3Dプリンタ分子模型を体験する!

十一人劇場 第1回
『3Dプリンタ分子模型を体験する!』

本間善夫(ecosci.jp,サイエンスカフェにいがた)

1. 画期的な3Dプリンタ分子模型

 市民科学研究室により事務所スペースを利用した新企画「十一人劇場」[1]が2017年から開催されることになった。同年5月13日に設定された初回は試行ケースとして何人かが話題提供するのではないかと考え,そのうちの一人として少し話をさせてもらおうと連絡したところ,第1回『3Dプリンタ分子模型を体験する!』[2]と題して担当させていただくことになってしまった。
 
 1996年7月31日に個人でWebサイト「生活環境化学の部屋」(現 ecosci.jp)[3]を開設し,21年以上化学教育や環境問題のコンテンツを発信し続け,特に目に見えないために嫌われがちな分子や生体分子(タンパク質,DNA・RNAなど)をブラウザ上で動かして見ることのできるツールJmol(現在は残念ながらInternet Explorerでしか動作しない)を用い,自称“分子の宣伝マン”として話題提供を継続してきている。その過程で多数の分子を紹介する書籍(共著)を上梓したり市販書に分子構造画像の元データを提供するなどインターネットの優位性を多々経験し,日本化学連合から「化学コミュニケーション賞2013」を受賞することにも繋がった。
 
 同賞受賞理由にはWebサイト運営に加え科学イベントへの出展実績も含まれており,言わばバーチャルとリアルの双方の活動を評価していただいたものである。後者は2006年からお台場で開催されているサイエンスアゴラに2017年までの毎回出展(個人から出発し有志出展を経て2011年からは所属学会メンバーとして),2007年8月から新潟市で開催しているサイエンスカフェにいがた[4],2013年から日本コンピュータ化学会秋季年会の際に全国各地で開いている一般公開イベント(2017年10月は熊本市で開催)などが含まれている。なお,サイエンスアゴラでは市民科学研究室代表の上田昌文さんほか多くの科学コミュニケーション活動をされている方々に出会うことができた。
 
 さて,そのようなリアルの場で“分子の宣伝マン”として,パソコン画面上のバーチャル分子提示に加え分子の塗り絵や市販分子模型による組み立て体験などで何とか分子の形(構造)の重要性を知ってもらいたいと腐心していたところ,2012年に北陸先端科学技術大学院大学の川上勝さん(現所属は山形大学工学部)が石膏とシリコーン樹脂による画期的な3Dプリンタ模型(川上モデル[5])を開発されたことを知り,是非その川上モデルで生体分子の説明をしたくなった。本格的な受注を開始していない段階にもかかわらずメールで無理にお願いして,筆者のページで使っている配色での制作を継続して依頼している。最近は生体分子の全体構造でなく,結合している低分子(リガンドという)やダイヤモンド・金・塩化ナトリウムなどの結晶構造も同様に作ってもらい,多くの来場者に触れてもらっている。科学イベントでの体験後,継続的に学んでもらうにはWebページの存在が有用ということも意識している。
 
 生体分子模型のうち,ヒトのヘモグロビンは高校生物と化学でタンパク質の構造説明で取り上げられており,小分子のヘムの中心にある鉄原子に酸素分子が結合して運ばれること(鉄欠乏性貧血の説明),4個のタンパク質が集合した4量体であることも教科書に図示されている。川上モデルでは磁石によって4量体の組み立て・分解ができ(就学前のこども達にもパズル感覚で組み立ててもらえる),外周が柔軟なシリコーン樹脂でできているため石膏性のヘムが着脱できる(医薬とそれが結合するタンパク質の模型も極めて有用である)ということでタンパク質学習だけでなく研究にも適しており,国内外の研究者からも制作依頼が届いている状況である。なお,ヘモグロビン模型のアミノ酸残基の着色は親水性・疎水性をピンク~緑の濃淡で示す筆者ページの表示と同色になっている。生物種によってアミノ酸配列が異なることはWebページの方でデータ参照可能である。パソコンの画面は3D表示であっても2次元画像であるため,3Dプリンタ模型で学んでから利用するとわかりやすいという側面もあると考えている。
 
 模型制作に必要な3D構造データはProtein Data Bank(PDB,2017年8月2日時点で登録データ数は132,428件)[6]から入手でき,分子ツールPyMOL無料版により色指定して発注すればよい。筆者が現在有しているのはヘモグロビンのほかに視覚を担うロドプシン,光合成の光化学系IIに関与する巨大なタンパク質の中にある光化学反応中心のMn4CaO5クラスター(“歪んだ椅子”と呼ばれ世界中で研究されている)を含む1タンパク質,iPS細胞研究と関係するタンパク質を含むDNA複合体(これのみアミノ酸残基は酸性・中性・塩基性で区別)の4種である[7]。DNAについても従前は石膏のみで作っていたものをタンパク質同様にシリコーン樹脂で覆うように依頼し,二重らせん構造をほどくことができるために生命の設計図の仕組みに肉薄できる画期的なものとなり,手にした多くの方々から感嘆されている。
 
 タンパク質以外では上記の結晶構造では例えば金では塩化ナトリウムと異なって隣接原子同士で結合があり自由電子や延性・展性の説明に利用できる。これもシリコーン樹脂で覆われているため内部の構造が見える上に壊れにくいという利点のためである。