東日本大震災以降の我が国エネルギー政策の課題

投稿者: | 2012年12月21日

論文
東日本大震災以降の我が国エネルギー政策の課題
馬上 丈司(千葉大学法経学部特任講師)

1. 東日本大震災のエネルギー政策へのインパクト

2011年3月11日に発生した東日本大震災と、その後の東京電力福島第一原子力発電所の深刻なメルトダウン事故は、私たちの社会に物理的にも精神的にも大きな変化をもたらした。特に大きな変化の一つは、我が国のエネルギー供給システムの脆弱性が明らかになり、その対処に取り組む政策の必要性が生じたことである。

震災によって、電力供給では東通、女川、福島第一、福島第二、東海第二の各原子力発電所にある計15基の原子炉が停止し、さらに火力発電所や水力発電所も各地で大きな被害を被って機能停止した。その他にも、臨海部のコンビナートが地震の揺れ、津波、液状化などによって使用不能となり、ガソリンや都市ガスなどの資源供給網も甚大な被害を被った。この被害によって、東北地方から首都圏にかけてエネルギー供給に深刻な支障をきたし、国民生活は大きな影響を受けた。

電力需給の逼迫は震災から1年以上を経過してなお続いており、本稿執筆時点(2012年11月)でも北海道から九州までの各地で、冬期における需給バランスをとるための対策が続けられている。エネルギーの安定供給を疑うことのなかった生活の中で、計画停電や高い水準の省エネ目標設定という未曾有の経験は、私たちにエネルギー政策に向き合うことを強いるとともに、省エネルギーへの取り組みのみならず大規模集約型のエネルギー供給構造を見直す必要性を突きつけている。

このインパクトは、今後数十年にわたるエネルギー政策の方向性、原子力発電の継続の是非、エネルギー供給構造の見直しなど多岐にわたる議論を引き起こしており、これにいかに向き合うかが重要事である。

2. 我が国のエネルギー利用

エネルギー政策を考えるにあたり簡単に歴史背景を振り返ってみると、19世紀の近代化以降の我が国エネルギー政策の課題は、一貫してどのように化石燃料を中心とするエネルギー資源を確保するかであった。石炭を主要なエネルギー資源とし、国内で産出されるもので需要の多くを賄えていた時期は長くはなく、化石燃料のほぼ全量を輸入に依存している状況は定常化してきたために国外からどう資源を調達するかに腐心してきた。

戦後復興期の石炭増産による産業復興と、その後急速に進んだ原油へのエネルギーシフトに対し、1970年代の2度のオイルショックを契機として代替エネルギー源の開発へと方向転換を行った。そこで天然ガスや原子力といった現在中核となっているエネルギー源のほか、太陽光・地熱といった国内で自給可能な再生可能エネルギー源の技術開発も国家プロジェクトとして進められてきている。1990年代以降は、新エネルギー政策を拡充して再生可能エネルギーをはじめとするエネルギー源の普及にも取り組む一方で、エネルギー自給率の向上と地球温暖化対策を旗印として原子力を中核に据えたエネルギー政策が推し進められてきた。

そして現在、東日本大震災を契機として原子力発電への疑問と議論が沸き上がり、緊急的な代替措置として火力発電が増強され我々の生活は化石燃料につかりきっている状況にある。
しかしながら、あまり顧みられていない事実として、原子力を利用していた時期にあっても我が国のエネルギー資源構造は化石燃料に大きく傾斜していたのである。例えば、図1は1965年度以降の我が国における石油供給量の推移データであるが、過去45年間における供給量ピークを第一次オイルショック時点ではなく1990年代半ばに迎えている点に注目すべきである。

図1 石炭の用途別消費量の推移
(出所)資源エネルギー庁 エネルギー白書2012

このデータからは、オイルショックによって1980年代の石油供給量が1973年比で30%近く低下しているものの、その後再び上昇に転じていることがわかる。2007年のサブプライムショックや2008年のリーマンショックによる景気後退によって、石油消費量は減少傾向にあるが、この状況下でも過去40年の最低値を下回ってはいない。これは、エネルギー供給部門において石油火力発電の割合は大幅に低下したとはいえ、輸送用燃料や石油製品の需要が増え続けている結果と見ることが出来る。
さらに近年の我が国のエネルギー供給構造に特徴的なのは、発電部門における石炭消費量の急増である。図2は過去45年間の石炭の用途別消費量推移だが、鉄鋼における消費量が1970年代以降横ばいであるのに対して、電気業における消費量が1979年を境に増加に転じ2007年にピークアウトしていることがわかる。

図2 石炭の用途別消費量の推移
(出所)資源エネルギー庁 エネルギー白書2012

特に1999年以降に消費の伸び具合が増加しているが、これは電力自由化以降に新規参入事業者と既存の電力会社がともに燃料価格の安い石炭火力発電を増設したことが理由として考えられる。石炭火力発電は昔の発電所というイメージがあるが、今なお現役であり主流の発電方法なのである。石油・石炭・天然ガスの三大化石燃料の中で、最も二酸化炭素排出係数の大きい石炭の消費増大は、地球温暖化対策と逆行する動きであることも指摘できよう。

原子力発電所の大部分が停止し緊急起動の火力発電所で電力需要をまかなっている現在、さらに石炭消費量が増加していることは確実であり、2007年のピーク値を上回っている可能性もある。短期的には消費抑制に努めたとしてもこの問題の解決は困難であり、今は我が国の歴史上最も化石燃料の消費量が多い状況下にある。この解消を目指すことが、今後のエネルギー政策の重要課題となる。

3. 再生可能エネルギー利用の現状

現在、我が国のエネルギー供給における再生可能エネルギーの割合を知ることが出来る精度の高い統計情報は存在しない。しかしながら、現在のエネルギー資源に代替する新たなものとして再生可能エネルギーの拡大を図っていく必要があることから、まず現状の把握が重要である。

一つの参考資料として、筆者が参加している「永続地帯」研究の成果物である「エネルギー永続地帯指標」から、2011年3月末時点の我が国における再生可能エネルギー利用実態の推計情報を示す。

表1 再生可能エネルギー供給量
再生可能エネルギー電力供給量 256,880TJ
再生可能エネルギー熱供給量 63,850TJ
合計 320,730TJ
国内最終消費エネルギー量 14,974,376TJ
再生可能エネルギー比率 2.14%
(出所)エネルギー永続地帯指標2012年版より筆者まとめ

表1は再生可能エネルギーによる電力と熱の供給総量をまとめたものである。現在のところ、我が国の最終エネルギー消費における再生可能エネルギー比率は2.14%に過ぎない。輸送用燃料における再生可能エネルギー利用はきわめて少ないと考えられるので、この数値が我が国の再生可能エネルギー導入の実態である。

表2 再生可能エネルギー電力供給量
住宅用太陽光発電 35億7,005万kWh
事業用太陽光発電 2億8,089万kWh
事業用風力発電 51億6,802万kWh
地熱発電 23億7,303万kWh
小水力発電(出力1万kW以下)135億7,143万kWh
バイオマス発電 13億6,435万kWh
合計 263億2,777万kWh
(出所)エネルギー永続地帯指標2012年版より筆者まとめ

表2は再生可能エネルギー発電のエネルギー源別供給量である。最も供給量が多いエネルギー源は小水力発電であり、再生可能エネルギーによる電力供給全体の半分以上を占めている。ここ5年間の傾向として、風力発電が大きな伸びを見せる一方で、2005年度に補助制度が打ち切られた住宅用太陽光発電の導入は伸び悩んでいたが、2009年度に余剰電力の固定価格買取制度が導入されたことや、補助制度の復活によって再び増加傾向にある。

表3 再生可能エネルギー熱供給量
住宅用太陽熱利用 29,508.9TJ
事業用太陽熱利用 87.5TJ
地中熱利用 68.1TJ
温泉熱利用 24,783.3TJ
バイオマス熱利用 9,402.0TJ
合計 63,849.8TJ
(出所)エネルギー永続地帯指標2012年版より筆者まとめ

表3は再生可能エネルギー熱利用によるエネルギー源別熱供給量である。最も供給量が多いエネルギー源は住宅用の太陽熱利用であり、温泉熱を上回る結果となっている。再生可能エネルギー熱利用は政府レベルの導入支援が発電設備に比して小さいため、導入・利用は伸び悩んでいる。
我が国には豊富に存在するというイメージがある温泉熱利用も、エネルギー量としては住宅用太陽熱利用を下回る結果となっており、昨今実証実験が盛んになっている温泉発電の実用化を含めてさらなる資源活用を考える必要がある。

4. 今後のエネルギー政策を考えるために

東日本大震災以前のエネルギー政策は、従前から続く資源の安定供給の確保、そして環境への適合、市場原理の活用を基本方針とするエネルギー基本計画を掲げていた。2008年の原油価格高騰をはじめとして輸入依存の資源構造によるリスクが顕在化する中で、長期的には再生可能エネルギーの導入を進めつつ原子力を中心とするエネルギー構造へのシフトが計画されていたが、この計画の根本的な見直しの必要が現在問われている。

エネルギー政策に対する議論の盛り上がりは、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故が直接的な契機になっているとはいえ、長期的な我々の社会のあり方を規定するものとして考えていかなければならない要素が多い。再生可能エネルギーの導入を拡大するにしても、どのエネルギー源を選ぶのか、誰がどこまで負担をするのか、最終的な到達点とそれに向けた行程をどう定めるのか、様々な要素が絡み合ってくる。

衝撃的な現実を前にして新たな方向性を模索する勢いが生まれているが、これまでの政策の経緯や現在の状況について適切な情報を得て、また電力だけでなく熱や輸送用燃料まで含めた包括的なエネルギー政策を考えていく必要があり、我々は今、この後30年、50年、100年の社会のあり方を決める時代の岐路に立っているのである。■

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