携帯電磁波と脳腫瘍Part 1

投稿者: | 2009年2月2日

写図表あり
csij-journal 022 point.pdf
携帯電磁波と脳腫瘍Part 1
1 携帯電話の普及と使用の状況は?
1-1 携帯電話はここ10年で世界中で爆発的に普及し、日本では2008年5月に、契約者数がPHSとあわせて1億人を突破した。現在では9割以上の人が所有していることになる(2008年12月末で、携帯電話100,525,078件+PHS 4,772,18700件=1億529万7265件【総務省のデータより作成】)。
1-2 携帯電話は多くの面で社会に影響を与えている。その多面性を見失うことなく、この技術をとらえていくことが重要だろう。社会影響の主だった領域は次の10領域だろう。
(1)産業成長・経済効果
(2)利便性の向上(ユビキタス社会の中核技術)
(3)福祉(コミュニケーションのバリアフリー)
(4)公共性との兼ね合い
(公共空間の私物化、固定電話の減少)
(5)犯罪・事故・災害とセキュリティ
(電子機器の誤作動などを含む)
(6)通話代による家計圧迫
(7)健康影響
(8)環境負荷(廃棄物問題、希少金属資源など)
(9)若年層に特有の影響
(依存症、有害サイトアクセス、ネット犯罪、いじめ)
(10)基地局(住民合意不在の設置が生むトラブル)
1-3 学校への携帯電話持ち込みを禁止する動きが広まっているが(上記(9)の理由)、それ以外の影響を正確にとらえていくためにも、たとえば「子供のインターネット・携帯電話利用についての実態調査」(東京都教育委員会2008年7月)で一部扱われているような子どもの実際の使用状況の把握が重要である(たとえばこの調査では、「小学校では通話の方が多く、1日平均12.1分。これに対してサイト閲覧は5.8分で、メールは6.3回。中・高校ではサイトが上回っており、中学校では通話が1日平均8.3分、サイトが35.0分、高校では通話が10.3分、サイトが63.3分。メールは中学校が1日平均 21.3回、高校が20.0回と、小学校と比較して3倍」といったデータがある)。
1-4 携帯電話は単なる電話では決してない。20世紀末に出現した、生活に大きく変える最大級の技術革新であり、いわゆるユビキタス社会の中核技術と位置づけてその動向に注目する必要がある。それには、(1)非常に高い普及率、(2)モバイル性(究極的には身体との一体化をも視野に入れいている?)、(3)情報万能特性(インターネット/PC/カメラ/GPS……)、(4)「私のケータイ=私自身」という自己同定化特性(”情報”が個人の存立様態の基礎とみなされる社会では、携帯のこの特性がもたらす光と影はともにますます大きくなるだろう)、とった観点が関わるだろう。
2 携帯電話は電磁波をどう使うか?
2-1 電波とは何かを深く正確に知るのは大変だが、ここでは携帯電話に関する基礎的事実をまず整理する。
①携帯はデジタル信号を用いている。データを分割し複数で同じ周波数帯を共有し、電波の利用効率を上げている。
②携帯電話はマイクロ波(高周波の一部)を使っている。周波数が高いほど直進性が増し、データの伝送レートを上げることが容易となる。
③携帯電話は基地局を介してつながっている(携帯端末A→基地局A→(光ケーブル経由で交換局・制御局)→基地局B→携帯端末B)。各基地局は1.5km~3kmのエリアをカバーする。
④受信、着信、メール、エリア確認にすべて電波発信が関係する(携帯端末は数秒おきに基地局と位置確認交信をしている)。
⑤現在の使用周波数帯は、現在900MHz,1.5GHz,2.0GHz(第三世代携帯)。PHSは1.9GHzで出力は携帯電話の約10分の1。
⑥端末の出力は0.60W~0.8Wほど。基地局は0.5W~70Wといろいろな強さのものがある。
⑦電波に情報を載せるための変調という操作を加えており、そこに低周波も用いられている。
2-2 電子レンジは2.45GHzのマイクロ波を使って物を加熱する機器である。携帯電話のマイクロ波も、それよりはるかに弱いパワーではあるが、加熱作用を持つ。加熱作用が強すぎると急性的な障害をもたらす。そこで、電波は「電波の物理的な強さ」と「生物組織を加熱する度合い」の2面から規制されている。前者が「電力束密度」(単位は、μW/cm2など)あるいは「電界の強さ」(単位は、V/m)の規制であり、後者が「SAR値(比吸収率)」(単位は、W/kg)である。
2-3 電波強度の規制には国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)のガイドラインがある。これは、科学的知見を集積して作られた権威あるものだが、加熱や刺激による急性影のみを考慮した防護基準であり、法的拘束力もない。各国でまちまちの防護基準が採用されているのが現状である。【表1:単位はμW/cm2】
2-4 携帯端末は機種ごとにそれぞれ違うSAR値を示す。それらはすべてメーカーが公表しているが、これも各国で規制値が異なる。
PHSは携帯電話に
比べて出力が弱い
ので、SAR値も
10分の1ほど。
3 どのような生物影響が?
3-1 健康影響を探るには、 (1)分子細胞レベル、(2) 動物個体レベル、(3)疫学、の3つのレベルの科学研究の方法上の利点と欠点をふまえて、それらの結果を相補うように生かすことが求められる。 (1)は試験管内の実験によって生物影響のメカニズムを推定することに強みを持つ。(2)は動物に用いた特定の因子や条件で、ヒトの疾病が引き起こされるかどうかを推定する手がかりを与える。(3)は疑わしき因子と疾病との因果関係の推定を、ヒトそのものの病気の発症を統計的に比較することで行う。
3-2 電磁波の研究の場合、さらに次のような困難をかかえることになる。(1)曝露の状態を決めるパラメーターが非常に多く、複雑であること(「141ものパラメーター(照射強度、時間、周波数、変調やパルスの方式……)」があるという物理学者もいるし、「1回の10分間通話が10回の1分間通話と同等であると言うことができるであろうか?」(Hardell 2008) と率直に問う疫学者もいる)。(2)大半の人が携帯電話を所有しており、疫学で曝露と非曝露を比較することが困難になってきている。(3)厳密に管理された条件で微弱電波を長期間曝露させる動物実験のコストが非常に大きい。(4)がんなどの疾病は潜伏期間が20年以上にもなるものが少なくない。
3-3 これまでに公表された生物影響のデータの主だった例を【表2】に示す。同じ結果の再現が難しかったり、動物での結果がそのままヒトにあてはまるわけではないことなどから、それぞれ限界を抱えているが、いずれも加熱作用を考慮して作られている2-3と2-4の規制値よりはるかに微弱な電波でこのような結果が得られている点が重要である。つまり、有害性を持つかもしれない非熱作用がマイクロ波には存在すると考えることができる。
3-4 一方で、たとえば日本の総務省の「生体電磁環境推進委員会」が1998年から行った5件の研究のように、「影響はみられなかった」とする研究も多数ある。しかし、総じて言えるのは、「この実験条件では影響がみられない」と個別には言えても、「携帯電話電磁波の曝露による影響はない」と一般化できないことである。シロとクロとに結論が分かれている緒論文の全体を、なんらかの合理的な方法で比較検討できる枠組みを設けた上で、総合的なレビューを行うことが重要であろう(その端緒となるべき比較を行った一例として、ドイツのNPOであるエコログ研究所の『携帯通信と健康2000―2005』がある)。その点、日本では本格的な独自のレビューが省庁や公的な研究機関によってなされたことがないのは残念である。
4 大規模疫学調査の結果は?
4-1 ヒトでの影響のあるなしを直接推定することができる大規模な疫学研究が注目されるのは当然であり、その意味で、13ヵ国が協力してすすめてた大規模な疫学調査インターフォン研究(2003~2007年)の総括結果の発表を全世界が待っていると言える。
4-2 インターフォン研究では、携帯電話の使用の有無・使用量と頭部のがん(聴神経腫、神経膠腫、髄膜腫)ならびに耳下腺のがんの発症との関連を調べているが、発表された13本の論文のうち脳腫瘍を調べた11本が、「通常の使用では脳腫瘍を引き起こすことはない」と結論づけている。しかし、全部の調査件数のうち、リスクの上昇を示したものが65件があって、そのうち統計的に有意な結果を示しているのは3件だが、そのすべてが「10年以上の使用で携帯電話をあてる側での脳腫瘍の発生リスクが高まっている」ことを示している。
4-3 この研究では、「通常の使用」を「1週間で少なくとも1回通話する頻度で、半年かそれ以上の期間使用していること」と定義しているが、これでは、ヘビーユーザーに生じているかもしれないリスクが埋もれてしまっているおそれがある。またトータルでみて症例群で0.61%、対照群で10%しか「10年以上の通常使用者」が含まれていないので、長期的影響を知ることが難しい。     【PartⅡへ続く】

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