模索の蓄積が科学を変える

私は、冬のこの時期に仲間と一緒に1年分の味噌を仕込むようになって、3年になる。ここ10年ほど「市民科学」の実践に関わってきた私に、この経験はさまざまな示唆を投げかける。

高度成長期に発酵と醸造のプロセスの工業化がすすみ、味噌は安価な商品として大量に店頭に出回るようになった。家庭での「手前味噌」がそれと同期して姿を消し、いまや大半の日本人はビニールのパック詰めをスーパーで買っている。さて、これは技術による"進歩"なのだろうか?

1年1回1人分として10kgを仕込むのに要する作業時間は、大豆の浸水や煮込みなどを全部あわせても半日であり、上質の大豆と麹と塩をそろえても材料費は5000円ですむ。手作りは至極簡単で、できあがった味噌は驚くほどうまい。「発酵って何が起こっているだろう?」「工業的醸造とはどこがどう違うのか?」と誰しも知りたくなる。

科学技術が生活のあらゆる面に浸透し、エネルギー源を含め海外からの大量の物資への依存が強まる中で、食の領域に限らず、地域で受け継がれ生活に根付いてきた知識や知恵は−−"知"とは意識されないで"型"や"習わし"として存立していることが多いが−−失われつつある。使いはするがその仕組みを問われれば窮してしまうほかない高度な技術に囲まれて、私たちは暮らしの中で自ら考え工夫する力を衰弱させている。専門家でも確かな見通しをもてない技術がらみの様々なリスクへの懸念を抱えながら、ある面、生活が非常に画一的で受動的になっている。

味噌作りから、生活と科学技術とかかわりのそんな姿が浮かび上がってくる。

私たちNPO法人「市民科学研究室」は、科学技術にかかわる社会問題に関心を抱く市民が集い、勉強会や公開講座を重ねて自身の問題認識力を高めながら、必要ならばまだ誰も行っていない調査を発案し実施する、という活動を続けている。環境中の電磁波計測、ナノテク化粧品、油や砂糖などの食材...といったテーマを扱ってきた。その経験をふまえて言うと、「市民科学」とは、様々な形で生活に入り込んでいる技術や科学知を、市民が主体となってよりよい暮らしに向けて選択し、編集し、活用し、研究開発を適正に方向付けていく、といった多面的な活動である。複雑で高度な専門知に立ち入らねばならない場合であっても、市民がそれを回避せず、しかも専門の細分化に足をすくわれることなく(生活の総合性をみすえて)問題解決にあたることが、市民科学の鍵になる。

日本における市民科学は、公害問題が激化し、科学の「体制化」が指摘され、科学者の社会的責任が鋭く問われ始めた1970年代に、市民の側に立って専門家として批判活動を組織的に展開する人々によって始まった。その代表例は東大自主講座の宇井純氏、原子力資料情報室の高木仁三郎氏、市民エネルギー研究所の松岡信夫氏だろう。彼らの取り組みの形は、主として健康や環境のリスクがからんだ問題で市民をサポートし政策転換を促す様々な専門NPOに発展的に引き継がれている。今後もこうした取り組みはますます必要になるだろうから、例えば「理系の大学院を出た者の就職先となり得るほどにNPOの活動基盤を安定させるには」といった問題を社会のしくみの問題として位置づけていくべきだと思われる。

市民科学の広がりは、たとえば、生活共同組合、分散型エネルギー推進、食や住の分野での地域連携にみられるような、市民が新たなコミュニティを築き科学技術面も含めて暮らしの総体的な質的向上をすすめる取り組みにもみられる。こうした活動で必要となるのは、生活者がトータルな視点から技術を評価し、その評価を代替的な開発につなげるしくみだろう。現在、市民科学研究室がJST(科学技術振興機構)の助成を受けてすすめている研究(「生活者の視点に立った科学知の編集と実践的活用」)は、海外の事例の分析も含めて、そうしたしくみがいかにして可能かを精査しようとするものだ。

「市民にとって真に必要な技術は何か」を市民自身が問いかけ模索する——その積み重ねが科学のあり方を変えていくだろうと私は考えている。

『朝日新聞』2007年1月23日夕刊かがく批評室に掲載

NPO法人市民科学研究室・代表
上田昌文