環境エッセイ 第10回 こどもの環境健康問題としての携帯電話

投稿者: | 2010年5月21日

携帯電話は20世紀の終わりに出現し、瞬く間に世界中に普及した先端技術である。20年ほどで世界の半数以上の人が所有するようになった技術は他に例がない。ここでは特に子どもに焦点をあてて論じるが、「なぜこのように急速に多くの人に受け入れられるようになったのか」という点をつねに意識しておく必要がありそうだ。
 日本での普及もここ15年ほどでほぼ直線的に増加し、現在では90.5%の人が携帯電話を所有している。子どもたちの所有状況は、ともに1万人ほどの子どもを対象にした調査では、全国では「小学生が24.7%、中学生が45.9%で、高校生は95.9%とほぼ全員」(文部科学省2009年2月)、東京都では「小学校(4年 生以上)で38.4%、中学校で66.4%、高校で96.2%、特別支援学校で53.8%」(東京都教育委員会2008年7月)となっている。これはおそらく世界的にも同傾向で、たとえば台湾では「6~18歳の34.4%、中学生の67%、高校生の89.6%」、英国では「16歳の若者10人のうち9人、小学校の40%以上」といったデータがある。「子どもが親の目を気にしながら家の電話を使う」時代は、遠く過ぎ去った感がある。
 こうした普及率に加え、その使用状況を調べると、子ども特有の問題が浮上してくる。「中学生の約2割が、携帯電話で一日にメールを50件以上もやり取りしている」(先の文部科学省調査)、「中学校では通話が1日平均8.3分、サイト利用が35.0分、高校では通話が10.3分、サイトが63.3分」(先の東京都教育委員会調査)といったデータから見えるのは、携帯電話が、用件・用事があるからかけるというのとは違う、別の意味を持つツールになっていることだ。相当数の子どもたちが”携帯依存症”であることもうかがえる。「携帯電話を持ち歩いていないと『不安』になる人が80.9%」(インフォプラント2007年5月)という結果もあわせて紹介しておこう。
この技術はじつに様々な面で社会に影響を与えている。まずは経済面。日本人1億人が毎月1万円の通話料を支払ったとして、事業者が得る年間の通話料収入は12兆円になるから、その規模の大きさが知れる。契約者件数がそろそろ頭打ちになっていて、事業者各社は様々なサービスを付加して、「乗り換え」顧客の獲得に熾烈な争いを繰り返している。
次に利便性。これが携帯電話の最大の売りだが、ネット接続、デジカメ、”お財布”、GPS、音楽再生、ワンセグ等々、およそ電話とはかけ離れた数々の機能が次々に開発されヒットするという点では、日本は突出した国である。福祉や医療の領域でも、超高齢化社会を迎える日本では、介護にかかわるコミュニケーションや遠隔医療などでの活用が拡大していくことだろう。
一方、トラブルを生んでやまないのが、公共性との兼ね合いだ。電車内での通話が典型例だが、所構わずいきなり公共的空間を私物化してしまうことが、不快さの源と言えるだろう。たとえば「携帯禁止車両」を作ろうというような提案は理にかなっていると思われるが、タバコの分煙同様、現実はそう簡単にすすまない。
近頃関心が高まり、各地の自治体での導入の動きも出ているのが、情報技術を活用して子どもの安全を確認するサービスだ。携帯電話を持たせたり、ランドセルや本人にICタグを付けたりして、”見回りスポット”にある監視カメラや自動販売機を通して情報を送受信し、本人の居場所や状態を確認するものだが、その実用化に最も熱心な国はと言えば、これまた日本である。
そのほかにも、使い古しの端末機器の回収がなかなか進まないといった問題(貴重な重金属の回収や有害物質の処理などがかかわる)、通話代による家計の圧迫、さらに、若年層に特有の深刻な問題(依存症、有害サイトアクセス、ネット犯罪、いじめなど)がある。さらには、携帯基地局をめぐる周辺住民と事業者の間のトラブルも。現在、日本全国で14万7,000基を超える数の基地局があるが、法律の上では、設置にあたっては携帯電話事業者と敷地を提供する土地所有者の二者だけで事がすすめられるようになっている。電波が公共的なものであるとするなら、この住民合意が不在のまますすめられる設置手続きは大いに問題で、現に基地局設置反対に関するトラブルは300件以上起こっている。
携帯電話が市場に出て10年以上を経て、消費者はそれについて何を知り、どう対応すべきなのかが改めて問われる事態に至っている、といえるだろう。
そして携帯電話には決して見落とせないもう1つの大きな問題がある。電磁波による健康への影響だ。送受信の瞬間のみならず、位置確認のため携帯端末からは、電源を切らない限り、常時といっていいほど頻繁に電波が出ているが、耳にあてて通話する際の頭部への影響が一番問題だ。もちろん、生体組織を加熱する度合いを考慮して、電波の強さは一定以下に抑えるよう規制されてはいる。しかしこれは、たとえば1日30分から1時間も通話するような”ヘビーユーザー”となることを規制するものではない。では、「どんなに長時間使っても健康へのダメージはない」という裏付けがあるのかというと、実はそのような検証をまったく経ずに市場化された製品が携帯電話なのだ。
最近、10年から15年もの間、ヘビーユーザーであった人に、脳腫瘍の発症リスクが高まることを示すデータが出始めている。因果関係は確証されてはいないものの、国際的にも著名な科学者たちが、このまま放置できる問題ではないとの危惧を深め、続々と警告の声を上げている。そのどれもが「子どもにはより深刻なダメージがある」点を強調している。たとえば、スウェーデンのハーデル博士は最近、「20歳以前に携帯電話の使用を開始した場合、グリア細胞のがんである神経膠腫のリスクが5倍となる」との結果を発表したが、「子どもは携帯電磁波のダメージを受けやすい」こと(たとえば脳組織の電気の通りやすさ、頭部での電波の吸収率、脳のより深部への浸透が大人より大きいことや、胎児期に特別に敏感な感受性があることなど)の科学的証拠と突き合わせて、携帯電話を幼い頃から使い始めた人がまさにこの先、莫大な数で出現することを思うなら、即座に予防的対策をとるべき状況にある、と言えるのではないだろうか。
2000年に出された英国での「16歳以下は使用を制限すべき」との勧告以降、ドイツ(「子どもから携帯電話を遠ざけるよう両親は気をつけるべき」)、フランス(「妊婦の腹部、若者の生殖腺には近づけないように」)、バングラデシュ(「16歳未満の子どもの使用を禁止」)と各国の勧告が引き続いていたが、昨年末から今年にかけ、さらに厳しい対策を打ち出す国々が続々と出てきた(台湾、ベルギー、フィンランド、カナダ、フランス)。中でもフランスは昨年5月、「12歳以下の子ども向けの携帯電話の広告は全て禁止」、「6歳以下の子どもの使用のために設計された携帯電話の販売を禁止」を含む厳しい処置を立法化した。
携帯電話は、子どもの環境と健康に関わる重大な危機をつきつけている。日本の無策が将来に重大な被害をもたらしはしないかと心配する人は、決して少なくないはずだ。今すぐには国レベルでの規制が期待できないとするなら、学校や職場、自治体や子どもに関わる活動グループで、子どもたちを守るための取り組みを広げていくしかない。誰もが手にしている技術だからこそ、誰もが声をあげていくことができるはずだと思う。■

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