限られているけれども、欠損していると動物の腫瘍発生をもたらす特定の遺伝子の損害は、放射線照射した動物や細胞で立証されてきている。
適応、低線量高感受性、バイスタンダー効果、ホルミシス、ゲノム不安定性は、メカニズムの情報がほとんどなく、主に現象論的データに基づいている。そのデータには放射線影響がより大きいとするものもあればより小さいとするものもあり、いくつかの場合には特別な実験的環境に限定されているように思われる。

放射線誘発がん──メカニズム、数量的な実験研究、分子遺伝学の役割

放射線腫瘍形成のメカニズムに関する重要な結論は、線量依存的な細胞内のDNA損傷の誘発、DNA損傷の誤修復を通じての遺伝子/染色体突然変異の出現、そしてがんの進行との間には深い関連があるという見解を十分にレビューされたデータが強化する、というものである。得られたデータは、十分に立証されたものではないが、誘発腫瘍に対して単一細胞(モノクローナル)の起源を指す。これらのデータはまた、腫瘍における放射線に関連した突然変異の候補に関するある証拠を提供する。これらの突然変異は、機能喪失DNA欠損を含み、そのいくつかは多重遺伝子欠損と説明されることが明らかになっている。特定の点突然変異と遺伝子増幅はまた、放射線に関連した腫瘍において特徴づけられているが、その起源や状態は不確かである。
検討されたメカニズムについての反論のひとつは、誘発されたゲノム不安定性とまとめて呼ばれる、細胞損傷応答の新たな形態が、放射線がんリスクに有意に寄与するかもしれないということであった。この報告書でレビューされた細胞のデータは、この多面的な現象の出現において不確実性といくらかの矛盾を同定した。しかし、テロメアに関連した メカニズムは、誘発されたゲノム不安定性のインビトロでのいくつかの徴候に対する整合性のある説明を提供した。そのデータは、テロメアに関連した過程がいくつかの腫瘍形成表現型を説明するかもしれないが、放射線腫瘍形成において誘発されたゲノム不安定性の関与に対する一貫性のある証拠を示さなかった。
線量-応答関係に関する動物の数量的データは、低LET放射線の複雑な描像を提供する。いくつかの腫瘍型は直線関係ないし線形-二次関係を示すが、一方、他の腫瘍型についての研究は、とくに胸腺リンパ腫と卵巣がんに対して、低線量しきい値を示唆する。しかし、これらのふたつのがんのタイプの誘発/進行は、細胞死を含む非典型的なメカニズムによって進行すると信じられている。それゆえ、観察されたしきい値のような応答は一般化されるべきではないと判断された。放射線腫瘍形成に対する適応応答は、動物の数量的研究で詳しく調査されてきており、最近の情報は、腫瘍潜伏期間を増加させるが生涯リスクに影響を及ぼさない適応過程を示唆する。
放射線腫瘍形成における遺伝的要因の役割に関する細胞の研究、動物の研究、疫学的/臨床的研究についてのレビューは、がんにつながるとはっきりしていて知られている人間の遺伝異常の多くがおそらく高度の臓器特異性をもち、放射線誘発がんの高いリスクを示していそうであることを示唆する。細胞の研究と動物の研究は、これらの遺伝的に決定された放射線影響の根拠をなす分子機構は、自然発生的腫瘍形成に当てはまり、腫瘍形成の体細胞のメカニズムについての知識と矛盾しないものを大体は反映していることを示唆する。とくに、DNA損傷応答と腫瘍抑制型遺伝子の主な欠損は放射線がんリスクを高める働きをするという証拠が得られた。
がん遺伝学の研究において進められている主なテーマは、人間集団にかなり一般的であるかもしれない、あまり強く表われない変異型がん遺伝子の相互作用と潜在的影響である。そのような遺伝子と遺伝子の相互作用や遺伝子と環境の相互作用についての知識は、初期段階でのものではあるけれども、急速に発展してきている。動物の遺伝的データは、放射線腫瘍形成に関する限られたデータを含めて、機能的多型性をもつ変異型遺伝子がどのようにがんリスクに影響を及ぼすのかに関する原理の証明となる証拠を提供している。
がんリスクに関連する機能的遺伝子多型はかなり一般的であるとすれば、人間集団でみたときのリスクの有意な歪みの可能性は、問題となっている遺伝子の臓器特異性を重視して検討された。予備的結論は、臓器にわたる放射線がんリスクに関連するDNA損傷応答遺伝子の共通する多型は、放射線応答における主な個人間の差異の最大の原因と考えられるものであろうといことである。

人間集団における放射線の遺伝的影響についての評価

放射線による人間のがんの誘発に加えて、動物実験から放射線の遺伝的影響に関する証拠がある。現在はすべての種類の遺伝的疾患に対するリスクを推定することが可能である。特別な注目に値する進展には次の事項がある。(a) 倍加線量を計算するための概念変化の導入(1990年の自然発生および誘発の突然変異率に対するマウスのデータの使用から、現在は自然発生的突然変異率に関する人間のデータと誘発された突然変異率に関するマウスのデータの使用へ。後者は1972年のBEIR報告で使われたやり方である)、(b) 突然変異要素(すなわち、突然変異率の単位相対的増加当たりの疾病頻度の相対的増加)を推定する方法の精緻化と、メンデル性・慢性の多因子疾患の発生率に対する誘発された突然変異の影響力を評価するこれらの方法を通じて得られた推計値の使用、(c) マウスのデータから推定される放射線誘発突然変異の比率と人間の放射線誘発の遺伝性疾患の予測リスクとのギャップを架橋するリスク方程式における「潜在的復元可能性補正要因」と呼ばれるさらなる要因の導入、(d) 多重システムの発達異常は、人間の放射線誘発の遺伝子損傷の主な表現型のうちにありそうであるという概念の導入。
この報告書で提示されたリスクの推定値は、上記の進展すべてを盛り込んでいる。それは、低線量で長期にわたる低LET照射で、人口における遺伝的疾患の基本頻度に比べて、遺伝的リスクはとても小さいということを示している。
この報告書で推定されたすべての種類の遺伝性疾患のリスク総計は、1Gy当たり第一世代子孫100万人当たり約3,000~4,700件である。この数値は、100万人当たり738,000件(そのうち慢性疾患が主な要素で、すなわち100万人当たり65,000件)という基本リスクの約0.4~0.6%である。BEIR Vのリスク推計値(慢性疾患を含まない)は、1Gy当たり第一世代の子孫100万人当たり2400未満~5300件であった。その数値は、100万あたり37,300~47,300という基本リスクの約5~14%であった。

疫学による証拠

原爆生存者の研究

広島・長崎における原爆攻撃の生存者寿命調査(LSS)コホート(集団)は、電離放射線被曝による健康リスク評価、特にリスクの量的評価において主要な情報源として役立っている。この集団の利点は、その規模であり、2000年時点で生存者の半数弱が生存していた。さらに両性と全年齢を含み、個々の被験者に対して評価されている線量は広範囲にわたり、質のよい死亡率およびがん発生率データを含んでいることである。さらに、このコホートが受けた全身被曝は、多くの特定部位のがんリスクを評価する機会、部位に特異的なリスクの比較可能性を評価する機会を提供している。寿命調査(LSS)の下位集団に関する特別研究は、臨床データ、生物学的な測定、潜在的な交絡または修飾に関する情報を提供している。
1950~1997年の期間の死亡率データは詳細に評価されている。広島・長崎の腫瘍登録のがん発生データが1990年代に初めて利用できるようになったことが重要である。これらのデータは非致死的がんを含むだけでなく、死亡証明書に基づく情報よりも高い質の診断情報も提供しており、特に、部位に特異的ながんを評価する際に重要である。現在利用できる固形がんに関するより広範囲な情報により、放射線リスク評価に関連するいくつかの問題をより詳細に評価することが可能になっている。線量-応答の形態を評価する分析および比較的低線量(0.5シーベルト以下)をあびた多くの生存者に焦点を当てる分析は、一般的に固形がんリスクを説明する線形関数の妥当性を確証している。過剰相対リスクモデルおよび過剰絶対リスクモデルは、性別、被曝年齢、到達年齢による修飾の影響を評価することに利用されている。
がん以外の健康のエンドポイントも、寿命調査(LSS)コホートにおける放射線被曝と関連する。特に留意すべき点は、心臓病、発作、消化器官・呼吸器官・造血器官の疾病との統計的に有意な関係性によって、新生物でない疾病による死亡率の線量-応答関係が示されていることである。しかし、本報告書が関心を持つ低線量における非がんリスクは、特に確証されていない。そのため、当委員会は新生物が原因でない疾病の線量-応答をモデル化していないし、これらの疾病のリスク評価を行っていない。

医療放射線の研究

公表された医療被曝の健康影響研究は、量的リスク評価情報を提供する研究がどれか認定するために検討された。特に焦点が当てられたのは、放射線量と関係する白血病、肺がん、胸部がん、甲状腺がん、胃がんのリスク評価であり、他の被曝集団、特に原爆生存者から得られた評価との比較であった。
肺がんについては、急性あるいは分割された高線量率被曝研究におけるグレイ当たりの

過剰相対リスク(ERR) は、統計的に適合しており、グレイ当たり0.1–0.4の範囲である。乳がんについては、ERRと過剰絶対リスク(EAR)2の双方は、研究によってかなり異なるように見える。原爆生存者および選別された医療被曝コホートに関するプール分析によれば、両者はリスクの基底線および線量率の差異はあるにしても急性であったり分割された中線量率から高線量率の被曝であり、乳がんのEARは50歳でグレイ当たり104人年(PY)当たり約10 で同じになる。良性の胸部状態で治療を受けた女性は、より高いリスクがあると思われたが、そのリスクは血管腫のコホートにおける遷延された低線量率被曝と同じようにより低かった。
甲状腺がんについては、リスクに関する量的情報を提供する研究の全てが、良性状態で放射線療法を受けた子供に関する研究である。15歳以下の被曝被験者については、線形の線量-応答が見られ、がん治療のために使用されたより高い線量(10+ Gy)においてリスクは水平状態かあるいは減少した。グレイ当たり7.7のERRおよびグレイ当たり104人年当たり4.4のEARが医療被曝と原爆生存者からのプール分析データから得られた。両方の評価とも被曝時の年齢によって有意な影響があり、被曝時の年齢が高いほどリスクが大幅に減少し、20歳以後の被曝によるリスクはほとんど見られなかった。ERRは被曝後約30年の経過を経て減少しているように見えたが、40年では依然として増加していた。子供時代における医療でのヨウ素-131による被曝と関連する甲状腺がんリスクに関する情報はほとんど得られなかった。それ以後の生涯におけるヨウ素-131による被曝に関する影響研究は、甲状腺がんのリスク増加の証拠をほとんど提供しなかった。
白血病については、0.1 から2Gyまでの範囲の平均線量でのいくつかの研究によるERR評価が比較的近い値にまとまっていて、グレイ当たり1.9から 5で統計的に適合していた。EAR評価もいくつかの研究を通じて共通であり、グレイ当たり104人年当たり1から 2.6の範囲であった。被曝時の年齢あるいは被曝の遷延の影響に関する情報はほとんど得られなかった。
胃がんについては、グレイ当たりのERR評価は、全くなしからグレイ当たり1.3の範囲である。しかし、信頼区間は広く、全て重複しているが、これらの評価は統計的に適合していることを示している。最後に、ホジキン病(HD)あるいは乳がんのための放射線療法を受けている患者に関する研究は、極めて高い線量および線量率被曝で心臓血管罹患率および死亡率に関する何からのリスクがある可能性を示している。これらの結果に対する放射線リスクの大きさおよび線量-応答曲線の形状については不確定である。

職業的放射線の研究

多くの研究が医療、製造業、核産業、研究、航空産業における様々な職業的被曝集団での死亡率およびがん発生率を考察している。
最も有益な研究は、(旧ソ連のマヤックの労働者を含む)核産業労働者に関する研究である。これらの労働者については、個々の労働者のその時その時の線量評価が個人線量計の使用によって長期にわたって収集されている。100万人以上の労働者が1940年代初期の核産業に当初から雇用されている。しかし、個々の労働者のコホート研究は、低線量被曝に対する潜在的に少ないリスクを正確に評価する能力に限界がある。
複数のコホートからのデータの統合分析によって、このような研究の感度を増大させる機会が与えられ、長期の低線量、低LET放射線の影響に関する直接的な評価を提供する。データに対する最も総括的で正確な評価は、イギリスの全英放射線作業者登録(NRRW)から得られた評価であり、三カ国(カナダ・イギリス・アメリカ合衆国)の研究は、白血病と全てのがんのリスク評価を提供している。これらの研究において、白血病のリスク評価は、原爆生存者研究からの線形外挿と線形-二次外挿から得られた評価の中間にある。全てのがんに関する評価は、より小さいが、信頼区間は広く、リスクなしおよび原爆生存者からの線形外挿の二倍までのリスクの両方に一致する。
職業上のリスク評価には不確実性が存在し、線量における誤差がこれらの研究では正式に考慮されてこなかったという事実から、本委員会は以下のように結論を下した。つまり、職業に関する研究によるリスク評価は、低線量遷延被曝の影響評価に直接関連するが、放射線リスク評価に関して単独で基礎を形成するほど十分には正確ではない。

環境的な研究

核施設周辺に住む人間集団およびその他の環境的な被曝集団に関する研究には、放射線線量に関する個々人の評価も含まれていないので、放射線線量との関連におけるリスクの直接的な量的評価を提供していない。このことはこれらのデータの解釈にとって限界となっている。いくつかのコホート研究は、環境放射線に被曝した人間における健康影響を報告している。これらの研究には一致するか、あるいは一般化できる情報は含まれていない。
ヨウ素-131への環境被曝による結果は矛盾している。最も有益な調査結果はチェルノブイリ事故後における個々人の放射線被曝に関する研究によるものである。最近の証拠・調査結果によれば、チェルノブイリによる放射線被曝は甲状腺がんリスクの増加と関連があり、その関係は線量依存である。過剰甲状腺がんリスクの量的評価は、一般的にその他の放射線被曝集団からの評価と一致し、男性と女性の双方で見られる。ヨウ素欠乏はリスクの重要な修飾因子であるように見え、放射線被曝の後に発生する甲状腺がんのリスクを増大させる。

生物学と疫学との結合

本研究の主要な結論は以下の通りである。

〇 放射線腫瘍形成の細胞・分子メカニズムに関する最近の知識は、長期にわたる過剰相対リスクを組み込むモデルの適用を支持する傾向がある。
〇 日本人原爆生存者からアメリカ人集団にがんリスクを移行させるためのモデル選択は、
様々ながんの形態の病因論に関するメカニズムの知識と情報に影響される。
〇 原爆疫学情報と実験データの統合ベイズ分析は、本研究で報告されたがんリスク評価
のための線量・線量率効果係数(DDREF)の評価を提供するまでに発達している。
〇 放射線がんリスクを変更する可能性のある適応応答、ゲノム不安定性、細胞間のバイスタンダー信号伝達に関する知識は、意味のある方法で疫学データのモデル化に統合されるには不十分であると判断された。
〇 集団における遺伝的多様性は、放射線がんリスク評価において潜在的に重要な要因である。モデル研究は以下のことを示唆している。人間をがんに罹りやすくする突然変異の強い発現は極めて稀であるので、集団に基づくリスクの評価をあからさまにゆがめることはないが、いくつかの医療放射線の場面においては重要な問題である。
〇 放射線の遺伝的影響評価は、人間の遺伝的疾患および生殖腺の放射線誘導突然変異 に関する新しい情報を利用している。遺伝リスク評価に対して新しい方法が適用され たことで、本委員会は低線量誘導遺伝リスクは、集団の基底線リスクと比較して、  極めて少ないという結論を下した。
〇 本委員会は以下のように判断する。疫学研究、動物研究、メカニズム研究の結果を考慮すると、放射線量とがんリスクとの間に低線量で単純な比例関係があることを支持する傾向がある。この判断が不確実であることを認識し、留意するべきである。

上記の指摘は以前のリスク評価をさらに精密にするのに貢献しているが、これらの指摘は、電離放射線被曝と人間の健康への影響との間の関係に関する全般的な評価を大幅に変更するものではない。

がんリスク評価

過去のリスク評価において、広島・長崎の原爆生存者の寿命調査(LSS)コホートは、本委員会が勧告したがんリスク評価の進展に重要な役割を果たしている。リスクモデルは1958~98年の時期におけるがん発生データから主に開発され、DS02線量評価に基づいていた。この線量評価は生存者の線量評価を再検討し、それを改善する主要な国際的な努力の結果であった。医療被曝および職業被曝を含む研究データも評価された。乳がんおよび甲状腺がんのリスク評価モデルは、寿命調査および医療被曝者の両方に基づくデータを含むプール分析に基づいていた。
主に寿命調査コホートから開発されたモデルをアメリカ人集団の生涯リスク評価のために利用するためには、不確実性のあるいくつかの仮定をおくことが必要である。不確実性には二つの重要な原因がある。1)低線量と線量率における被曝にはリスクが減少する可能性、つまり線量・線量率効果係数(DDREF)があること。2)日本人原爆生存者に基づくリスク評価をアメリカ人集団のリスク評価のために利用すること。
本委員会は本文において、人間被験者における低線量、低LET放射線被曝について委員会として可能なかぎり最良のリスク評価を開発し、提供している。例えば、表ES-1は、アメリカ人集団全体の年齢分布と同じ年齢分布の10万人の集団が、それぞれ0.1 Gyに被曝した結果生じることが予想される発がん症例推計数および死亡推計数、および被曝しない場合に予想される数を示している。固形がんに関する結果は、線形モデルに基づいており、1.5のDDREFだけ減少させている。白血病に関する結果は、線形-二次モデルに基づいている。
推計数には95%の主観的な信頼区間(つまり、断定的であると同時に無作為的)が付随している。この信頼区間は、最も重要な不確実性の原因、すなわち統計的な変動、低線量および線量率での被曝によるリスク評価を調整するために使われる係数における不確実性、移行の方法における不確実性を反映している。本委員会は報告書の本文において、いくつかの特定のがん部位各々および他の被曝シナリオに対する推計例も提供しているが、それらはここには示されていない。

表ES-1 全ての固形がんおよび白血病に関する発生率および死亡率の生涯寄与リスク(LAR)の本委員会が行った推計数。95%の主観的な信頼区間を伴う。10万人の被爆者当たりの症例数および死亡数。

全ての固形がん 白血病
男性 女性 男性 女性
0.1 Gyの被曝による過剰の症例(非致命的症例を含む)数 800(400,1600) 1300(690, 2500) 100(30, 300) 70(20, 250)
被曝していない場合の症例数 45,500 36,900 830 590
0.1 Gyの被曝による過剰の死亡数 410(200, 830) 610(300, 1200) 70(20, 220) 50(10, 190)
被曝していない場合の死亡数 22,100 17,500 710 530

一般的に全がん死亡率あるいは白血病に関するリスク評価の大きさは、BEIR Vおよび最近のUNSCEAR、ICRPの各報告書などの過去の報告書で報告された評価と大幅には変わっていない。新しいデータと分析はサンプリングの不確実性を減少させているが、低線量・線量率での被曝に対するリスク評価に関する不確実性および日本人原爆生存者からアメリカ人集団へのリスクの移行に関する不確実性は大きいままである。特に、部位特異的ながんのリスク評価における不確実性は大きい。
ひとつの図示として、図ES-1で次のことを示した。線量に対する固形がんの過剰相対リスク(ERR)評価(性別に関しては平均をとり、30 歳で被曝し60歳に到達した被曝した個人を表すように標準化)である。原爆生存者について線量2.0 Sv.以下で11の線量区間をとった。挿入された図は白血病に関して線量に対するERRを表す。この図は寿命調査コホートによる全般的な線量-応答関係および低線量リスク評価におけるその関係の役割を伝える。低線量域における線形モデルと線形-二次モデルとの間の差異が、誤差線と比較して小さいことに留意することは重要である。そのため、これらのモデルの間での差異は、これらのモデルから導きだされたリスク評価における不確実性に比較して小さい。固形がん発症率に関しては、線形-二次モデルで曲線を引いても統計的に有意な改良にはならなかった。そのため線形モデルが利用された。白血病に関しては、線形-二次モデル(図ES-1に挿入)の曲線が線形モデルよりも有意に良くデータに合うので採用された。

Excess Relative Risk of Solid Cancer  Leukemia     Radiation Dose(Sv)
固形がんの過剰相対リスク (for comparison) 放射線量(Sv)
Low Dose Range 白血病  Linear fit 線形直線
低線量域            (比較のため) Linear-quadratic fit 線形-2次曲線

図ESS-1.日本人原爆生存者の固形がん過剰相対リスク。プロットした点は、原爆生存者の固形がん発症率(性別に関しては平均をとり、30 歳で被曝し60歳に到達した被曝した個人を表すように標準化)の過剰相対リスク評価であり、10線量区間の各線量で線量区間の中間点にプロットした。もしR(d)がある線量dでの年齢特異的な瞬間リスクを示すならば、線量dでの過剰相対リスクは[R(d)-R(0)]/R(0)(これは線量がゼロの場合、必然的にゼロである)となる。垂直線は近似値95%の信頼区間である。実線および点線は過剰相対リスクの線形および線形-二次モデル評価であり、0から1.5Svの範囲における線量での全ての被験者から評価された(これらはプロットした点からの評価ではなく、個々の生存者の寿命と線量から評価される。これには第6章で論じられる統計的方法が使われている)。線形モデルは線形-二次モデルで二次係数をゼロに等しいと限定した特別な場合だから、線形-二次モデルは常に線形モデルよりもデータに合致するはずである。しかし、固形がん発症率に関しては、曲線の二次の項による統計的に有意な改良はない。さらに、関心のある低線量域において、線形モデル評価と線形-二次モデル評価との間の差異は、95%信頼区間と比較して小さいことも留意しておくべきである。挿入図は、白血病に関する線形-二次モデルの曲線を示し、このがんで観察されるより大きな曲がり具合を図示している。

結論

本委員会は、人間における電離放射線被曝とがんの発生との間に線形しきい値なし線量-応答関係があるという仮説に現在の科学的証拠が合致しているという結論に達した。

BEIR VIIが勧告する研究の必要性

BEIR VIIが勧告する研究ニーズについてのより詳しいリストは、第13章の末尾にある。

研究ニーズ1. 低線量電離放射線の作用としてのDNA損傷のさまざまな分子マーカーのレベルの決定。
現在知られているDNA損傷の分子マーカーと将来認められる可能性のある他のバイオ・マーカーは、低レベルのDNA損傷を計測するために、またDNA分子の損傷の化学的性質や修復特性を識別するために使われるべきである。

研究ニーズ2. DNA修復能の決定、とくに低線量での二本鎖・多重鎖の切断に関して、また修復能が線量と無関係かどうかについて。
低レベルの損傷での修復能は、とくに低線量での修復の刺激に対する相反する証拠に照らして、調査される必要がある。これらの研究では、これらの経路で再結合したDNA配列の精度が決定される必要があり、放射線障害の誤りがちな修復のメカニズムが解明される必要がある。

研究ニーズ3. 放射線による発がんに対する適応、低線量高感受性、バイスタンダー効果、ホルミシス、ゲノム不安定性の関連性についての評価。
低線量放射線被曝(例えば、100 mGy未満)に対するこれらの過程の関連性を確証するためにメカニズムのデータが必要とされる。関連評価項目には、染色体異常や染色体突然変異ばかりでなくゲノム不安定性やがんの誘発も含めるべきである。きわめて低い線量率または分割照射で数週間ないし数ヶ月間以上の低線量の照射に対するインビトロ(試験管内)のデータとインビボ(生体内)のデータが必要とされる。長期間にわたって複数回、照射された10 mGy未満という低線量の累積的影響はさらに追究される必要がある。人間の非形質転換2倍体細胞を使ったインビトロの形質転換試験(アッセイ)の進展は、とくに重要であると判断される。

研究ニーズ4. 低線量でのホルミシス効果仮説に対する分子機構の同定。
放射線誘発がんに対してホルミシス効果が存在するかどうかをはっきりさせるために、分子機構を同定する決定的な実験が必要とされる。

研究ニーズ5. 発がん機序
放射線による多段階の腫瘍形成における放射線固有の役割に関する現時点での不確実性を減らすために、さらなる細胞遺伝学的・分子遺伝学的研究が必要とされる。

研究ニーズ6. 放射線によるがんのリスクにおける遺伝的要因。
人間とマウスにおける放射線応答およびがんのリスクに影響を及ぼす遺伝子突然変異と機能的多型に関してさらなる研究が必要である。

研究ニーズ7. 放射線の遺伝的影響
次のことを確証するためにさらなる研究が必要である。(a) マウスおよび人間の放射線照射された幹細胞の精原細胞と卵母細胞(リスク評価で重要な生殖細胞段階)での欠損の発生に対するDNA二本鎖切断(DSB)修復プロセスの潜在的な役割、および(b) マウスでの放射線誘発の大きな欠損が複数系の発達の欠陥と関連する程度。人間では、とくに放射線誘発の欠損の傾向があるかもしれない部位を予測するために、ゲノム・データベースと放射線誘発欠損の発生のメカニズムについての知識を使ってその問題を調査することができる。
疫学に関しては、小児がんに対する放射線治療の遺伝的影響に関する研究が、とくに最新の分子技術(配列に基づく比較ゲノム・ハイブリダイゼーションなど)とつなげられる場合、進められるべきである。

研究ニーズ8. 今後の医療放射線研究。
医療放射線についての大部分の研究は、ネスト化された対照研究ばかりでなくコホート研究を含む、先を見越して収集された被曝情報に依るべきである。今後の研究は、線量評価における不確実性の評価だけでなく、関心のある部位への個々の線量評価を行いながら続けるべきである。
高線量および中程度の線量の医療被曝を受けた人間集団の研究は、放射線リスクの修飾因子の研究にとってとくに重要である。これらの集団においては高レベルの放射線を被曝しているので、遺伝子と放射線の相互作用の影響を研究するのに理想的に適してもいる。それは、放射線誘発がんにより敏感な特別の部分集団になるかもしれない。とくに重要な遺伝子には、BRCA1、BRCA2、ATM、CHEK2、NBS1、XRCC1、XRCC3などがある。
放射線防護にとって懸案であるのは、CTスキャン(コンピュータ断層撮影)と診断用X線の利用が増大していることである。次のような被曝した集団に関する疫学的研究は、実行可能ならば、とくに有益であろう。(1) CTスキャンを受けた人、とくに子どもについての追跡調査。(2) 心臓カテーテルに関連した診断上の被曝をうけた乳幼児、臨床状態を追跡するために頻繁な被曝をうけた乳幼児、繰り返しX線を照射され肺の発達を監視された未熟児についての研究。
データ収集と追跡調査に同様の方法を使う世界規模の連合体(コンソーシアム)を組織する必要がある。この連合体は、CT、陽電子放出断層撮影(PET)、単光子放射断層撮影(SPECT)を含むすべてのX線や同位体イメージング方式における記録線量や技術データを記録すべきである。

研究ニーズ9. 今後の職業放射線研究。
職業放射線被曝について、特に原子力発電所の労働者を含む核/原子力産業労働者についての研究は、人間の長期間にわたる低レベル放射線被曝の発がん効果(影響)についての直接的評価によく適している。理想的には、職業放射線の研究は、本質的に先を見越して行われるべきであり、個々のリアルタイムの放射線量の推定値に依るべきである。可能であれば、全国的な労働者の放射線被曝の登録が定められるべきであり、さらなる放射線被曝が累積され、労働者が雇用主(勤め先)を変えれば更新されるべきである。これらの登録は、少なくとも、光子の外部被曝からの全身の年間放射線量の推定値を含めるべきである。これらの被曝登録は、死亡登録や、全国的な腫瘍(他の疾病)登録が存在すればそれらと結びつけられるべきである。また、比較的高線量に被曝した労働者、つまりマヤック核施設の労働者やチェルノブイリの汚染除去に従事した労働者の追跡調査を続けることも重要である。

研究ニーズ10. 今後の環境放射線研究。
一般に、環境源からの低レベル放射線に被曝している人々のさらなる生態学的研究は薦められない。しかし、ある地域で災害があり、その住民が非常に高レベルの放射線に被曝したなら、さらなる被曝の防止のためだけでなく、その被曝の潜在的な影響についての科学的評価の確立のためにも迅速な反応が重要である。集められるデータには、基本的な人口統計的情報、急性被曝や引き続き見込まれる被曝の推定値、電離放射線の性質、これらの人々を何年間にもわたって追跡する手段などが含まれるべきである。比較可能な、被曝しなかった人々の登録の可能性が考慮されるべきである。チェルノブイリ原発事故の結果として、また、マヤックの核施設からの放出の結果として、環境的に被曝した人々の研究は継続すべきである。

研究ニーズ11. 日本の原爆生存者(被爆者)研究。
日本の被爆生存者の寿命調査(LLS)コホートは、BEIR VIIおよび過去のリスク・アセスメントで中心的な役割を果たしてきた。重要なのは、2000年末に生存しているコホートの45%に対して死亡率とがん罹患率の追跡調査が続いていることである。
近い将来、DS02線量測定体系の不確実性の評価が利用可能になると期待される。したがって、この評価を利用する線量-応答分析は、線量測定の不確実性を説明するように行なわれるべきである。
また、部位特異的な推定値についてのより信頼性のある評価を可能にする分析的方法の開発と適用も必要である。特に、特定の部位に関するデータとより広いがんの種類についてのデータとの両方を利用する方法は有益であろう。

研究ニーズ12. 疫学的研究一般
被爆生存者の寿命調査コホートからのデータは、低線量/線量率に被曝した人々、とくにリスクが妥当な精度で推計可能なほど大きな線量を浴びた人々に関するデータで補完されるべきである。核産業労働者の研究や旧ソ連に属していた諸国で被曝した人々に関する注意深い研究は、この点でとくに重要である。

pdfはradi-beir executive new.pdf

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