米国のナノリスク教育

投稿者: | 2014年7月2日

米国のナノリスク教育
小林 剛
Takeshi KOBAYASHI, M.D. 医学博士
環境医学情報機構
東京理科大学ナノ粒子健康科学研究センター元客員教授
カリフォルニア大学環境毒性学部元客員教授)

PDFファイルはこちらから→csijnewsletter_025_kobayashi_20140626.pdf

はじめに ─ナノリスクの浸潤―

ナノテクノロジーのリスクに最初に遭遇して健康被害を受ける犠牲者は、企業や大学のラボラトリーにおいて、ナノマテリアルに暴露される最前線の開発部門の研究者であり、次いで、試作工程の技術作業者らである。この段階での従事者数は比較的少数であるが、開発に成功した製品段階の一般作業者数は一挙に急増する。

これら研究者/作業者の健康を災害事故や職業病から守るため、対策(教育を含む)を怠り、重大事故を誘発した場合、管理者(担当教授/経営者など)には全責任が問われることはいうまでもない。そのため、管理者は、ナノ関連作業者に対して、適切なリスク教育を実施し、作業者は適切な知識と実技の習得により、安全意識を高め、ナノ作業を恐れることなく、自信をもって業務遂行を可能ならしめるべきである。ナノリスク教育は、ナノ関連部門での急務である。

しかし、我が国では、今回紹介する米国のようなナノリスク教育システムはなく、関係者は何を為すべきかに自信がなく、混迷状態を呈しているのが現状である。労働安全衛生行政機関も、先年、ナノマテリアル作業に対して、余りにも簡単な留意喚起の通達を出したのみで、その後のフォローはなく、実際的なナノ作業者教育に積極的に踏み込む姿勢は見受けられない。世界のナノテクノロジーの成長は余りにも急激であるため、教育不足の作業者に対する監視体制が充足されないままで、いつ大事故が起こってもおかしくない状態である。

ここで、さらに深刻な問題は、現時点においては、ナノマテリアルの生体影響の多くは「慢性的」で、大量吸入の「急性毒性」(2009年の、中国におけるナノ塗料のスプレー作業者の死亡事故のような)の続発は考えにくいため、研究開発を最優先し、多額のコストを惜しみなく投資する反面、ややもすれば、関係者(特に、管理責任者)は労働安全衛生対策の充実に真剣に努力しないことである。

しかし、一旦、体内に侵入したナノ粒子類は、すべての防御バリアを容易に突破して血流に乗り、各標的臓器において、多彩な病態を発現し、雄性生殖系では精子減少、妊娠女性の合併症、胎児(仔)・新生児(仔)の弱小化など放置できない重大な事態が徐々にではあるが確実に進行している。

1.米国におけるナノリスク教育の意義

米国立環境保健科学研究所(NIEHS)は、「ナノテクノロジーのリスクに関する作業者教育」(付属資料)を発行し、ナノ作業者教育に関して、実際的な指針を発刊し、強い行政指導を行っている。
NIEHSは、既に、約30年前から、作業者教育訓練プログラム(NIEHS-WEPT)により、多数のインストラクターを養成し、200万人に対してトレーニングを行ってきた。また、この種の労働安全衛生教育を実施するNGOを積極的に助成している。

マテリアル・サイエンスの最先端技術とも賞賛されるナノテクノロジーの「ユニークさ」は、見方によっては、いわば「両刃の剣」であり、ベネフィットの反面には、健康や環境への懸念が極めて大きい暗部は、最近では「定説」のレベルにまで「昇格」されている。特に、多数の作業者に対するリスク教育は未だ不十分であり、今後は、さらに川下領域(加工・販売など)から最終廃棄処分を含む全ライフサイクルの関係者への拡大が必要である、と壮大な教育プログラムを提起している。これは、環境行政における国際的な快挙といえるであろう。

以上のNIEHSのナノリスク教育は、関連作業者はもとより、消費者の健康保全を視野に入れた世界の最先端を行く政策の具現であり、我が国の労働安全衛生行政と、特にナノ企業にとっても見習うべき教訓であろう。

【続きは上記PDFファイルにて】

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