【翻訳】 遺伝子組み換え大豆は赤ちゃんを殺す?

投稿者: | 2006年3月4日

Jaffrey M Smith(ジェフリー・M・スミス)『The Ecologist』2006年1月号27-29ページ
解説と翻訳:上田昌文
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《解説》

 現在、遺伝子組み換え食品(GM食品)の安全性の確認は、「・挿入遺伝子の安全性(急性毒性)、・挿入遺伝子により産生される蛋白質の有害性の有無(急性毒性)、・アレルギー誘発性の有無(既知のアレルゲンと似てない)、・挿入遺伝子が間接的に作用し、他の有害物質を産生する可能性の有無(姿、形の変化の有無)、・遺伝子を挿入したことにより成分に重大な変化を起こす可能性の有無(主要成分の大きな変化)」などを開発企業の提出した書類によって審査している。

 その基礎になる考え方は、「組み換えられた生物が、その姿や形、主要な成分において組み換え前のものとほぼ同じならば、詳細な成分比較や中・長期の毒性試験は行わなくてよい」という「実質的同等性」(組み換え前も後も生物体の中身がほとんど同じであればよい)という考え方に基礎を置いている。このあまりにも開発企業寄りの安全性評価の体制は、多数の批判にもかかわらず、GM食品の大いなる普及を招いた。例えば今回の『市民科学』の20ページで取り上げた大豆でみると、世界の大豆生産量の約60%が、以下に訳出した論文でターゲットにされている、モンサント社が開発したのGM大豆「ラウンドアップレディ」である(主な用途は搾油、そしてその残りを使った飼料)。現在までにGM食品の摂取が健康被害をもたらしたという報告は出ていないものの、この安全審査がいかに手ぬるものであるかは、遺伝子組み換え食品を直接動物に摂取させて影響をみるという、最も基本的と思える実験さえ義務付けられていない点からも明らかだろう。

 この論文で紹介されているエルマコバの研究はまさにその点を衝いて、胎児・新生児への影響を探るもので、もし同様の結果が他の研究者からも引き続いて出るならば、推進側が主張してきた「GM食品は危険でない」という前提が崩れることになる。衝撃力の大きい研究に世界の注目が集まっている。

《翻訳》

 ロシア科学アカデミー 高次機能・神経行動学研究所の主導的な研究者であるイリナ・エルマコバは、GM(遺伝子組み換え)大豆の粉末を餌に混ぜてメスのラットに与えてみた。それを、非GMの大豆粉を餌に混ぜて与えたラットと、餌に大豆粉をまったく混ぜなかったラットで比べてみた。妊娠2週間前にあわせて開始したこの実験は、妊娠中と出産してからの授乳期間中も継続された。

 出産時の結果をみて、エルマコバは驚いた。GM大豆を摂取した母ラットから産まれた仔ラットには、そうでない母ラットから生まれた仔に比べて、非常に身体が小さいものがいた。生後2週間で比較すると体重が20グラム以下の仔ラットが、非GM摂取もしくは大豆非摂取の母由来では6%を占めたに過ぎないのに、GM摂取の母由来では36%になった。

 しかし、さらに驚きだったのは、仔ラットが死に始めたことだった。出産後3週間以内に、GM大豆摂取の母由来の仔ラットは45匹中25匹(55.6%)が死亡した。対照群である非GM大豆摂取グループで33匹中3匹(9%)、大豆非摂取グループでは44匹中3匹(6.8%)が死亡しただけだった。

 エルマコバは母と仔のラットの主要な臓器を保存し、それらを詳細に分析するための研究計画を立てた。ラットへの食餌実験を繰り返したり拡張したりし始めたが、すぐさま研究資金が底をついてしまった。この研究に必要な7万ドルの来年度予算が認可されるかどうかはまだわからない。そこでエルマコバは国立遺伝安全協会が主催したシンポジウムに招かれた際、予稿集の論文の筆頭に「予備的研究」と題してこの研究を示し、2005年10月10日のGM食物のリスクを扱ったセッションで発表した。

 彼女が実験に用いたのはモンサント社の「ラウンドアップレディ」大豆である。この大豆は、モンサント社の除草剤「ラウンドアップ」に耐性を持つ(すなわち、その除草剤に負けずに成長する)ことができるように、大豆の遺伝子に細菌の遺伝子が組み込まれている。エルマコバのユニークな実験は、規模も小さいし、まだピアレビュー(専門家による査読)を受けていないので、ラウンドアップレディ大豆が胎児に影響を及ぼすのかどうかを結論付けることはできない。しかしGM大豆について知られている事実から、それが次世代の健康に影響を与えるかもしれない、いくとおりかの可能性を想定することはできる。

手がかりとなる過去の研究

 母親が摂取した有毒物質やアレルゲンや栄養阻害物質のために、新生児の健康が損なわれることがある。そうした物質は、胎盤を通過して胚の発生に影響を与える恐れがある。母親が摂取した食べ物の中に含まれるDNAでさえ、その一要素になりえる。妊娠中のマウスに摂取させたDNAの断片が、その母から生まれた新生仔の脳に見出されたとドイツの科学者は報告している[1]。

 母親の食事が子孫にどんな影響を与えるのかという広範な問題の突破口を開いたのは、エピジェネティックスという分野(DNA塩基配列の変化を伴わず細胞分裂後も継承される遺伝子機能の変化を研究する学問)でなされている注目すべきいくつもの研究である。2003年の『分子細胞生物学雑誌』8月1日号のカバーストーリーでは「妊娠前、妊娠中、授乳中の母マウスにありふれた4種類の栄養補助剤を与えることだけで子どもマウスの体毛の色は変えられることを科学者は見出した」とある。母親が何を食べるかで子孫の遺伝子の発現が実際に変わったのである。栄養補助剤はまた「子孫が肥満、糖尿病、ガンへの罹りやすさを低減する」[2]。ならば、食事を変えればそれと反対の効果を生み出し得るということになる。

 この知見をふまえれば、遺伝子組み換え食品が有毒性を持ったりアレルゲンや栄養阻害物質になったりする可能性を排除できない以上、妊娠中の母親が GM食品を摂取することのリスクが浮上する。植物体に自然に備わる遺伝子を欠損させたり、撹乱したり、抑制したり、あるいは恒久的に発現させたり、保存したり、複製したり、さらにいは転移させたりするとなると、結果的に何百という遺伝子の様々なレベルの発現が変えられる恐れがある[3]。こうした遺伝子の変化がどう起り何をもたらすのか、市場に出ているGM穀物について適正に評価されたことはこれまで一度もない。

 ラウンドアップレディ大豆が市場に出てから数年後に、科学者たちは外来遺伝子挿入の過程で大豆本来の遺伝子が撹乱されてしまう部分が出てくることを発見した[4]。また、外来遺伝子の断片が2つ、元の遺伝子に付加されてもいた。これらの異変は、モンサント社自身は事前に発見し損ねていたわけである。そのうちの少なくとも一つの遺伝子断片はRNAに転写され、予期し得ない結果をもたらす未知のタンパク質が作られる可能性が指摘されている[5]。

 マウスにGM大豆を食べさせると、肝臓細胞のDNAに形状の異常が生じ、細胞にも異変が生じる[6]。肝臓は体内の主要な解毒機構である。DNA や細胞の異変は代謝活性を変え、おそらく最終的には肝臓自身にダメージを与えるものと思われる。GM大豆を食べたマウスは膵臓にも変化を生じる。そこから出る主要な消化酵素の一つα-アミラーゼの産生が大きく落ち込むこともその一つであり[7]、これは消化不良をもたらすのだろう。調理されたGM大豆は通常のおよそ2倍の大豆レクチンを含むが、多すぎるレクチンは栄養素の同化・吸収を妨げるだろう[8]。その一方でガン抑制作用があるといわれているイソフラボンを、GM大豆は12-14%しか含んでいない[9]。

 動物を用いた食餌実験はモンサント社も公表していて、そこではGM大豆を与えても顕著な影響は見られなかったとしている[10]。しかしそれは問題が発覚しないように操作を加えた研究であると厳しく批判された[11]。モンサント社は、より感受性の高い若年の個体ではなく成熟した個体を用いたり、 12倍までGM大豆の含有量を希釈したり、過剰にタンパク質を与えたり、各臓器の重量を測定しなかったり、実験サンプルの開始時の体重があまりに不揃いだったりした。その研究では、GM大豆と非GM大豆の栄養成分の比較をしているが、ミネラル、脂質、そして炭水化物の成分で有意な差異が見られたこと、またタンパク質や脂肪酸やフェニールアラニンでも若干の差があったことが報告されている。しかしモンサント社の研究では、自社に一番不利となるだろう成分の相違にはふれられておらず、それらは後に発見され公表されることになった。例えば、原著論文では、既知のアレルゲンであるトリプシン阻害成分は27%増加した、とあるが、実験を再現してみたところ、調理されたGM大豆ではその増加は3倍から7倍に及ぶことがわかった。また、アレルギーを促進するだけでなく、タンパク質の消化を妨げる栄養阻害剤にもなり得ることもわかっている。

 これまでヒトを対象になされた摂食実験はたった1件であるが、それでわかったことは、GM大豆に挿入された遺伝子が体内で腸内細菌の遺伝子に転移して、それまで体内には存在しなかったタンパク質が、その人が大豆を食べるのを止めた後もずっと続けて産出されるかもしれない恐れがある点だ[12]。動物実験では、GMトウモロコシを餌に与えられた子豚で、その血液、脾臓、肝臓、腎臓において改変されたDNAの断片が見つかっている[13]。それらの改変された遺伝子断片が摂取した動物個体自身のDNAに入り込んだかどうかははっきりしない。もしそうなら、その動物の健康は脅かされるだろうし、その動物の肉を食べる動物の健康にも影響するだろう。さらに、もしその断片が動物の生殖細胞に取り込まれるのなら、子孫にも影響が出るだろう。

 GMの研究ではよくあることなのだが、何か不利になるような証拠が浮上しても、それがつっこんで追究されることがない。バイオテクノロジー企業が多くの研究資金を握っていて、不利益な発見がなされても、それに対する釈明ができる立場であり続けている。しかしエルマコバの研究はこの状況を打ち破るかもしれない。彼女の研究は追試が非常に容易だし、その結果はあまりに明確だからである。55.6%の死亡率は尋常ではなく、大いに懸念される。この実験を追試してみることが、唯一理にかなった選択だ。

米国環境医学アカデミーが追試を要請

 筆者はエルマコバ博士の許可を得て、2005年の10月27日にトゥーソン(米国アリゾナ州)での米国環境医学アカデミー(AAEM)の年大会で報告した。その結果、AAEMの委員会は「国立衛生研究所(NIH)がスポンサーとなって、独立した厳密な追試を行うことを要請する」ことを決議した [14]。AAEMの学会長のジム・ウイロビー博士は「遺伝子組み換えされた種大豆、トウモロコシ、菜種、ココナッツシードの油を毎日消費する人々は、全人口の相当な割合に上る。そうした食品がリスクをもたらしていないかどうかをはっきりさせるために、独立した長期にわたる熱心な研究がなされねばない」と述べた。

 不幸なことに、追試の信用を貶めかねないようなある特徴をGM穀物は持っている。2003年、あるフランスの実験室がラウンドアップレディを含む 5種類のGM品種について、挿入された遺伝子の分析を行っていた[15]。そのどの品種についても、バイオテクノロジー企業が当初発表していた遺伝子の配列とは違った配列が見つけ出された。全部の会社が間違っていたのか? いやそんなことはありそうもない。挿入された遺伝子は時間の経過とともに再配列されたのだろう。あるブリュッセルの研究室は、企業から当初出されていたデータ自体におかしな点があると確信をもった。しかし、ブリュッセルで見出された配列はフランスで見つけられた配列とまったく一致するというわけではなかった[16]。この事実は、挿入された遺伝子は不安定でいろいろな変化を生じることを示している。また、意図していない、あるいは試験されたこともない新しいタンパク質を生み出すかもしれないということも意味する。したがって、ロシアの試験で使われたラウンドアップレディ大豆と追試で使われうるそれとは異なってしまうという可能性があるのだ。

 遺伝子の不安定性によって、私が先月号の『エコロジスト』で報告したGM関連の問題の多くは、説明がつくかもしれない。豚の無精子症、牛の死亡、その他奇妙な病気がフィリピンで見られたのだが、これは遺伝子の再配列のために”劣化してしまった”GM穀物のせいで起っているのかもしれない。実際のところ、同一の遺伝子配列を持っていることが確認されているGM植物でさえ、違った発現のために植物体として違いを生じることがある[17]。

 食品規制にかかわる行政がGM穀物は不安定であると公式に認めたら、市場からGM食品は撤退するだろう。しかし現時点では行政は、健康への悪影響を示唆する結果が積み上がってきてきているのにそれを無視し、バイオテクノロジー企業が投資した何10億ドルもの金を脅威にはさらすまいと口をつぐんでいる。GM食品は目覚しい、疑問の余地のない、しかし生命にとって危機的な発明であるのかもしれない。だからこそエルマコバの研究は重要なのだ。その結果が確証されれば、GM産業を転覆させる力を持つだろう。

 私は世界各国の政府と財団に、独立にかつ厳密にこの研究の追試をすぐさま行うよう指揮をとることを要請したい。座して待っている時ではない。多くの人の命がかかっているのだ。

◆Jeffrey M. Smithは、GM食品の健康リスクに関する情報を収集し精査する国際的な科学者団体で活動している。彼はGM食品についての世界的ベストセラーである『欺きの種』(Seeds of Deception)の著者であり、ビデオ『子供の食の隠された危険』(Hidden Danger in Kids’ Meals)のプロデューサーである。
References
[1] Doerfler W; Schubbert R, _Uptake of foreign DNA from the environment: the gastrointestinal tract and the placenta as portals of entry,_ Journal of molecular genetics and genetics Vol 242: 495-504, 1994
[2] Common Nutrients Fed To Pregnant Mice Altered Their Offspring’s Coat Color And Disease Susceptibility, Press release, 8/1/2003http://www.dukemednews.org/news/article.php?id=6804
[3] Allison Wilson, PhD, Jonathan Latham, PhD, and Ricarda Steinbrecher, PhD ‘Genome Scrambling -Myth or Reality?’ Transformation-Induced Mutations in Transgenic Crop Plants Technical Report – October 2004, www.econexus.info
[4] P. Windels, I. Taverniers, A. Depicker, E. Van Bockstaele, and M.DeLoose, ‘Characterisation of the Roundup Ready soybean insert’ European Food Research and Technology, vol. 213, 2001, pp. 107-112
[5] Andreas Rang, et. al., Detection of RNA variants transcribed from the trans gene in Roundup Ready soybean, Eur Food Res Technol (2005) 220:438-443
[6] Malatesta M, Caporaloni C, Gavaudan S, Rocchi MB, Serafini S, Tiberi C, Gazzanelli G. (2002a) Ultrastructural morphometrical and immunocytochemicalanalyses of hepatocyte nuclei from mice fed on genetically modified soybean. Cell Struct Funct. 27: 173-180
[7] Manuela Malatesta, et al, Ultrastructural analysis of pancreatic acinar cells from mice fed on genetically modified soybean, Journal of Anatomy, Volume 201 Issue 5 Page 409 – November 2002
[8] Stephen R. Padgette and others, ‘The Composition of Glyphosate-Tolerant Soybean Seeds Is Equivalent to That of Conventional Soybeans,’ The Journalof Nutrition, vol. 126, no. 4, April 1996 (The data was taken from the journal archives, as it had been omitted from the published study.)
[9] Lappe, M.A., Bailey, E.B., Childress, C. and Setchell, K.D.R. (1999) Alterations in clinically important phytoestrogens in genetically modified,herbicide-tolerant soybeans. Journal of Medical Food 1, 241-245.
[10] Stephen R. Padgette and others, ‘The Composition of Glyphosate-Tolerant Soybean Seeds Is Equivalent to That of Conventional Soybeans,’ The Journal of Nutrition, vol. 126, no. 4, April 1996
[11] For example, Ian F. Pryme and Rolf Lembcke, ‘In Vivo Studies on Possible Health Consequences of genetically modified food and Feed Regard to Ingredients Consisting of Genetically Modified Plant Materials,’Nutrition and Health, vol. 17, 2003
[12] Netherwood, et al, Assessing the survival of transgenic plant DNA in the human gastrointestinal tract, Nature Biotechnology, Vol 22 Number 2 February2004.
[13] Raffaele Mazza1, et al, ‘Assessing the Transfer of Genetically Modified DNA from Feed to Animal Tissues,’ Transgenic Research, October 2005, Volume14, Number 5, pp 775 – 784
[14]www.seedsofdeception.com/utility/showArticle/?objectID=296
[15] Collonier C, Berthier G, Boyer F, Duplan M-N, Fernandez S, Kebdani N, Kobilinsky A, Romanuk M, Bertheau Y. Characterization of commercial GMOinserts: a source of useful material to study genome fluidity. Poster presented at ICPMB: International Congress for Plant Molecular Biology(n°VII), Barcelona, 23-28th June 2003. Poster courtesy of Dr. Gilles-Eric Seralini, Pr_sident du Conseil Scientifique du CRII-GEN, www.crii-gen.org;also “Transgenic lines proven unstable” by Mae-Wan Ho, ISIS Report, 23 October 2003 www.i-sis.org.ukhttp://www.seedsofdeception.com/utility/showArticle/?objectID=36
(市民科学第11号 2006年3月)

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