リスク・コミュニケーションの現場から 新しい化学物質対策

投稿者: | 2002年7月5日

竹田宜人(東京都都立大学・大学院)
pdf版はrisk_006.pdf
●はじめに
都立大学の都市科学研究科の学生で、4月から博士課程にいきます竹田と申します。本職は東京都環境局の職員です。都市科学研究科のほうでは市民に対する情報の提供や住民参加の在り方などの研究をしております。今日は学生という立場から話をさせていただきたいと思います。
今日は、私は行政学の視点から考えた時のリスクコミュニケーションということを話したいと思います。リスクコミュニケーションという言葉は最近行政のほうでもよく使うようになりまして、実際何を求めているかと言いますと、利便性と危険性が科学技術にあるということを前提に、危険性を市民に対してどのように伝えてゆくかを考えた時に、情報をもっているものは行政や企業ですから、行政や企業が事象の利便性と危険性を市民に伝えて、一緒に考えていこうということです。電磁波でもそうですが、便利に使っている電気器具、コンピューター、そういうものから電磁波が出てくるということになりますと、利便性を考えながらリスクも考えないといけない。関係者として行政、企業、住民の方が情報を共有してともに考えるということが重要ではないかと考えています。ここで言うリスクというのは、交通事故、自然災害、犯罪、テロ、労働災害、都市構造が起因する事故など、環境汚染、疾病などいろんなものがありますが、そういうものについて情報を共有しましょうという考え方がリスクコミュニケーションの概念だと思っております。
●リスクコミュニケーションの類型
リスクコミュニケーションの4つの義務という考え方があります。もともとの考え方は実用的な義務、道徳的義務、心理的義務、制度的義務というものです。
実用的義務というのは、危険に直面している人々が害を避けられるように情報を与えられなくてはならないということです。町の中で暮していますとたくさんのリスクに囲まれているということがあるのですが、実際にはなかなかそれに気がつかない。実際に町の中を歩いていて塀が地震の時に倒れるか倒れないかというのは分からないわけですが、本当はリスクというのはそれぞれの人が危険に直面しているのであれば情報を与えなくてはいけないということなのです。
道徳的義務というのは、それぞれ真意は何らかの選択が行なわれるように情報を得ることができることです。例えば地震の例でいうと、地盤が弱いか強いか、そういう土地に家を建てるか建てないか、それは市民の選択になるわけですから、そういう情報を行政として市民に与えなくてはならないということです。
心理的義務というのは、情報をもとめているというのが基本にあります。恐怖に対応したり、欲求を達成したり、自らの運命をコントロールすることを考えた時に、情報をほしいと要望を否定してはいけないということです。ですから、ここでは情報公開と説明責任と書いていますが、行政側の情報公開と説明責任は非常に重要なことになってきます。
最後の制度的義務は、政府や行政、産業が持っているリスク、その他のリスク、それを効率的な法案で規制しなさいということを市民の側から期待している。この責任が適正に果たされているかの情報を受けることもまた期待しているということですから、行政のほうに市民が積極的に参加していかないとこういうことはできないわかです。情報をくださいといっても、どういう情報がほしいのかを明確に意思表示をしないとなかなかこの提案は難しいと思います。ですから参加ということがポイントになります。
リスクコミュニケーションの発展段階は第1、第2、第3と3つの段階があるということをよく言います。時系列で考えていただきたいのですが、第1段階というのは、データの開示をしている段階。今ちょうど情報公開条例などがありまして、いろんな情報が開示されるようになってきています。今はただ出しているだけで、第2段階としては、その情報の提供に解説がついてきます。このリスクはどういう意味をもっているのですというような解説がついてくる段階です。第3段階としては、意見交換の段階、これは共同ということで、市民の方が責任を持って参加してきて、一緒に考えましょうという段階です。これが関沢という方が考えたリスクコミュニケーションの発展段階で、非常に分かりやすいです。現在では第1段階に相当するのではないかと思います。
実際に現状を考えて見ますと、本当に十分なリスクコミュニケーションが市民に提供されているのかということは疑問符がつくのではないかというところです。
●化学物質の管理をいかになすべきか
今回、化学物質管理ということで話をさせていただくのですけれど、これまで環境対策、公害防止、主に環境基準を作ったり排出基準を作ったり、企業への規制をしようというのが行政のやり方だったわけです。なぜそういうのが出来たかというと、被害者の原因や健康影響がある程度顕在化できたためにそういうことが出来たわけです。ただ、水俣病などをみても、非常に年数がかかります。しかし、ある程度疫学的なデータが出てきた段階で規制基準のほうに進んでいったというのがこれまでのやり方だったのです。ただし、現状の状況を考えますと、国内での化学物質の製造販売は数万種を超えています。それらについて規制がきるかというと、これはマンパワーから考えてもほとんど不可能ではないかと思います。ダイオキシンや環境ホルモンのことを考えますと、微量でも影響するし、いろんな複合作用もあるだろうし、世代間の作用、つまり子どもとか孫の代までの影響などがあり、ある化学物質被害を受けたからといってすぐに具合が悪くなるような、被害の顕在化がないんじゃないだろうかというようになってきています。
公害対策型環境行政の現状は、今までは企業に対する規制指導ということをやってきたのですが、それではもう間に合わないし、もたないということがありまして、環境保全と社会経済活動を共存して持続させなくてはいけない。これはリスクベネフィット原則と言いますが、化学物質を使っている企業に排出量管理を自主的に管理報告をしなさい、そして届出をしてくださいということです。PRTR法、東京都で言いますと東京都環境加工条例というのがあるのですが、新しい仕組みが今できてきています。
これは今までの規制指導と違いまして、自主的に出してくれということなんです。ですから、出さないからといって、行政の立ち入りがあるということは今のところないということです。その得られたデータを、どういう風に使うのかということになりますと、化学物質は当然ベネフィットとリスクがありますので、そういう便利さとリスクを両方を提供し、みんなで共有していかなくてはいけない。あるいは、どこが分からない、こういうところを教えてくれとという対話をしなくてはいけない。というのが次に出てきます。
これまで化学物質の管理はある程度行政と企業だけがやっていました。それを市民、市民団体、地域コミュニティーなどと役割分担をしましょうということです。役割分担をするからにはそれなりの情報提供を行なっていくというのが、ここでいう化学物質管理の新しいやり方ということになります。最後に住民参加による化学物質管理というのは、役割分担をするからにはそこに来ていただかないと仕事ができないわけです。そこで化学物質が危険だというひとつのやり方ではあるのですが、逆にいうとそれを使って豊かに暮しているわけでありますので、その両方を考えて化学物質管理をしてゆきましょうというのが新しい考え方です。
PRTR法と環境加工条例は具体的にどういうことをやるんですかということは、PRTR法の場合は化学物質の354物質81種、東京都の場合は57物質、これらはリストが出来ていまして、国の場合では年間1トン以上使っている方の中で社員が21名以上いる方、東京都の場合は100キロ以上で人数条件はありません。そういう事業者の方は、排出量移動量、排出量というのは環境に出した量です。移動量というのはゴミです。都の条例ではそれに加えて、工場の中でどれくらい使っていますか、なにをどのように使っていますかということまで求めています。それを行政のほうにいただいて、公開するというのが次の大きなポイントです。国のほうは、集計結果を分かりやすい形で公表することになっています。この法律は平成13年度の4月1日から始まっていまして、データを集めているのが13年度、届出をいただくのが14年4月から6月です。それをまとめてこれから公表しようということになるのです。アメリカにもPRIという同じような条例がありまして、事業者からでてきたデータをNPOがまとめまして、区ごとや市ごとで化学物質がどれくらい排出されているかを地図の上で示すようなことをやっています。これは行政ではなくNPOでやっています。
社会に対してそういう情報を提供することによって、市民全体がその情報を見るということが非常に重要になってきます。見ていくと、あそこの企業はどうも出してないねとか、データがおかしいねというようなことが見えるわけです。ですから、規制指導をしなくても、やらないところには環境にやさしいと言いながらどうもおかしいんじゃないという話がでてくるわけです。今までの規制指導の在り方とはまったく違う概念がでてくるということになります。国や東京都のデータが取りまとめられて、世の中に出てくるのは今からちょうど1年後です。その段階でどういうふうに分けるか、区ごとに分けるか市ごとに分けるかといったようなことが問題になってくるだろうと思います。すべての情報が公開されるというのが大きなポイントです。
●地域コミュニティとリスクコミュニケーション
ここで地域コミュニティとあえて書いたのは、これは東京都に限ったことではないのですが、東京都でいうと100キロという使用量を下限で持ってます。ということは中小企業まで多くは入ってきます。国の場合ですと1トンですので大きな企業だけなので、放っておいても最近は環境を重視した対応をされていますので、大きな企業はいいのですが、小さな企業、例えばおじいちゃん・おばあちゃんでやっているような企業に対して、住民の方とリクスコミュニケーションしなさいよといっても、これは無理な話だと思うのです。それで4つの条件を出しているのですが、東京では都市機能の集積だと思うのですが、都市機能は過密になってきています。したがって戦前からそうだと思うのですが、化学物質工場が一般の家と軒を並べています。現在特に東京都の中心部にマンションなどが戻ってくるという現象がありますので、そうすると新しい住民の方と古くからいる方との対立というのがどうしても出てきます。それがひとつの特質です。また町工場が9割を占めています。そこで営業をしている方というのは、地域の住民なんですね。だから大企業のように、みんなが通ってくるという状況とはまったく違うと言う事を考えてみないといけないと思います。地域の活性化ということで、企業の海外進出というのが盛んになっています。中国とかで生産して輸入するという形になりますと、工場がもともと存続しにくい状況になってきているわけです。そうすると地域コミュニティーが崩壊してしまうという心配もあります。
4番目に地域コミュニティーの必要性の再確認ということなのですが、防災、福祉、高齢者対策、などいろいろなところで必要だと言われています。しかし、それを維持しようとする働きにはむずかしいところがあります。実施して成功している事例はあまり多くないんじゃないかと思います。ですからこの化学物質対策というのが逆に工場を東京から追い出すように働いてしまうんじゃないかという危惧があります。そこで環境の保全と社会経済活動の持続的共存と書いたのですが、やっぱり地域の中で工場があって住民があって、一緒にやってきたという中で、環境の側面だけで重要だからという理由だけで、こういうものをやっていいかというのがひとつ大きな問題になってくると思います。
最後にリスクコミュニケーションとまちづくりという問題です。人々が安心して安全に暮すための関係者、つまり市民、市民団体、企業、行政、研究者達が、その町にどういうリスクがあるかということを共有しないといけないだろう。そのリスクというのは、先ほどの繰り返しになりますが、交通事故だとか自然災害、疾病、まあ電磁波もそうだと思います。そういうリスクがどこにあるかというのを行政と対話をすること、企業と対話をすること、それを地域活性化や町づくりに使っていこうじゃないかという考え方が東京都の場合は必要じゃないかと考えています。PRTR法や都条例の場合も実際の動きは来年度以降になりますので、住民の方達とのリスクコミュニケーションをどのように進めていったらよいかは、来年度以降いろんなところでパイロット的に取り組みをしていきたいと考えております。リスクコミュニケーションという言葉は一人歩きしているんですけれど、現場サイドから見るとほとんど何もやってないというのが現実です。非常に情けない話ですけれども、来年度以降、こういう考え方に沿って、ある程度の形を見せていかないといけないなだろうなと考えています。
【質疑応答】
Q1:PRTR法や都の条例でいう排出量や移動量の基準は、1トン以上とか何キロ以上とかいうふうにどれだけの重さを排出しているかで決められているのですが、現在すごく問題になっているSPMのように、一つの粒子がどれだけ細かいかということを基準にする見方もあると思います。重量をいっぱい出してないからいいかというとそうではない場合もあるので、規制に関する単位について、どういう基準で評価すればいいのかは今後変わってくると思うのですが、そのことに関して行政ではリスクコミュニケーションをどういうふうに捉えていかれるのでしょうか?
A:ひとつの提案として考えたいのですが、今SPMのことが出てきましたが、これは車などの移動発生源なんです。移動発生源の場合の考え方と企業に対する考え方は違うんです。企業に対してこういうことを求めるときには、やはり原材料が何トンか、商品は何トン作って、どれだけ出荷したかというのが企業の活動の中心ですから、その企業に対して、あまり過大な細かいことを要求しても、たぶん出てこないと思うんです。ですから、まずは企業に対しては日常の営業している数字を使えるように指導して行く。移動発生源の車については、ご指摘の粒子状物質がありますので、そちらのほうを反映してゆくといいと思います。まず、このやり方のポイントはすごく長い時間をみてやらなくてはいけないということです。いろんなご指摘はあると思うのですけれど、出来るところからコツコツとやっていかないと、たぶん難しいと思います。重量だけではなく、粒子についても考えろというのであれば、それはまたこれからの問題だと考えています。まずはひとつずつ順番にやっていくのがいいと思っています。
Q2:リスクを受ける人とベネフィットを受ける人が別々の場合があると思うのですが、そう言った場合のコミュニケーションとして、行政の人はどのように対応してゆくのかを教えてください。
A:例えば工場近傍の方を考えるといいですよね。工場の近傍の人は、その工場が生産している製品を使うわけではないですから、あまりベネフィットは感じてない。ただリスクだけを感じている。そういうことになると、地域ということを考えると、その工場は地域の中で活動しているわけですから、工場が持っているリスクを住民の方にどういうふうに知らせるかというのがポイントになってくると思います。リスクはありますが、その状況をずっと継続して、ただリスクを作り続けるんではなくて、ある程度いい方向にもっていきましょうという対話を周りの住民の方達とやっていきましょう。それがリスクコミュニケーションなんです。だから、ずーっと同じことをやるんではなくて、有害性のある物質で他のものに変えられるものであるのなら、来年は半分にしましょう、再来年は3分の1にしましょうという具合に、お互いに歩み寄っていくような場を行政として作っていかなくてはならないだろうと考えています。
(どよう便り 56号 2002年7月)

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