喘息;古くて新しい健康障害

投稿者: | 2006年7月5日

pdf版はrisk_009.pdf
■解説
 喘息の原因は単純ではない。それには喘息が起きるメカニズムが一通りでないことも関係している。その複雑さが、喘息への予防的な対応を難しくしてきたし、今もしている。
 喘息は、アレルギー反応が引き起こす慢性的な気道(鼻から肺までの空気の通り道)の炎症によって、気道の狭窄や過敏化、タンの分泌の増加がすすみ、ダニ、排気ガスなどのちょっとした誘因で気管支が収縮し、咳、ぜん鳴(気管支がゼーゼーと鳴ること)、呼吸困難などの発作が起きる病気である。アレルギー反応であることは、血液検査において好酸球という白血球の数の増加やIgE 抗体の値が極端に上がることで確認できる。
 厚生労働省の調査などから、日本での近年の喘息患者の総数はおよそ300 万人(人口の3% 程度)、喘息による死亡者数は年間6000 人ほど。注目すべきは小児の気管支喘息で、30 年前は全小児の1% 程度だったのが、最近では6% 程度になっているといわれている。さらに、以前は乳幼児の気管支喘息は比較的まれだったが、これも最近はかなり増加している。
 最近発表された、東京都福祉保健局環境保健課の「アレルギー性疾患に関する3 歳児全部調査」1(児童対象者数8,294 人、有効回答数4,305 人(51.9%))では、表1 ならびに表2 の結果が示されている。「3 歳までにアレルギー症状有り」は50% を超え、「アレルギー疾患と診断された」は全体の3 分の1 を超えている。アレルギー疾患全体の増加に呼応して「ぜん息・ぜん鳴」も、5 年前と比較して「症状あり」が約10% 増を示している。
 大気汚染に対する規制は、1960 年の四日市公害の経験を端緒にして、様々な甚大な被害を背景に、硫黄酸化物(SOx)、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、ディーゼル排気微粒子(DEP)と徐々に進んできた。この事実と表1 や2 の結果をつきあわせると、「日本では大気の汚染は抑えられつつあるはずなのに、アレルギーや喘息の増加はなぜ?」という端的な素朴な疑問が生じるだろう。
 環境汚染と疾患の因果関係を探る際に常に問題になることだが、汚染の実態をどこまで精密に把握しているか、そして疾病を引き起こす因子が単純でない場合にその複雑さをどこまで正確に把握しているかが、決め手になる。大気汚染物質は広域に拡散し気付かないうちに不可避的に常時吸引されることから、その慢性的曝露によって何が引き起こされるのかを見極めていくことも必要となる。一番基礎となるデータは、種々の大気汚染物質の濃度がどう変化しているかだが、そもそもそれを経時的・経年的にしかも多数の地点で面的に追っていき、疾病の発症(頻度と地点)と汚染(濃度と地点)との相関を絞り込んでいくのは、並大抵のことではない。
 全国の2100 以上地点で環境基準をクリアしているかどうかをみるために自動モニタリングが行われているが、そのデータで見る限り、全国的に見てNO2 は減らず、光化学オキシダントはむしろ増加傾向、そして高い毒性を示すDEP を含むSMP(浮遊状粒子物質)も横ばい状態である(菱田一雄、嵯峨井勝『安全な空気を取り戻すために』岩波ブックレットNo.678,2006 年)。
 訳出した論文からは、米国の科学者たちが、喘息の予防に向けて既存の知見を総合しながら、大気汚染をはじめとする様々な因子が複合的に絡む様を解きほぐそうとする姿が伝わってくる。喘息が依然として公衆衛生上の重要な解決すべき課題であり、総合的なアプローチを必要としていることが実感できるだろう。(上田昌文)
1: http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kanho/news/h18/presskanho060425.html
喘息の誘発と環境: 知られていること、知られるべきこと(抄訳)
(『環境健康展望』114 巻4 号、2006 年4 月)、メイ・ジェイン・セルグレイド(合衆国環境保全局)ほか
訳: 上田昌文、権上かおる、平井俊男、杉野実
■はじめに
 過去25 年間で必ずしも明瞭に把握できはしないものの生活環境が様々に変化した結果、米国でも他の国々でも喘息が蔓延するようになった( Pew Environmental Health Commission 2000; Mannito et al. 2002) 。タバコの煙・オゾン・ディーゼル排ガスをふくむ大気汚染物質への曝露は喘息発症の危険を高める(Gilmour, et al. 2006)ので、それらも原因の一部をなしているかもしれない。現代ではそれに加えて、室内ですごす時間が増し、またエネルギー効率を高めるために室内環境も気密的になっているので、室内でのアレルゲンやその他の生物学的因子への曝露もまた、喘息発症増加の原因になっていると思われる(Bush 2001; Zeldin et al. 2006) 。しかしながら、たとえば肥満の増加、運動の減少、食事の変化、滅菌・除菌がすすんだ環境で幼少期を過ごすこと(いわゆる衛生仮説)および(たとえば託児施設での)呼吸器ウイルス感染の増加といった他の要因も、すべて喘息の増加の原因となっている可能性がある(Yeatts et al. 2006)。子どもがもっとも大きな危険にさらされていると思われるが、成人においても新たな発病がふえていることが懸念されている(Enright et al. 1999) 。職業的環境によるアトピー症候群(Nguyen et al. 2003)および喘息の誘発(Gautrin et al. 2001) はすでに報告されている。
 2004 年10 月18・19 日、合衆国環境保全局(EPA)と国立環境健康科学研究所(NINIEHS)は、「喘息の誘発と罹患に対する環境的影響」という研究会を開催した。この研究会では、既存症例の悪化よりもむしろ、この病気の原因に焦点をあてたが、それは後者がより重要な問題であり、究極の目標は予防であるからである。研究会の目的は、喘息の誘発に(Gilmour et al. 2006; Yearts et al. 2006; Zeldin et al. 2006) 、そしてその症例増加に、寄与しうる要因に関する科学的知見をふりかえることであった。参加者はふたつの重要な問題を追求した。
1. 喘息の発症を減らすために、公的規制・公衆衛生にかかわる機関にできることは、何であるか。
2. 喘息の発症に寄与する因子に対する理解と、この問題に対処する能力とを増進するためには、将来どのような研究が必要か。
 参加者らは研究会の最後には、いくつかのワーキンググループにわかれて、これらの問題について熟考し、提案をまとめた。
 本論では、喘息の公衆衛生上・経済上の影響を特徴づけるとともに、職場環境でこの病気の発症を防ぐための対策についても簡潔に記述する。本論ではまた、7 つのワーキンググループでの協議から導かれた知見を要約する。それらは、(外界の)大気、室内の(生物学的)汚染源、職業的曝露、幼少期(発達)、壮老年期、生得(遺伝)的感受性および生活習慣に、それぞれ焦点をあてている。本論文に続く3 本の論文では、アレルゲンや他の生物学的要因(Zelden et al. 2006)、大気汚染物質とタバコの煙(Gilmour et al. 2006) および年齢・遺伝・肥満など感受性要因(Yeatts et al. 2006)が喘息の発症にいかに関係しているかを扱い、どんな対策をとり得るのかについても報告する。
■喘息とはなにか
 喘息にどう対処するかは人によって様々である。患者にとっては、発作的な、ぜいぜいいうこと、せきをすること、あるいは呼吸が短くなることである。家族にとっては、子どもに症状があるために、夜に眠れなかったり仕事に行けなかったりすることであるかもしれない。臨床医にとっては、喘息は、年齢・性別・人種によってちがう多様な症状をもたらす、複雑な状況である。それだけでなく、喘息「発作」の頻度と程度は、患者によって、また同じ患者にあっても変わるかもしれないし、それから発作は、空中アレルゲン曝露・ウイルス感染・運動・刺激物曝露・ある種の医薬品(たとえばアスピリン)あるいは胃・食道蠕動など、多様な刺激によって誘発されるかもしれない。病理学者にとっては、喘息は、気道の炎症と粘液の過分泌によって特徴づけられる。生理学者にとっては、気流の障害と、気道の反応過敏とがもっとも特徴的である(Lemanske and Busse 2003) 。
 この病気の発症数・蔓延度(発症数×有病期間)・罹患率および死亡率は、ここ数十年間、世界各地で上昇しているので、基礎・臨床双方の研究者らが、この病気についてあらためて熟考するようになった。世界各国の専門家集団、たとえばアメリカ国立心臓肺血液研究所が出資した全国喘息教育予防計画(NHLBI 1991, 1997)などが、喘息を病理生理学的に定義し、病気の重度に応じた治療法を勧告するために、招集された(AAAI et al. 1995;Boulet et al. 1999; BTS 1997; Eid 2004; Thole et al.2003) 。1991 年のNHLBI 喘息ガイドライン(NHLBI 1991)では、喘息は炎症病であることが強調されていた。確かに気管支痙攣も急性および慢性の症状に寄与しているものの、肺胞洗浄や気管支生体検査を含む1980 年代の研究は、進行する気道炎症の存在を示していた。1997年には、専門家の関心は、肺機能低下を防止ないし軽減するために、発見と治療を早期に行うことに集中していた。
 新生児集団追跡調査によって、多くの喘息患者が幼少期に発病することが明らかになった(Gerritsen 2002;Taussig et al. 2003) 。3 歳未満の子どもがぜいぜいいうのは、炎症細胞およびなんらかの介在因子が関連していることもわかった(Krawiec et al. 2001) 。呼吸器ウイルス感染の増加および気道の狭さが関係して、ごく小さい子どもがぜいぜいいうことはめずらしくない(Cypcar et al. 1992)。タバコの煙への曝露もまた、生後すぐにぜいぜいいうことと関係がある(Hagendorens et al. 2005)。生後すぐのアレルゲンへの曝露は、アレルギー過敏化およびのちの喘息と関連しているが、5 歳未満の子どもにおいては、ぜいぜいいうことが早期のアレルゲン曝露と関連しているという証拠はない(Sporik et al. 1990;Brusse et al. 2005)。将来ときどきぜいぜいいうようになる子と、ずっとぜいぜいいうようになる子とを区別することは、臨床医にとっては、だれを治療し、いつ治療し、また早期にどのような治療をするのか、決めるうえで重要なことである(Taussig et al. 2003) 。
 生後10 年間においては、男子の喘息患者は女子の2.5倍も多い。思春期に入ると、男子で減少し女子で増加するため、この性比は均衡に近づき、そして成人においては、女子の喘息患者が男子よりも多くなる傾向がみられる(King et al. 2004)。しかしより重要なのは、成人女子患者の病状がより重篤になりがちなことである。
 現在おこなわれている薬物療法の多くは、症状を緩和するうえで非常に有効である。不幸なことに、これらの治療は症状を抑えるだけであり、病気を治すものではない。そこで「一次的および二次的な予防」という概念が、多くの研究者から打ち出されているのである。
■公衆衛生上および経済上の影響
 その患者の数からいっても、罹患率の高さや費用からいっても、喘息は、とりわけ子どもにとっては、公衆衛生への重大な負荷である。世界中で3 億人もの、あらゆる年齢と民族の人々が喘息にかかっており、政府・保健機構・家族および患者に対するこの病気の負担は、ますます増大している(GINA 2004) 。米国疾病管理予防センター(USCDS)行動危険要因調査システムのデータによると、米国では現在2100 万人が喘息に罹患している(USCDS 2004)。このうち1180 万人(18 歳未満の子どもは420 万人)が、2004 年の間に喘息の発作を経験していた。学校に通う生徒たちのうち喘息で欠席したのは1400 万人、職場では1450 万人にのぼるという(USCDS2002)。1 年間に、190 万回近くの救急医療室来室(USCDS2002)および1130 万回の医師受診(NHLBI 2004)が、喘息によるものであった。喘息による初回入院は、2002年には48 万4000 件あったとみられる(NHLBI 2004)。その年4269 人が喘息で死亡した。
 喘息の経済学は、直接コストと間接コストに分けられる。喘息の直接コストには、喘息管理計画・入院と外来による治療・内科医の診療・救急医療室への搬送および医薬投与が含まれる。18 歳未満の子どもの喘息に対処するためのコストは、年間32 億ドルにもなるといわれる。総計すると、喘息にかかる年間の直接医療コストは、115 億ドル近くにもなる。喘息の間接コストには、職場や学校の欠席、活動の制限、睡眠障害、そしてもっとも極端なものとして、死亡が含まれる。計測が困難な費用としては、不安、痛み、苦痛、それに学校長欠による潜在能力の低下がある(Weiss and Sullivan 2001) 。間接コスト(すなわち生産性の損失)は46 億ドル近くを占めると思われる(ALA 2005; NHLBI 2004)ので、喘息のコストの総額は161 億ドルとなる。
■予防的措置: 職業的喘息からえられた教訓
 この研究会では、環境要因を制限すれば喘息の発症をへらすことができる、ということが暗黙の前提とされていた。職業的喘息は、職場に存在する原因物質に過敏になった結果として起るので、労働条件の改善により発症を予防することは、ある条件下においては可能となる。成人の喘息の15 パーセントは職業的喘息である(Balmeset al. 2003)。工場の作業場では何の曝露を受けているかがはっきりしていることがほとんどなので、原因物質は通常は除去しうる。曝露を監視し制限することができるし、医学的にも問題の重要性を見極めたり、課題(二次的予防など)を設定して対処したりして、うまく予防措置を講ずることもできる。職業的喘息の進行、罹患率、死亡率は、病状進行の段階に応じて講じられた措置により改善されてきたともいえるが、その最初の2 段階の措置は、この研究会に大いに関係する。「一次的予防」は、原因物質への曝露を制限して、過敏化を防止するものである。「二次的予防」は、病状進行の初期になされ、できれば治療の以前に、重篤な病状への悪化を予防しようというものである。すでに過敏化した、あるいは軽微で受診にいたっていない気道の障害を持つ場合、その特定の個人への曝露を減らそうとする措置は、二次的予防に含まれる。「三次的予防」には、発病した病気を治療して罹患率や死亡率を抑えることや、曝露を制限することなどが含まれる。
 職業的喘息の予防においては、産業衛生で用いられている優先度が適用される。それには病気の早期発見と特定化、および職場での曝露の削減の両者が含まれる。可能であれば、喘息をおこさない物質への代替が最善の選択肢である。代替が無理ならば、曝露を抑えるための技術的・行政的管理がなされる。防毒マスクの使用などの個人的防護は重要な手助けにはなるが、適切なマスクを選択できるか、密着性や機能はどうか、つけなければいけないときにいつもつけてもらえるかといったことを考慮しなくてはならないので、予防を防毒マスクだけに頼ってはいけない。医学的検査は、喘息が重篤になる前、つまり過敏化がみられるようになれば、あるいは気道に症状が現れるようになれば行われる。病気の早期発見によって、過敏化の要因が特定され、職場での曝露が削減されるならば、労働者その他、原因物質に曝露する人々は利益を得るであろう。最後に、労働者教育も重要な手段であり、それによって労働者らは、有害な環境を認識し報告することができるようになる。これに類似した暴露削減および教育による方法は、ほかの室内環境における過敏化を引き起こす物質に対しても用いられており、この方法によって、小さい子どもの喘息症状を減らした成功例も報告されている(Zelidn et al. 2006)。
 職業的喘息防止の成功例は多い。特に顕著な例として、1960 年代後半から70 年代前半にかけて、酵素洗剤工業において、喘息の発生を防止したことがあげられる(Cathcarl et al. 1997; Schweigert et al. 2000)。この事例においては、これ以下では過敏化はまれで職業的喘息はおきないという、閾値が設定された。より最近では医療産業において、粉末天然ゴム・ラテックス製手袋を用いることでおきていた職業的喘息を、劇的に減らしたという例がある(Allmers et al. 2002) 。職業的環境に適用される予防戦略は、全人口を対象とするものと比べれば、予防できる範囲は限られているわけだが、この領域における成功例は、原因に関する情報と実行可能な予防処置の戦略があれば、少なくとも成人の喘息は予防できることを示唆している。
研究会で見出されたこと
~公衆衛生手段および研究の必要~
●大気汚染物質
 子どもの、それにおそらく大人の喘息発症において、(主として室外の)大気汚染物質への曝露と、(主として室内の)生物学的因子への曝露との間になんらかの相乗作用が存在することは、疫学および動物実験のデータによって、十分に証明されている。しかしながら、大気に関する十分な規制を確定するためには、まだ多くの疑問が解明されなくてはならない。
●室内空気
 室内空気に関する議論は、生物学的因子(カビ、ダニ、ゴキブリ、ネズミ)、湿気およびタバコの煙に焦点をあてた。すでに述べたように、タバコの煙への曝露は、喘息の発症となんらかの関係をもっている。タバコの煙への曝露を公的に制限して、喘息の発症を減らすべきである(Gilmour et al. 2006; Yeatts et al. 2006) 。喘息の発症を予防するために、アレルゲンへの曝露を減らすことによる潜在的な利益は、それほどはっきりしていない。National Academy of Sciences( 2000) も同様の結論に達している。現在のデータが示唆するところによると、曝露が減れば、すでに喘息を発症している子どもの症状は緩和されるが、それは新規の発症が減ることとは関係がない。掃除をして、カビ、ダニ、ゴキブリ、ネズミを駆除し、湿気をおさえることは、室内環境中のアレルゲンを減少させる。しかし後述するように、より効果的な清掃法を開発するためには、さらなる研究が必要である。公衆および建設監督者の教育により、アレルゲンの特定と除去が推進されるべきだろう。いまのところ、アレルゲン除去の効果を支持する研究がないため、喘息を発症しにくい家庭と学校の環境を保証するための規制は実施されにくい。
●職場環境
 すでにふれたように、職場環境は、家庭や一般の屋外などの他の大半の環境よりもよく管理されている。データがしっかりしているなら、曝露安全基準を(小麦アレルゲンの場合のように)設定し、維持すべきである。しかし職業的喘息の原因物質は300 ほどもある。そのほとんどについて、基準を示すのに十分なデータはないし、そのひとつひとつについて、基準を示すというのも現実的ではない。より一般的な方法は、既知の原因物質への曝露を可能な限り低くしたり、原因物質に曝露した労働者に対して医学的検査を実施したり、労働者・雇用者・医師に対する教育を改善したりすることである。既知の喘息原因物質を含有する製品を製造・販売する企業は、製造プラントおよびそれを使用する下流のプラントの両方において、労働者のための製品処理教育計画を立てるべきである。将来の研究は、職場に導入される以前に潜在的な喘息原因物質を特定する方法を開発することを、ひとつの目的とすべきであろう。一旦認識された原因物質については、適切な管理を実施するために、曝露の用量反応および経路が解明されなくてはならない。
●児童期
 小さな子どもは大人に比べて、環境要因によって喘息を発症しやすい。このような違いは、関連する組織の曝露の受け方の相違と、急速な成長発達過程における、呼吸・免疫・内分泌・神経系の質的量的な相違とからきている。懐胎期間から生後1 年までの期間における危険については、まだ知られていないことが沢山ある。ひとつわかっているのは、妊婦の喫煙と妊娠期間中のタバコの煙への曝露は喘息発症の危険を高め、また妊娠以前の喫煙でさえ危険と考えられるべきだということである(Gilmour et al. 2006; Yeatts et al, 2006) 。そのため公衆衛生対策は、そのような暴露を防止するための規制と教育を含むべきである。他の曝露の影響はそれほど明らかではない。特に幼少期のアレルゲンと細菌への曝露については対立するデータもあって、効果的な公衆衛生戦略を示すのは難しい。幼年期早期における呼吸器のウイルス感染は、とりわけぜいぜいいうことに関しては危険因子となっているが、それを防止するための信頼できる方法はなく、しかも感染が利益をもたらすという研究さえあってデータが首尾一貫していない。大部分の医薬品あるいは今日の予防接種戦略の、喘息発症への影響につい
てもあまり知られていない。
 胎児期を過ごす子宮や幼少期をすごす家庭・学校および託児所などの環境が、喘息発症を引き起こすことのないようにするために、公衆衛生担当者が必要とする情報が供給されるよう、さらなる研究がなされなくてはならない。研究者は、大人のケースを踏まえて子どものことを探るよりも、発達初期にある子どもそのものを研究の対象とすべきである。発生や発達の分野での生物学の専門知識を増加するように努力がなされるべきである。
●壮年期と老年期
 喘息の発症・蔓延は、青年と同様に、壮年と老年に達した人々でもしばしばみられる。喘息と慢性閉塞性肺疾患(COPD)とでは気道炎症の形態がちがうが、環境中の曝露の呼吸器への影響を抑える方法は、両方に同じように適用できる。壮老年の人々の肺活量は青少年よりも小さいので、タバコの煙、指標大気汚染物質(オゾン、硫黄酸化物、窒素酸化物、微粒子状物質)、アレルゲンおよび揮発性有機物への曝露を最小化するための規制と教育が望まれる。その時期のウイルス感染は、喘息その他の慢性呼吸器疾患を含む深刻な健康問題をひきおこしうるので、インフルエンザの予防接種や、手洗いのような簡単な衛生対策が重要である。喘息研究者は壮老年期にもっと注目すべきである。
●生得的(遺伝的)感受性
 喘息の発症において遺伝的背景が重要であるという証拠は、家族研究と動物実験において多数あがっている。遺伝的感受性と、環境要因との相互作用についてよりよく理解することは、予防措置と、要注意な個人を特定する方法を開発するうえで有益である。
 今日では遺伝子解析や遺伝子工学のような新技術を、喘息のような複雑な病気の遺伝的基礎を研究するのに利用することができる。これらを利用することで、公衆衛生政策と研究計画の効果を根本的に高めることができる。喘息は環境曝露とも重要な関連をもつ多遺伝子疾患であるので、原因を単純化し過ぎないようにすることや、また疫学者・臨床医および基礎科学者の連携を強化することが必要である。疫学と遺伝子の特定とは相補的に使用されるべきである。さらに人間と動物の研究も、たがいに仮説を提供しあうように、相補的になされるべきである。
●生活習慣
 喘息の増加は、「西欧的」生活様式のある面が関係していると思われるので、本研究会では、環境中での曝露と関連して、あるいはそれとは無関係に起っている生活習慣の変化が、喘息の誘発・発症にどのように影響しているのか、ということも議論した。やはりここでも、喫煙が喘息発症に寄与するという証拠が多数提示され、また、特に妊娠可能な年齢の女性に対して、あるいは小さい子どもの面前において、喫煙を止めさせるための公衆衛生的対策が推奨された。喘息患者にあっては、回復不可能な気道の障害をもたらすこともあるので、喫煙をやめさせることはいよいよ重要となる。急速な都市化と、それにともなう生活様式の「西欧化」は、人々の運動量を減少させ、加工食品の消費と肥満を増加させた。これらすべての要因は、単独であるいは複合して、喘息の発症に寄与しているかもしれないが、それについてはさらに研究がなされねばならない。あきらかに、公衆教育で適切に用いていけるほどのしっかりした科学的知見を積み上げていくには、生活習慣に関連する様々な事柄を扱う学際的な研究が必要である。
■要約
 過去数十年の間に、喘息は世界的に増加・蔓延してその罹患率と死亡率は上昇し、この病気に対する関心は基礎・臨床の両面で急増した。そのような研究で得られた新知見の多くは本研究会『喘息の誘発・発症への環境的影響』において確認されたが、その情報は、「ミニ・モノグラフ」の、本論およびそれにつづく3 本の論文に要約される。現在の科学にもとづいて公衆衛生機関がとりうる対策について議論したところ、胎児のタバコの煙への曝露を制限することに対しては強力な支持が得られた。しかしながら他の予防的措置に関しては、問われることことは多いが答えられることは少ないといった状態だった。科学的に解かれるべき疑問は明瞭になったが、公衆衛生機関がそうした疑問への答を待ち望んでいるのははっきりしている。それらの疑問の解明は公衆衛生上および経済上の重要であり、投資にも十分に見合うものである。
(「参照文献」・「キーワード」および「研究会と著者およびその所属等に関するおことわり」の翻訳は省略しました。)
(市民科学第13号 2006年7月)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA