翻訳論文 ナノ粒子:健康リスクについて分かっていること分かっていないこと

投稿者: | 2007年2月1日

写図表あり
csij-journal 002-nanotech.pdf
翻訳論文
ナノ粒子:健康リスクについて分かっていること分かっていないこと
Peter HM Hoet, Irene Brüske-Hohlfeld and Oleg V Salata
“Nanoparticle-known and unknown health risks”
Journal of Nanobiotechnology, 2:12, 2004
(http://www.jbionanotechnology.com/content/2/1/12からフリーでダウンロード)
解題と翻訳:藤田康元
 ここに訳出したのは、2004年12月に出版されたJournal of Nanobiotechnology,2:12
に掲載されたナノ毒性学の当時の現状に関するレビュー論文である。今回この論文を訳出した理由はいくつかある。現在、ナノ毒性学というナノテク製品のリスクを考える上で重要な科学分野が発展し始めているが、市民にとっての手頃な入門的文献がない。今回の論文は専門的なジャーナルに載った専門用語に埋め尽くされた論文であるが、ナノ毒性学の概観を行ったものである。用語の意味さえある程度分かれば、ナノ粒子の体内への取り込みと体内での移動・分布という大きな二つの問題に関して、何が分かっているのか効率的に理解できる可能性がある。
 さらに、この論文は、昨年2006年7月に行った市民科学講座「ナノテク化粧品は安全か」
を準備する過程でメンバーで読み合わせた文献である。結果として藤田が講座で担当した「ナノ毒性学入門~酸化 チタンを中心とするナノ粒子の人体影響に関する研究の現状~」と題する発表はこの論文に大いに依拠したものとなった。後で触れるように、ナノテク化粧品の安全性という具体的な問題を考える際にも大いに参照すべき情報がある。
 さらに、この論文は「クリエイティブ・コモンズ帰属ライセンスの条件の下で配布されたオープン・アクセス論文であり、この原典が正しく引用されれば、任意のメディアに無制限の利用・配布・複製を行ってよい」とあり、翻訳の出版が容易という利点もある。(クリエイティブ・コモンズに関しては次を参照http://creativecommons.org/licenses/by/2.0)。
 ここで本論文の内容に簡単に触れておきたい。ナノ粒子の体内への取り込みと体内での移動・分布という大きな二つの点に絞ろう。まず粒子の取り込みは、肺・消化管・皮膚という三種類の臓器で起こりうるが、口や鼻から吸入あるいは摂取した粒子が肺あるいは消化管で吸収されるのは確実であるのに対し、経皮吸収の明確な証拠はない。体内での移動・分布に関しては、粒子表面の特徴に強く依存する。例えば、粒子表面を界面活性剤の種類や濃度を変えて被覆して静脈注射した場合、肝臓での濃度が変化したり、陽イオン性化合物で修飾すると動脈への取り込みが促進されたり、といった例が紹介されている。このようなことから著者はしばしば、意図した部位へ薬物の送達するためのドラッグ・デリバリー・システムが、表面修飾の微妙な差異によって有害なものにもなりうることを注意している。
 ナノテク化粧品の安全性に関連して、酸化チタンナノ粒子は経皮吸収されるかという点も確認しておこう。ナノサイズではなくミクロ粒子ではあるが、酸化チタン粒子が人間の角質層を通過し毛包まで達した実験例はあるが、研究者らはこれは生きた細胞の層にまで達したわけではないと解釈した。しかし、レビュー論文の中でではあるが、5-20nmといった非常に小さい酸化チタンナノ粒子は皮膚に浸透し免疫系とも相互作用すると主張している者もいるようである。
 最後に、たくさんの文献が参照されているとは言え、先行研究の例はまだまだ少なく今後やられるべきことが多いと印象を受けざるをえない。ナノ粒子の毒性に関しては一般的に述べることはできすサイズや特徴ごとに個別に実験しなければ意味がないからである。
他方で、このレビュー論文後の2年間で新たな結果が得られた部分も多いと考えられる。進展の目覚しい分野であるため、このレビューから得られる知見はさらに新しい文献で更新されなければならないであろう。
 なお、論文の末尾にある文献リストはこの翻訳では割愛した。上記原著論文サイトにアクセスしていただければ、容易に参照することができる。
●要約
 人工ナノ粒子は、プラスティック繊維やカータイヤに利用されるカーボンブラックやヒュームド・シリカのように何トンも安定して生産されているものから、生体撮像の標識として用いられる数ミクログラムの蛍光量子ドットまで幅が広い。ナノ科学は現在大きな投資を経験しているので、ナノテクノロジーに依存した消費者製品がどんどん登場してくることだろう。ナノテクノロジーのベネフィットは広く宣伝されているが、ナノテクノロジーを消費社製品や工業製品で広く利用することで起こりうる影響についての議論は始まったばかりである。このレビューは、ナノ物質の健康影響に関して入手できるデータを包括的に分析したものである。
●1 導入
 世界中の科学者はマイクロメーターより小さい世界でありふれた物質のユニークな性質を発見し続けている[1,2]。この大きさの領域はナノメートルの領域として知られている。ナノスケールの小ささでのみ観察可能なこのありふれた物質の新規な性質はすでに最初の商業利用もなされている[3]。例えば、ナノ物質は、日焼け止め、歯磨き粉、便器の塗装、そして食料といったものにまで含まれている。人工ナノ粒子は、プラスティック繊維やカータイヤに利用されるカーボンブラックやヒュームド・シリカのように何トンも安定して生産されているものから、生体撮像の標識として用いられる数ミクログラムの蛍光量子ドットまで幅が広い。ナノ科学は現在大きな投資を経験しているので[4,5]、ナノテクノロジーに依存した消費者製品がどんどん登場してくることだろう[6]。
 ナノテクノロジーのベネフィットは広く宣伝されているが、ナノテクノロジーを消費社製品や工業製品で広く利用することで起こりうる影響についての議論は始まったばかりである[7,8]。ナノテクノロジーのパイオニアも[9]その反対者も[10]、自らの懸念を主張するのは極めて困難だと分かってきた。どちらの立場も支持するには情報が限られているからである。ナノ物質はいくつかの部位から体内に入りうることが示されてきた。製造中あるいは使用中での偶然あるいは非意図的な接触は肺を通して最も起こりやすく、そこでは血流によって致命的な臓器への急速な転位が起こる可能性がある[11]。細胞レベルでナノ粒子が遺伝子ベクターの役割を果たしうることが証明されてきた[12]。カーボンブラック粒子は細胞信号の干渉に関係していると見なされてきた[13]。カーボンナノチューブのサイズ分離にDNAを利用することを実証した研究がある[14]。DNAの螺旋構造はチューブの直径と一致すれば巻きつく。分離の利用は素晴らしいが、それによってカーボンナノチューブが人体に入ったらどうなるのか懸念が生じている。このレビューでは、ナノ物質のハザードについて分かっている事実を要約し、ナノ粒子が人体に入る可能性のある部分について議論し、考えられる体内での進路について追究し、ナノ材料の生体活性についての既刊の実験結果を分析する。
●2 一般的背景
 人間の皮膚、消化管、肺は常に環境と直接接触している。皮膚は障壁として働くが、肺と消化管は水、栄養、酸素のような様々の物質を(受動的かつ/または能動的に)移送する。それゆえ、肺と消化管がナノ物質が人体に最初に入りこむ場所であると思われる。この分野の我々の知識は主にドラッグ・デリバリー(薬学研究)と毒性学(生態異物)研究による。人間の皮膚は厳重な障壁として働き、いかなる必須元素も皮膚を通しては吸収されない(ビタミンDを作るのに必要な放射線は除く)。肺は酸素と二酸化炭素を環境と交換し、吐き出された生温かい息と共にいくらかの水分が漏れてゆく。消化管は口から摂取されたすべての物質と密接に接触し、そこですべての栄養素が(気体を除いて)人体と環境の間で交換される。
 
これら三器官が環境と接する側の組織学はそれぞれ大きく異なる。成人の皮膚面積は約1.5平方メートルで、大部分は10ミクロンほどの厚さの硬い角質層(死んだ細胞)に覆われている(図1)。この第一の障壁は水溶性分子と同様にイオン化合物も通過するのは難しい。
図1
人間の皮膚の図式的に表現したもの。角質層は表皮を形成する5つの層の一番上にあり、角質化した死んだ細胞が脂質で接着したものからなる。角質層は二週間ごとに剥がれ落ちて入れかわる。体の部分によってその厚さは0.05mmから1.5mmまで異なる。
stratum corneum:角質層 epidermis:表皮 dermis:真皮 basement membrane:基底膜
肺は気道と肺胞の二つの異なる部分からなる。人間の肺には長さ2300kmの気道(空気を肺の内外に運ぶ)と3億個の肺胞(ガス交換領域)がある(図2)。成人の肺の表面積は140平方メートルでテニスコート大である。気道は比較的丈夫な防壁で、粘性のある粘液層で守られた能動的な上皮である。ガス交換領域では、肺胞壁と毛細血管の間の防壁は非常に薄い。肺胞の内腔の空気は血流から0.5ミクロンしか離れていない。総面積が大きく空気と血液が激しく接触する場所であることから、肺胞は気道に比べてダメージから守られていない。
図2 
図式的な肺胞の断面図。血液と空気の間の非常に薄い(500nm)間隔を示している。挿入図はSEMで撮影した肺胞の画像。alveolar-capillary barrier:肺胞-毛細管関門
消化管はより複雑な障壁であり交換側である。それは高分子が体内に入る最も重要な場所である。胃からは小さな分子だけが上皮を通じて拡散しうる。小腸・大腸の上皮は摂取した物質と接近しているため栄養の利用が可能である。小腸での消化によって生成された二糖類、ペプチド、脂肪酸、モノグリセリドの混合物はさらに変換され絨毛に取り込まれる(図3)。絨毛はさらに微小な絨毛に覆われており、全面積は200平方メートルにもなる。
図3
小腸の絨毛。絨毛はさらにミクロの絨毛に覆われている。この表面構造によって胃消化管の表面積は200平方メートルに達する。挿入図はSEMで撮影した絨毛である。
capillaries 毛細血管   micro-villi 微絨毛  villus 絨毛  blood vessels 血管
●3 肺
3.1不溶性固体の吸入と肺除去
 吸入固体物質の病原性効果は十分な肺負荷の実現に依存している[15]。肺負荷は堆積と除去の率によって決まる。論理的には、それらの率が平衡状態に達したとき、任意の塵や繊維に対して定常投与量が実現される。これは、固体物質が除去メカニズムに干渉しないときだけ成りたつ。物質の化学的物理的特徴は堆積率と除去率に影響を与える限りで負荷に関して重要である。粒子が肺のどこまで達するかは粒径によって異なる。10ミクロン以下の粒子は肺に吸入され、2.5ミクロン以下だと肺胞まで達する。超微粒子(空気力学的直径が100nm以下のナノ粒子)は主に肺胞領域に堆積する。繊維は長さと直径の比が少なくとも3対1の固体物質として定義される。その肺への浸透はその空気力学的性質に依存する。直径が小さな繊維は肺の奥深く(肺胞)まで浸透し、非常に長い(20ミクロン以上)繊維は大部分がより上部の気道で引っかかる[16-21]。
 粘膜繊毛のエスカレーターが上部気道からの除去を支配している。深肺(肺胞)からの除去は主にマクロファージの食作用による。粘膜繊毛エスカレーターは捉われた固体物質とともに気道を覆っている粘液を口まで押し上げる効果的な輸送システムである。異物としての粒子は、上気道では粘膜絨毛、肺の深部(肺胞)では大食細胞によって除去される。粒子や繊維を貪食することで大食細胞が活性化し、ケモカイン、サイトカイン、活性酸素種などが放出される。その結果、持続性炎症やついには線維性変化が起こる。貪食の効率は固体の物理化学的特性の影響を受ける。さらに、肺胞大食細胞の直径よりも長い繊維は長すぎて貪食できず、除去の速度は極めて遅い。
 これまでの曝露実験によると、吸入濃度が低ければ吸入した粒子の沈着速度は肺胞大食細胞が媒介する機械的な肺除去の速度よりも遅くなり、半減期は約70日である(一定の肺負荷の条件で)。肺胞大食細胞の除去能力を超えると、粒子が蓄積され、肺への負荷が高まり病気の原因になりうる。吸入した繊維が肺胞に留まると、肺上皮細胞と相互作用することがあり、さらには肺胞壁を突き抜けて肺組織に入り込みうる。変異原生物質、アスベスト、アスベスト繊維、シリカといった物質を含む粒子のような生体蓄積性の固体物質は、長年にわたって肺に留まり、発ガンのリスクを確実に高める。
  
3.2 固体ナノ物質の蓄積と除去
 繊維状のカーボンナノチューブはその形状ゆえにアスベストと似たような毒性があるのではと懸念されてきた[22]。この問題に関する先駆的な論文であるWarheit et al[23]とLam et al[24]をここで見てみよう。それらは単層カーボンナノチューブをラットまたはマウスに気管内注入した動物実験の結果の報告である。どちらも肉芽腫の形成を報告しているが、その結果について前者は、生態学的妥当性はなく凝集したナノチューブを一挙に投与したことに関係している可能性があると結論している。カーボンナノチューブは凝集しやいので単体を吸入する可能性は現状ではほとんどないとも言われる。カーボンナノチューブの毒性についての証拠は得られていないと言える。
 肺からの粒子の除去は粒子の全質量だけでなく粒径と表面にも依存する。ラットを用いたある研究によれば、酸化チタンの超微粒子(20ナノメートル以下)および微粒子(200ナノメートル以下)を3ヶ月間亜慢性吸入曝露したところ、超微粒子の方が除去の速度が有意に遅く、肺間質や所属リンパ節への転移も多かった。また、似た粒径と組成で表面積が異なる(300平方メートル/グラムと37平方メートル/グラム)カーボンブラックの二種
類の粒子を比較したところ、炎症・遺伝毒性・組織額といった生物学的効果は、粒子の質量ではなく特定の表面積に依存していた。同様の結果は吸入粒子による腫瘍効果に関する初期の研究に見られる。[27,28]。
 はっきりと大きさが異なる酸化チタン粒子の慢性的吸入の健康影響を比較すると、驚くべきことに、低曝露(10mg/m3)研究[29]の方が高曝露(250mg/m3)研究[30]よりも大きな肺腫瘍の発生が見られた。どちらの研究でも吸入粒子は一次粒子が凝集したものからできており、その空気力学的直径は恐らく大きくは異ならない。低曝露研究の一次粒子の大きさは20nmで、高曝露は約300nmであった。
 要約すると、ほとんどのナノサイズの球状固体物質は肺に容易に入り込み肺胞に達しうる。これらの粒子は、除去のメカニズムが粒子そのものあるいはそれ以外のいずれかの原因によって影響を受けないかぎりは肺から除去されうる。ナノサイズの粒子の方がより除去を妨げて高負荷を与えやすく、これらの粒子によって引きおこされうる慢性的影響を強化する可能性がある。また恐らく全質量よりも特定の粒子表面積の方が最大許容曝露レベルの優れた指標である。吸入ナノ繊維(直径が100nm以下)は肺胞にまで入り込むことができ、加えて、その除去は特定の繊維の長さに依存する。カーボンナノチューブの肺への効果に関する近年の発表は、ナノサイズの繊維はどちらかというと一般的な非特定的肺反応を引き起こすという直感的な懸念を裏づけている。
3.3 粒子表面と生体適合性
 ナノ粒子の物理的あるいは化学的な表面特徴に関する報告は、ナノ粒子はバルク物質とは異なることを強調する。その性質は粒子の大きさに強く依存している。それゆえ、ナノ粒子は単なる小さな結晶ではなく、バルク物質と分子状物質の中間の物質状態である。粒子の大きさとは独立に次の二つの変数が支配的役割を果たす。細胞膜と接する粒子が運ぶ電荷と粒子の化学的反応性である[31]。
3.3.1 表面電荷
 ポリカチオン性の高分子は、インビトロで細胞膜との強い相互作用を示す。良い例はアクラミンF繊維塗装系である。三つのポリカチオン性の塗装成分が、ラットや人間の2型肺細胞、肺胞マクロファージ、人間の赤血球の初代培養のような多様な細胞培養で大きな細胞毒性を示した(LD50は一般的に20-24時間の培養に対して100mg/ml)。この著者たちは、複数の正電荷が毒性機構において重要な役割を果たしていると主張している[32,33]。生体適合性は研究[34]は、DEAE-デクストランやポリ-L-レシン(PLL)[35,36]、デンドリマー[37]、ポリチレニミン[PEI][38]のようなポリカチオン性物質の細胞毒性は、その分子量の増大にともなって増大することを明らかにした。しかしこの発見は同じ化学構造を持つ高分子にのみ当てはまるが異なる種類のポリカチオンには当てはまらない。結果として、異なる構造を持つ高分子の毒性を説明するには、さらなる変数が考慮されねばならない。
 Dekie等[39]は、ポリ-L-グルタミン酸誘導体上の第1級アミン基の存在は赤血球に対する大きな毒性効果を持ち、赤血球を凝集させると結論した。アミノ機能の種類だけでなく、カチオン性の残留物の数と特別配置から生まれる電荷密度が細胞毒性の重要なファクターである。Ryser[40]が示唆するには、細胞膜に生物学的反応を引き起こすには三点結合(three-point attachment)が必要である。また彼は反応性アミノ族間の空間が増加するとポリマーの活性が減少すると主張している。
 それゆえ、高い陽イオン性電荷密度と高可塑性のポリマーは、低い陽イオン性電荷密度のものと比較して、高い細胞毒性をもたらす。球状ポリカチオン性の高分子(ヒト血清アルブミン(cHSA)、エチレンジアミン-core poly(アミドアミン)デンドリマー(PAMAM))は、生体適合性が良い(毒性が低い)ポリマーであることが分かった。一方、より線形あるいは分岐した柔軟な構造のポリマーはより高い細胞損傷効果を示した。
3.3.2 界面相互作用と表面化学
 Geiserら[42]は、粒子表面化学の肺上皮層との相互作用への影響を研究した。それにより、表面の性質によらず、粒子は小気道と肺胞に蓄積した後に内層に沈殿することが分かった。この移動は界面活性剤膜そのものが促進する。その表面張力は一時的に比較的低い値に下がる[42,43]。一方、粒子表面の反応基は生物学的効果を確実に修正するであろう。シリカに関しては、水晶の表面修飾は細胞毒性、炎症原性、線維原性に影響を与えることが示されてきた。この違いは主に粒子表面の特徴による[44]。シリカに特異的な細胞毒性は、表面のラジカルと活性酸素種(ROS)に強く関係している。このことは、この化合物による線維症と肺がんの発達における重要な事象だと考えられる[45]。
 肺胞上皮層に粒子が埋め込まれるか否かの問題に粒子の種類は重要な役割を果たしていないと思われるが、埋め込みの過程そのものは重要である。粒子と細胞の相互作用は粒子が上皮粘液に浸漬しないと起こらない。この現象を吸入粒子と関連付けて詳しく研究することが必要である。論理的には、シリカに関する報告書で述べられているように[45]、ナノ粒子の反応基は肺との相互作用(より一般的には生体物質との相互作用)に影響を及ぼす。いつくかの例では、ナノ表面の反応性を予測できるように思えるが、データが乏しいことを考えれば、これらの予測は実験によって検証するのが賢明であろう。
3.4 吸入粒子の全身への転位
 肺吸入した粒子の他臓器への影響と全身への転位に関しては、これまでの研究は不整脈のような心臓の血管系の機能不全への吸入微粒子の影響に集中してきた[46]。最近の研究によれば、自律神経系も吸入粒子による悪影響を受けるとされる[47,48,11]。二つの相補的な仮説によって超微粒子の吸入による心臓血管の機能不全は説明される。第1の仮説は、強い(また持続する)肺炎反応が起き、それにより媒介物(上を見よ)が放出され、その媒介物によって心臓、凝固物、その他の心臓血のエンドポイントに影響が及ぶと説明する。第の仮説は、粒子は肺から体循環に移動し、直接・間接に止血や、心臓血管の完全状態に影響を与えるというものである。
 吸入ナノ粒子の健康影響を評価する際、体循環への移動は重要な問題である。Conhaimとその共同研究者たちは[49]、肺上皮の障壁は三種類の大きさの細孔モデルに最もよくあてはまることを見出した。それは少数(2%)の大穴(細孔半径400nn)と中間の数(30%)の中穴(細孔40nn)と非常に多く(68%)の小穴(細孔1.3nn)からなる。しかしこの構造の正確な解剖学的位置はいまだ立証されていない(Hermann and Bernard[50]によるレビューを参照)。最近まで、生体異物粒子が通りうる経路はあまり注目されてこなかった。しかしいまやその概念は高分子薬物の吸入投与の薬理学で受け入れられつつある[51]。Nemmarら[11]は吸入テクネチウム(99mTc)超微粒子をラベリングした炭素粒子の血液への移動について研究した。実際の汚染粒子に含まれる超微粒子に非常に似たこれらの粒子は急速(5分以内)に分散し体循環に移動した(図4)。著者らの結論は、マクロファージによる食作用と/または上皮細胞・内皮細胞による飲食作用が粒子の血液への移動の原因だが、他の経路もあるに違いないというものであった。
図4
吸入超微粒子の移動。最初の肺の放射能に対する百分率で表現された肝臓と膀胱の時間-放射能曲線。挿入画像は一人の試験者を60分後に全身ガンマ線カメラで撮影したもの。臓器にある放射能は、各関心領域内における1ピクセル当たりのカウント毎分で表されている。胃にある放射能は部分的には口内に堆積した粒子を飲み込むことに起因すると思われるため、胃の記録値は含んでいない。次から許可を得て複製。Nmmar et al, “Passage of inhaled particles into the blood circulation I nhumans”, Circulation 2002;105(4):411-41.
Liver:肝臓 Bladder:膀胱 % of total lung activity: 肺の全放射能に対する百分率
 肺から体循環への微粒子の移動に関する文献は限られておりしばしば矛盾している。最近の研究によれば、ボランティア被験者の体内で、99mTc超微粒子をラベリングしたエアロゾルが2時間に渡って蓄積したのち除去された。肝臓からは有意な放射能は見出されなかった(吸入した放射能の1-2%)。しかし、残念なことに、血液を用いた放射能測定実験の報告はない[52]。Nemmer at al[11]の研究結果と同じく、Kawanami et al[53]は、99mTcテクネガスをボランティア被験者に吸入させた直後に血液中に放射能が存在したと報告している。エアロゾル化されたインシュリンは短時間で治療効果をもたらすことも知られている[54]。ただしこの移動の経路はまだ不明である。人体研究のほかに動物実験では、我々[11]と他の研究者[55,16,56,57]が、超微粒子を気管内注入または吸入した後に超微粒子が肺以外の臓器に移動したことを報告している。ただし、血液や肺以外の臓器に移動した超微粒子の量はこれらの研究それぞれに異なる。また、ポリスチレンのミクロ粒子(1.1ミクロン)を鼻腔内投与すると、体循環コンパートメント内の組織に移動しうることも示されている[58]。最近の研究[59]では、吸入ポリスチレン粒子が恐らくトランスサイトーシスによって肺毛細血管に移動したことを示す形態学的データが初めて得られた。肺から他の臓器へのもうひとつの経路は、Oberdröster等[19] が取り組んできた。彼等はC13で標識した粒子を用いたラットの吸入実験で、暴露24時間後にいくつかの臓器でナノサイズ(25nm)の粒子が存在することを見出した。最も驚くべき結果は、中枢神経系(CNS)で粒子を発見したことである。著者たちはこの現象をさらに調べ、粒子は神経細胞に取り込まれた後、神経を通って(この実験では嗅覚細胞を通って)毎時2.5mmの速度で移動できることが分かった[56]。
 固体物質が肺上皮から体循環まで移動できるのはナノ粒子に限定されると思われる。粒子移動の問題、つまり、肺胞上皮を通過して移動する場合と神経細胞を経由して移動する場合のどちらにもまだ解明されるべき点が残されている。曝露方法・投薬量・大きさ・表面化学・経時変化といった粒子移動を支配する要因の役割が詳しく調べられなければならない。例えば肺の炎症は粒子が肺外に移動するのに、どのようにそしてどの程度変化をおぼすのかを知ることもとても重要なことであろう。
3.5 繊維の生体持続性
 貪食不可能なほど長い繊維(人間では20ミクロン以上)は気道から効果的に除去されえないであろう。繊維の生体持続性を決めるのは種固有の生理学的除去と繊維固有の生体耐久性である。肺胞での繊維の物理的除去はそれを貪食する肺胞マクロファージの能力による。自身の直径より長い繊維を含んでいるマクロファージは移動できず、肺を除去することができないであろう。繊維の生体耐久性は機械的な破壊や分裂とともに分解や浸出にもよる。生体蓄積性のある種類のアスベストが縦方向に割れた場合、同じ長さで直径の小さな繊維が増えることになる。アモルファス繊維は長軸に対して垂直に壊れ[60,61]、マクロファージが飲み込むことができる程度の繊維にまでなる。
 繊維の除去がゆっくりになればなるほど(高い生体持続性)組織への負荷は高くなり、組織に滞留している繊維の長さが長くなればなるほど有害反応の可能性が高くなるのは自明である。17種類の異なるサイズに注意深く選り分けられたガラス繊維を用いて一連の実験を行ったSytanton等[62,63]によって画期的成果がもたらされた。彼等が見出したのは、ラットの中皮腫誘発試験において、最大の活性を示したのは長さが8ミクロンより長く直径が1.3ミクロンより小さい繊維だということである。この成果は「スタントン仮説」として知られている。しかしこのことから、下弁別閾より長い繊維は等しく活性で、それより短い繊維は活性でないと直ちに言えるわけではない。ただし、マウスに繊維を曝露したとき長さが5ミクロンより短い繊維は発ガンの原因にはならないようである[64]。リスクは繊維が長くなるほど大きくなると思われる。長さ40ミクロンの繊維によって最も高いリスクがもたらされる。最近のレビューとしてSchins[65]を参照。
 直径が100nm未満の繊維の生体耐久性は、直径がより大きな繊維を吸入した場合と異ならないであろう。それゆえナノ繊維と接触する場合に大きな注意を払わなければならない。また、ナノ繊維を含む製品を発売する前には生体耐久性試験を行わなければならない。カーボンナノチューブは高い技術的関心を呼んでいる材料であるが、その生体持続性と発ガンリスクに関して徹底的に検証する必要がある。最初の毒性研究によれば、カーボンナノチューブは人の健康にとってリスクとなりうる[22-24]。しかし曝露評価によればこれらの物質は吸入される可能性が低い[25]。
●4 消化管 
 消化管内の微粒子は、M細胞(特殊な食作用を持つ腸細胞)を含んだ腸のリンパ組織の凝集(パッチ斑、PP)によって消化管の内腔から移動しうることは、Kumagai[66]によって1926年には知られていた。粒子の取り込みはPPのM細胞や孤立した消化管関連リンパ組織の小胞を通じてのみならず、通常の腸細胞を通じても起こりうる。消化管での粒子の取り込みに関しては、多くの優れたレビューが存在する[51,66]。不活性の粒子の取り込みは通常の腸細胞やPPを通じて細胞内経路で起こることがこれまで証明されてきた(まれに細胞間経路でも起こる)[67]。PPは、吸収粒子の種類やサイズで差別しないと思われていたが、後に証明されたのは、粒子サイズ[68]や粒子表面の電荷[69]、配位子の吸着[70,71]、界面活性剤のコーティング[72]といった修飾された特徴によって、PPを含む胃消化管の様々な部位ごとに固有の取り込みが起こる可能性である[73]。
 腸における粒子の移動の力学は、粘液を通じての拡散と可触性、腸細胞またはM細胞との初期接触、細胞輸送、移動後の事象によっている。カルボキシル化ポリスチレンのナノ粒子[69]や正電荷を帯びたポリマーなどのような荷電粒子は、静電反発と粘液閉じ込めによって低い経口生体利用率を示す。Szentkuti[74]は、粘液層から腸細胞への粒子の拡散速度を、粒子の大きさと表面電荷を変えながら測定した。簡潔に言えば、Szentkuti[74]は、ナノサイズの陽イオン性ラテックス粒子は負に帯電した粘液に捉えられたのに対し、カルボキシル化された反発蛍光ラッテクス粒子は粘液層を通過して拡散しうることを観察した。粒子は粒径が小さくなればなるほど速く粘液に浸透し結腸細胞に達する。直径が14nmの粒子は2分以内に、415nmの粒子は30分で浸透したが、1000nmの粒子はこの障壁を移動することはできなかった。ラテックスナノ粒子は粘液層よりも細胞表面により強く選択的に結合したという事実にも関わらず、その実験時間(30分間)の中では、腸細胞によって飲食された粒子はまったく無かった。長時間の後(何日間もの強制飼養の後)に、同じ粒径範囲の非荷電ラッテクスナノ粒子と比較するとわずかな蓄積が固有層(上皮の下の結合組織)に見られた[69]。
 粒子はいったん粘膜下組織に達すればリンパ管にも毛細血管にも入り込むことができる。リンパ管に入った粒子は分泌免疫反応を引き起こすのに恐らく重要であり、毛細血管に入り込んだ粒子は体循環に入り他臓器にまで達しうる。ある研究[75]は、ポリスチレン粒子が腸管から取り込まれた後にいかに体内分散するかを詳しく検討した。粒径が50nmから3ミクロンのポリスチレン球を、毎日1回あたり1.25mg/kgずつ10日間にわたりメスのSDラットに強制飼養した。50nm粒子の34%、100nmの26%がそれぞれ吸収された。300nmよりも大きな粒子は血液に見られなかった。心臓や肺組織からは粒子は検出されなかった。
4.1 消化管移動と疾患
 クローン病は胃消化管の貫壁性炎症を特徴とする。原因不明の病気であるが遺伝的素因と環境要因が役割を果たすと示唆されている。0.1~1.0ミクロンの粒子がこの病気に関係しており、これら粒子は抗原介在性免疫反応のモデル反応における強力なアジュバントだと指摘されている。ある二重盲検研究によって、粒子を少ししか摂取しない(カルシウムと粘液外来のミクロ粒子が少ない)食事はクローン病の症状を軽減することが証明されてきた[76]。粒子の曝露・取り込みとクリーン病の間には明らかな関係性があるものの、腸上皮中の貪食細胞が果たす正確な役割についてはあまり分かっていない。腸細胞のアポトーシスによる上皮の障壁機能の破壊が、粘膜炎症を引き起こす仕組みなのではないかと示唆されてきた。M細胞の生病理学的役割は不明である。例えば、クローン病においてはM細胞が上皮から失われることが分かっている。他の研究によれば、M細胞が物質を取り込む(飲食する)能力は、様々な免疫学的条件のもとで生じる。例えば、粒径が0.1ミクロン、1ミクロン、10ミクロンの粒子に関して、潰瘍のない組織[77,78]や炎症を起こした食道に比べて、炎症を起こした結腸粘液においてより大きな粒子の取り込みが見られることが証明されている[79]。
 腸由来ではない病気も、胃消化管が粒子を移動させる能力に影響を及ぼしてきた。実験的に糖尿病に罹患させたラットのPPからの2ミクロンのポリスチレン粒子の吸収は、通常のラットと比べて100倍(投与量の10%)まで増加する[80]。しかし、糖尿病ラットでは粒子の体循環への分散は30%減少した。糖尿病ラットの胃腸粘膜の下にある基底膜の密度が増加し、それによって、粒子がより深い絨毛領域にまで移動するのを妨げているというのが考えられる説明である。この消化管吸収の増大と体循環への播種の減少はデキサメタゾンを投与したラットでも観察された[81]。
 上に引用した文献から、人工ナノ粒子が消化管から取り込まれうることは明らかである。一般的に、消化管からの粒子の取り込みは肺や皮膚からの取り込みに比べてよく理解されており、より詳しく研究されている。この有利な点から、粒子の消化管での振る舞いを予測することは可能かもしれないが、事前警戒措置が取られるべきである。食品を安定させたり消化管を経由して薬物を運搬するためのナノ粒子に対しては、より厳しい基準が存在する。これらの化合物を市場に出す前にはこの基準に従わなければならない。
●5 皮膚
 皮膚は環境中の有害物から身を守るための重要な障壁である。皮膚は表皮、真皮、皮下層の三層からなる。表皮の外側の層は身体の外面全体を覆う角質層であり、死んだ細胞を含むだけの強く角質化した部分である。ほとんどの化学物質にとって角質層は経皮吸収(浸透)の律速バリアーである。ほとんどの哺乳類の皮膚は体のほとんどの部分が毛で覆われている。毛包が育つその場所では、皮膚の障壁能力は「通常の」層を成す表皮とはいくぶん異なる。物質の経皮浸透に関する研究のほとんどは、運搬体としての化学物質および/または粒子を含む様々に異なる製剤を用いたときに薬が皮膚を浸透するか否かに焦点を当てている。よく使われる粒子状物質の種類は、リポソーム、TiO2のように難溶解性の固体物質、ポリマー粒子、固液ナノ粒子のようなサブミクロンのエマルジョン粒子である。これらの粒子状キャリアーの浸透は詳しく研究されていない。
 TiO2粒子は紫外線吸収する日焼け止め剤としてよく用いられるもので、日焼けや遺伝子損傷から皮膚を守る。Ladermann等は[82]で、マイクロメーターサイズのTiO2粒子が人間の角質層を通り毛包まで達することを報告している。しかし著者等はこの観察を生きている皮膚の層への浸透とは解釈しなかった。なぜなら、この毛胞経路(漏斗先端)の部分も角質層に覆われているからである[82]。Kreilgaard[83]による最近のレビューでは異なる解釈がされている。Kreilgaardは次のように主張している。「非常に小さな二酸化チタン粒子(5-20nm)は皮膚に浸透し免疫系とも相互作用しうる。」Tinkle等[84]は、0.5と1.0ミクロンの粒子が皮膚の動きを伴って角質層を通過し表皮にまで、時に真皮にまで達することを示した。この著者たちの仮説は、角質層の細胞内の脂質層が粒子が皮膚に浸透する経路になり[85]、ランゲルハンス細胞によって貪食されたというものである。この研究では粒子の浸透は直径1ミクロン以下の粒子に限られている。それにもかかわらず、他の研究では、3-8ミクロンの粒子を使って皮膚の浸透を報告している[86,87,82]。しかし浸透は限られており、しばしば毛包でクラスター化しているのが見られた(上を参照)。
 非金属の固体物質、例えば、生体分解性のPoly(DL-lactic-co-glycolic acid)(PLGA)の直径が1ミクロンから10ミクロンで平均が4.61±0.8ミクロンのマイクロ粒子の浸透について、豚の皮膚を用いた研究がある。皮膚中のマイクロ粒子の数は(外気側から皮下層に向かって測定された)深さが増すにつれ減少した。(生きた真皮が存在する)120ミクロンの深さでは、比較的多くの粒子が見つかった。400ミクロン(真皮)でもいくつかのマイクロ粒子が見られた。500ミクロンの深さでは粒子は見られなかった[88]。下肢のリンパ排液障害をもつ人の皮膚から土壌粒子が見つかった。つまり、最も多い粒径は0.4-0.5ミクロンだがもっと大きくは25ミクロンの粒子が、地方病性象皮病の患者の足の真皮から発見された。粒子は、マクロファージのファゴソーム食胞または他の細胞の細胞質にあると思われる。リンパ節へのリンパ液の伝導障害によって、真皮細胞にシリカが堆積し続ける(塵肺においても肺に同様の堆積が起こる)。このことが示しているのは、土壌粒子の恐らく一粒一粒が皮膚を通過して(損傷して)いること、その粒子は通常はリンパ系を経由して除去されることである[89,90]。リポソームはサイズに依存して皮膚に浸透する。マイクロサイズ、サブミクロンサイズでもリポソームは生きた表皮まで容易に浸透することはないが、平均直径が272mnのリポソームは生きた表皮にまで達する。真皮に達するものもある。より小さな116と71nmのリポソームは真皮に高い濃度で見られた。
 リポソームや非イオン性界面活性小胞(ニオソーム)といったサブミクロンのエマルジョン粒子の一種で粒径が50nmから1ミクロンのEmzaloidTM粒子が、人間の皮膚に塗布したところ細胞膜と結びついて表皮で検出された[91]。著者たちは、粒子を形成する一つ一つの分子が細胞間隙を通り抜け、角質層のある部分で蓄積しミクロ粒子を形成する可能性を示唆している。その後の実験では、用いた製剤によって、粒子はラノーマ細胞、細胞核にまで浸透することが示された[92]。
 Hosytnek[93]による最近のレビューは、金属粒子の経皮吸収は、(適用量、運搬物、プロテイン反応性、電荷などの)外性要因と(肌年齢、解剖学的位置、ホメオスタティック・コントロールなどの)内性要因によって複雑になっていると述べている。経皮浸透を支配している規則性を明確にして、リスク評価の目的のために金属元素の定量的な構造-拡散関係を予測する試みは成功しておらず、インビトロでもインビボでも、経皮吸収はいまだ金属の種類ごとに決定する必要がある。
 ナノ粒子の経皮浸透に関する文献は限られているが、すでにいくつかの結論を導くことはできる。第一に、皮膚障壁への浸透はサイズに依存している。ナノサイズの粒子は大きなのよりも深く入り込みやすい。第二に、異なる種類の粒子が皮膚の深層に見出される。現在においては、皮膚での粒子の振る舞いを予測することは不可能である。最後に、ひとつの粒子から分解したり浸出することのある物質(例えば金属)、または、より小さな部分に壊れることのある物質(例えばEmzaloid粒子)は、皮膚に浸透する可能性がある。経皮浸透した粒子が体循環に移動する証拠は見つかっていない。皮膚の粒子はマクロファージ、ランゲルハンス細胞、その他の細胞によって貪食されうるという観察は、皮膚感作へのありうる道筋である。Tinkleたち[84]は、C3Hマウスにベリリウムを部分的に塗布したところ、ベリリウムに特殊な感作が生じたことを示している。これらのデータは、ハプテンに特殊な細胞媒介性免疫反応の発達と一致している。
5.1 皮膚の機械的刺激
 ガラス繊維やロックウール繊維は、断熱・絶縁物質としての利用を主として、様々に応用できるために広く普及している人工鉱物繊維である。アスベスト繊維の代用として重要にもなっている。これらの繊維は皮膚に触れると機械的刺激により皮膚炎を起こす。なぜこのような強い刺激があるかについては詳しく検討されていない。人間の閉塞刺激パッチテストで、直径が4.20±1.96ミクロンのロックウール繊維は、直径が3.20±1.50ミクロンのロックウール繊維よりも刺激が強いことが分かった。 「小さい」繊維は強い皮膚刺激を起こすことは昔から知られてきた。例えば痒み粉がそうである。ある種の人工繊維は容易に非アレルギー性皮膚炎を起こすことも一般に受け入れられてきた。これらは周知の事実だが、なぜ繊維に刺激があるのかは分かっていない。直径が100nm未満の繊維による皮膚刺激に関する報告を探したが何も見つからなかった。このことはもっと研究が必要なことを示している。
●6 粒子の体内分布と全身的効果
 粒子の全身への分散はその表面の特徴とサイズに大きく依存している。様々に異なる種類と濃度の界面活性剤を用いた被覆ポリ(メチルメタクリレイト)ナノ粒子は、体内分布が大きく変わる[116]。0.1%以上のポロキサミン908で被覆したナノ粒子は、静脈注射30分後に肝臓における濃度が大きく減少する(投与した粒子総量の75%から15%に減少する)。もうひとつの界面活性剤ポリソルベイト80は0.5%以上で効果があった。別の報告[94]
は、ナノ粒子表面を陽イオン性化合物、ジドデシルジメチルアンモニウム・ブロマイド(DMAB)で修飾したところ、動脈への取り込みが7から10倍促進した。著者たちは、DMABで表面修飾したナノ粒子は、+22.1+/-3.2mV(平均+/-標準誤差、n=5)のゼータポテンシャルを持つこと、これは、元のナノ粒子の-27.8+/-0.5mV(平均+/-標準誤差、n=5)のゼータポテンシャルとは大きく異なることを注意している。この生物学的振る舞いの変化をもたらす仕組みは不明だが、表面修飾は動脈内ドラッグ・デリバリーに利用できる可能性がある。
 様々な大きさ(50nmから3ミクロンまで)のポリスチレン粒子をSDラットに経口摂取(強制経口投与)したところ(一日当たり1.25mg/kgの投与を10日間)、ナノ粒子は全身に分布した。約7%の50nm粒子と4%の100nm粒子が肝臓、脾臓、血液、骨髄で見つかった。100nmよりも大きな粒子は骨髄には達することなく、300nmよりも大きな粒子は血液中になかった。心臓と肺の組織からは粒子は検出されなかった[75]。
 取り込む経路に関わらず、粒子の体内分布は表面の特徴と粒子の大きさに最も依存している。このことは、薬剤を正しい標的に運ぶのを助ける薬剤設計において重要な問題である。ナノ粒子を意図せず取り込んだ際に、これらの特徴は、人体の特定の部位における特定の種類の粒子の蓄積に影響を及ぼす。
6.1 ナノ粒子、血栓症、炎症
 疫学研究は、粒子による大気汚染と心筋梗塞のような心臓血管への悪影響の密接な関係を報告してきた[95]。後者は、冠動脈の動脈硬化性プラークの破裂から生じる。続いて、反応性の高い内皮細胞下構造を循環している血液に曝露することで、急速に血栓が成長し、血管内の付加的なあるいは完全な障害物となる。Nemmer等[96]は、エンドポイントとして血栓の形成に焦点を当てて、粒子の止血への影響を研究した。粒径が60nmのポリスチレン粒子(表面修飾は、中性電荷、負電荷、正電荷)は、静脈注射によってホメオスタシスに直接的な影響を与えた。正電荷アミン粒子は、プロトロンビンの傾向を著しく増大させた。これは血小板活性化に起因する。同様の効果は静電荷ポリスチレン粒子を気管内投与した後にも得られ、これは肺の炎症も引き起こした[97]。より大きな400nm粒子を肺へ注入したところ、60nm粒子と同様の度合いの肺の炎症が見られたが、1時間の曝露では末梢血栓症には至らなかったことを指摘することは重要であろう。大きな粒子が血栓に影響を及ぼさないことは、その肺の炎症への著しい効果にも関わらず、肺の炎症だけでは末梢血栓症に影響を及ぼすには不十分であることを示唆している。結果として、より小さな超微粒子見られる効果は、おそらく、少なくとも部分的には、それら粒子の肺から血液への体循環による移動が原因である。
 ディーゼル排気粒子(DEP)のような汚染粒子は肺に蓄積後1時間で著しい肺の炎症を引き起こしうる。さらに、DEPの気管内注入は、投与量に依存するかたちで大腿部の静脈と動脈に血栓を成長させる。すでに、ハムスター一匹あたり5μgの投与量(約50 μg/kg)で実験を始めている。続く実験では、動物当たり50μgを注入後6時間と24時間たってもプロトロンビン効果が持続していた。また、末梢血栓症と肺の炎症が常に結びついているわけではないことも確かめられた[97]。吸入固体粒子は心臓血管の疾患の患者にとってひとつのリスクとなる。実験データが示しているのは、多くの吸入粒子は肺の炎症を通じて循環器系パラメータに影響を及ぼすということである。ナノサイズ粒子は血液循環を通過した後、例えば血栓誘発において直接的な役割を果たしうる。
 疫学研究は、地域おける粒子大気汚染の有害効果に関して有益な情報を提供してきた。そこでは、ナノ粒子は心臓と肺の死に至る重大な環境リスク要因として働くことが示されてきた。粒子が引き起こす肺や全身の炎症、アテローム性動脈硬化症、心臓の自律機能の変化は、粒子大気汚染と心臓血管の死を関連づける病態生理学的経路の一部かもしれない。また、肺胞に蓄積した粒子は肺胞マクロファージと上皮細胞によるサイトカイン生産を活発にし、炎症細胞の動員に至る。無作為に抽出された健康な成人のサンプルからは、粒子大気汚染に関連して、血漿粘度、線維素原、C反応性蛋白の増加が観察されている[95,98,99]。
6.2 ナノ粒子と細胞取り込み
 マイクロ粒子、ナノ粒子の細胞取り込みについての報告は多数ある。内皮細胞[100,101]、肺の上皮[102,79,103,59]、消化管の上皮[51,79]、肺胞マクロファージ[104-107,57]、それ以外のマクロファージ[89,108,76,109]、神経細胞[110]、それ以外の細胞[111]による粒子の取り込みについて報告がある。これは、食細胞(マクロファージ)や、障壁かつ/または(大きな)化合物の輸送機関として機能する細胞にとっては予想された現象である。マクロファージを除けば、ナノ粒子の細胞取り込みの健康影響は深くは研究されてきていない。
6.3 ナノ粒子と血液-脳障壁
 ナノテクノロジーの有望な道のひとつは、ナノ粒子が媒介する臓器または細胞に特異的なドラッグ・デリバリーである[112-114]。ナノ粒子の血液脳障壁(BBB)を超えた移動は、受動拡散とキャリアーが媒介する飲食作用のいずれでも可能だと予想される。粒子をポリソルベートで被覆すると、アポリポ蛋白E(アポE)またはその他の血液成分が固着する。表面修飾された粒子は、LDL粒子と似ていると思われ、LDLレセプターと相互作用して内皮細胞によって取り込まれる。よって、(粒子中にある)薬はこれら細胞内で放出され、脳内に拡散するか粒子がトランスサイトースされるであろう。
 また、密着結合の調節、または、P-グリコプロテイン(Pgp)の抑制作用といった他のプロセスも起こりうる[115]。Oberdörster等の2002年の論文は、嗅神経を経由して吸入ナノ粒子が移動することを報告している[56]。BBBを通過するドラッグ・デリバリー・システムはありがたいが、このことは同時に意図せぬBBBの通過も可能だということを示している。それゆえ優れた安全性評価が必要である。
6.4 ナノ粒子と酸化ストレス
 肝臓に入り込んだナノ粒子は局所的に酸化ストレスを引き起こすことが証明されてきた。ポリイソブチル・シアノアクリレート(PIBCA 生体分解性粒子)、あるいは、ポリスチレン(PS、非生体分解性)ナノ粒子を、一回(20と100mg/kgを 一日だけ)または連続(14日間)して静脈投与すると、肝臓で減少したグルタチオン(GSH)と酸化グルタチオン(GSSG)の枯渇と同時に、超酸化物ジムスターゼ(SOD)活性の抑制やカタラーゼ活性のわずかな増加が引き起こされる。ナノ粒子は肝細胞には分布しないが、これは酸化種はおそらく肝臓のマクロファージがナノ粒子を貪食した後に、その活性化したマクロファージによって生産されることを示している。
 肝臓のクッパー細胞によるポリマーナノ粒子の取り込みは、肝細胞の抗酸化系に修飾を引き起こすが、これはおそらく活性酸素種が生産されることによる[108]。我々は上で、肺のナノサイズの粒子は、肺の炎症反応とともに自然発生的な表面関連反応によっても酸化ストレスを引き起こしうることを論じた。肺の研究の他には、細胞で粒子が引き起こす酸化ストレスを研究したものは多くない。しかし、著者ら[108]は、グルタチオンの枯渇は肝細胞の有意な損傷を起こすには十分ではなかったことを報告している(脂質酸化反応がなかった)。これらのナノ粒子の安全な利用を検証するには長期的な研究が必要である。なぜならば、抗酸化防衛力の慢性的な減退は深刻な健康問題につながりうるからである。
●7 肺と消化管の条件の違い
 肺と消化管におけるナノ材料との接触は多くの類似点を示しているが、ナノ材料の吸入と摂取の間には毒性学的視点からは重要な違いが存在する。消化管では、分泌酵素、摂取食物、腸管内菌叢の最近など、複雑な化合物の混合が存在し、それらは摂取されたナノ材料と相互作用しうる。非特異的な相互作用はしばしば摂取された物質の毒性を減少させる。インビトロでは、高タンパク質の媒体にまぜて投与した場合は粒子の細胞毒性は低くなると言われてきた。肺では粘液や界面活性剤が存在しそこには抗酸化物質も存在するが、これらは大量の酸化性化合物が吸入されると容易に中性化される。
 消化管を通過しての移動は比較的速い過程である。絶え間ない上皮組織の崩壊と再生が、確実にナノ材料が消化管に長時間留まらないようにする。消化管の内腔に固体物質が存在しても自動的に炎症反応を起こすわけではない。10ミクロン未満と5ミクロン以上の吸入物質は、肺の肺胞空間には入り込まない。それゆえ、健康な人間ではこれらの物質は粘液と繊毛のエスカレーターによって容易に除去される。5ミクロンより小さな粒子はブラウン運動によって肺胞空間に蓄積する。肺胞では非水溶性物質はマクロファージあるいはその他の細胞の食作用によって、あるいは、上皮組織を通って間質や体循環に移動することで移動させられるだけである。これらの過程にはしばしば(持続的)炎症の発現がともなう。粒子そのものは、物質の物理化学的特徴に依存して、肺胞に長期間留まりうる。
 消化管では、摂取した物質は酸性(胃)から塩基性条件までストレスを受ける。phの変化は、物質表面の特徴を変えることを通じて物質の溶解性やイオン状態を顕著に変化させる。肺では、内腔の環境はより安定している。
●8 結論
 ナノサイズの粒子は肺や消化管を通じて体内に確実に入り込みうる。経皮吸収についてはあまり確かではない。真皮まで浸透する粒子があることは考えられる。浸透の可能性は粒子の大きさと表面の性質、および、肺・消化管・皮膚における接触部分に依存する。浸透の後、粒子の体内拡散は粒子表面に強く依存する。体内への侵入が制限される臨界サイズが存在するかもしれない。それぞれ異なる種類のナノ粒子の薬動力学的振る舞いについて詳しく研究する必要があり、また、それぞれ異なるナノ粒子と結びついた健康リスクのデータベースが創られねばならない(例えば、標的臓器、組織、細胞)。ナノチューブに金属の触媒が存在するように、汚染物質の存在、および、観察される健康影響におけるそれら汚染物質の役割をナノ材料の健康影響とともに考慮しなければならない。
 心肺疾患のリスクが増加していることから、すべての新規ナノ粒子に対して特別な措置が取られる必要がある。すべての場合に当てはまる普遍的な「ナノ粒子」は存在しない。健康リスクが予想されるときは、各ナノ材料が個別に扱われなければならない。物質の安全性を確かめるために現在用いられている試験は、有害なナノ粒子を同定するのに適切でなければならない。そうでない場合は、リスク評価の効率と信頼性のどちらも減じることなく、処理能力が高くコストの低いナノ粒子の一組の試験法を作り上げることは、産業界、国会議員、リスク評価者たちにとって難題となるであろう。ドラッグ・デリバリーや食品成分としての利用が目的のナノ粒子には特別な注意が必要である。
謝辞
 この研究は、「競争力のある持続的成長」プログラムの下、欧州共同体によって資金提供されたNANOSAFE(ナノ粒子の製造と使用におけるリスク評価と、予防的措置と実施規定の開発)プロジェクト(Contract GIMA-CT -2002-00020)から支援を受けている。報告書全文は次で見られる。http://imperia5.vdi-online.de/imperia/md/content/tz/zuknftigetechnologien/ll.pdf

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