知的障害者と共に

投稿者: | 1999年4月16日

知的障害者と共に

後藤高暁

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世田谷地域を昼間歩いてみると、バスの中や道路等で障害者と思われる方をかなり多く見掛けます。今回の発表の機会に調べてみると、知的障害者の数は人口の2 ー 3%だそうで全国で300万人位はいる事を知りました(保護者申請による厚生省発表は43万人)。例えるならある年齢の人の総数約200万人よりも多く、社会的に大きな割合を占める人数です。この人達は過去では存在さえも認められず抹殺・迫害・隔離され続けてきました。ようやく近代に到り、それも日本ではかなり遅れて憲法で人権が保障され、法的な制度が種々作られてきたが、障害者福祉推進に立脚した障害者基本法が成立したのは1993年になってからのことです。以後各地方行政でもノーマライゼーション計画等と称して福祉政策が進められてはいるものの、社会的には未だ人格が殆ど認めらていず、当人や家庭の苦しみや悩みは深いものがあるようです。

かく言う私も今の仕事をする前は道で出会っても何か近づきたくない、あるいは何処か恐い様な謂れのない差別感を持っていた事を白状しなければなりません。しかし世田谷サービス公社の指導員という立場で5年間に約50人位の知的障害者と区の施設の清掃と言う仕事を一緒にしてみてこれは全くの誤りであった事を知りました。
彼等は法的には精神薄弱と今でも呼ばれていますが、表現が下手だったり特異だったりしても多くははっきりした個性を持ち、意志はむしろ頑固なくらいな人もいます。それよりも付き合えば付き合うほど彼等の卒直な邪気の無いひたむきな生き方に感心させられました。昨今の報道に見るように嘘と欲望に汚れ社会、私達自身も自我と欲に負けてややもするとその時の都合に走ってしまいがちな世の中にあって、こんな生き方もあったのかと、忘れていた原点を見る思いでした。

こう悟ってからは色々困ることがあっても少しも苦痛にならず、どうすれば彼等を助けて楽しく仕事をさせてあげられるか、伸ばせる能力があればどうすればそれを引き出してあげられるか、と言うことに専念できようになりました。私のリラックスした気持ちはすぐ皆に伝わり日々本当に楽しく一生懸命に仕事をしてくれるようになりました。そのためには先ず自分を彼等目線に合わせて何を求めているかをよく観察するだけの心と時間の余裕が必要でした。また出来なかった時に叱るより良くできた時は些細な事でも褒め、気持ちが開いている時に「こうしたから上手く出来たんだね」と具体的に教えることが大変効果がありました。
このようにして信頼関係や友情が生まれれば、例え厳しいことを要求しても進んで努力してくれるのでした。

しかしこのような考えの指導員は必ずしも多くはありません。むしろ善意にしろ仕事を進めることや自分の意志に従わせることに拘る人が多いのです。そうしなければ当面の仕事は進まないにしても、その様な強制的な態度は、知的に障害がありかつ過去に不本意な社会的経験を持つ障害者にとっては大変つらい事なのです。強い叱責を受けた瞬間に心が萎縮してしまったり反発したりして指導員との信頼関係や友情が失われて大きな禍根を残してしまいます。著しい場合は出勤を拒否したりパニックに陥ったりして大変な苦痛を与えてしまった事も見聞きしました。私が偶々当時読んだ自閉症児自身と母親と先生が書いた本「自閉症克服の記録」には、その気持ちが克明に記してあって、大変参考になりました。発表会ではこのようなことを多くの実例から皆さんに是非知って頂きたいと思ったのですが、話して分かってもらうのは大変難しいことです。皆さんも機会ある毎に障害のある人達と接して、ご自分の体験で理解し彼等が普通の社会に仲間入りする手助けをしてあげて欲しいと思います。ノーマリゼーションには個々の人の理解や積極的な行動が最も大切なのです。

また発表に際して専門の方から伺って知った事ですが知的障害の発生原因は色々あるが遺伝は比較的少なくまた親に遺伝的要素があっても必ずしも発症するものではない、胎児の時や出産の時期に受ける脳の機質の損傷が大きな原因である、また機質に異常が無くても生後の生育環境により知的障害になる例が多いとの事です。社会的に非常に多様で難しくなった現代です。家庭の中や環境のひずみによってで幼児が受ける様々な影響が生育後の情緒や知的発達に大きな影響を与える事を大変心すべきと思います。このことは知的障害は医学だけでは解決できない、何時・誰の元でも起こり得ることを示しています。受胎時に障害のある無しを医学的に選別するのが是か非か等の議論がされていますが、それよりも自分のせいでもないのに障害という宿命を背負った人達を私達は社会の仲間として認め、障害者やその周辺の人達が障害がある故に苦しんだり悩んだりする必要のない社会を一刻も早く作るべきものと思います。

 

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