循環する土 現在の姿と課題

投稿者: | 2003年12月4日

市民科学研究室+東京理科大学生涯学習センター 共催
講演:川地 武 さん(滋賀県立大学環境科学部教授・農学博士)
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はじめに 
 私は長い間建設会社で、土も含めたもっと深いほうの地盤という立場で土と関わってきました。大学は農学部で土壌の研究をしていましたが,私が大学を出た時にはもう農業は斜陽になっていて、これからは建設が面白いよと指導教官の先生に言われて、建設会社にいきました。私が入社した頃は高度成長期でいろいろな大型小型の構造物がどんどん出来て、土にまつわる難問がいっぱい持ち込まれるという、やりがいのある時代だったと思っています。三年ほど前から今の職場に移りましたが、環境科学部はいろいろな連合軍で、通常の大学でいうと理学部・農学部の人がいて工学部の人もいて、一緒に新たな環境科学という中の土を扱っています。土に関して書かれている書物は大体は農業生産か土木工学の土質力学を前提としたものであって、純粋に土そのものを理解する、あるいは環境という物質循環の中で土が本格的に扱われることがあまりありません。なんとかこれから本当に環境科学という学問において土を体系化していかねばならないと思っています。私共の大学は滋賀県の彦根にあり、講義を地域に公開していて、毎年数名の社会人の方が学生と一緒に私の講義を聴いておられるのですが、大体は農家の方です。農家の方は土が財産ですから興味を持たれるのはわかるのですが、この講座で、東京でも土を考えていこうという人が大勢おられることに感激しています。
 今日は循環型社会と言われている中で土はどういう位置づけにあり、これからどうなっていくのかを、一緒に考える素材を提供すればよいのかなと、図 -1のように課題を考えてきました。まず、人は土とどう付きき合ってきたか、地球で土はどうやってできたのか、それから土のいろいろな機能を発揮させるためにはどんな性質があるかを紹介し、後半は物質循環の場としての土と、土自身の循環と言うことが可能なのかということを紹介します。
土と人間の長い付き合い 
 最初に人間は土との付き合いについてですが(図-2)、人が定住を始めた時に場所選びの一つの要素として、どういう地盤が良いかということを人は考えたと思います。農耕が始まると作物の出来不出来が土に依存することがよくわかり、ここで母なる大地を実感し、農耕の価値として土を大事なものと認識したと思います。それ以外にも例えば住宅用の材料として、日干し煉瓦等にしたりして建材として使われました。
 さらに縄文時代には瓶とかそういったものに、その集落の近くの土が使われましたが、どんな土でもよいのではなく、良い土を選んでいたのです。例えば関西では高槻に埴輪を集中的に作っていた埴輪工房がありました、そこで使われていた土はやはりある地域のものだけが使われていたということを見ると、土選びということが大切な事になっていたように思います。それ以外にも、古墳やお墓にはどういう土が良いのか、どういう構造が良いのかと。例えば下に取水用に粘土を固めておいてその上にきれいに砂利を敷いて水捌けをよくした墳墓の構造が見られます。堤防やお城と段々大きくなっていく土木構造物は土に関するかなりの知識が要求されるように、人間は段々に高度な土の利用を考えていったのです。
 その歴史経過を年表にしますと(図-3)、日本では一万二千年くらい前に縄文時代が誕生して,定住生活が始まった時に、すでに縄文土器というものが制作されていたと言われています。青森の三内丸山遺跡で栗を栽培していたようだと言われているように、この頃が原始農耕の始まりであろうとされています。世界的には一万年ほど前に中近東あたりで農耕が始まっています。そういうように人類の土への依存が始まりました。ギリシャの哲学では水と火と同時に土が物質を作る四物質の一つに挙げられていますが、紀元前四ないし五世紀の人は、土というもの元素と同じようなものだと認識していたのです。日本で本格的に水田農耕等が始まっていったのは弥生時代と言われています。土器も弥生式に変わり、それ以降古墳時代・中世に続いて、大規模な古墳・天皇陵ができて、埴輪の焼き物として土が扱われました。
 私が前の会社にいる時にたまたま居合わせて非常に面白かったことがありました。大阪に大阪狭山池という日本で一番古い溜池があります。これは古墳時代から飛鳥時代にかけて潅漑用に確保した最初の溜池だといわれます。奈良時代に行基というお坊さんが改修をしたということが古文書に載っているのですが、たまたま平成の大改修をすることになりました。潅漑用と同時に親水公園化とか、もう少し多目的化しようと、堤防をそれまでよりも嵩揚げしようと全部水を抜いて断面を出したのです。する一番底に高野槙という直径がおそらく2メートルくらいないと作れなかったであろう取水用の樋管が出てきました。これを最新の年代測定で測りますと、617年という数値で、行基の年代とぴったり合うのです。さらにもう少し上に今度は石棺を転用してできた取水口が出てきました。それは、中世に東大寺を再建した重源というお坊さんが、以前行基が改修したところを、石棺に変えたのです。そこでこの溜池が非常に重要な文化財だということがわかり、今は立派な大阪狭山池博物館になって保存されています。ここの高さ16m・巾60m の堤防を厚さを50cm ほどに羊羹(ようかん)を切るように切り出して、それを樹脂で固めて博物館にまるまる収納してあります。たまたま工事と、その土を高さ16mのものを 50cm の厚さにどうやって固めるのだということに私が関わったのです。
土はいかにして形成されるか 
 近代に入り土は材料としてはほとんど鉄とコンクリートに置き変わっていきました。土に対しては、農業とか工業の負荷の方がどんどん大きな問題になっているという時代を迎えるようになってきました。
 地球の近くに金星と火星がありますが(図-4)、土は地球だけで、ここにはできていないのでしょうか。元々のものは大体密度が5とか4の非常に重いマグマからできた火成岩質のものですが、一番違うのが大気組成です。金星と火星はほとんどが二酸化炭素で、地球だけに酸素が沢山にあり、水も他にはありません。土ができるためには水が必要で、かつその中での生物活動が必要だという意味では、金星にも火星にも土はありません。土星にもありません。では土壌とか地盤はどうやってできるのかということですが(図-5)、先ず火成岩・変成岩とか堆積岩があり、主に寒冷の繰り返しなどで風化してどんどん細粒化しぼろぼろになっていきます。そういう浸蝕・風化作用で土粒子が形成されて、ばらばらになります。おそらく火星でも金星でも、一日の温度差は地球よりもあるからここまではできます。そこから堆積した地盤や土壌は、風や水によって運ばれて堆積し、そこで土壌生成作用という、水に運ばれて浸透したり溶脱したり、あるいは微生物によって取り込まれたりの等を繰り返して土壌が形成されます。こういうものがまた浸蝕をされて、溜まり堆積したものが、堆積岩という岩になります。これを続成作用といっています。そして地球のプレートテクトニクスによって地下に潜り込んでいって変性され、最後はまたマグマとして噴き出してくるという輪廻を繰り返しているのです。このような繰り返しを地球上でしている途中で現れているのが土なのです。
 実際には土だけが単独であるのではなく、地盤という層状のものを作っています(図-6)。これには二種類あり、岩が風化してその層にだんだんに土壌化が進んでできたものを残積性地盤といって、動かないでそのままできた地盤です。一方はよそでばらばらになったものが運ばれてきて堆積して堆積地盤ができて、そこの表層に土壌ができるのが堆積性地盤といっています。いずれも表土から土壌層のせいぜい1ないし2メーターのものを土壌と言っています。ですから本当に地球の薄皮に過ぎませんが、私達にいろいろなものを与えてくれる母なる大地なのです。
 土壌は実際にはどういう風になってているかというと、図-7のようにA層・B層とC層からなっています。表土にはA層という黒土があって、その下にB層という、A層から溶脱されてきて、例えば鉄分が多かったりカルシウムが溶けだしたりしている層があります。これを集積層といっています。その一番下が母材層というC層です。このA・B・Cが典型的に三点セットになったものが何処にでもあると思う人が多いのですが、実はほとんどAがなくてBがあったりという土がいっぱいあり、斜面なんかですとBもちょっとしかないというケースが多いのです。ですから図-7はあくまでも理想的な平坦な森林地の断面でこんな風に見られということです。
 水田の場合は、水を張ることによって鉄とマンガンが酸素不足な嫌気的な還元という状態で溶けやすくなります。それが田植えの時は水を張り、収穫の時直前になると水を落とすと、溶け出したものが下に動いていくのです。そうすると表層が少し白っぽくなり、下に鉄とかマンガンが集積した層ができます。赤かったり紫色をしています(図-8)。マンガンの方が移動速度が速いので、うまくすると色が分かれて見事な断面が得られるのです。一般の市街地の土は、図 -9は道路の場合ですが、地山を一部削って路床という土を入れ、その上に路盤材という砕石を30cmくらい入れて、その上にアスファルトを乗せます。表層はほとんどの場合不透水性ですから、水はほとんど通らない状態になっています。
物質循環の中の土
 地球上の物質循環に土がどう関わっているかという話に移ります。地球上には地圏と水圏と気圏があり(図-10)、水ならばこの三つの間を、蒸発したものが降雨として降ってくるようにぐるぐる廻っています。時間的なスケールは色々ですが、廻っていることによって、地球上ではトータルとしては無くならず増えもしないという循環という状態が可能になるよう、いろいろなことが起っています。人間の例でいうと、昔は土葬されていましたが、いずれは、特に日本では骨まで溶けて、無くなってしまいます。それは土の中で何かが分解していてくれるからです。有機物はどうなっているかというと(図-11)、植物体では炭素が固定されて地上部は繁りますが、いずれはそこで枯れて、土とか地盤の中で分解されて、主に炭素は炭酸ガスになります。場合によってはメタンになります。それから硫黄も窒素も何らかの形で大気に戻っていく形で循環しています。水は地盤を透過して地下水になり、いずれは河川とか湖沼に出ていって蒸発するという、循環系の中にいるのです。
 そこで、自然ではうまく廻っているのですが、人類が存在するようになってから、いろいろとそこに影響を及ぼしているのが現在の姿です(図 -12)。例えばカザフスタンに大きな湖がありますが、その水を潅漑用に使い過ぎてしまって湖の水が三分の一以下になってしまったら、雨が降らなくなり、湖の水で潅漑する予定だったのがかえって元の土地を砂漠化させてしまっていたということが起こっています。各地でこういう循環を断ち切る事を人間が愚かにもやっているのです。あるいは表面に道路をいっぱい作ってアスファルトで覆ってしまうと水は流れなくなってしまいます。浸透して地下水を潅養する過程で水を綺麗にすることができなくなってしまいます。その代わりに水の処理場で水の浄化処理をしても、地下を地下水として通っていくように綺麗にはならないのです。このように人間が介入しては、循環を難くしていることが最大の環境問題であると私は思っています。
 土にはそのように循環系の中でいろいろな負荷が及ぼされています(図-13)。微生物によるものや物理的な浸蝕や化学的なものがありますが、そういうものを超えた人為的な負荷があります。例えば農業は収奪をしていますし、土木工事等は土地そのものを改変しています。人間が環境負荷を土に与えているのが現在の姿です。
 日本の土を類型化して大きく自然の土・人工の土とその中間の土に分けますと(図-14)、森林の土は丘陵や山岳を含めてだいたい自然に近いものだといえると思います。畑とか水田は人間が耕作のために相当手を加えているから、ほとんど人工土に近いものです。もっと人工的なのは都市の土です。盛り土にされたりアスファルトで覆われたりしています。これ等は一体どれくらいの比率になっているのでしょうか(図-15)。東京は農地面積は僅かで、宅地・道路・工場・水面が6割を占め、いわば物質循環が順調に進まないような状態になっています。大阪でも大体同じで、三分の一程度が森林とか原野の状態です。滋賀県はまだ田園の県で、半分は森林・原野で、さらに農地が14%くらいあります。琵琶湖があるから20%は水面で取られてしまっていますが、アスファルト舗装されているところは15%程度です。東京・大阪みたいなところ以外は大体こんなバランスになっていると思います。いずれにしても循環ということがちゃんと行われるのは土地の表面の三分の一くらいと思われます。
土が担う環境面での機能 
 土は環境面で負荷を受けながら、いろいろな環境機能を果たしています。それを可能にしている要素を整理してみました(図-16)。土には周りの温度変化を和らげたり、水分が乾燥したり過湿になったりするのを防ぐ緩衝保護機能があります。物を土の中に留めておく保留保存機能があります。分離濾過機能といって、水処理では土を粗いものと細かい物を交互に重ねて分離濾過をして浄化するような機能があります。
 また土には有機物等を分解する機能があります。大きく言ってこれらが土の環境面からみた機能です。環境面以外では、建物が沈まないようにとか、植物が立っているようにする支持機能がありますが、これは環境機能には入れていません。環境機能を可能にしている一つは、土が多孔質だということです。三相構造を持っていて気相と液相と固相がバランスよくあります。また粒子の径が粗い物から細かい物までバランスよくあることが非常に大事なことです。粘土ばかりでもいけないし、砂ばかりでもいけないのです。粘土には表面に陽イオンを保持する、陽イオン交換能という化学的な活性があります。化学成分は、主成分は7-8割であり、微量成分がたくさんあります。それによって分解とか緩衝とかが可能になります。
 また土の中には微生物が、大体1gの中に東京都都民の数、一千万個くらいもいます。これらの機能を支えるため特に大事なのは、土の三相構造だと思います。図-17は水が飽和に近い土です。地下水より下の土は全てこういう状態になっています。地下水面より上の土は、不飽和土といいますが(図 -18)、間隙・空隙が水で飽和されてなく、三相の内の気相が大変多くなっています。液相は僅かですが、土の粒子の表面にかなり水を蓄えている水膜があります。薄い水膜は非常にしっかりと土に結びついていて植物には利用されませんが、厚いのは周りの湿度等によって気化したり、雨が降ってきたらこの中に水を溜めたりして植物に利用されます。このように土が形を変えないで周りの環境に順応して姿を保てるのは三相構造によるもので、この中で微生物が生きていけるのです。
 もう一つは基本的に大事なのは化学的に粘土の表面がマイナスの荷電を帯びていることです(図-19)。これを電気的に中和させるために表面に陽イオンが着いているのを、陽イオンの交換あるいは吸着現象CECと言っています。日本の土は100g 当たり20ml 当量くらいのナトリウムイオン・カルシウムイオン・アンモニウムイオン・水素イオンなどいろいろな陽イオンが付いています。アンモニウム態の窒素肥料をやるとアンモニウムイオンとして保持されるので雨が降ってもなかなか流出していかず、植物が必要な時にこれが放出されるのです。それが養分吸収されて無くなると、水の中にはわずかながら水素イオンがあるので水素に置き換えられていきます。
 特に有機物物質循環を支える上で大事なのは、土に気相と液相と固相があるだけでなく、微生物がいることです(図-20)。通常のテキストには三つの相とだけ書かれていますが、いつも微生物がいるのです。微生物が介在することによって土が物の分解とか合成をしていることのです。
現代の地盤、土壌がかかえる問題 
 
 これからの話は、現代の地盤・土壌をめぐる課題についてです。
 一つは窒息する都市の土壌についてです。都市の土はアスファルトに覆われてしまって循環に関わっていない状態にあります。また土の需給のアンバランスによっ廃棄物問題が起こっています。従来我々には、食料生産の場としての土が大事でしたが、今はそれだけではなく、特に都市の場合は快適空間の基盤としての緑と、それを支える土を多様に活用していくことが必要になっています。そこにおける土は、特に都市の場合は食べ物作りの場だけでなく、いろんな用途に応じた機能というものを考ええる必要があります。それをはっきり出しているのがオランダです。それをオランダは国土の半分くらいが干拓地ですから土作りイコール土地作りで、農業だけでなく住む場所の確保にも直結しています。ですから土壌汚染の話でも非常に国柄が出て、オランダでは基本的には土が多少汚れていても何とか利用していこうという立場をとっています。日本ではどちらかというと土には物が植えられて、食べられなければいけないという意味で、本来の性質を要求するわけですが、もうそれだけではいけないのではないかと私は最近感じています。
 
 都市緑化基盤としての土について(図-24 )。最近熱環境の改善策として、ヒートアイランド現象の軽減に緑化をもっとしようと、東京都は率先して言っています。公園や屋上の緑化の土は、食料生産を目的としないから、緑があればよいのです。そういうところでは、屋上なんかに重い物を載せると危険なので、軽い土が要求されます。軽い土として、産業廃棄物かなんかでも、有害なものでなければ土の代わりにならないかというようなことです。
 
 ある病院の三階の屋上を緑化していますが、土の厚みは10cmしかありません。そこに乾燥に耐えるセダムという葉の肉の厚い植物を植えて、全く水やり無しでノーメンテナンスでやっています。神戸の六甲の麓のマンションの集会所の上では、高木は土の厚い層が要るので、比較的背が低く緑をなんとか確保できそうな植物を植えています。いずれも葉がサボテンの小型のようなものです。ここに入っている土は、5cm厚のマットを使っているのです。タバコのフィルターをバインダーで繋げたクッション性のあるふわふわなものです。その上に火山礫を2cmほど重ねて合計7cmの土壌層で育てているのです。しかも肥料も水もやっていないのです。ちょうどまる一年半過ぎた状態で、今のところ枯れたりすることもありません。ここに入っている土は気乾状態では密度が1立米あたり 100kg、比重が0.1 のものです。非常に軽くて、しかも一体化したシートのようなものですから、水平面だけでなく垂直の壁面にも使えるかと思います。またこの前テレビではビール瓶のカレットを一回熔かして、エアーを吹き込んで作る発泡ガラスをこういうところに使っていました。建設汚泥を焼成すると非常に多孔質なものですから比重が相当低いのです。このように土より非常に軽くて保水性があるものを屋上に使って各地で緑化をしています。
 
 土の循環の話ですが、平成十二年の統計では(図-21)、工事に使われた土は一億五千六百万立方メートルで、土砂の内訳は、全体の46%くらいが他の工事現場で出てくる物が流用されています。残りの46%は採石場から新たに山を切って、言い換えれば自然破壊をして、持ってこられるのです。コンクリートなんかの解体構造物から砂を回収したりというのも少しはありますが僅かです。今は必要な土砂はこのように確保されているのですが、これをもっと少なくできないかということが、土の循環を考える一つの視点になります。建設業の中だけでなく、別の方から70-80%まで賄えないだろうかという気持ちになります(図-22)。必要な所と発生する場所があまりにも離れていたり、必要な物性がありますから土であれば何でも良いというものでものではありませんが、発生した二億八千四百万立方メートルの内のかなりの部分が埋め立て処分されるという現状をもう少し改善する必要があります。
 農業と窯業でも土を使うだけでなくて、土を出してもいるのです。土地改良などすると悪い土は出てくるのです。そこで産業間での循環がうまくには、農業・建設・窯業が比較的近場にないといけません。滋賀県は農業県でもあり、信楽焼という狸の焼き物や八幡瓦という瓦の焼き物も盛んで、当然建設業もあります。こういったところでうまく廻らないだろうかと試算したことがあります。窯業は今良い粘土が無くて困っているのです。農業では田植機の育苗箱の培土はよそから買ってきているのです。滋賀県だけでも年間数万トンの培土を使っています。窯業では、瀬戸などから入れるだけでなく一部は輸入までしているのです。また窯業では、焼き物屋さんで2-3割は不良品として廃棄物になるそうです。これは建設の路盤材くらいには使えるのです。こういうところで互いに融通しあえるような仕組みを作ったらどうですかと最近言っているのです。そうすると各分野でどんな土が欲しいのということが問題になります。粒土の点で農業と窯業と建設で必要な土は(図-23)、建設は粘土ができるだけ入っていない礫と砂の多い土欲しいのです。逆に窯業は礫や砂の入っていないできるだけ粘土・シルトが欲しいのです。農業は礫はいけないがバランスよく粘土もシルトも砂も入った土がよいのです。こちらで要らない廃棄物が、ひょっとしたらあちらではウエルカムかもしれないという関係になるのです。性能的に土の粒度に着目して産業間の融通をきかせることが可能かもしれません。
土壌汚染の現状
 
 それから土の負の遺産、汚染の問題です(図-25)。最近は土壌や地下水汚染が新聞紙上でも話題になることがありすが、大気汚染や水質汚染はちょうど日本で公害の苦い経験を経て1970年代にいろいろな枠組が決まり、大気汚染防止法とか水質汚濁防止法と、その基準が整備されました。その時に土も問題になりかけていたのですが、規制は農地に関するカドミウムと砒素と銅の三元素だけの基準が法制化がされました。しかし実は汚染が深刻なのは農地ではなくて市街地の方なのです。ようやく去年になって土地汚染対策法が公布されました。土壌汚染は、なかなか顕在化し難く、わかりにくいということで、遅れてきた環境問題です。土壌汚染は、主には過去の産業活動等や不法投棄とかによるものですが、中には合法的なものもあります。1970年の公害基本法関連の法律ができる前は、水についても廃棄物についても何が良くて何が良くないか、悪い物はどこに埋め立てたらよいかという決まりが何も無かったのです。そういう意味でそれ以前のものは、いわば合法的に汚染をしていたことになります。大気汚染や水質汚濁は蓄積しないけれど、土壌汚染の場合は大体は蓄積して残り続けることが一番厄介なところです。その汚染物質の性質は、動き易い物から動き難いものまであり、しかも地盤の特性に非常に依存しますから、発見が難しく、大体発見した時には汚染がかなり拡がっているということになりかねません。汚染物質は重金属・揮発性の有機化合物・農薬・油のようなものが主体です。土地汚染対策法は今年二月から施行されましたが、本格的な汚染の調査とか対策はこれからです。
 
 土壌・地下水の汚染は幾つかの類型に分けられます(図-26)。工場廃水等が潅漑水に流れ込んだ農地の土壌汚染で特に有名なのがカドミウムです。富山の神通川流域のカドミウム汚染でイタイイタイ病が出ました。法律の無い時には廃棄物を工場内敷地で処理していたのは当然ですが、廃液のピットで、VOCといっているトリクロエチレンやテトラクロロエチレンのような液状のものを入れていたのが、ピットにクラックが入ったりして、地下水汚染になったということがあります。それから産業廃棄物を有効利用しようと使っていたら、そこから汚染物質が出てきたというのもあります。これは江東区でクローム鉱滓をあの辺の住宅を建てた時に、地盤の嵩揚げ材として砂利代わりに皆が工場からもらって敷石に使っていたところから六価クロームが溶け出していたということがありました。最近ですが、農業からの肥料や堆肥のやり過ぎによって地下水が窒素で汚染されている事例がいくつか報告されています。
 土壌汚染で問題になる重金属は周期律(図-27)でいう、銅・砒素・セレン・カドミウム・水銀・鉛などですが、それ以外にもホウ素・フッ素とか六価クロムも重金属等ということで、汚染物質として規制がかかっています。ホウ素などは眼を洗うのにホウ酸水で洗っていましたし、フッ素でも歯磨きに入れた方がよいと今でもフッ素入り「サンスター」があります。使ったその量が許容量を超えると有害物質になる例です。有機塩素化合物VOC(図-28)、トリクロロエチレンやテトラクロロエチレンはいずれも非常に性能の良い洗浄剤で油落としにいろいろな化学工業とか精密機器工業・半導体工業で重宝されて現在でも使われています。ところがいずれも発ガン性があるということで、今や一網打尽に規制が掛かっています。特に性質的に厄介なのは、いずれも比重が水より重く 1.4 とか1.6 ほどあります。液状で水より重い物は地下水に入るとどんどん広まっていきます。地下水に溶けないで地下水層を突き破って深くまで進行していきます。また蒸気圧を見ると水より高く揮発性が高いので、地中にあるだけでなく揮発して地上にも出てくるのです。そういう意味での恐さもあります。それらの動きを図 -29に示しました。
 重金属の場合には投棄されたとすると、少しは水に浸透して溶けて動きますが、あまり拡がらないのです。揮発性有機化合物の場合には重いから地下水面よりどんどん下に沈んでいき、あまり水が通らない粘土層に来てから横に流れていきます。粘土層にクラックが入ったりしていると、更に深くまで沈降して最終的には基盤層という岩盤まで到達していきます。30mくらいまではいきます。今度の土壌汚染対策法でも、重金属は表層の汚染地から50cmも掘って調査すればいいとなっていますが、こっちはまず地表のガス調査をして、その気配があるようでしたらボーリングをして深くまで調べるのが、基本的な調査法です。
土壌汚染への対処の実際
 
 土壌汚染に関して、新聞紙上で環境基準を超えて何千倍になる非常な汚染が発覚して大騒ぎになることがありますが、あまり過敏に反応してもいけないと思います。土壌の環境基準というのは(図-30)、溶出試験で土を水に溶かして懸濁して出てくるものの量で計り、その量が地下水の環境基準、飲料水基準と同じですが、飲料水基準を超えるかどうかで汚染の有無が判定されています。この地下水の環境基準はどうやって決まっているかというと、その水を毎日2リットル 70年間飲んでも一応いいですよと言うことを根拠にして決められています。これに準じて、土はそれに10倍量の水を加えて溶出させたものがこれを上回るかどうかで判定されています。もちろん少しでも環境基準を超えていれば汚染は汚染ですが、こういうことを基準にしているから、今すぐ大騒ぎしなければならない汚染と、そうでもないものがあるということもわかっていた方がよいと思うのです。
 土壌汚染対策法の、この他の概略を申し上げますと(図-31)、規制物質は重金属と揮発性有機化合物で25種類を対象にしています。こういうものを扱っている有害物質使用特定施設を操業停止あるいは廃止する時、土壌汚染により健康被害の恐れがある時、例えば下流側に井戸がありその水を飲んでいるという場合ですと、さっそく調査しなければいけないのです。調査は指定調査機関という、これは事前に都道府県に申告をして基準レベルを維持している、現在 900社くらいある指定機関でしなければいけないのです。もし基準を超えた地点があった場合は、汚染区域として都道府県の土地台帳に明記して公開されます。一般の人が此の土地を買いたい時に行けば見せてくれるようになっています。
 汚染地域として指定された区域の管理は、即きれいにすると言うことではなく、まず土が飛散して吸引されないように覆土をするか、地下水が周りで飲まれたりしてはいけないからモニタリングをして、同時に周りにコンクリートの壁を作ったりあるいは水を通さないような構造にして封じ込めするとか、さらに汚染その物を除去するとか、汚染物質だけをきれいにする浄化が必要とか、いろいろな方法があります。現在は、汚染が基準は超えているがそんなに酷いものではなければ封じ込めになります。環境基準の大体10倍から30倍のところに溶出値2というのがあって、これを超えている場合には汚染を除去しなさい、浄化しなさいということになります。 
 時々実際の汚染の指導要綱作りに呼ばれていったりすると、ちょっとでも汚染していると即撤去・即浄化を求める人が多いのですが、そうすると日本には今一般廃棄物を処分する場所さえ困っているような処分場の事情なのですから、即と言っても持っていく所があるのか、下手すると汚染を拡散してしまいますよと言うのですが、とりあえず自分の近くから無くしてくれと言う人が多いのです。また浄化もそんなに安い費用でいい方法のメニューはまだ豊富ではないのです。ですからある程度のものであれば遮断とか遮水とかでうまく付き合っていくのも一つの方法ではないかと思っているのですが、なかなかそうも行かないのが現状です。図-32が有害物質25種類の内容です。第一種は主に揮発性の有機化合物でほとんどが塩素系です。一つだけベンゼンが入っています。これは主にガソリンスタンドの跡地なんかに出てきます。第2種は重金属系です。第3種は普通はあまり問題になりませんがPCBとかの農薬系です。
循環の場としての土の利用 
 土を循環の場として利用することが必要になることがあります(図-33)。これまで土はいろいろところで循環の場としても使われてきました。例えば排水処理に土壌浄化法といって、ある土を使って水を綺麗にする家庭用の小規模の排水処理法が地方では普及しています。廃気・排ガスの悪臭を取るのに、特に養豚等の臭いがきつい廃ガスを土壌に通すことによって脱臭します。最近では道路のトンネルの中の排気の窒素酸化物等をきれいにするのに土壌を用いるのが、まだ試験的かも知れませんが一部でやられています。それから生ゴミの地中処分は前からやっています。
 最近生分解性プラスチックスが出回ってできています(図-36)。従来の石油起源のプラスチックはどうしてもなかなか分解しないからゴミ処理が大変だったのですが、今は梱包材とか昔発泡スチロールの代わりに、澱粉系だとか乳酸系の、ダイレクトメールで透明な封筒が来ることがあり乳酸系と思いますが、生分解性プラスチックが使われています。キャッチフレーズは土に還る樹脂だと言われるのですが本当にどの程度のスピードでどこまで可能なのか、或いは中間的に何か悪いものでもできるのではないかと気になって、自分たちで試験しています。土に還るプラスチックというのメーカーのうたい文句見ていると、ちょとしたビーカー試験かなにかで分解するようなことが書いてあるのですが、本当に屋外でかなりの量を投棄した場合に、土に還るのであろうかと、大学の敷地をいろいろな区に分けてやっている最中です(図-37)。今三カ年計画の二年くらい進んだところの経過(図-38)です。プラスチックの物によって違うのですが、puと書いてあるのはポリウレタンをそれより少し分解し易くしたもので、これはトンネルの固結材でトンネルを掘るときに土砂の崩壊を防ぐために使うものです。掘るときはよいが後で掘り出すと産廃になり、大変だからなんとか分解したらよいということです。これは澱粉系でかなり分解しています。ポリ乳酸は、PHを上げればかなり分解するがそれ以外ではあまり分解しないとか、まだまだ検討の途中段階ですが、一年も土の中に入れれば無くなるというような程の物ではないけれど、土壌の微生物を調べるとだんだん生菌数が増えているから、微生物分解が進んでいることは事実で、もう少し様子を見たいと思います。
農業がもたらしている環境負荷とは
 これも循環の一つですが、畜産廃棄物等を堆肥として使うのは有機農業の一つなので結構なことですが、これをやり過ぎると窒素で地下水を汚染する事例があり、水道の源水で高濃度の硝酸態あるいは亜硝酸態の窒素が検出されました。硝酸態窒素の高い水を飲むとチアノーゼというヘモグロビンの発生を抑えるような働きをするのです。アメリカで幼児特に乳幼児の問題で、死亡例もあるということで、三年ほど前から日本でも地下水の硝酸態窒素を10ppm 以下にする基準が決まりました。図-34を見るとかなり際どいものがあり、大きい方は15.3ppmで果樹園とか野菜の汚染源は化学肥料です。牧場では排泄物を土地還元して、牧草を有機農業で作っていた所が窒素汚染の元になっています。堆肥も通常は地下水が硝酸態の濃度は汚染されていなければせいぜい1ppmまでです。10ppmを超える数値が出てくることは相当汚染が進んでいるといっていいと思います。
 作物毎に窒素はどれくらいあったらよいかという量が出ているのですが、これを見ると米の稲作りは窒素負荷は低い濃度です。ところが畑、中でも野菜・果樹は多く、もっと酷いのはお茶です。お茶のうま味の成分テアニンをつくるためにはかなりの窒素をやらなければならないそうですから、静岡や宇治お茶の産地の地下水は相当硝酸態窒素の問題が深刻です。そこまでやらないで少し落としていこう機運もありますが、いずれにしても化学肥料だけではなく、有機肥料の堆肥とか家畜の排泄物とかでも起こることは事実です。なぜそういうことが起こるかというと、施肥をする時、植物は窒素を硝酸態の形で吸収するのですが(図-35)、硝酸態の窒素は陰イオンですから土に吸着しないので、雨が降るとすぐに地下に浸透してしまいます。それを防ぐために窒素肥料はアンモニア態や尿素態の形でやるのです。これを土の中の微生物が硝酸態・亜硝酸態に変えてくれて、それを植物が吸収するのです。ところが植物が全量を吸収できるわけではないから、土により保持能力が無いと地下に浸透して溶脱していき、地下水を汚染します。雨が降らなくて浸透水が無ければ、脱窒菌という土壌微生物が硝酸態・亜硝酸態窒素を気体の窒素そのものに変えますから、空中に飛散していって万々歳ですが、こうならないうちに地下に浸透していくと地下汚染になります。農業は、比較的には環境に優しいのでしょうが、実は環境に大きな負荷を与えているものになっているのも事実です。農業は広いですから大変なのです。工場がちょっと汚染したのとはわけが違う、そういう意味では非常に深刻と思われます。
健全な物質循環の場としての土 
 まとめとして(図-39)、今まで申し上げたことを循環について言いますと、一つは健全な物質循環の場としての土壌・地盤を確保していくことは非常に大切であるということです。特に都市のような所で土が窒息状態にあるのをなんとかして、例えば今アスファルト舗装の構造を変えて透水性の舗装にしましょうとか、通水性の舗装にしようという試みが始まっていますが、水をなんとか舗装の中を通過させて水循環だけでもうまくしてやろうという考えです。土も産業内および産業間の循環を促進できないかということはまだ課題の段階ですが、建設業の中だけでもまだまだ循環し切れていないけれど、さらに産業を跨って循環をしていくことが必要だろうということです。同時にいい加減に循環をしていくとかえってそれが土壌・地下水の汚染の原因にもなるということです。窒素の話とか、先ほどのクローム鉱滓を埋め立てに使っていたら六価クロームが出てでてしまったというようなことです。このように循環をしようと思ったらきちんと、これがどうなっていくかをよく考える必要があるのです。
(どよう便り 72号 2003年12月)

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