理系の高等学校における国語教育の「これから」

理系の高等学校における国語教育の「これから」
―理系教育の現場で求められている「国語力」についての考察―

五十嵐 寿子
東京大学大学院教育学研究科教育心理学コース修士課程
東京工業大学附属科学技術高等学校

1.本校における国語教育の現状

 ご多分に漏れず,「理系」と「国語」は相性が悪い。文系の学生が,「わからない」という理由から数学や物理に強いアレルギー反応を抱くように,理系の学生が「現代文」や「古典」に対してそれと同様の嫌悪を感じるのも至極当然である。ゆえに,私の担当教科である「現代文」,「古典」は,私の勤務先である東京工業大学附属科学技術高等学校(以下本校とする)において「苦手/嫌いな教科」ワースト3に毎年のようにその名を連ねている。特に「古典」嫌いが多いのは,理系の学校だからだろう。

 野田・若杉・林(2014)が高校生を対象に「現代文/古典は得意科目か,苦手科目か」との調査を行ったところ,特に理系において,「どちららかというと苦手科目」,「苦手科目」と回答したのは現代文で全体の約80%,古典においては約75%という数値に達した。      

 これについては日々実感している。

 本校において毎年新入生向けに,生徒会が「高校生活の歩き方」という冊子を発行しているが,その中で在校生の「好きな教科/嫌いな教科」についてのアンケート結果を発表しているが,「現代文」や「古典」といった国語にまつわる教科は,毎年ワースト3に入っている。その理由の多くは,「文章を読んでも理解できない」,「古典なんて現代では使わないから必要ない」,「理系統なので国語は入試に関係ないからやらなくてもいい」といった答えが大半を占める。
                           
 また,本校が理数系に特化した学校であることから,全体的に「国語はいらないよね」という雰囲気を作り出しており,そのことも手伝ってか,大変残念なことだが,生徒たちも「国語はできなくても仕方がない」,「できなくて当たり前」という思考に陥っている。

 Table.2に本校の国語のカリキュラムを載せている。これを見るとたいていの人は驚くのだが,国語の時間数が普通高校や工業高校に比べて圧倒的に少ないことが分かる。

 本校はSSH(スーパーサイエンス・ハイスクール),及びSGH(スーパーグローバル・ハイスクール)に指定されており,その関係から本校独自の科目を設定することが認められている。それに加えて,本校は普通科の高校ではなく,工業科の専門高校であるため,工業高校の枠組みでのカリキュラム設定が可能となっている。ただでさえ盛りだくさんの授業内容を限られたコマ数で収めるためには,どこかを削らざるを得ない。理系の学校ゆえに割を食うのは文系科目になるのだが,その中でも特にターゲットとなるのは,「国語」なのである。

 理系において英語は必須科目である。最新の研究論文はすべて英語で書かれているため,英語は文系科目にも関わらず優遇されている。地歴・公民に関しても,政治・経済,倫理といったジャンルが科学技術と関連してくるので,授業時間の削減がしにくい状態である。そうなると,残りは「国語」ということになる。特に「古典」には,ただでさえ苦手意識を持つ生徒が多いことに加えて,理系の人間が今後必要のなることはまずない,と思われている教科である。「現代文」についても,日本語は常に読んでいるのだからとりたててやらなくても,という意見が多い。評論の読解や論述の作成は必要だが,小説や詩歌の読解は個々の解釈の違いが生じやすいから不要なのでは,という声もよく耳にする。この件についての抗弁は別の機会にさせてもらうとして,

「理系に国語は必要ない」という姿勢で本当に良いのだろうか。そのことについて考察してゆきたい。