関係性の食学 第5回 コメの栄養学

投稿者: | 2006年7月4日

上田昌文+食の総合科学研究会
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 食の総合科学プロジェクトでは現在、重要な食材を個別にとりあげて多角的に分析し、その結果を『つぶつぶ』(いるふぁ発行の季刊雑誌)に「食べ物はどこから来るの?」という連載にまとめている。ここでは、その連載に掲載し切れなった事柄も含めていくらか詳しく報告する。人は何をどう食べるべきなのか、複雑な食の問題を解いていくための”関係性の食学”の構築に向けての第一歩にしたい。

 コメの消費量と健康の度合いが比例すると聞かされたら、あなたは驚くだろうか。「 コメを食べれば食べるほど元気になる? でんぷんしか含まないコメにそんなパワーがあるはずない」と考える方が大半だろう。ところが、”比例”は措くとしても、コメが持つ栄養をつぶさに調べると、この小さな粒が主食の地位を守り続けてきたことの大きな意味が見えてくる。

●コメの優れた栄養的価値

 コメは小麦、トウモロコシとともに世界の主要な穀物だ。私たち日本人はコメを主食とし、それを炭水化物の最大の供給源にしている。では、もし仮にこの日本で小麦もトウモロコシもコメと同じように生育し収穫できるとすると、私たちは主食を転換するだろうか。じつはそうはならないだろう。栄養的な利点がコメにはあるからだ。

 主な成分を表1 に示したが、まずタンパク質が6 ~7% ほど含まれていることに注目してほしい。タンパク質を構成するアミノ酸のうち、体内で合成できない(必ず摂取しなければならない)必須アミノ酸は9 種類。理想とされる必須アミノ酸組成の数値を基準にしてタンパク質の栄養価をみる「アミノ酸スコア」という数値があるが、コメは多くの必須アミノ酸をバランスよく含んでいて、精白米で65。これは小麦粉(薄力粉)の44、トウモロコシ原料のコーンフレークの16 などよりかなり高い。穀物は全般的に必須アミノ酸の一種であるリジンの含有率が低いが(したがってリジンの豊富な豆類と一緒に食べるとよい)、コメは小麦の2 倍近くリジンを含み、アルギニンやアスパラギンも2 倍を超えている。結局茶碗1 杯(150 グラム相当)の白米ご飯はコップ3 分の1 杯程度の牛乳と同等のタンパク質を含むことになるから、「コメは昔は日本人の重要なタンパク源だった」という事実もうなずける。

 後でみるように、精米の過程で胚芽やヌカは除かれてしまうため、白米の栄養価は胚芽米や玄米に比べてかなり落ちるが、それでも100 グラムの白米(穀粒)には、プチトマト3 個分のカルシウム、トウモロコシ3 分の1本分の鉄、さやえんどう12 枚分のビタミンB が含まれている。マグネシウムや亜鉛といったミネラルも、それぞれグリーンアスパラガス5 本、亜鉛ならほうれん草2分の1 束分に相当する。栄養的にはかなりの優等生なのである。コメの消化吸収率は白米で98%、玄米で90%と高く、それでいて食物繊維と同じような機能をもったでんぷん(レジスタントスターチ、難消化性デンプン)も含まれている。

 茶碗1 杯のご飯のカロリーは、6 枚切りの食パンの1枚、ラーメン3 分の1 杯ほどに相当する。腹持ちを考えれば、かなり低カロリーな食料だといえるだろう。パンが粉食なのに比べてご飯は粒食であり、そのため消化吸収がゆっくりでエネルギーが持続的に供給され、お腹がすきにくい。ただし多糖類であるでんぷんの摂取で体内でインスリンの分泌が促され、そのことで脂肪の合成と蓄積が刺激される。これが肥満や糖尿病の引き金になるわけだが、興味深いことにインスリンの分泌力はでんぷんが体内で消化吸収されるスピードに関係する。したがって、パンや麺類に比べてゆっくり消化吸収されるご飯は、太りにくいエネルギー源だといえるだろう。

●胚芽米・玄米
 コメのつくりを図1 に示した。収穫したコメから籾殻だけを除いてぬか層を残したのが玄米、表皮をとって胚芽の残したのが胚芽米、胚乳だけになったのが白米である。いずれも上手に炊けば美味しく食べられるが、栄養価の差は玄米・胚芽米と精白米とでは歴然としている。表2 は玄米と白米を炊き上げた状態で、それぞれ茶碗一杯あたりに含まれる各栄養素を比較したものだが、まず特筆すべきなのは、食物繊維の豊富さで、玄米は白米の約9 倍(食物繊維は主にぬか層に含まれている)。日本人の食物繊維の所要量(目標摂取量)は、1 日当り20~ 25 グラムとされていて、現状では実際の摂取量はそれより平均で5 ~ 10 グラム不足しているといわれているが、毎日食べるご飯を白米から玄米に変えるだけでも、その不足分を十分に補えることになる。

 胚芽の部分に多く含まれるビタミンE は、ホルモンの分泌を促して更年期症状を予防するほか、抗酸化作用により血管の老化を防いだり、血行をよくする働きがある。また、ぬか層の部分にビタミン B1 が豊富であり、これは体内で糖質をエネルギーに変えるのに不可欠な成分だ(これが不足すると脚気になることが有名で、江戸時代の中期、江戸や大阪などの都市部の庶民たちは白米を食べられるようになったが、それが原因となって脚気が蔓延した)。その他、玄米はリン、鉄、カリウム、マグネシウム、亜鉛といったミネラル類も多く含んでいる。

●コメぬかにも注目を

 玄米を精米する過程で得られる茶色い皮の部分であるコメぬか。50 年ほど前には多くの家庭が自家精米を行っていたので、一般家庭でコメぬかが様々な用途で使用されていた。たくあんやぬか漬けはもっとも多く食された食品の一つであり、どの家庭にもぬか床があった。精米されたお米の普及に伴い、その需要が大きく減っているが、栄養に富み保存性に優れた手作りできる発酵食として、「ぬか漬け」の価値が見直されねばならないだろう。コメぬかを有機栽培農業や家庭菜園の肥料として利用することも徐々に進んでいる。

 コメぬかには有用な生理活性をもった物質が含まれていることも見落とせない。ビタミンB の一種で動脈硬化の予防に効力のあるイノシトール、抗がん作用が期待されているフィチン酸、ポリフェノールの一種で強力な抗酸化作用を持つといわれるフェルラ酸など、現在詳しく研究がすすめられているものが少なくない。

●コメ主食と健康の行方

 日本人のコメの消費量は年々減り続けている(表3)。戦後の消費量のピークである昭和37 年には一人当たり年118 キロだったのに、平成14 年には約半分の63 キロにまで落ち込んでいる。これと逆比例するかのように、脂質ならびにエネルギーの摂取量は増加の一途をたどっている。食の洋食化が進行し食料の海外依存度が高まって、主食の座からコメが転落しかけているのだ。これは私たちの健康が危うくなっていることの表れではないだろうか。

(市民科学第13号 2006年7月)

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