出生前診断:イギリスからのレポート 第2回 現状

投稿者: | 2004年4月20日

出生前診断:イギリスからのレポート
第2回 現状
渡部麻衣子 (W a r w i c k 大学社会学部博士課程3 年) 
Maiko.Watanabe@warwick.ac.uk
doyou81_watanabe.pdf
はじめに
 前回は、Human Genetic Commission の提出したレポートを基に、出生前診断の問題点をまとめました。実はその後、この土曜だよりで岡橋氏が紹介する予定というロンドンのDana Centre で、レポートの内容を軸にしたパブリックディスカッションの場が設けられ、熱い議論が繰り広げられました。その様子を詳しくお伝えしたいのですが、その前に今回はまず、イギリスにおける出生前診断1 の現状をお伝えします。Dana Centre で示されたように、社会に出生前診断への強い疑問の存在する中で、以下に紹介するような現状があります。
出生前スクリーニングの現状
(図1:NSCのウェブサイトより。検査をうける妊婦)
 イギリスでは2001 年に、保健省の大臣が、「母体血清マーカーテストは全妊婦に紹介されるべきだ」という公式見解を発表2 したのを機に、全国の病院で一律提供するための体制作りが、今年2004 年を目処に進められてきました。その役を担ってきたのが、National Screening Committee の中のAntenatal Subgroup( 出生前スクリーニング委員会)3 です。出生前スクリーニング委員会の今年3 月の発表によれば、現在全妊婦への紹介が推奨されている出生前スクリーニングはダウン症、二分脊椎、HIV 及びB型肝炎の四種類です。内HIV とB型肝炎を対象にしたスクリーニングは、妊婦の感染を診断し、胎児への感染を防ぐために行われます4。現在、嚢胞性繊維症を対象とする出生診断のスクリーニングの一律提供が検討されていて、今年中に最終報告が出る予定です。5
ダウン症スクリーニングプログラム
 出生前スクリーニング委員会の担うプログラム第一号が、「母体血清マーカーテスト」の主な対象であるダウン症を対象とした出生前スクリーニングのプログラム6 です。プログラムは、マネージメントグループを中心にした七つの作業部会と、地域ごとのコーディネーターによって構成されています。(図2 参照)
病院にて
イギリスの医療制度は、National Health Service(NHS)管轄下での、GP(General Practitioners) と呼ばれる一般医のいるクリニックと、Consultant と呼ばれる専門医のいるNHS 病院の連携によって成り立っています。いずれも医療費は国費で賄われます。妊娠が疑われた場合は、まずGP による診察を受け、妊娠が確定すると、出産を担当する病院を紹介されます。そして、一般には妊娠10-12 週目に病院で初診を受け、そこで出生前スクリーニングを受ける意志があるかを尋ねられます。妊婦は私費でプライベートの病院を選択することもできます。NHS 病院でも、私費扱いで特別な医療を提供している場合もあります。出生前スクリーニング委員会の定めるガイドラインで推奨されている技術は国費、それ以外は私費での提供です。スクリーニングは10 - 20 週目に予定されていますが、指針7 ではできるだけ早く受けることを勧めています。指針はまた、出生前診断の一連の流れについて、口頭での説明に加えて、パンフレット8 を手渡すことも定めています。
提供具合
出生前スクリーニングの指針では、各病院での提供具合は、地域のコーディネーターに報告されることになっていますが、徹底されてはいないようです。しかし2007 年を目処に、NHS Information Authority(NHSIA)9 の提供する全国一律のコンピューター入力システムを導入し徹底を促す予定です。ダウン症を対象とした出生前スクリーニングに関する統計は、The National Down Syndrome CytogeneticRegister (NDSCR)10 が1989 年より独自に続けてきました。NDSCR の2002 年度の発表11 によれば、89 年には750 件あったダウン症の出生数が、2002 年には570 件に減りました。National Health Service (NHS)12 によれば、胎児がダウン症と診断された妊婦の90%が中絶を選択します。(図4参照)2002 年度のイングランドとウェールズ地方の統計1 3 ではダウン症を理由にした中絶は347 件で、これは特定の障碍を理由としたものの内では最も多い数です。胎児障碍を理由とした中絶全体は1722 件ありました。
体制整備の影でイギリスでは、当初の予定通り、提供する技術の選択、指針作り、提供具合の監督という、ダウン症対象の出生前スクリーニング提供のための一連の体制が、2004 年時点でほぼ整備され、普及が進んでいます。ここまで整っていると、出生前診断に対する根本的疑問が薄らいでしまうのを感じます。この国で出生前診断に疑問を持っているのは、ひょっとして外国人の私だけ?と不安になったほどです。しかし、HGC レポートに関するパブリックディスカッションで出た意見を聞き、決してそうではないと思い直しました。着々と進行する普及に向けた体制整備の影で、技術への疑問を拭えない人たちがいます。次回は、Dana Centre でのディスカッションを踏まえて、技術への疑問の声を紹介、検討したいと思います。
(註)
1 出生前診断は、ここでは確定診断とスクリーニングの両方を示すものとする。
2 http://www.nelh.nhs.uk/screening/dssp/home.htm
3 http://www.nsc.nhs.uk/antenatal_screen/antenatal_screen_ind.htm
4 UK National Screening Committee’s Policy Positions and estimated timeframe for future consideration, March 2004 [ 詳しくはhttp://www.nelh.nhs.uk/screening/vbls.html 参照]
5 http://www.nelh.nhs.uk/screening/antenatal_pps/cystic_fibrosis.html
6 i. に同じ。
7 http://www.nelh.nhs.uk/screening/dssp/procedures.htm
8 NSC によって2004 年に作成されたパンフレット。地域によっては独自にパンフレットを提供している。Testing for Down’s syndrome in Pregnancy, 2004

クリックしてDS_booklet.pdfにアクセス

9 http://www.nhsia.nhs.uk/nhais/pages/projects/downs/?om=m3
10 http://www.smd.qmul.ac.uk/wolfson/ndscr/
11 The National Down Syndrome Cytogenetic Register, Annual Report, 2002. [http://www.smd.qmul.ac.uk/wolfson/ndscr/NDCSRreport.pdf]
12 vi. に同じ
13 National Statistics, 2002, Series AB no.28, Abortion Statistics, Legal abortions carried out under the 1967 Abortion Act in England and Wales, 2001, Crown: 31. [http://www.statistics.gov.uk/downloads/theme_health/AB28_2001/AB28_2001.pdf]

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