ブッシュが最も恐れる男 元UNSCOMスコット・リッターを招いて

投稿者: | 2003年4月19日

ブッシュが最も恐れる男
元UNSCOMスコット・リッターを招いて
小林一朗(市民科学研究室運営委員/環境・サイエンスライター)
doyou63_kobayasi.pdf
ますますきな臭い世界になりつつある。アメリカ政府はどうしてもイラク攻撃をしたいようだ。日本政府の対応は相変わらずのらりくらり。アメリカとの同盟関係を重視すると表明しつつも表立って支援をするとは言わない。その一方、国連安保理の非常任理事国に対し、アメリカを支持するように説得工作を重ねているのだから始末に悪い。強い者には媚び、日本の経済援助を受けている国々対しては圧力を加えるという情けない、顔の見えない外交を続けている。
この2月3日から7日にかけて、元UNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の査察官として1991年から98まで任務についていたスコット・リッター氏を日本に招いた。イラクの所有する大量破壊兵器について世界で最もよく知っている人物である。彼はアメリカが執拗に戦争を始めたい現状をどのように捉えているのか、また実際、イラクはどれほどの脅威を持った国なのだろうか。
今回のプロジェクトはリッター氏の著書『イラク戦争』の翻訳者である星川淳さんが、口承文芸研究家の池田香代子さんに「彼を招きたい」と相談したところから始まる。私は警護およびシンポジウム会場の責任者として本プロジェクトに関った。
リッター氏は湾岸戦争後のイラクに赴任し、長年査察官として大量破壊兵器の廃棄に従事した。その間、イラクの姿勢は決して好意的とはいえなかったという。兵器を隠そうとしたり、査察対象の施設への立ち入りを拒むなど、任務はスムーズに進んだとはいえない。だが、そうであっても「イラクがアメリカにとっての脅威ではありえない」という。湾岸戦争終了後、イラクが保有していた大量破壊兵器は、UNSCOMによって、その90~95%が検証可能な形で廃棄された。未だに隠されている兵器はあるかも知れないが、その量をして脅威には到底なりえないという。
では再軍備の可能性はないのだろうか?UNSCOMは大量破壊兵器の廃棄に留まらず、厳重な監視体制を敷いた。陸空から施設への監視網を整備したが、一度も網にひっかかるような事態は起こらなかった。大量破壊兵器の製造にはそれ相応の施設と電力の供給など工業インフラが必要になるが、施設についてはUNSCOMが破壊したことで、インフラについては継続されている経済制裁によって到底兵器の製造が可能な状態ではない。米英の空爆によって浄水施設までが破壊され、国民生活への打撃が続いていることからも状況は推し量れる。
98年にUNSCOMはイラクから撤退した。イラクはUNSCOMへの協力を拒否する宣言を行い。当時の委員長リチャード・バトラー(初代委員長ロルフ・エケウスの後任)はその10月に査察官を引き上げさせた。その後、アメリカによる空爆が実行されている。リッター氏によれば、バトラーがイラクにつきつけた要求は、意図的にイラクを挑発するものだっただけでなく、当初からアメリカと共謀して空爆の実行を前提とした行動を取ったのだという。なお、バトラーはリッターと公開の場で討論することを拒み続けている。
イラクが査察を拒否するようになったのはなぜか?それはバトラーの委員長就任を経て、次第に査察の目的が大量破壊兵器の廃棄から、フセイン政権の転覆を目指したものに変質していったからだ。明らかな国際法違反であるが、それがまかり通ってしまうのが今の世界の現状なのだ。
その他、リッター氏の論旨は招聘実行委員会のwebサイトにて詳述しているのでここでは省略する。
リッター氏は現在の米政権にとって最も厄介な人間であるに違いない。政府が国民を説得するための理由を捻じり出してきても、次々に論破してしまう。命の危険にもさらされている。そこまでして彼が真実を語るのはなぜなのだろうか。「私は愛国者だ。そして民主主義を心から愛している」という。一連の彼の行動は、あくまでアメリカを利するために取っているのであり、取り分け人道上の観点に立って行っているわけではないのだという。彼はインタビューを受ける度、必要な戦争のためなら勇んで戦地に赴くと語っていた。かつて海兵隊に属していたことへのプライドも高い。あるインタビューで「元兵士だから反対するのか?」との質問に、即座に「兵士ではない。海兵隊(マリーン)だ」と訂正を求めた。海兵隊は陸戦が開始されると真っ先に投入される部隊であり、IT化された最新兵器を装備しているとはいえ、生死をかけた戦いを余儀なくされる。ペンタゴンやホワイトハウスで安寧に浸りつつ指示だけしている輩とは違う。そうした彼だが、意外なくらい国務長官のコリン・パウエルへの尊敬と信頼を口にしていた。パウエルは無名の黒人将校から湾岸戦争の際には総合参謀本部長として軍のトップを務めた人物である。現在のブッシュ政権において唯一の良識派といわれ、一国主義的なネオコン(新保守主義)のチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官と常に衝突している。戦争の現実を知っているパウエルは軍事力行使には常に慎重であり、外交においては多国間協調路線を取る。そのパウエルが、2月5日の国連安全保障理事会での演説では、(リッターによれば到底証拠とはいえない状況証拠を示しつつ)アメリカは積極的に軍事力を行使していくべきとの見解を示した。「パウエルは計り知れない圧力を受けていると思う」悲しげにリッター氏は語る。「彼が本心で戦争をしたいと考えているとは思えない。もはや戦争は避けられないと判断し、その上で政権内に残り、影響力を行使するための彼の選択なのかも知れない」と推察していた。アメリカは既に湾岸地域への軍を派遣し、振り上げた拳のおさめどころに苦慮している。司令官が迷っている姿は、兵士たちの士気を乱す。パウエルの判断はわからないでもないが、やられる側にしてみればたまったものではない。
彼は今回のイラクへの攻撃が、ネオコン閣僚による謀略だと知っている。だが彼は「戦争が避けられない場合は、国民に情報を公開し信を問わなければならない」という。この辺りの認識は私とは完全に異なる。戦争はほとんどの場合、どちらの側も「自衛」をアピールし国民を扇動して開戦される。そこに正義などあるはずもなく、謀略と欺きがはびこっている。「情報を公開したら戦争なんてできるわけないよ」と問うと、すっきりした回答は得られなかった。だが、星川さんとの談話では「武力によらない解決を選ぶのが本当の勇気さ。アメリカには勇気がない」と語ったそうだ。英語でコミュニケーションできないと損だなぁと改めて思う。本心を聞けなかったということだろう。
ところで、本稿を読んでいただいた皆さんは次の事実をご存知だろうか。イギリス政府が2月3日に発表したイラクとテロ組織のつながりに関する文書。これは独自に調査したものではなく、文書の半分以上にアメリカの軍事雑誌に掲載された大学院生が書いたものの盗用であったことを。スペルの間違いまで忠実に真似していたというのだから恐れ入る。それをパウエル米国務長官までが国連での演説に利用したのだ。
このようにして現代の戦争は準備されていくのである。■
【参考web】 ぜひご覧ください!
兵器とレトリックと迫り来るイラク戦争 イラク戦争はアメリカの戦争 http://www.ribbon-project.jp/SR-shiryou/shiryou-02.htm
元対イラク国連主任査察官スコット・リッター氏車中インタビューhttp://www.videonews.com/
【参考文献】
『イラク戦争 スコット・リッターの証言 ブッシュ政権が隠したい事実』 ウィリアム・リバーズ・ピット+スコット・リッター著 星川淳訳 合同出版
『イラク攻撃を中止すべき10の理由』ミラン・ライ著 宮田律監修 NHK出版

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