大豆の生産と消費の国際動向を探る

投稿者: | 2009年8月2日

写図表あり
csij-journal 026 point.pdf
1 自由化と国内保護政策のはざまで
大豆は日本の主食ではないが、副食の食材の最右翼であり続けてきた(味噌、豆腐、醤油、納豆など)。ところが、その貿易上の扱いは主食の米とは大いに違っていて、「大豆の輸入関税はゼロ」が長年引き続き、いわば国産大豆は輸入大豆と素手で競争することを強いられてきた。後に述べる様々な経緯もあって、国内の大豆の生産コストは海外に比べて約10倍となっていて、これではとうてい海外産に太刀打ちできない。そこを、「大豆交付金制度」(大豆交付金特別措置法)でなんとか維持してきた、というのが実態である。これは、生産条件の格差を緩和させる目的で大豆の販売価格に応じてどんな大豆生産農家にも支給される助成であり、水田からの転作で大豆を育てる場合には奨励金が上乗せされた。農家の手取りの70%以上が交付金などの助成でまかなわれる年度もあったという。この制度は2008年に廃止され、「品目横断的対策」として一定条件(都府県で4haル以上、北海道で10ha以上の認定農業者、あるいは20ha以上の集落農営)を満たす場合に限定して交付されるようになった。これは、「(交付を受けていた)大半の小規模生産者の切り捨て」でもあるが、一方で交付金目的で必ずしも生産性を上げる意欲の高くない農家を淘汰するという面もあるので、賛否両論のあるところだ。
日本の最大の輸入先であり続けている米国(ここ40年ほどは常に輸入量の72~96%のシェアを占めている)と比較してみると、平成9年のデータでは、日本は米国の、単位収量あたりの大豆生産コストは9.6倍。単位面積あたりの平均収量は日本が米国より30%ほど低く、大豆生産者一人あたりの大豆耕作地の面積は米国が日本の約100倍、という圧倒的な差をつけられている。一方、単位面積あたりの収益でみると、日本は米国の7倍となっている。総じて言うと、アメリカ大豆が「大量生産するので、生産コストが抑えることができて、価格がすごく安い」のに比べて日本の大豆が「大豆そのものの品質がよくても価格が高い」という事情がみてとれる。
2 なぜ大豆の国産は衰退したか?
自給率低下には戦後の農業・食糧政策が大きく関係している。1945年~1950年半ばは、日本の大豆生産の最盛期といえ、ちょうど敗戦後から10年ほどの食料増産運動の時期に重なっている(1954年に42万haの作付面積を記録している:現在は14万7000ha)。1950年半ば以降、日本が高度経済成長期に突入し、工業製品の輸出拡大の見返りとして農産物の関税の自由化の交渉が始まった(GATT)。1955年には日本の商社がミネソタ産大豆を産地指定大豆として買付を始め、これが安い大豆の大量輸入の端緒となった(いわゆる「IOM大豆」:インディアナ、オハイオ、ミシガンの州名の頭文字をとった、日本向け高品質大豆で、「国産」を謳っていない安い豆腐や味噌などはこれで作られている)。早くも1956年には米国による”大豆支配”の拠点となるアメリカ大豆協会(ASA)が日本に事務所を開設している(これはASAとしては海外初の事務所である)。1961年に大豆の輸入の自由化が始まり、1970年には無関税となった(この直前の1969年には作付けはピーク時の4分の1以下の10万haに落ち込んでいる)。1973年、輸入に大きく依存することがもたらす弊害の最たるものの一つ、大豆大暴騰(「大豆ショック」)を初めて経験する。天候不順からくる米国の大豆禁輸措置によって、一時は輸入米国産地指定大豆が1トン5万円から23万円に暴騰した。同様の大豆ショックは1980年にもう一度経験することになる。
こうした経緯をみると、戦前の日本が手間暇かけて質のよい大豆を自家用に作ることを主軸にしてほぼ自給を達成できたのに対して、戦後、大幅に機械化して大規模に作り国際的にそれを売り込むという米国の農業戦略に巻き込まれることで、大豆作りの主体を譲り渡してしまったことがわかるだろう。この転換が、伝統的にも準主食ともいうべき地位を占めてきた、栄養学的な超優等生である大豆に起きてしまったことが、日本にとって抜き差しならない深刻な事態をもたらしていると言えるのではないか。
3 大豆の「需要と供給の単純構図」とは?
 世界の大豆需要の拡大の様子を最新のデータ(主として2004年/2005年のFAOSTAT)で見てみよう。
 まず目立つ大きな傾向は、食用油と飼料のシェアが大きい、という点だ。大豆油に限らず、食用油は世界全体の消費量は増加傾向にありのだが、その中でも油用種子生産で大豆は最大のシェア56%(搾油量の58%)を持っていて、食用油自体の消費においても大豆のシェア30%で最大である。また、飼料用大豆ミールの増加も、特に中国をはじめとする後発の開発国での肉食の増大を反映してか、家畜用飼料の増加が大豆ミールの需要の増加につながっている(大豆ミールは蛋白飼料生産の67%を占める)。
 大豆消費全体も拡大している。1988年~90年平均では一人あたり8.2kgだったのが、2010 年11kgに増加すると予測されている。大豆生産で特徴的なのは、世界全体でみると、大豆の生産量全体のうちの29.5%が輸出用にあてられており、いわば換金用作物としての性格がかなり色濃くなっていることだ。
 世界の大豆の輸出入の推移からは非常に興味深い事実がみてとれる。1990年代後半以降、需要側と供給側の双方に極めて単純な構図ができあがってしまっている、という点だ。最新のデータ(2008年のUSDA統計)では、全世界生産量2億2400万トンのうち、米国37%、ブラジル25%、アルゼンチン20%と供給側は3国に固定され、全世界輸入量7400万トンのうち、中国49%、EU18%、日本5%、メキシコ5%と需要側も4地域に固定されている。これは小麦などが持つ多様な供給、多様な需要と比べると、単純構図ゆえに市場は不安定-1国がこけると他もすぐこける-にならざるを得ない。
 米国、ブラジル、アルゼンチン、中国の順で、この4国で世界の生産量の約9割(食用大豆92%、大豆油88%のシェア)を占めるわけだが、このうち中国を除く3カ国が輸出大国であり、ことに1990年代からは南米の台頭が著しい(たとえば、90年と06年で比べると米国のシェアは60%から43%に減少しているのに比べて、ブラジルは10%→37%に増加している)。
4 中国の食糧戦略が世界を動かす?
 中国は経済成長に伴う消費拡大によって2003年以降世界最大の輸入国に転じているが(08年では世界の輸入量の約半分を占める)、今では「南米の大豆が中国に流れる」という構図ができあがっており、これは、中国と南米という地球上の地理的な位置による気候の逆転(夏・冬の逆転)を考慮しての安定供給と、米国に対する非依存を貫くという中国なりの食糧安全保障上の戦略があってのことだと思われる。
 大豆の大供給地になったブラジルも、大豆生産の開発を国家戦略として推し進めてきた国だ。中西部高原”セラード地域”で開発はその典型で、日本の面積の5.5倍を持つその地域に、南部の近代的大豆生産農家を大規模移住させ、米国の穀物メジャーであるカーギル社に資本投入を行わせ、日本のODAも活用して、今の地位を築き上げるに至った。しかし最近は、アマゾン熱帯林破壊に対する批判の高まりや原油高騰による生産コスト上昇で、生産能力が頭打ちになる可能性も出てきたと指定されている。
 国家戦略という点では、中国はさらに徹底していると言えるかもしれない。「出蛋入油」(高品質の自国産大豆は輸出に回し、油用の安い大豆は輸入する)という政策を長年続けてきたが、肉食の拡大にともなって 輸入が一気に拡大したためた、最近「走出去」政策を打ち出した。これは、稼いだ巨額の外貨を使って海外の資源や穀物を徹底的に買い付け、備蓄するという政策で、正確な数字は明らかでないが、中国は今世界最大の食糧備蓄国になっていると思われる。大豆も含めて、今や中国は自国の農民をブラジル、アルゼンチン、アフリカに移住させ農業をさせるというところにまで至っていて、今後の世界の農業と食糧事情を左右する最大の牽引国家となっていることは間違いないだろう。
【図3】中国の大豆輸出入推移(Faostatより作成)
5 国産大豆の復活の道は?
フードマイレージの点でいうと、大豆は先に述べた「単純構図」ゆえに予測が立てやすい。世界の統計が出揃っている2005年では、輸入量の大きさにほぼ準じる、中国>日本>オランダ、ドイツ>メキシコの順になるだろうと思われる。詳細なデータを用いて市民科学研究室の試算により日中を比較すると(2005年データで)、中国は5830億トンキロ(一人あたり448トンキロ)、日本は784億トンキロ(一人あたり617トンキロ)となり、一人あたりではおそらく日本が世界一の大豆のフードマイレージとなる。2001年の食料全体での日本のフードマイレージは9000億トンキロという推定値(中田哲也氏試算)で比べると、大豆はそのおよそ9%を占めることになる。
 地産地消費によるCO2排出の抑制効果については、いくつかの試算が公開されている。中田氏によると、アイオワ州産と埼玉県小川町の町内産で比較したケースでは約400分の1、「ふくしま大豆の会」が調べたケースでは約54分の1になる。CO2排出抑制の鍵は、むろん、大豆に限らず、(1)地産地消に切り替え、さらに(2)トラックでの輸送の距離を可能な限り抑えることである。
 国産大豆復活の道は遠い。しかし、品種改良、栽培技術、圃場の整備、収穫後の工程の改善のどれをとっても日本には潜在力があり、国内での安定供給が夢物語だとは思えない。一方、NPO法人トージバの「大豆レボリューション」のような、都会人と提携先の農家とを結んですすめる大豆トラスト運動も、小規模ながら、エコロジカルで農的な暮らしへの転換を促すものとして若者の心をつかんできている。「国策」と「産直運動」が今後どう交錯し道がひらけるのかが大いに注目される。

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