連載「科学技術コミュニケーションを問う」第4回 技術の評価の主役は消費者

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五島 綾子(サイエンス・ライター)

2009年4月27日は,世界中がメキシコから始まった新型インフルエンザに関するWHO(世界保健機関,World Health Organization)の判断を,固唾を呑んで待っていた.こどもたちや私たちの命を守ることができるだろうか.こんなに切実にテレビの報道に聞き入ることは久しぶりのことだ.それだけでなく,新型インフルエンザを防止するために,わが身の危険を省みず働く日本だけでなく世界の医療関係者に頭が下がる思いもした.
WHOは,人間の健康を基本的人権の一つととらえその達成を目的として1948年に設立された国連機関である. WHOの設立時の健康の定義は,「身体的,精神的,社会的に完全に良好な状態を意味し,単に病気または虚弱でないことではない」としている.この定義では,ヒトを取り巻く良好な社会的な状態も健康の必須条件であり,メタボ対策に励んでも,ほんとうの意味の健康につながるとは限らないことを意味している.今回の新型インフルエンザの広がりは,私たちの健康を維持する社会的環境が私たちの暮らす地域から世界にまで広がってしまったのだと確かに伝えた.
第4回はアフリカや東南アジアにおけるWHOのDDTによるマラリア対策から "技術と私たち消費者"の関係について考えてみたい.

1.DDTの復活
1.1 DDT散布はマラリアに効果的である
DDTは,第2次世界大戦後,WHOを軸としたアフリカ諸国,インドなどにおけるマラリア対策に威力を発揮した.WHOの報告によれば,DDTの散布によって1972年までにマラリアは7億3千万人の人口をもつ37カ国で根絶され,6億2千万人の人口の80カ国でほぼ制圧されたという1).

表1 スリランカにおけるマラリア罹病数1)
   年   罹病数(人)
  1946a) 2,800,000
1961 110
1963 17
1964b) 150
1966 499
1967 3466

1968-69 2,500,000

表1に示すスリランカのマラリア罹病数とDDT散布の関係はDDTによるマラリア制圧の威力を教えてくれる.マラリア罹病数は1946年のDDT散布開始から1963年まで激減したからである.ところが,1964年にDDT散布を中止すると再び急激に増加した.1968年から1969年には罹病数が250万人にのぼり,マラリアが猛威を再びふるうようになった.
マラリアはしぶとい病気で,10回以上繰り返す人もおり,脳症にかかる可能性も高い.ハマダラカの蚊の一刺しによりヒトの体内に入り込んだマラリア原虫が直接の発症の原因であるが,その正体は手ごわい.マラリア原虫は蚊およびヒトの体内の中で複雑に変化するライフサイクルをもって猛烈な勢いで増殖するからだ.そのためにワクチンの開発は難航している.
2007年の段階で,世界で毎年5億人以上の人々が急性マラリアにかかり,その結果,100万人以上が死亡しているという深刻な事態が起きている.これらの死亡の86%がサブサハラ・アフリカであり,特に世界中で推定3000人以上のこどもと幼児が毎日死亡しているという.その上,マラリア発症の60%が世界人口の最も貧しい20%の人々の中で起きている2).
図1は南アフリカ共和国の最も危険なマラリア流行地域であるリンポポ,ムプランガ,クワズール・ナタール三州での1986年から2006年のマラリア罹病数の変遷を示している(図1は文献2のデータに基づいて筆者が作成した).この罹病数の増加の主な要因として多雨多湿の気候に加え,モザンビークの戦火を逃れてきた難民がマラリアを持ち込んだといわれる政治的な混乱が挙げられる.またHIV/エイズが急速に蔓延し,マラリアへの抵抗力が低下したことも影響した.さらにもう一つの重要な要因は,図1に示すように南ア共和国が1996年にDDTを使用禁止し,ピレスロイド系殺虫剤の使用を指示したことにある.蚊が薬剤耐性を示し,マラリア罹病数が急増したのだ.ところが2000年にDDTの使用が許可されると,マラリア罹病数は急減した(図1).

図1南アフリカ共和国の最もマラリア危険地域三州のマラリア罹病数の推移
1.2 DDTに対するWHOの対応
DDTが世界的に禁止された実際の理由は,綿花などの栽培農家による使いすぎであった.安価なDDTが必要量の何倍も散布されたことで,土壌への蓄積や川や海の汚染が引き起こされたからだ.1970年代以降は世界各地でDDT使用が禁止された.そのためにDDTを手に入れたくても各地で不可能な事態に陥っていた.しかし2001年のDDTの世界的な禁止に対してサブサハラ・アフリカの各国が蚊の抑制にDDTが安くて効果的な手段であると訴えたのだ3).地域の人たちの知恵,現場知が功を奏したのかもしれない.
それに対し,WHOは慎重な調査により2006年9月15日の報告書の中でマラリアと闘うためにその戦略を示した4).まずDDTの屋内使用を認める方針を示し,殺虫剤で処理された蚊帳(かや)の広範囲な使用を推奨した.この戦略の背景には国際がん研究機構のDDTの発がん性に関する見解も後押していた.DDTが「ヒトに対して発ガン性を示すあるいはおそらく示す」という立場から,「ヒトに対して発ガン性があるかもしれない」とする一ランク下げた判断に転じていたからである5).この発がん性の判断の変化は分析法の向上などによるものである.
WHOはマラリアの治療についても重要な方策を示した.マラリア原虫の薬剤耐性を防ぐためにアルテミニンと他の薬剤を組み合わせることを推奨し,単独一剤治療を禁止したのである.
WHOのこのような判断に至るまでに,科学的根拠とともに人道的および経済的な側面とのバランスをいかにとるか葛藤があったであろう.今回の新型インフルエンザの調査のためにWHOの専門家の調査が始まっているというが,マラリア対策のためにDDTの使用を認めるまでに,アフリカの危険な地域でマラリアの実態を調査してきた多くの専門家たちのことを忘れてはなるまい.

1.3 DDT使用のベネフィットとリスク
マラリア対策の推進者として活躍している米上院議員であるT.コバーンは,"WHOの指導力によって,我々はこどもたちの生命を脅かす真の敵-蚊-に手助けと安楽を与えてきた似非科学と神話を排除することができる"と熱く語った4).わが国は自国のことにだけ目を向けがちな社会的風土であるのに対し,アメリカには自国のみならず発展途上国のこどもたちの命を守ろうとする姿勢を示す政治家が確かにいるのだ.アメリカではカーソン生誕100年の2007年前後には,『沈黙の春』はDDTの世界的な禁止運動のきっかけとなった,あるいはマラリア撲滅という視点からみると後世に悪影響を与えたという論争までメディアで飛び交った.しかし一方では,DDTは依然,ヒトにはリスクの高い物質であるとし,あたかもカーソンをめぐる対立の様相を示した6).現在でもインターネットや雑誌で活発な論争が行われ,科学者も積極的に自分の考え方を表明している.
では日本のメディアはどのように伝えたのであろうか.例えば,2006年10月19日の毎日新聞では,"WHO「マラリア制圧有効」DDT復権大丈夫?"という見出しが躍った.本文では,DDT有害説として専門家のDDTのホルモン様物質や男児の生殖器異常との関連性などを紹介する一方で,温暖化により蚊の生息域が広がれば,わが国も将来的な流行もありうるとする専門家の声も紹介している.見出しの印象とは異なり,両論併記である.国は今回のWHOの対応に対し国内でDDTの規制を緩和する動きがでていないという判断に傾いているという.しかしそれ以外にDDTとマラリアについて報道するメディアは極めて少なかった7).
アメリカと同様にわが国においてもDDTは第二次世界大戦後の混乱した公衆衛生に大いに寄与した.ところが1971年アメリカのDDT禁止にならい,わが国もそれに従うと,その後はメディアも市民も振り子のように反対方向に流れ,DDTは極めてリスクの高い農薬のシンボルのようになっていった. 1987年に翻訳出版された『沈黙の春』8)は静かな感動を与えたが,一部の人々によりカーソンは神格化されていった.市民の中にはDDTのイメージから農薬そのものを拒否する傾向が生まれ,有機栽培表示の無農薬食品を歓迎する風潮が生まれた.しかし無農薬の穀物や野菜を作るには手間がかかり,そのためにコストは上がる.すると消費者は安い中国野菜を求めて流れていく.市民の対応はメディアによって左から右に振り子のように変化する.農薬の農業における役割や,その後の農薬の科学技術の発展にも関心を示さない.したがってDDTによるマラリアの国際的なこどもを守る活動にも関心は向かわない.
ここで,WHOがマラリア予防のためにDDTを復活させたことがカーソンの考え方を否定するものではないことを理解してほしい.生態学は生物の生活関係をとらえ自然界の構造を究めようとする学問である.カーソンは実験室の外の広い空間と長い時間の中で有機合成農薬のふるまいを考察し,食物連鎖と生物濃縮の新しい概念を提出した.この概念は確かな知として科学の世界の中でその位置はゆるがない.特にカーソンが『沈黙の春』の中で語っていた警鐘は9),目に見えぬ形で我々の環境を汚染している有機合成農薬をごく少量ずつ体内に吸収することの長期的な効果であったことを記憶に留めておかねばならない.
したがって筆者は,コバーンの演説の中で "似非科学と神話を排除することができる"とする発言は,カーソンの説を否定する印象を与えるのではと危惧を抱いている.人類誕生以来,20世紀後半の時期ほど最も劇的に科学技術が進歩した時代はなかった.そのために1962年に出版された『沈黙の春』の細部が専門家により訂正されることは当然のことである.今回のWHOの動きはDDTをマラリアが蔓延する可能性高い地域に限定し,DDTの使い方も慎重に見極める姿勢である.しかも今後もできるだけ少量のDDTにより蚊の殺虫性を高める使用法が鍵であることを強調している.
臨床医学の全般分野において世界で最も権威あるイギリスの学術雑誌であるランセット(The Lancet)3)はこう述べている.「DDTはマラリアを制御する上で有益であろう.しかしリスクとベネフィットの好ましいバランスを目標とする研究を前提にヒトの健康への悪影響の根拠が求められるのだ」.DDTは早産を引き起こしたり,授乳期間を縮めたりする恐れもあることも指摘されている3).したがって現時点でマラリアと闘う戦略として,蚊をDDTで殺虫することが最も効果的であり,低いコストが有用であるとされているのだ.だが蚊がDDT耐性を示す時期がくるであろう.また今後の科学技術の展開によっては,有効なワクチンづくりに成功し,事態も変化していく可能性もある.

2 無登録農薬をめぐる農家と消費者
NHK総合クローズアップ現代(2002年10月17日)で放映された「なぜ広がった?違法農薬」の放送は山形県のりんごやラフランスに無登録農薬であるダイホルタンなどを使用していたことを取り上げたものであった.この放映は我々に有機合成農薬を社会でいかに受け入れていくかを考える上で,奥深い示唆を与えてくれた.ダイホルタンは東南アジアから輸入され,ヤミルートによる輸入業者による販売により農家に渡ったという.その後の調べで,山形県ばかりでなく,20以上の県で60以上の業者に売られていたと見られる10).この無登録農薬は現在では発がん性が明らかにされているが,当時はDDTのように殺虫効果が高いばかりか,効力の持続性があることが農家で散布された背景にあった.
最近の農薬は前回で述べたように,研究開発が進み,少量で殺虫性を発揮し,その後,速やかに分解してしまう.ところが,農家は年々高齢化が進み,経営状態が悪化している.そのために,手間をかけ,分解しやすい農薬を幾度となく散布することが体力的に負担となっているようだ.また消費者の好みが見た目のよい果物を好む傾向が年々強くなってきた.例えば,メロンの場合は,味よりも外観の紋様により値段が決まってしまう.すこしでも紋様が乱れたり,虫食いの跡があれば,たちまち二束三文となってしまう.読者の中には欧米の市場に行けば,果物の外観より鮮度が重要であり,もっと安いことをすでに気がついているであろう. このようなわが国の消費者の好みが農家に残留性の高い無登録農薬に向かわせたともいえよう.NHKの放送はわが国の農薬に対する消費者の姿勢や農業生産の仕組みについて重要な問題を提起していた.

3.技術の評価の主役は消費者
 農薬をここで科学と技術の観点から考えてみよう.科学の営みとは物質系を対象とし、それが時間と空間のなかでどのようにふるまうかという問いに答えることである10).科学者たちによる科学研究の営みにより新しい知識を得て,人間の可能性を拡げることが科学の目的である.したがって科学はギリシャの哲学者が"物質とは何であるか"を問いかけて以来,現在まで続いている.科学研究の評価の仕組みと今,科学の世界で起きている課題は次回に語りたい.
一方,技術とは問題解決の手段であり,道具の役割も備えている.チンパンジーは石で木の実を割る知恵を仲間から伝えられることがわかってきた.この場合,石は道具であり,チンパンジーは技術を身につけていることになる.
ここで燃焼を例にして科学と技術を考えてみよう.紀元前400万年前に人類が登場したが,北京郊外で50万年前に火を使った痕跡が発見された.ヒトはほかの動物に持ち得なかった"火"という固有の技術を得て,ヒトは生き延びてきた.火は暖,調理,獣から守る,夜の明かりなどの問題解決の手段であったからだ.しかし火すなわち燃焼の理論は木片や金属が空気中の酸素と反応する化学反応であることが18世紀になってラボアジエによって確立された.このように科学と技術は18世紀ぐらいまでは別々に発展していったが,自然科学の分野では19世紀後半頃から技術者は科学者が生み出す知識を活用するようになり,科学の発達こそが技術を促すと考えられるようになった.
現在,技術が成功したかどうかの判定は市場が拡大したかどうかであり,いってみれば売れたかどうかで判断される.最終の判定は消費者によってなされるのである.

4.賢い消費者になろう
20世紀前半,欧米が中心となって深刻化する害虫被害による食糧生産を模索する中,ミューラーによるDDTの殺虫性の発見はブレイクスルーの科学であった.その後の技術開発により市場に出されたDDTは害虫駆除という問題解決の有効な手段であり,農薬として新しい技術となった.ところがこの技術の裏側に潜むリスクが明らかにされ,使用が禁止されたが,今,アフリカなどのマラリア危険地域で再びよみがえり,その問題解決にあたる.専門家の科学的裏づけをもとに,マラリア危険地域の人々がDDTをマラリア撲滅の技術として選択しているのだ.
優れた技術力を生み出す人工化学物質には様々な性質が潜んでいる.これらに少しでリスクがでてきたときに,完全に消し去るのではなく,科学的根拠に基づき,適切に利用していくことも一つの方法であることをDDTの例が教えてくれる.
2回,3回に続いて,農薬としてのDDTの社会における役割の変遷をみてきた.イギリスでは変化していく技術をいかに管理していくかが,今,問われていると強調する学者が多い.そこでイギリス政府はこの管理に対する学問的研究の推進のために社会科学者の育成に乗り出した12).それほど重く,むずかしい課題なのだ.
またDDTの事例から,メディアと大衆が生み出す巨大なエネルギーが技術を選択するときに大きな影響を与えることを学んだ.DDTのリスクを著作で訴えたカーソンはDDTをめぐる利害関係者の中で非難中傷を受けたが,がんを患いながらも議会で証言をした.彼女のぶれない姿勢は彼女の強い個性もさることながら,彼女が自分の研究に自信をもっていたためであろう.また時の見識あるケネディ大統領とそのスタッフの力も大きかった.
しかし現在のわが国の状態では,一つの技術をめぐって利害関係が生じた場合,組織に所属する科学者,企業人,政策立案者が消費者である大衆と自由な意見を交わす状態ではない.大衆とメディアが一体化してダイナミックに一方向に動けば,発言する側は異質な考えを述べることさえはばかれる.この課題の解決には,今後,視聴率が優先されるテレビなどのメディアのあり方はもとより,なによりも私たち個人が賢い消費者として成熟していくことが求められているといえよう.

引用文献
1. 深海浩,DDT,その栄光と没落,化学,48, 441-446(1993)
2.マイケル・フィンケル,世界で大流行,マラリアの迫り来る脅威,National Geographic,2007(7),44-79
3.W.J.Rogan, and A.Chen, Health risks and benefits of bis(4-chlorophenyl) -1,1,1-trichloroethane(DDT), Lancet,366,763-773(2005)
4.WHO News Release, 2006年9月15日; http://www-who.int/mediacentre/ news/releases/ 2006/ pr50/en/index.html(2009年4月23日)
5.IRAC working group on the evaluation of the carcinogenic risk of chemicals to humans. Occupational exposures in insecticide application, and some pesticides. IARC monographs on the evaluation of carcinogenic risks to humans, 53.Lyon, France: International Agency for Research on Cancer, World Health Organization, 1991, 179-250.
6.a)C.Alexander, Breaking the silence on DDT,Time,161 Issue13,pA36(2003); b)J.Rowe, The common good, Sierra, 90,p54-63(2005); c)R.Karaim, Not so fast with the DDT:Rachel Carson's warnings still apply, American School, 74 Issue3,p53-79(2005); d).K.Mangu-Ward, Suffering in silence,Wall Street J., 249 Issue 92,pw13(2007); e)B. Brian, Was Rachel Carson wrong?, Maclean's, 120 Issue21, 42-43, 2007;など.
7.読売新聞9月16日:マラリア制圧へ,DDT 復権を...WHO「適切に使えば有害でない」
8. レイチェル・カーソン著『沈黙の春』,青木梁一訳,新潮社,1987年
9. 青木梁一解説書,レイチェル・カーソン著『沈黙の春』青木梁一訳,新潮社,1987年
10.http://www.maff.go.jp/www/press/cont/20020827press_1.html(2009年4月25日):無登録農薬の販売等に関する農薬取締法に基づく立入検査の実施等について,農林水産省生産局生産資材課
11.村上陽一郎著,『科学・技術と社会』,ICU選書,光村教育図書,2003年
12.D.M.Berube,『Nano-Hype』, PB,2005

主な参考文献
1.松永和紀著『メディア・バイアス』光文社新書,2007年
2.H.J.Overgaard and M.G.Angstreich, WHO promotes DDT?,Lancet Infection Diseases, 7, 632-633(2007)