【連載】
21世紀にふさわしい経済学を求めて
第28回
桑垣 豊(NPO法人市民科学研究室・特任研究員)
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「21世紀にふさわしい経済学を求めて」のこれまでの連載分は以下からお読みいただけます。
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回
第10回 第11回 第12回 第13回 第14回 第15回 第16回 第17回 第18回
第19回 第20回 第21回 第22回 第23回 第24回 第25回 第26回
第1章 経済学はどのような学問であるべきか (第1回)
第2章 需給ギャップの経済学 保存則と因果律 (第2回と第3回)
第3章 需要不足の原因とその対策 (第4回と第5回)
第4章 供給不足の原因と対策 (第6回) 番外編 経済問答その1(第6回と第7回)
第5章 金融と外国為替市場 (第8回と第9回)
第6章 物価変動と需給ギャップ(第10回)
第7章 市場メカニズム 基礎編(第11回と第12回)
第8章 市場メカニズム 応用編(第13回) 番外編 経済問答その2(第13回と第14回)
第9章 労働と賃金(第15回)
第10章 経済政策と制御理論(第16回)
第11章 経済活動の起原(第17回と第19回) 番外編 経済問答その3(第18回)
第12章 需要不足の日本経済史(第20回と第21回) 番外編 経済問題その4(第22回)
第13章 産業関連分析(第23回)
第14章 武器取引とマクロ経済(第24回) 番外編 経済問答その5(第25回)
第15章 植物進化に学ぶ(第26回)
第16章 番外編 解説&経済問答その6「株式市場」(第27回)
番外編 解説&経済問答「資産選択理論への疑問」 その7
日本政府は、将来、年金支給額が老後を支えるのに不十分だとして、国民に資産運用をすすめています。株の売買であげた利益に対する非課税枠を増やす、NISAという制度を設けたりしています。経済学には、資産選択理論という、個人や個別企業が自分の資産をどのように運用するのが合理的かを考える理論があります。しかし、これが一つの国のようなマクロな規模でも、通用するのでしょうか。以下、それが原理的にまったく成り立たないことを示したいと思います。まず、基本的な解説して、それに続いて3人の対話を展開します。説明するのは、今回も工藤さんです。
論者
工藤 経済雑誌契約調査員(32)
服部 業界新聞調査部係長(48)
松本 ネットジャーナリスト(34)
【解説】
●家計の資産構成データ
日本の家計の資産構成では、株が少ないことを問題視する議論をよく目にする。その前提には、資産選択は個人個人では自由であるので、一国規模でも個別の合計でそのまま資産構成が決まるという見方がある。その上、家計が株式の構成を増やすのがそんなにいいことなのか、という疑問もある。ここではマクロな観点から、資産構成を考察する。
まず、日本の家計の資産構成の変化を図表M7-1のグラフであらわした。現在は15%程度だが、バブル期には30%に近づいた。リーマンショックの直前に増えたが、その後減り、今また増えつつある。ちなみに金額(時価総額)自体は、現在バブル期よりも多い。2023年3月末現在の日本、アメリカ、ユーロ圏の家計の資産にしめる株式・投資信託の割合は、以下のとおりである。確かに日本は少ないが、バブル期には今のユーロ圏なみだったので、資産選択というより株価次第ではないかという疑問がわいてくる。一方、企業の資金調達方法の変化も原因である可能性が高い。だとすると、家計の問題ではない。
◆家計の株式が金融資産構成にしめる割合 2023年3月末 日本銀行
日本 15.4% アメリカ 51.3% ユーロ圏 31.1%
個別の資産選択に関する「資産選択理論」は、資産の種類による収益性とリスクを勘案して、最適な選択をするというものである。それをそのまま足し合わせれば、マクロの資産構成になるかどうかを検証する。
株式を購入する場面を考える。株式を買った人の資産は証券会社にある口座残高(預貯金の1種)が減り、株式が増える。と同時に、売った人の証券口座残高が増え、株式が減る。どちらも家計であれば、全体の資産構成は変わらない。いくら多くの人が株式を買うようになっても、同じだけ証券口座残高(預貯金)も増える人がいて、資産構成は変わらない。
今度は、日本銀行の家計の資産構成データの元になっている資金循環統計で、証券口座残高をどのように扱っているかを確かめる。そうすると、部門の分類では「証券会社」があり、その中では取引として「預かり金(負債)」が証券口座残高にあたるようである。家系側の資産構成では「現金・預金」にあたる。
ただし、マネーストック(貨幣流通量)統計には含まないので、注意が必要である。銀行から信用創造で資金を借り、証券口座に入金すると、マネーストックが増えた直後に元に戻る。バブル経済で株価が高騰し始めても、マネーストック統計にはすぐあらわれにくいことに注意する必要がある。
株の時価総額がこの証券口座残高の何倍かを、図表M7-2で変遷を見る。家計以外も含んでいることに注意。やはり、バブル期に増えている。バブル経済に向かう兆しが、図表M6-4(1984年)よりも早い1980年代前半から見える。90年代末の証券危機でも増えている。2008年のリーマンショック後は、倍率が下がったままになっている、つまり証券口座残高が相対的に増えている。株価が下がったからであろう。ネット取引の拡大で、株の売り買いをする人は増えたが、株価が下がれば一気に構成比が減ってしまう。
図表M7-1 日本の家計の資産構成

図表M7-2 時価総額/証券口座残高比
次に、資金を借りる側の民間企業の負債構成を図表M7-3に見る。かつては銀行借入が多かったのが、その後株式の割合を増やしているが、バブル期やリーマンショック前に増えて、その後減り回復するという変動を見せている。資金調達ではなく金融負債なので、株式は時価総額であって、上場額の累積ではない。だから、株価によって変動する。これも国際比較すると、日本はアメリカよりも少ないがユーロ圏なみである。だとすると、日本の家計の株式割合が低い分を、日本銀行や年金基金が株を大量に買い込んでユーロ圏なみにするように補っていることになる。国が関係機関を使って、家計の株式保有をさまたげていると見えないこともない。表向きの政策とは矛盾している。
◆民間企業の株式の金融負債にしめる割合 日本銀行 2023年3月末
日本 53.7% アメリカ 67.2% ユーロ圏 57.9%
図表M7-3 民間非金融法人の金融負債構成
一方、図表M7-4は、株式市場に上場している企業の毎年の資金調達割合と金額である。圧倒的に普通債(社債)が多い。株式が多くないといういことは、株の買い手が株を選ぼうとしても新たな供給は限られいるので、流通市場で交換するだけとなる。株式での調達が多いのは、1999年の証券危機と2009年のリーマンショックの翌年なので、積極的な資金調達というより、資金繰りのために手っ取り早く資金を手に入れる方法になっていることがわかる。
このグラフに載せているのは金融市場からの調達なので、信用創造に基づく銀行融資は含めていない。
図表M7-4 上場企業の市場からの資金調達
【問答】
株を買う人がいれば同じだけ買う人がいる話
服部
日本政府が働いている世代がそのままの生活レベルを老後にも続けようとすると、2000万円の貯蓄が必要だという試算を発表したことが「きっかけ」で、個人の資産運用が話題になりました。
松本
それで、普通の貯金では無理なので、個人で資産運用してほしいという話ですね。
工藤
まず、老後なのに、働いている時代と同じ生活レベルというのが無理です。しかし、その前に個人が今までよりもたくさん株を買うようになれば、それだけで家計の資産にしめる株の割合が増えるかどうかが疑問です。
松本
大勢の人が株を買うようになれば、現金や預金で資産を持つ割合が減って、株が増えるんじゃないのかな。単純な話だ。
工藤
株を買う人がいれば、同じ額で株を売る人がいます。両方とも個人なら、全体として家計の資産構成は変わりません。
松本
でも、普通の商品だと、買う人が増えれば支出の中でその商品の購入割合が、全体としても増えます。株でもそれと同じじゃないのかな。
工藤
いいことに、気が付かれました。普通の商品だと形のある商品でも、サービスでも、家計つまり消費者が買えば後は再び市場には出回りません。中古市場はありますが、経済全体から見ればごく一部です。しかも、元の値段よりもかなり安くなります。
それに対して株式は消耗しないばかりか、値が上がることのほうが多い。もちろん、経営破綻やバブル崩壊で暴落することもありますが。
松本
中古品売買は、GDPに含めないですね。
服部
NHKの個人の経済行動の番組で、出ていたタレントが古本売買をGDP(付加価値)に含めないのを残念そうにしていたね。
工藤
それはGDPの集計方法がおかしくて、中古売買を物の取引と考えるからで、流通サービスとするべきなのです。株の話に戻します。
服部
そうそう。私も定年後が見えてくる年齢だから、株の話をしてもらわないと。
工藤
実は株式市場には、発行市場と流通市場があります。株式は、発行市場で供給して、基本的は市場から消えないで流通市場で生き続けます。そして、中古品市場とは反対に、株式の売買は圧倒的に流通市場の割合が多い。これは前回の連載で、企業に資金が渡るのは発行市場だけだという話をしました。
松本
確かに、発行市場では株式市場に新しい資金が流入するが、流通市場では資金と株が行ったり来たりするだけです。
工藤
売り手が、企業や政府関係、外国の投資家ばかりだと、家計の保有率はあがります。でも、そんな想定はしていないはずです。
例えば、企業株主がこれから景気が悪くなると予想して、売りに出したりすると、安くなりそうな株を家計に押し付けることになります。それでは資産形成になりません。また、企業が資金調達のために株を売って、それを個人(家計)が買って株価を保つという筋書きもあります。
松本
そうすると、企業は家計から資金調達できるので、これは直接金融なんじゃないかな。
工藤
あっ、そうとも言えますね。でも、資金を手に入れるのは、株を発行した企業ではなくて、株を持っている企業です。株式市場は、株の売り買いの流動性が高くなるように設計してあるので、そういう働きがあると見るのがよさそうです。手に入れたいときに、すぐに資金が手に入る。
服部
でも、今までの経済学は、そんな意味で株式市場を直接金融と呼んでいたわけではないだろう。
工藤
そのとおりです。資産を売って資金を調達する。それは、土地や社債、国債でも同じことで、換金できる資産が元々あるからできることです。
これは最後に株式市場の存在意義のところでとりあげますが、株が流動性の高い資産でそこに社会的存在意義があることは確かです。会社にとっての資産選択です。
松本
しかし、株式市場を発行市場と流通市場にわけて考えるだけで、新しい構図が見えて来たんじゃないかな。
服部
流通市場で、株の売り手のことを今まで考えていなかったのは、大きな見落としじゃないか。
それはそうとして、日本の家計の資産構成が現金や預貯金に片寄っていて、株式が少ないのは事実じゃないか。図表M7-1を見ても、アメリカやヨーロッパと比べても、一目瞭然だ。
株の資産割合が増えるのはどんなとき?
工藤
そこで考えるべきことがあって、資産の中で株の割合が増えるのはどういうときかということです。
ひとつは、株の供給で、株式会社を設立したときと増資をしたときです。もう一つは、株価が全体として上がったときです。表にしました。
図表M7-5 資産構成にしめる株式割合が変動する要因
この中で、まず、株の供給をとりあげます。株価は、後でくわしく説明します。株価のほうが本命ですから。
松本
株の供給というのは経済学では聞きなれないけど、前回の問答6で出てきた「株の量」のことだな。
工藤
大枠として考えると株数のことですが、株式分割などでそのまま別の会社の株数を足しても意味がないので、株価指数TOPIXで時価総額を割り算しました。図表M6-7をもう一度見てください。
松本
よく考えると、新しい株の供給がないといくら株を買う人が増えても、株式全体は増えないはずだ。
工藤
株の発行市場が、株の供給源だということです。そして、忘れがちなのが、上場するよりももっと前の段階で株式会社を設立したときに、株が増えるということです。
例えば、個人が預貯金の300万円で株式会社をつくったとして、その個人は300万円相当の株券を所有することになるかわりに、その会社は300万円の資金を手に入れるわけです。そうすると、マクロには、家計の資産は株式が増えて現金・預貯金が減り、企業の資産は預貯金が増えます。確かに家計の資産は、株式の割合が増えます。
松本
しかし、企業が出資して子会社を設立すれば、企業部門の中だけのことになるけど、預貯金は移動するだけ、株式だけが増える。家計には関係のない話ですが。
服部
もっとややこしい場合があって、個人が土地を担保に銀行から300万円を借りて、株式会社をつくったとしたらどうなるかな。
工藤
銀行が個人向けに債券を発行して、それが銀行の資産になりますが、信用創造なので銀行のもつ預貯金には変化がありません。借りた個人は、預貯金に変化がなく株式だけが増えますが債務を負います。できた株式会社は預貯金が増えます。
松本
借金してもそれは資産構成には数えないから、個人の預貯金が減らない部分だけが構成に与える影響が違う。銀行に債務が残るから個人にはそこが大きいけど、土地を資金化したとも言える。
工藤
日本の家計の資産構成と言っても、金融資産構成なので、公社債(国債や社債など)は含むけど土地は含めないので、土地資産の割合が減ったというふうに計算をするわけではありません。
ベンチャー企業設立
服部
だいぶややこしくなってきたけど、会社設立が株を増やすとすると、ベンチャー企業が活躍するアメリカで株の割合が高い、という話になるのかな。
工藤
ややこしい話をかましてきましたね。日本も会社をつくる人は結構多くて、アメリカよりも少ないというだけです。
服部
それが新技術開発に日本が遅れを取っている理由だとすると、資産構成の問題ではなくて、技術の問題だということになるんじゃないか。
工藤
新技術開発は、日本の場合、大企業の通常の開発部門の中から生まれてくることが多そうです。新しい技術を開発する専門の部門を設けるのが良さそうにみえて、そうでもない。
松本
そうそう、これから新しいことを思いつくぞ、新しい技術のことだけを考えればいい、と言って、新技術が生まれるならだれも苦労しない。
工藤
アメリカたくさんの新会社が生まれる中で、新技術が生まれるパターンが得意だとことでしょう。日本がまねをしても、うまく行きますかね。それにアメリカもヨーロッパも軍事予算が大量に研究費として、企業や大学に流れ込みます。いよいよまねしたくないですね。
松本
日本の政治家も、軍事予算に目覚めたようで危険です。
増資と資本主義
工藤
技術や軍事の話は別に機会にゆずるとして、図表M7-5に戻って増資の場合を説明します。
服部
増資というのは、上場企業が新しく株を発行して、市場から資金を調達することだね。
工藤
別に株式市場に上場していなくても、株式を増資することはできますが、銀行融資や社債発行が多いです。株主を増やすと会社が小さい割に、意見を言う人が増えて、意志決定がむずかしくなったりします。
ということで、上場企業の増資に注目したらいいのですが、その実態が図表M7-4に載っています。
服部
これを見るとやっぱり社債が多いね。新株予約権付社債というのは、社債として発行するが、増資のときに株に変えることができるということで、株に準じると見てかまわないね。
工藤
実はこれには載っていませんが、銀行融資が一番多いはずです。最大で年間20兆円なんて少なすぎます。この統計データは、日本取引所(旧東京証券取引所:東証)のものなので、証券会社の守備範囲しか載せていないようです。社債は銀行も扱いますが。
松本
金額が大きすぎて、20兆円が少なすぎる、ということば出てこないな。このデータを見ると、日本企業は株よりも借金を選んでいるように見えます。株だと返済義務がなくて楽だと思いますが。
工藤
それは1つ前の図表M7-3を見れば、ヒントが見つかります。こちらの図は企業の金融負債の割合、つまり借金の借入先の内訳です。株が圧倒的に多いです。これは時価なので、株価があがればそれだけ割合が増えます。これが重みになるので、避けたいのでしょう。
松本
でも、返済期限はない。
工藤
配当金が負担になります。配当率は株の時価に対して設定するので、株が安いときに手に入れて長期保有する保険会社などの機関投資家は、思いもよらないほど、高率の収入を得ます。
しかも、資本主義なんだから、投資家が得するのは当たり前だということで、配当率を通常の利子よりも高く設定したりします。株の時価に対する配当率ですから、かなり高くなります。
松本
でも、本当に資本主義を維持するには必要なんじゃないかな。
工藤
残念ながら、それは因果関係が逆転しています。昔は設備投資資金を集めるのが難しかったので、配当率を高く設定して、人気がでれば株価も上がる。株価が上がれば、増資で資金を集めやすくなる、という現実があったわけですが、今は資金があまっている状態ですから、金利や配当が低くても当たり前です。
ただ、金利の話は物価がからんで、名目金利は高くなることもあるので、事情が込み入っています。実質金利で考えるべきなんです。この件は、前回の問答で取り上げました。
服部
じゃあ、株が企業の負担を増やしている。むしろ、株を減らしたいぐらいだということになる。
工藤
株価上昇がいいことだったのは、増資をしやすくしたからです。今の時代には株安だと会社を乗っ取られるので、消極的な理由で株高を望んでいたりします。株高は会社の業績を表わしている面があるので、商売はしやすいでしょう。
松本
話を資産構成のことに戻すと、増資つまり新株発行は株の構成を増やすことになるとして、その規模が問題になってっくる。
工藤
前回の話と重なりますが、図表M6-2や3に「株の時価総額に対する上場調達率」を載せましたが、株が資金調達に大きな割合を占めたのは、1964年までです。
服部
株式市場が実体経済のための主役だったのは、高度成長期までだということになる。アメリカは、日本の10年さきを行っていたとすると、1950年代にガルブレイスが株式市場廃止論を唱えたのも、あながち先走りすぎたわけでないということか。
工藤
服部さん、よく知っていますね。
服部
何、昔はガルブレイスの『不確実性の時代』がベストセラーだったんだから。私が読んだのは、文庫になってからだけど。
松本
みんな、昔のことは忘れるということか。
工藤
株式市場廃止論は、ガルブレイスの『ゆたかな社会』です。それを読まれたということですね。
ガルブレイスは、株式市場が経済を不安定化するマイナスの面を理由にしたんですが、さっき説明したのは、存在意義があるのかっていうことです。
株式市場への上場と情報公開
松本
ところで、企業の業績が上がって会社が発展して、株式公開・上場のときにも、株は増えるんじゃないか。
工藤
実は株式には額面というのがあって、発行時の原価だったわけですが、今はそれがなくなりました。株を株式市場に上場するとき、証券会社が類似企業の例などから、株価を決めて売り出します。株数が増えたりすることはありません。市場に出まわる株が増えるだけです。
ただし、株式を公開する以上、設立時の額よりも高くなる見こみ、言いかえれば会社の発展性が見こめるわけです。
服部
世の中にある株は会社設立のときに増えるが、上場のときには増えない。
工藤
株式の公開で会社をつくった人は、差益を得るわけですが、それを「創業者利得」と言います。
服部
ところで、株式の公開と聞いて会社の「情報」を公開することだと思っている人がいるんじゃないか。
工藤
服部さんや松本さんには常識でしょうが、株式市場でだれでも自由に売買できるようにすることを公開と言います。そのときに一定の情報を公開することを義務づけているので、あながちまちがいとも言えませんが。
松本
20世紀の終わりに日本で金融ビッグバンというのがあって、その公開内容に変更があった。
工藤
それまでは、どこにどういう工場があって何を生産しているか、というような事業内容を有価証券報告書に書いてありましたが、資産運用的な発想になって書かなくてよくなりました。
松本
私が環境問題の取材で、どこの工場で有害物質の発生の可能性があるかを調べるときに、昔のように有価証券報告書に書いてあればと思うことはあります。
工藤
たいてい会社のサイトで工場や営業拠点を公開しているので、その点はよくなっていると思います。
松本
ただ、インターネットのサイトだと会社によってバラツキがあって、公開に後ろ向の企業に限って問題をおこしていたりする。
服部
昔は大きな本屋で有価証券報告書を売ってたりしたね。うすっぺらいのに何千円もするので驚いたけど。
松本
今でも売っているのを見たことがあります。株主総会の前の時期だけのようですが。
工藤
仮に株式市場をガルブレイスのいうように廃止しないまでも、役割を縮小するとして、今ある情報公開義務がなくなるのは問題です。地域住民、消費者、労働者・職員、地元自治体に対して、もちろん株主に対しても、新たな情報公開制度が必要です。もちろん、技術情報を守る企業間の競争にも配慮しないといけないですが。
松本
いわゆるステークホルダーを意識した経営ということだな。
工藤
私にはカタカナの流行語は性にあわないですが、そのとおりです。
【解説】
●株価が資産構成を左右する
そこで、「株式全体の時価総額」と「家計の株式時価総額」の動きを図表M7-6に見る。だいたい比例しているが、2013年から株式全体の時価総額だけが増えている。日本銀行や年金基金の株式の買い入れの時期と重なる。
図表M7-6 家計がもつ株式時価と株式時価総額
図表M7-7は「家計の株式保有構成率」(図表M7-6は金額)を、「株価時価総額」「株価」「株の量」と比べるために1990年を基準に指標化した。家計の株式保有率にもっとも近いのは、TOPIX(株価)である。やはり、家計の個々の判断の影響はわずかで、基本的に株価によって構成比が左右されていることがわかる。
図表M7-7 株式時価総額と株価・株の量の関係
株を買う人が増えても、同じだけ売る人がいて相殺してしまうと書いた。では、どうして資産構成で、「現金・預金」と「株式等」が変化するのか。それは、株が値上がりすると次にその株を買う人は余計に証券口座から多くの資金を投入する必要がある。その資金を得るのに、信用創造で通貨増えて、証券口座に振込むだけなら、構成比は変わらない。ところが、株価は取引した部分だけではなく、その銘柄全体の株価を上げるので、増えた通貨の何倍も銘柄の時価総額を増やすことになる。これを仮に「株価のテコの原理」とでも名付けよう。これが全面化すると、株価全体の時価総額が通貨投入量の何倍も増えることになる。
株の上場(株式公開・増資)では、株と通貨の交換なので、信用創造で増えた通貨と増えた株の価格は同じである。流通市場でも同じであるが、信用創造でなく自己資金で株を買うこともある。この場合、実体経済で使う通貨が減る。これがマクロに観察できる規模だとすると、不況か金融危機である。図表M7-4で確かめたように金融危機のときに、株の上場が増えている。しかし、同時に株価が下落しているので、株式の構成比は増えない。
【まとめ】家計の株式保有率を左右する原因
・株価
・日本銀行や年金基金の株式買い入れ
・企業の資金調達の構成比
・家計個人の資産選択(ただしマクロへの影響は少ない)
・未公開株について
未公開株の株価は変化しない。株式会社設立時に株式を発行するが、資金は会社の資産、株式は会社の負債で、設立した個人(株主)にとっては株式が資産。経営に失敗すれば、株式の価値は下がるが、株価が下がるわけではない。しかし、未公開株も個人経営では、家計の資産に含まれていることを覚えておく必要がある。
●株価が実体経済から遊離する理由
以上のことを踏まえると、アメリカの家計が株式保有率が高い理由は、個人の選好もあるが株価が実体経済に対して異常に高いからではないかという仮説が成り立つ。もしかしたら、アメリカ経済は「常時バブル」なのではないか。そして、日本やユーロ圏もアメリカほどではないが、いろいろな政策で無理に株価を押し上げている疑いがある。これは「株価の走り凧現象」である。風が弱いのに、政策当局や証券業界が凧紐をもって走って、凧を高い位置に保っている。だから、ささいなできごとをきっかけに株価暴落するのかも知れない。
例えば、株式時価総額が総資産ということになっているが、実体経済たとえばGDPの伸びよりも株価上昇がはげしいとき、始めに株を売った株主はその額で通貨を手に入れることができる。これで、実体経済から商品を手に入れることができて、資産が実体化できる。しかし、これがマクロに影響するほどになれば、株価は下落して総資産は減少する。今の高めの株価に実体があるのは、はじめに売り抜けた一部の株主だけということになる。株式時価総額の家計所有分すべてを、家計の資産と考えてもいいのであろうか。
富裕層や内部留保の大きな企業が余裕資金で株を買う限り、株価上昇で買い物をしても株を売った資金を使う必要がないので、株価は下がらない。所得格差と労働分配率の低さが、富裕層や内部留保の大きな企業の資金を増やしているとすると、これが株価バブル維持装置になっている。
【問答】
株式割合を増やす主役は株価上昇
工藤
さて、いよいよ本命の株価上昇の話をします。
松本
今までは前置きだったのか。
工藤
ある人が買った株価が上がったとします。それを売ると、売った人には利益が出ます。さて、売った人も買って人も個人だったとして、家計の資産は株の割合が増えるでしょうか。
松本
預貯金、厳密にいうと証券口座の間の資金が移動しただけだから、証券口座を含めた預貯金類は変化しない。株の数も変わらない。だけど、株の時価総額は売り買いするまでもなく、株価が上がった時点で増えている。
工藤
そのとおりです。で、それふまえた上で、ここが難しいところですが、だれかが以前よりも高い株価で株を買わないと、株価はあがりません。
「株価が上がったので、株を売りました」といいますが、売るほうと買うほうを立場を入れ替えて考えると、「株価が上がった」と「上がった株を売りました=上がった株を買いました」は同じことの両面です。
松本
しかし、たとえ株価が上がったとしても、株と証券口座残高の交換にすぎないとすると、資産構成には影響しないはず。さっきの話と矛盾している。工藤さんどういうことかな。
工藤
ここがポイントなので、よく聞いてください。取引していない株主でも、株価が上がれば自分の株式資産は増えます。本文の解説で「株価のテコの原理」と名付けました。
松本
きっと数%の株が動いただけでも株価は上がるから、上がった分の追加のお金(証券口座残高)は少なくても、時価総額は増えるというわけだ。
工藤
だから、日本がバブル経済のときに株の資産が増えたわけです。
ここまでの話を踏まえまして、株の時価総額がどのようなときに変化するかを図にしましたので、参考にしてください。

図表M7-8 株式の時価総額の変動要因図
株高からバブル経済へ
松本
現在、アメリカやヨーロッパの資産の中で株式が多いのも、株価の影響と考えてもいいのかな。
工藤
アメリカの場合は企業の資金調達先が株式の場合が多いという側面もあります。しかし、アメリカもヨーロッパも株価のミニバブルではないかと思います。GDPよりもずっと増加率が高いですから。
松本
ミニバブルというけど、ずっと株高じゅないかな。
工藤
欧米の経済は、おそらく株高依存症ではないかと思います。特にアメリカは「常時バブル」。
松本
ジョージ・ブッシュならぬ、常時バブル。
工藤
アメリカは景気が悪くなると、ITバブル、リーマンショックにつながる金融バブル、その対策という名目の中央銀行による過剰な資金供給バブルと、バブル経済が常態化しています。
服部
少し話が違うかも知れないが、昔の会社の会計では、株や土地は購入価格で資産評価して、売ったときに初めてそのとき相場が反影するようになっていた。
工藤
資産評価の原価取得会計です。それが1990年代末の金融ビッグバンで、時価会計制度を導入しました。ただし、企業グループの連結会計の場合など、採用したのは一部の企業なのですが、時価会計の発想が世の中に広く行き渡るようになりました。
服部
それで株価を意識する経営が広がって、リストラをする企業が出て来た。
松本
労働者を減らすと経営の効率が上がって、株価も上がるということでした。
工藤
あくまでも、「そう思う株主が多い」と多くの株主が思ったにすぎないのですが、株価はそういう思わくで動くものですから、実際の株価も上がる。別に労働者がきっかけでなくても、いいわけです。
松本
その一時的現象を持続させるために、何らかのバブル現象を利用する。
工藤
ところがそういう脆弱な基盤に乗っかっているもんですから、株価は下がるときは下がる。そうしないために、ゼロ金利政策でも量的緩和(中央銀行が大量の通貨を供給する政策)でも、口先だけのコメントでも、何でもします。これを「株価の走り凧状態」と言います。
服部
風が吹かないと凧が上がらないので、走って凧を持ち上げることだな。子供のころ、凧を高く上げたくて走りすぎて、川の土手でころんだことがある。
工藤
土手でころぶくらいなら、まだかわいいもんですが、経済全体がこける。バブル崩壊です。
【参考文献】
「マネーストック統計の解説」日本銀行調査統計局 2023年6月
「資金循環統計の解説」日本銀行調査統計局 日本銀行 2023年
『図説 日本の証券市場 各年版』日本証券経済研究所 1969~2024年(ほぼ隔年)
『新証券市場2012』日本証券業協会、高橋文郎編 中央経済社 2012年
『株式投資収益率’98』日本証券経済研究所 1999年など
『日本の証券市場』中村孝俊 岩波新書青509 1963年
『図解で学ぶSEのための証券業務入門』室勝 金融財政事情研究会 2019年
『不確実性の時代』
ガルブレイス,ジョン.ケネス著、斎藤精一郎訳 講談社学術文庫 2009年(原著1977年)
『ゆたかな社会 決定版』
ガルブレイス,ジョン.ケネス著、鈴木哲太郎訳 岩波現代文庫 2006年(原著1958年)
【サイト】
日本銀行 統計 https://www.boj.or.jp/statistics/index.htm/
日本取引所(旧東証) https://www.jpx.co.jp/markets/statistics-equities/index.html
投資信託協会 https://www.toushin.or.jp/statistics/statistics/index.html
◆予告
株式市場の話を完結させるつもりでしたが、問答の登場人物の話が盛り上がって長くなってしまいました。次回こそ、国が進めようとしている「資産運用立国」が虚像にすぎないことを説明したいと思います。