実験動物の管理体制はこのままでよいのか?

投稿者: | 2012年7月10日

実験動物の管理体制はこのままでよいのか?
~化学物質の管理政策から見て思うこと~

2012年7月8日

石塚隆記(市民科学研究室 理事)

pdfはこちらから→csijlecture_201208_predocument_ishizuka.pdf

1. はじめに

ALIVE(NPO法人地球生物会議)によると、民主党に設置された動物愛護対策ワーキングチーム(WT)は、2012年5月31日に開催された第12回動物愛護対策WTにおいて、動物の愛護及び管理に関する法律(以下、「動物愛護管理法」)の改正法案の骨子案を提示したようである。今後この骨子案は、種々の手続きを経た後、適宜修正が加えられ、2012年度の国会にかけられ、動物愛護管理法が改正されることが期待されている。

ここで注目したいのが、当該骨子案には、動物実験施設の届出制に関する項目が含まれていないという点である。日本では、実験動物を飼養し、または保管しようとする者に対して、あらかじめ行政にその旨を届出る義務が課せられていなく、したがって行政側で動物実験施設の数、位置、規模、また動物実験に供されている動物の数や種類などは把握できていない。この点は、現在の動物愛護管理法のあり方を検討するために設置された中央環境審議会の下の小委員会も、「実験動物の取扱いに係る問題が存在しても表面に出てきていないとの懸念がある。」と指摘し、さらに「こうした施設の把握に加え、事故時・災害時の実態を把握するためにも、関連団体の連携強化や届出制等を検討する必要があるとの意見があった。」とコメントを出している。他方イギリス、アメリカなどの欧米諸国は、動物実験施設の管理に行政が関与しており、先進国の中では日本だけが実験動物施設の管理を事業者の自主管理に一任している。それなので、今回の法改正において、他の先進国並みの管理体制(動物実験施設の管理に行政が関与する体制)が日本に導入されることが一部の有識者や動物愛護団体の間で期待されていたが、そうはならないようである。

このままでよいのだろうか?実験動物の管理のあり方については、専門家の方々が多くの議論を既に行なっており、著者の知見も限られていることから、著者と関わりが深い化学物質管理政策の視点から見て、実験動物の現在の管理体制についてコメントを出そうと思う。

2. PRTR制度導入・運用の経験から見えるもの

ここでは、例として、PRTR制度が日本に導入されることになった経緯、それとその運用で得られた成果を取り上げる。検討の対象は化学物質であり実験動物と異なるものであるが、管理体制という視点から見ると、現在の実験動物の管理体制は、PRTR制度が導入される前の日本の化学物質管理体制と似ている部分がある。

PRTR制度とは、Pollutant Release and Transfer Registerの略であり、化学物質排出移動量届出制度などと訳されている。PRTR制度の下では、事業者自らが、有害性が疑われる化学物質の環境中への排出量(大気への排出量、水域への排出量など)、及び廃棄物などとしての移動量を把握し、排出量・移動量を行政に届出し、行政は、届出により得られたデータを集計し、公表することを求められている。この制度のポイントは、排出量を減らすことではなく、あくまで排出量を行政に届出することを事業者に求めている点である。

PRTR制度は、1980年代後半にアメリカで最初に導入された後、他の先進国での導入が続いた。1996年には、OECD(欧州、北米等の先進国によって、国際経済全般について協議することを目的とした国際機関)が、OECD加盟国の政府を対象としてPRTR制度の導入マニュアルを公表するとともに、OECD加盟国に対してPRTR制度を導入することを勧告した。

1996年当時日本にはPRTR制度がなく、この勧告を受けて、日本でPRTR制度導入に向けた準備が始まった。制度を設計する段階においては、産業界から反対の声があったようである。届出のために労力を要する、ビジネス上の機密情報が保持できなくなってしまう、排出量という数値だけがひとり歩きする等である。

結局、1999年にPRTR制度は、法制度として日本に導入された(排出量の行政への届出は2001年度から開始)。法施行により、届出をしなかった者、または虚偽の届出をしたものには、罰則が付されることになった。現在は、どの事業者が、どのような化学物質を、どのくらいの量、環境中へ排出したのかがウェブ上で公開されている。

PRTR制度は、排出量を減らすことを求めている制度ではないものの、その導入後、日本全体として化学物質の環境中への排出量は減少している。その理由は、次によると思われる。まず、事業者は、排出量・移動量を把握するために、事業所にハード・ソフトともに種々の仕組みを導入した。これによって間接的に事業所の化学物質の管理体制が強化したと思われる。また、届出した排出量・移動量は公表されることになった。これもまた間接的に事業者に対して、排出量・移動量を抑制する働きをしたものと考えられる。このように、届出・公表という制度は、事業者の自主管理と馴染みやすい制度と考える。

3. おわりに

日本には、すでに国際的なGLP(優良試験所規範)に適合している動物実験施設が存在しており、そのような施設では法規制により求められなくとも自主的に高い水準で動物実験施設の管理が行われているものと思われる。ただ、問題は、管理水準の低い動物実験施設である。こういった施設の場合、中央環境審議会の下の小委員会が指摘するように、実験動物の管理に問題があっても表面に出てきていない懸念がある。

したがって、何らかの形で行政が関わる管理体制を構築するのが望ましく、届出制はその第一歩として着手しやすい手段のように思う。外国から動物実験施設の管理体制の強化を勧告され、国際社会で肩身が狭い思いをする前に、日本国が自主的に問題意識を持って管理体制の強化を進めることが望まれる。

付記

NPO 法人市民科学研究室では、市民の視点に立って、社会問題を科学的に分析し、「あれ、何かおかしいぞ?」、「あれ、何か気になるぞ?」といったことを広く社会に問いかける活動を行っています。今回取り上げた実験動物の管理体制については、他国に比べて日本だけが遅れている思わざるを得ません。市民の私たちにまずできることは、問題を共有することだと思います。

2012年8月18日(土)に、ALIVEのスタッフの東さちこさんをお招きして、東京都文京区駒込で第45回市民科学講座「実験動物の保護のために日本が変わらねばならないこと」を開催します。東さんは、実験動物の取扱いについて、長い期間、問題意識を持って関わってこられた方です。是非、実験動物をめぐる「科学」と社会のあり方について、東さんとともに一緒に考えてみませんか。

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