【新連載】21世紀にふさわしい経済学を求めて 第1回

投稿者: | 2018年3月13日


新連載
21世紀にふさわしい経済学を求めて
第1回

桑垣 豊(NPO法人市民科学研究室・特任研究員)

はしがき

ここに、21世紀の社会にふさわしい経済学の構想を、展開したいと思う。

経済学は、西洋での成立当初から、学問として成立しているかどうかの懸念はあった。19世紀、経済学は学問の体裁を整えるため、物理学の解析力学のわくぐみを借りて、数学的な形式を得た。それが、20世紀に入り、生産力の増大から需要不足による不況が発生するようになると、説明力もなく、有効な対策を講じることもできないことが明らかになった。生産力不足が景気を悪くするのは、常識の延長で考てもわかることである。ケインズは、需要不足も景気を悪くすることを指摘し、新しい経済学の構築をめざした。

相対性理論に影響されて、ケインズはその経済学に『一般理論』(略称)という名前をつけた。しかし、1946年、経済学建設途中でケインズは倒れる。需要不足の経済学は未完成であった。ところが、ケインズの弟子は完成したものとして、いろいろ形式を整えることに専念する。ケインズ理論の代表と思われているIS-ML理論も、ケインズの嫌った実際の経済を単純化しすぎたモデルであった。これを考え出したヒックスは、1972年にノーベル経済学賞(経済学賞は正式なノーベル賞ではない)を受賞した講演で、自分はケインズの真意を見誤っていたことを告白する。しかし、受賞理由はこの見誤っていた理論を含む一連の業績だった。ヒックスは、晩年、机上の空論から逃れるため、経済史の研究に打ち込む。

しかし、戦後の経済成長はケインズ経済学のおかげではなかったのか。ここからは、私の考である。ケインズ経済学はいろいろ政府が市場に介入すべきことを説くが、具体的なことはあまり述べていない。そこで、政策担当者は実務家なので、具体的な政策は、今までの経験や、ケインズ経済学のおかげではじまったマクロ経済統計を使って行う。古い経済学は、市場介入を嫌うものだったので、経済政策正当化のためだけのケインズ経済学だったのではないか。

この苦肉の策は、石油ショックでケインズ経済学の欠点を露呈することになる。失業率と物価が同時に上昇しないはずが、共存してしまったのである。これをスタグフレーションと呼ぶ。新古典派経済学(19 世紀型)がこれを説明したことになり復活した。新古典派経済学は、基本的に供給不足の経済学なので、逆戻りである。1980 年代からは、アメリカのレーガン、イギリスのサッチャー、日本の中曽根などが、この政策を取り入れ、格差拡大を助長した。アメリカは、これをレーガノミクスと称して忠実に実行し、経済が失速。それを日本に八つ当たりして、極端な円高マルク高ドル安策(プラザ合意)を先進各国に実行させる。極端な円高に日銀が対応して、大規模な金融緩和に踏み切った。それが、バブル経済の発生と対策の遅れに結び付く。1990 年代以降は、バブルの反動で日本の長期不況が続く。その間の橋本改革、小泉改革も、供給不足対策だったので、逆効果で経済は低迷。ついには、GDPが増えても給料は増えない事態になる。

この主流派経済学も、リーマンショックで理論的には破綻した。かわる経済学がないので生き延びている。日本の戦争責任と同じで多くの経済学者が同罪なので、責任が追及できない。新古典派経済学ではない経済学者は日本には結構いるので、加害責任は逃れたが、どうしたらいいかの処方箋を出せない。当面の危機は、ケインズ経済学の応用で財政出動をして回避したが、次の処方箋がない。それはアベノミクスの混迷を見ても明らかである。アベノミクスは、経済学を無視して、思いつく政策はみんな実行したので、主流派経済学よりはましで、少しは景気がよくなった。ところが、もっとも有効なはずの再分配がなかった。そろそろ副作用も目立ってきた。供給過剰なのに、供給を増やす生産性向上や金融緩和に取り組むとは、恐れ入る。もっと恐れ入るのは、それが逆効果であることを指摘する経済学者があまりいないことである。

金融緩和で需要不足対策は無理だという常識のあった前の日銀総裁、白川氏は、日銀定例の秋の講演にOECDのホワイト氏を呼んだ。その内容は、衝撃的であった。今回の危機で、経済学(新古典派経済学)が当てにならないことが明らかになった。世界中の中央銀行の担当者は、大変困ったかというと、そのようなことはない。なぜなら、金融政策に役に立たない新古典派経済学を使っている中央銀行は、どこにもないからである。ただし、実際に頼っていたケインズ経済学にも欠点があり、これからまともな経済学の構築が急がれる。このような要旨であった。引用して見よう。

問題を起こす原因となった新古典派経済学やニューケインジアン経済学モデルをあげたあと、以下のように述べている。

「こうしたモデルを政策当局者が利用したことが、彼らの進むべき方向を誤らせ、現在の困難な状況を招いたといいたいところではある。しかし、残念なことに、こうした現代の学術的理論が、多くの中央銀行の政策手段の使い方に大きな影響を与えたという証左は乏しい。高名な中央銀行高官、かつ学者であるアラン・ブラインダーは、この点を説得的に記述している。むしろ、多くの政策当局幹部は、依然として、応用ケインジアンモデルに依拠している。しかし、こうしたモデルもまた、累積していく問題に対して、事前の警鐘を鳴らしえなかったことから、その本質的な欠陥も検討していく必要がある。」(※1)

(※1)日本銀行金融研究所『金融研究』第29 巻第4号 (2010 年10 月発行) 43-44 頁

結局、本格的需要不足をとらえる経済学は、まだ未完成だということである。実は、晩年のケインズは「人口減少の経済的帰結」(※2)で、本格的な需要不足経済を論じていた。ただし、それまでにケインズが述べていた経済学との関係は述べていない。また、経済の理論になるまでに整理できているわけではない。これから有効な経済学を作り直すしかないのである。それにしても、今の日本のデフレ不況のことを書いているかのように思えて来る。ご一読をすすめたい。

(※2)『デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930 年代評論集』ケインズ,J.M著、松川周二編訳 文春学藝ライブラリー 2013 年

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