子どもと携帯電話 ~使う前に知っておきたいこと~【後編】

投稿者: | 2010年1月10日

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子どもと携帯電話
~使う前に知っておきたいこと~

【後編】
【日本消費者連盟発行『消費者リポート』2009年4月~9月の連載12回分に一部加筆】

第7回 動物実験が示唆するマイクロ波の非熱作用

たとえばあなたは、「携帯電話の電磁波をいくつもの鶏の卵にあて続けたら、ヒヨコが生まれない(孵化しない)卵が半分ほどにもなりました」と聞いたら、どう感じるでしょうか。この実験事実をもって、「電磁波で死産が増える」と断定できるでしょうか。私はこれまでに、ヒヨコの孵化しない率が高まることを示した論文を少なくとも4つ確認していますが、比較的わかりやすい結果にもかかわらず、そう断定することはできないと考えています。なぜなら因果関係を厳密に証明するには、

(1)ニワトリでの実験に再現性はあるか(他の研究者がやっても同じ結果になるか)
(2)統計的に有意か(「たまたまこの結果になったのではない」と言えるくらい確実か)
(3)暴露と孵化しないことの間に納得のいく関係が見出せるか(暴露の量や条件が把握され、胚の発生や成長の状況と対応付けられているか)
(4)「なぜ孵化しないのか」について、これまでに確立された科学的事実と矛盾しないような、なんらかのメカニズムを想定できるか
(5)「ニワトリでだけ起こるとは限らず、ヒトでも起こり得る」と納得させる合理的な理由はあるか

といったことのすべてに「Yes」でなければならないからです。

仮に(1)と(2)を満たしても、動物実験の原理的な限界である(5)は常につきまといますし、電磁波の暴露を正確に計量することはかなり難しいので、(3)もやっかいです。(4)でも、たとえば死産や不妊は原因がいろいろとあり得て、そのメカニズムも決して単純ではないでしょう。

では逆に、「電磁波は死産には影響しない」と断定するのはどうでしょうか。こちらの方でも、一つでも「影響する」ことを示す確かな事例があれば、たちどころに覆るわけですから、相当に慎重な点検が必要になります。「影響ない」という言い方は常に「○○という条件のもとでは」という但し書きをつけざるを得ないのです。

有害な熱作用を引き起こさないような(私たちが普段暴露しているような)レベルの強さでありながら、このヒヨコの未孵化の例に限らず、携帯電話電磁波が、遺伝子を含む生体の分子や細胞の働きを乱し、免疫や神経系や生殖に何らかの異変をもたらしているだろうと解釈できる実験結果は多数報告されています。それらを総称してマイクロ波の「非熱作用」と言いますが、もちろん、(1)~(5)の厳密な因果関係の証明に固執するなら、現状では「非熱作用があるとは言えない」ことになります。本来は「言えない」だけで、決して「ない」ことの証明にはなっていないのですが、そこを実際上「ない」との立場をとるのが、電磁波の規制の国際的なガイドラインを作っている国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)や「電波防護指針」を作っている日本の総務省です。

しかしこの立場は科学的には堅牢であるかもしれませんが、社会的には危うい立場です。歴史的にみても、たとえば水俣病はその典型ですが、因果関係の証明が十分でないとの理由で規制や対策が先送りされ、結果的に被害が拡大した例は、たくさんあるからです。■

第8回 動物実験の限界と疫学

化学物質や電磁波などがどれくらい健康に影響するのかを明確にするには、系統だった科学的研究が必要です。それには大きく言って、前回述べた、動物実験(分子や細胞レベルのものも含めて)と疫学の2つがあります。動物実験は、マウスならマウスを使って原理的には大量に何度も繰り返し実験ができますから、特定の条件のもとで何がどう生じるかを細かく正確に追っていくことができ、病気のメカニズムの解明に向かっていける手段だと言えますが、「ある動物で成り立っても、同じことがヒトで成り立つとは限らない」という限界を常に背負うことになります。

一方、疫学はヒトの集団を対象にして、たとえば「食中毒が発生したら、発症した人びと(と発症しなかった人びと)の食事など関係がありそうな行動や周りの状況を振り返りながら、その原因を特定していく」、あるいはまた「タバコがどの程度肺がんの原因になるのかを、肺がん患者と非肺がん患者の喫煙状況を比較して推定していく」といった、統計的なアプローチです。病気の発症のメカニズムはわからなくても、病気の”犯人”を特定し、主犯と共犯の違いさえも時には明確にさせることができます。

携帯電話電磁波で言うと、非熱作用として重大な意味を持つかもしれない動物実験の結果はいくつも報告されています。しかし、ヒトへの影響をどこまで確定し得るのかとなると、科学者の間で意見が分かれるものがほとんどなのです。たとえば、次の例はその一つです。

脳は神経細胞のかたまりですが、当然その神経の周りには毛細血管が張り巡らされています。神経細胞に必要な栄養と酸素だけが取り込まれ、それ以外の不要・有害なものを寄せ付けないようブロックする特別な機構がこの毛細血管にはあって、それを「脳血液関門」と言います(中枢神経という司令塔を守る、他の部位にはない、脳だけの特別な仕組みです)。携帯電話電磁波を2時間ラットに照射すると、ブロックされるはずの大きな蛋白質の分子である血中のアルブミンが脳組織に漏れ出てくる、という報告がなされました(スウェーデンのサルフォード博士、1992年)。もしこれがヒトでも成り立つとすると、きわめて深刻な事態で、脳神経の損傷や機能不全に起因する様々な病気が起きる恐れがあります(不眠や記憶障害や鬱病などの精神的な不調なども関係するかもしれません)。しかし、この実験は再現が難しいらしく、似たような条件で行った別の実験では「アルブミンの漏出はみられなかった」との報告も何件かあります。重大な結果だけにいまだに論争が続いているわけです。

個別の動物実験だけでの断定は難しい、しかし様々な条件での影響のあるなしの結果を積み重ねていき、それを整理してヒトにとって何が重大な意味を持ちそうかを照らし出していくことはできると思います。その際に不可欠なのが、「子どもは小さな大人ではない」という認識に立ってリスクのとらえ方の枠組みを広げることと、疫学の結果を尊重することなのです。■

第9回 インターフォン研究の意味するもの (1)

携帯電話電磁波と脳腫瘍の関連を調べた最も規模の大きい研究が「インターフォン研究」です(2003年~2007年、現在最終結論をとりまとめ中)。この研究では、まず「通常の使用」を「1週間で少なくとも1回通話する頻度で、半年かそれ以上の期間使用していること」と定義しています。その上で、がんに罹った人の集団(患者、症例群)とそうでない人の集団(非患者、対照群)の一人一人について、それぞれから面接などで「通常使用をしていたか否か」をチェックし、表にあるような比較を行って、結論を導きます(こうした手法を症例対照研究と言います)。WHO(世界保健機関)に属するIARC(国際がん研究機関)によって指揮された共同研究で、欧州をを中心に13か国が参加しました。頭部のがん(聴神経腫、神経膠腫、髄膜腫)ならびに耳下腺のがんを、症例群の総数は約6500人(対照群もほぼ同数)で調べています。

発表された10数本の論文のほぼすべてが、「通常の使用では脳腫瘍を引き起こすことはない」と結論づけているのですが、これをもって「携帯電磁波は安全である」とみなすわけにはいかないとの指摘が、インターフォン研究に関わった研究者の間からも、それ以外の著名な研究者たちからも相次いでいるのです。

まず、「通常の使用」の決め方が問題です。これでは例えば毎日必ず30分から1時間は通話するヘビーユーザーと、1週間にせいぜい数回それも1回に1分程度の通話ですませる人との区別がつきません。この2者の累積の被曝量は、10年もすれば大きな差になります。インターフォン研究では、ヘビーユーザーに生じるかもしれないリスクが埋もれてしまっているおそれがあります。

もう一つは、相対リスク(表のa/c÷b/dの値)でみると、統計的に有意な(「たまたま」とは極めて考えにくい)リスクの増加がみられた調査事例が3件含まれていて、そのすべてが「10年以上の使用で携帯電話をあてる側での脳腫瘍の発生リスクが高まる」ことを示している点です。脳腫瘍では10年から20年もの潜伏期間があり得ますから、トータルでみて症例群で0.61%、対照群で10%しか「10年以上の通常使用者」が含まれていないインターフォン研究では、長期的影響を知ることが難しいのです。

◆症例対照研究の基本原理◆

患者(症例群)  非患者(対照群)
通常使用(曝露群)           a           b
通常未満の使用(非曝露群)    c          d
通常使用の割合              a/c b/d

a/c が b/d に比べて
大きい(a/c > b/d)→患者の方に「通常使用」の割合が高い→その病気は「通常使用」のせいだ
小さい(a/c < b/d)→非患者の方に「通常使用」の割合が高い→その病気は「通常使用」のせいではない

第10回 子どもは小さい大人ではない

皆さんの周りで、喘息やアトピー性皮膚炎などのアレルギーや喘息で苦しむ子どもがずいぶんと増えたな、と感じている人は多いのではないかと思います。この実感は、いくつもの統計で裏付けることができます。例えば、東京都福祉保健局が行っている都内の3歳児調査では、「何からのアレルギー疾患の症状があった者」が51.5%にも及ぶという恐るべき数字が出ています(2004年)。喘息だけをみても、小学生3.91%、中学生3.08%となり、7年連続で増加していることがわかっています(文部科学省の学校保健統計調査2007年度)。また最近では、化学物質過敏症や注意欠陥多動性障害、自閉症の増加も目立ってきました。ちょっと古いデータですが、欧州の調査では、0才から19才のがんの統計データを分析すると、子どものがんの発症率が1970年代から年間1%程度ずつ増えています(『ランセット』364号2004年)。

これらの疾患は遺伝的な素因が若干関係するものもありますが、ほとんどが何らかの(多くは複合的な)環境中の有害因子によって引き起こされているのではないか、とみなされています。大人に比べて子どもでの疾患の増加が著しい場合は、その理由の一つとして「胎児や子どもには、大人にはない特別の感受性や脆弱性があるからではないか」と疑ってかからねばなりません。というのも、環境中に存在する化学物質の中には、大人ではとうてい影響が出ないだろうと考えられる低濃度であっても、子どもの発達に様々な悪影響を与えるらしいものが、いくつもあることが、最近の研究で次々と明らかになってきているからです(PCB・ダイオキシン類、メチル水銀、フタル酸エステル、ビスフェノールA、パーフルオロ化合物、有機溶剤類など)。小児の行動発達・認知機能の異変や先天異常などがいかに環境因子と関係しているか、胎児期での曝露が次世代や場合によってはさらにその次の世代にまでどう影響するか、を精密に探っていく研究は、今まさに本格化しつつあります(日本でも、6万人の母親を対象に、お腹の中の赤ちゃんが12歳になるまでを追う、環境省による大規模疫学調査「子どもの健康と環境に関する全国調査」が2010年からスタートします)。

こうした背景があるからこそ、「熱作用はもたらさない微弱な電磁波は、大人では心配がない場合でも、子どもには何らか影響をもたらすのではないか」という姿勢で臨むことが大切になってくるのです。子どもの脳は大人に比べて高周波のエネルギーを2倍ほど吸収する(フランステレコム)、その吸収領域も脳のより深部に達し、大人の2倍かそれ以上(ドイツ放射線防護連邦局)といった事実もわかっているのですから、発達途上にある子どもの脳が受けるダメージという問題には、この上ないほどの慎重な対処が求められるはずです。■

第11回 インターフォン研究の意味するもの(2)警告の声が各国から続々と

インターフォン研究が最終結論を出せないでいる1年半ほどの間に、携帯電話電磁波に対する風向きが変わったのは興味深いことです。世界各国で、著名な科学者たちによる警告や政府による厳しい勧告や規制が出されるようになりました。

それは、インターフォン研究(の一部)を含むいくつかの疫学研究の蓄積で、長期使用の影響をみることができるようになってきたからでしょう。たとえば、カラナ博士(キャンベラ病院)たちは、これまでの「10年以上の使用者」を調査対象に含む11件の疫学研究のメタ分析(注)を行い、「10年もしくはそれ以上の携帯電話の恒常的な使用によって、端末をあてがちな側には神経膠腫と聴覚神経鞘腫脳腫瘍の発生するリスクが約2倍に高まる」との結論を引き出しています。

注*過去の複数の研究を収集し、いろいろな角度からそれらを統合したり比較したりする分析研究法

米国では議会の公聴会で史上初めて携帯電話と脳腫瘍の問題が取り上げられました(08年9月22、23日)。ここで最も注目されたのが、ハーデル博士(スウェーデンのオレブロ大学病院)らによる「20歳以前に携帯電話の使用を開始した人では中枢神経を支えるグリア細胞のガンである神経膠腫(グリオーマ)に5倍かかりやすい」との結果です。若いときに携帯電話を使い始めた人を対象にした研究としては、これは世界初のものです。公聴会ではハーバーマン博士(ピッツバーグ大学ガン研究所)が証言の中で「ここ10 年間で20~29 歳の大人の間で脳腫瘍の発症が増加している」というデータも示しました。若者の携帯電話の使用との関連を疑わせる気がかりなデータと言えるでしょう。

ヨーロッパではすでに英国政府、フランス保健省、オーストリアの医師会などが勧告を出していましたが、2008 年9 月4 日に採択された欧州議会の議決「欧州の健康と環境 アクションプラン2004-2010 中期評価」でも、新しい先端的な技術のもたらす影響にどう向き合うかを総括的に論じる中で、電磁波曝露の問題が取り上げられていて、ヨーロッパ全土の大臣に対して、「とりわけ子どもたちが脆弱である点も考慮して、携帯電話やコードレス・フォン、Wi-fi(無線LAN)、その他の機器からの電波への暴露をもっと厳しく制限することを強く推進する」といった内容が盛り込まれていています。

中でもとりわけ厳しい規制を導入したのがフランスです(09年5月27日)で、「14歳以下の子どもに対する、いかなる携帯電話の広告も禁止」「小学校で携帯電話を禁止」「事業者にメールしかできない端末を取り扱うことを義務化」「端末機をイヤホーン付きで販売する義務をメーカーに負わせる」といった予防措置が含まれています。■

第12回 今すぐ必要な対策とは

こうした警告の声を受け止めて、私はまず端的に次のように言いたいと思います。「あなたが今携帯電話を使っていて、電磁波曝露を減らす対策を何も講じていないのなら、通話で使うのは今すぐやめた方がいい。ましてや、子どもに携帯電話を持たせるのは、メールしかできないようにした特別な機種でもない限り、絶対にやめた方がいい。」

より詳しくは、次の3点を提言しておきたいと思います。

第一に、将来、特に現在幼少期や学童期にあって携帯電話での通話が日常化している子どもたちは、まさに働き盛りに達した頃に深刻な脳腫瘍になる恐れが否定できない以上、携帯電磁波の暴露を少しでも減らすための指導や対策がただちにとられないといけません(それには例えば、「携帯電話は相手につながるまで耳にあてるな」「電波が弱い時や高速で移動する時はなるべく使うな」といった電磁波曝露を減らす方法を盛り込んだピッツバーグ大学ガン研究所の「10の予防的手段」(注1)が参考になります)。「携帯電電磁波は決して無害なものではない」という認識を社会に広めると同時に、ユーザーが自分の(累積の)暴露量を常に確認できるように告知していくシステムが必要だと思われます。

注1*市民科学研究室のホームページ(『市民科学』第22号2009年2月)や『消費者リポート』第1432号(2009年3月7日)に掲載しています。

第二に、10年という長期に及ぶユーザーが日本では今まさに現れ始めたところであるので、そうした人を対象に組み込んだ詳細な調査を行うべきでしょう。その際に、個々人の暴露データを可能な限り正確な把握のために、従来の書面・面接・電話による回答という方法にとどまることなく、携帯事業者の協力を得て、通話時間・通話頻度のデータを活用すべきでしょう。

第三に、日本において電磁波の研究者、公衆衛生に関わる研究者や行政官、脳腫瘍の専門家らが、前回に紹介したような海外の科学者らの警告の声を無視しないことです。総務省の「生体電磁環境研究推進委員会」(注2)は、一連の研究(1997~2007)において「影響なし」との結論を引き出していますが、これがいったいどこまで妥当であるのか、警告を発する科学者らを招き、この委員会のメンバーもしくはその関係者も交えて、公開の場での議論がなされるべきだと思われます。

注2*この委員会のメンバー構成をみるなら、電波電気事業の推進組織の関係者(電気通信事業者協会、テレコムエンジニアリングセンター、モトローラなど)が約3分の1も含まれていて、その中立性について疑念を持たざるを得ません。

携帯電話は子どもの環境と健康に関わる重大な危機をつきつけています。今すぐには国レベルでの規制が期待できないとするなら、学校や職場や自治体や子どもに関わる活動グループで、子どもたちを守るための取り組みを広げていくしかありません。誰もが手にしている技術だからこそ、誰もが声をあげていくことができるはずです。この12回の連載がその一助になれば幸いです。■

上田昌文
(NPO法人市民科学研究室・代表)

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