リビングサイエンス 生活を基点に科学技術を

「あなたは自分の子どもに携帯電話を持たせているか? 持たせているとすればいつから?」——このような質問を20ほど掲げたアンケートを、私たちNPO法人・市民科学研究室は最近行った。携帯電話はここ10年で私たちの生活に大いに浸透した技術だ。その便利さは誰もが認めるところだが、電車内で迷惑通話や基地局設置が引き起こす周辺住民と事業者との間のトラブル、電磁波の健康影響への不安、若者の間に少なくない依存症的な過剰使用など、多岐にわたる問題を社会につきつけている。携帯電話という技術を社会に適正に根付かせるには、単に各分野の専門家の判断を寄せ集めればよいというものではない。生活者が専門的な情報や専門家の判断を参照しつつ自らの価値観のもとにそれぞれの対応を決めるべきものだし、あるいはそうした生活者主体の対応を促しつつ社会全体で何らかの合意や対策をまとめていくべきものだろう。

このような取り組みが求められる問題はいたるところにある。たとえば私たちが手がけているものには、「私たちは遺伝子組み換え大豆をじつのところどれくらい食べているのか」「治療費が高額であるにもかかわらず不妊治療の際に転院を繰り返す患者が多いのはなぜか」「オール電化住宅は本当にエネルギーの節約になるのか」「ナノテク化粧品が販売されているがその安全性は?」「X線検査はどの程度必要なのか」などがある。先のアンケートもこうした問題を探るためのささやかな試みだが、市民から様々な疑問や意見が私たちのところに届けられる中で、「リビングサイエンス」の必要性を日々痛感している。

「リビングサイエンス」とは耳慣れない言葉だが、「生活を基点にした科学技術のとらえ直しと、それを手がかりにした様々な問題解決の実践」、と私は定義したい。あえてこの新語を提唱し、組織的に活動しているのは、近年その重要性が指摘されるようになった科学コミュニケーションや科学リテラシーの増進に資するところが大きいと思われるからでもある。

いわゆる「理科離れ」を取りあげてみよう。理科離れの最大の原因は、私には科学と技術と生活の相互の関連性が教育の中で見失われていることにあるように思われる。理科離れの解消の鍵は、生活と関わる技術(食、住まい、医療などきわめて多岐にわたる)の
(1)科学的原理
(2)応用の実相
(3)現在の社会が抱えている様々な問題
の3つを往復しながら、生活者自身の判断形成に直接役立つ学び、つまり生活に密着した科学教育を再編できるかどうかにあるだろう。その有効性の実証ではないが、それを示唆する事例の一つは、私たちが実施している「子ども料理科学教室」だ。

いうまでもなく料理には物理・化学・生物のじつに多様な要素が入っている。「よりよい食事を自力で美味しく作る」ことの学びを可能とすべく、科学的要素を編集し、実験・観察を設計する。「土鍋で美味しくご飯を炊くには?」「野菜の甘さをうまく引き出してクッキーを作るには?」「ダシの相乗効果をどう生かす?」......学年や単元の枠を超えて、大人も子ども楽しめ、かつ家庭内でも実施でき、調理技能を養えるプログラムを、現在も鋭意開発中だが、この実践をとおして印象づけられるのは、五感すべてを働かせて科学的な情報の意味を考えることの楽しさであり、子どもたちが暮らしに役立つ知識を自ら考えながら学ぶときの生き生きとした姿である。

また、日常的な技術や物品に着目してその変遷史を学ぶことの意義も強調しておきたい。伝統的な生活知と科学技術知がかかわる様相を知ることで、日常化した現代技術を生活者自身がそれを歴史的文脈において相対化してとらえることができる。たとえば家の中でごくあたりまえに行われてきた出産(生)や看取り(死)が、高度経済成長期に急激に、病院の占有物になり変わったが、その変化をみすえることで得られる視野は医療のあり方を考える上で大変有用だろう。

リビングサイエンスには、生活者のニーズに応じたあるいは生活者が主体となる調査研究をどう編成していくかが大切になるが、たとえばその点では「サイエンスショップ」(市民がクライアントとなり大学の専門知を編成して問題解決に活用するしくみ)や「サービスラーニング」(学生を地域に派遣してボランティアベースで調査や支援活動にあたらせるという新しいタイプの教育活動)など、海外で普及している活動も見逃せない。日本でいかに展開するかを含めて検討を始めている。

以上略述したリビングサイエンスというアプローチの有効性と課題を検討するために、私たちは多様な領域での専門家・実践者10人を招いて、来年の1月から3月にかけて、(独)科学技術振興機構の助成のもとに連続講座・シンポジウム「科学技術は誰のために? 生活者主体の科学技術の評価と適正化をめぐって」を開催する。多くの方々に注目していただけることを願っている。

『産経新聞』2006年12月10日朝刊文化欄に掲載

NPO法人市民科学研究室・代表
上田昌文