インターネットや文献資料、自身での測定、フィールドワークなどを駆使した「自分で調べる」方法を体系的に紹介した、良書『実践 自分で調べる技術』。その著者・上田昌文さんに、同書のエッセンスとともに、現代人が特に身につけておきたい「調べる技術」を聞きました。
後編では、一歩踏み込んだ調査法を通し、仕事やプライベートを充実させる秘訣を紹介します。自分の頭で考えるために実践したいノウハウがつまっています。
<前編はこちらから>
「自分で調べる技術」インタビュー(前編)なぜあらゆる人に調査・リサーチの力が必要なのか?
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驚きの専門図書館を利用しないのはもったいない
──ここからは、人の一歩先を行くような、少し専門的な調査方法を教えていただければと。
これは専門的というよりぜひみなさんに知ってもらいたいことなのですが、意外とやらない人も多いのかなというのが、図書館を利用することです。実は日本には戦前から書籍を大切にする文化があり、おかげで図書館がとても充実しています。たとえば国会図書館や都立中央図書館、あるいは各大学図書館といった大型図書館でちょっと半日や1日くらい調べ物をすれば、その分野の主だった本はおおよそ俯瞰できるでしょう。
ちなみに『実践 自分で調べる技術』に詳しくありますが、国会図書館が運営する検索サービス『国立国会図書館サーチ』は、日本で発行されている図書や雑誌記事・論文などの情報を網羅的に集めた巨大なデータベースで、文献を検索するのにとても便利です。なんとウェブ上から、記事のコピーと郵送の手配もできます。
またこうした総合図書館以外にも、個別のテーマに深く特化した専門図書館を、企業や研究機関、行政が運営していることもあります。
──専門図書館とは、たとえばどこでしょう?
驚くべき専門図書館の代表例のひとつが、高輪にある「味の素 食の文化ライブラリー」です。ここには食に関する過去のほとんどの単行本や雑誌、機関誌、学術論文が揃っていて、なおかつ食に関する映像資料まで豊富に取り揃えています。食べ物のことを調べるなら、まずここに行かないと嘘でしょというくらい充実していて、しかも無料で利用できる。信じられないくらいありがたい環境なのです。
他にも観光に関わる単行本・雑誌・統計・報告書・ガイドブック・時刻表などを所蔵する南青山の「旅の図書館」や、地方自治関係の図書や統計書・雑誌を揃える千代田区の「市政専門図書館」、農業・食関係の図書や資料を揃える練馬区の農文協図書館などがあります。
こうした専門図書館は、図書館蔵書検索サイト『カーリル』内の「専門図書館リスト」や、東京周辺であれば東京都立図書館のサイト内にある「専門図書館ガイド」でも調べられます。
──こうした図書館を知っているのと知らないのでは、だいぶ違ってきそうです。
そうですね。そこに一日二日詰めるだけでも、自分の知的な枠が広がるといいますか、「こんなことまで調べられているのか!」といった体験ができ、とても有意義ではないでしょうか。ネットだと、その分野の資料が現状どれだけあるのかを俯瞰したり、資料の中身を目次でザッとさらったりすることがなかなかできないので、やはり図書館は貴重です。
──ではこうした調べる技術を使い、仕事やビジネスで成果を出すには、どうすればいいでしょう?
よく「偶然の大発見」みたいな話がありますが、それらの多くは、厳密には偶然ではありません。たとえばイギリスの医者・フレミングは、別の菌を培養していたペトリ皿にカビの胞子が偶然混入したことから、抗生物質・ペニシリンを発見しました。自然科学の世界では、こういう話をよく聞きますよね。
「偶然の大発見」は生まれるべくして生まれる
でも多くの場合、それはただの偶然などでは決してなく、ある問題意識をずっと持ち続け、「うまくいかないな…」「なんでだろう…」と思いながら地道に調べ続けたからこそ、その発見に繋がったのです。見えざる蓄積があったからこそ、ある種の失敗や偶然が、ものすごいプラスに転じたのですね。前編で特定分野の情報を蓄積することが大切といったのも、ここに繋がります。
──なにごとも大きな成果を生むには、蓄積や継続が大事だと。
そうですね。さらにいえば、その原動力となる問題意識や疑問、あるいは「こんなものがあったらいいな」といったことを「イメージすること」が大きなカギになります。問題意識に関しては往々にして、「困っています」「助けてください」といった声を聞くことで浮き彫りになりやすいものです。その点、ちょっと外に目を向けると、さまざまなことで困っている人や苦しんでいる人が、自然と目に入ってくると思いますよ。
それを自分とは無関係なことと捉えるのではなく、「これは自分ともどこかで繋がっているかもしれない」「自分もいつそうなるかわからない」と当事者意識を持って受け止める。「困っている人の役に立つ」というのは、まさに仕事やビジネスの根幹でもありますよね。
それともう一つ、調べたことに学問的な裏付けを持たせるというのも、成果を形にするのに有効です。
──学問的な裏付けとは?
要は論文を書いたり、学会で発表したりすることですね。市民が調べたことをいい形で世にアピールし広めるには、いわゆるその道の権威とされるようなところにアクセプトされることが近道になることもあります。論文を書いたり学会発表をしたりするためには、いわゆる「作法」があるので、それをできるだけ早い段階から少しずつ身につけていきたいものです。
とはいえ、作法といってもそんなに難しいことではありません。付き合いのある大学教師や研究者がいれば、教えを請うのも一手でしょう。また作法に限らず、その分野のわからないこと・気になることを、専門家に直接聞いてみるのもいいかもしれません。
実は多くの専門家が、自分のやっている仕事が本当に世の役に立てばいいなと思って仕事しています。だからその専門領域について、一般の人がきちんと反応してくれると、非常に嬉しいのです。たとえば「先生はこう書かれていますが、私なりにこう調べたところ、こんなふうにも見えてきました。先生はどう思われますか?」といったメールがきたら、思わずたくさん返事を書いてしまうという人が多いでしょう。
したがって、自分でできるところまで調べたうえで専門家に聞くというのは、強力な「調べる方法」の一つとなり得ます。最近はウェブサイトやSNSに連絡先を載せている専門家も少なくありません。ただ、大学の先生に関しては、大学の事務局を通して連絡をとるのが一般的です。
「くだらない疑問」は「最高の調査」の原石
──上田さんは『実践 自分で調べる技術』のあとがきに、「実際に行えばわかりますが、調査はおもしろく、楽しいものです。」と書かれています。これまでの調査・リサーチでそう感じたエピソードを教えてください。
これは本当にいろいろあるのですが、たとえば携帯電話の電磁波の健康への影響を調べる一環で、東京タワーの電波を測定した時の話です。東京タワーの周囲をぐるぐる回って約400箇所で測定し地図を作ったところ、距離が離れるほど電波の強さが一様に減衰していくのかと思いきや、強くなって・弱くなって・強くなって・弱くなってというのを繰り返しながら減衰していたのです。
これは何だろう!?と驚いた私は、全くの専門外である電波工学の専門書を半年ほどかけて勉強した末に、その減衰パターンを自力で計算して導くことができました。専門家からするとたいしたことではないかもしれませんが、全くの素人が教科書に書いていないことを見つけ出せたというのが、とても嬉しかったですね。最終的には論文にまとめました。
──まさに「自分で調べること」の醍醐味ですね。
別に画期的な発見でなくても、自分なりに疑問を感じ、それを自分が納得いくように解き明かすことは、やっぱり誰にとっても面白いのです。そして、そういう経験を積み重ねることで、次の「調べること」のモチベーションも大きくなっていく。学校の理科の実験というより、“理由探し”みたいなところが「探偵」の仕事に似ているかもしれません。そういう面白さが、あちこちにゴロゴロ転がっているのです。
──あらためて、「自分で調べる」ための秘訣を教えて下さい。
やはり全ての起点となるのは、「疑問を持つこと」ですよね。その点、子供は天才です。たとえば子どもたちに「街で面白いと思ったものを写真に撮ってきて」と課題を与えると、こちらの「これは撮るだろうな」という予想をみごとに裏切り、「マンホールに変な印がありました」「屋根がすごく斜めな家がありました」等々、大人はなかなか目が向かないものを撮ってきます。本当に驚かされます。
でもそうした「自分ならではの疑問」こそが調査・リサーチの楽しさを生み、さらには疑問が解決されれば「他にはない調査結果」となるわけです。だから大人であっても、自分の中でふと思いついたちょっとした疑問を「くだらない」とか「どうせもう誰かが調べているだろう」と切り捨てないようにすべきなのです。要は、「疑問を手放すな」と。
そうして自分なりの疑問を手にしたら、あとはインターネットや図書館、フィールドワークを駆使して、深掘りしてみる。特に現代の街は、インターネット上で情報化されていないものごとの宝庫です。家を一歩出れば、いわば未開のジャングルが広がっているのです(笑)。もちろんコロナ禍でいろいろな制限を守りながらにはなりますが、ぜひそんな楽しい気持ちでフットワークを軽くして、外に足を運んでみてください。