書評 『あなたのTシャツはどこから来たのか? -誰も書かなかったグローバリゼーションの真実-』

投稿者: | 2007年10月5日

写図表あり
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書評
『あなたのTシャツはどこから来たのか?
-誰も書かなかったグローバリゼーションの真実-』
“THE TRABVELS AT A T-SHIRT IN GLOVAL ECONOMY”
ピエトラ・リボリ著 東洋経済新報社2007年
評者:永添泰子
著者は米国ジョージタウン大学ビジネススクールで学部生、大学院生、企業エクゼクティブ相手に、国際経済を教える現役大学教授である。専門は中国を含む国際ビジネスにおけるビジネス倫理や社会公平性である。一読して、こんな先生に習いたいものだなあと尊敬してしまった。
この本が出版されたのは2005年だが、彼女を旅に駆り立てたのは、1999年2月に、彼女の勤務するジョージタウン大学で彼女が偶然聞いた、ある女子学生がマイクに向かって群衆に語った次の言葉だった。
「あなたのTシャツは誰が作ったものですか。食べ物も飲み物も与えられずにミシンにつながれたベトナムの子供でしょうか。時給18セントしかもらえず、1日に二度しかトイレに行かせてもらえないインドの若い女性でしょうか。…彼女は12人部屋で生活しているのです。食事はお粥。残業手当も受け取れず週90時間働かせられます。…彼女は貧乏なだけでなく不潔で病気が蔓延する環境で暮らしているのです、すべてはナイキの利益のために」
これを聞いたとき、リボリさんはこの話について何も知らず、「どうしてあの女子学生は知っていたのだろうか」と不思議に思った。
そして彼女は、自分がフロリダのドラッグストアで買った、ある1枚5ドル99セントのTシャツの身元を追い、数年に及ぶ3大陸にまたがる数千マイルの旅に出かけるのである。
彼女の買ったTシャツの誕生から彼女の手元に届くまでに関わった人々と直接会って話を聞くために。さらには彼女がそのTシャツをリサイクルに出した後たどるであろう行く先までにわたる遠い道のりであった。沢山の人々が登場し、綿のTシャツについて、今まで知らなかった色々な事実が、ちゃんと経済学や法律の裏付けを持って具体的に語られる。しかも面白く。
グローバリゼーションということばは、メディアに頻繁に顔を出すけれど、実際のところいいことなのか悪いことなのか今のところ誰も判断することはできない。経営学や経済学者が出したおびただしい書籍では、沢山のデータ、最新のコンピューターを駆使した洗練された統計的手法が用いられている。だが、リボリ氏はそれらの学者は、自分で実際に観察をしなくなってしまったという疑問を持っている。だからあえて、ありふれたTシャツの生涯という物語の形式を持つ本書を書いたのだ。
「わたしがこの本を書いたのは、ある主張をするためではない。何よりもまず、物語を描くためである。その物語からは、経済的、政治的な教訓がいくつも浮かび上がってくるが、そうした教訓もこの本の出発点ではない。つまり、私がTシャツの物語を綴る目的は、それによって何らかの教訓を示すことではなく、教訓を見いだすことにあるのだ。そして物語がわたしたちをどこへ導いて行くのか見てみたいのだ。」
とリボリさんは書いている。
 
この本を読むと以下のようなことがわかる。
①現在米国の綿作人口は2万5千人、これに対し、アフリカ大陸全体の綿作人口は1800万人とはるかに多いのに、世界市場に置けるアメリカの綿輸出世界第一位は不動である。それはなぜか。
 
政府からの潤沢な補助金制度も大きい。それを作らせた農家の政治力のすごさそして、最新の農業化学とテクノロジーをどんどん取り入れた技術革新の恩恵もある。
 アフリカ、インド、パキスタンでは、種まきから除草、除虫(虫の卵を手でつぶして廻る)、水やり、綿のつみ取りまで、全て手作業で機械は一切無し。ほとんどの人が読み書きや計算ができず、農薬が手に入っても説明書も読めず、撒き方を教えてくれる指導者もいない。子供が裸足で撒いて、毒性がわからないので、空いた容器を食器に使ってしまったりする。
かたや米国のコットンベルト地帯の農家では、耕作、種まきも、水やりはコンピューター制御の散水機、除草剤散布も全て機械化され、つみ取り機は綿と種子と枝や殻を自動に分別して綿は綿だけ圧縮する自動つみ取り機が使用され(この機械は成人男性25人分の仕事をする)、
農家の悩みの種だった綿のつみ取り時期の問題(ひょうにやられる、雨に濡れると乾くまでつみ取れない、風が強いと飛ばされる)も自動つみ取り機使用に最適な状態(気温が氷点下になって綿の木がぱりぱりに枯れてしまった状態)を人工的に作り出す薬品の開発で、収穫時期さえコントロールできるようになった。
③綿の木は無駄がない
 
綿花からは木綿の材料が、リンターと呼ばれる綿の種子のまわりの綿くずは、セルロースやビスコースの材料やクッション、モップ、毛布やマットレス、衣料品の材料になる。種子からは綿実油が取れ、スニッカーズのチョコレートバー、ピーナツバターその他いろいろなお菓子の原料になり、ポテトチップの揚げ油としても売られている。また製薬会社の作るビタミンE錠の原料にもなる。油を取った残りかすからは飼料が作られる。種皮は飼料、土壌調整剤、石油採掘用の工業用土にもなる。綿花の残りの枝や葉は、家畜のえさとして売られる。
④リボリさんのTシャツのもとの布を糸に紡ぎ、布に織り、裁断して縫製する中国の工場の女工さん達は本当にひどい生活をしていたか?
上海第の綿紡工場(糸に紡ぐ)や衣料品工場(布にする)で働く女性達のうち40%は地方の農村の出身者で占められている。(90年代より今はもっと多い)
1950年にできた中国の戸籍制度によって、中国の人々は、生まれながらに住む場所と仕事を決められてしまった。農村で生まれたら一生そこで農業をするしかなく、都市に出ることは制限された。これら農村に暮らす若い女性達は、住宅、衣料、教育などのインフラの整備がまったくなおざりにされた土地ですることなく暮らさなくてはならなかったが、80年代に入ってこの戸籍制度が少し緩められるようになり、彼女たちは都会の紡績や縫製工場に勤めることによって、自分の手でお金を稼いで自立し、親に決められた結婚から逃げることもでき、自分で人生を決める自由を手にすることができるようになったのである。
手にしたお金でビジネススクールや英会話学校に通い、スキルを磨いて、もっと良い職業に就くことさえ可能なのだ。努力すれば。
ただし良いことばかりではない。農村戸籍を持つ労働者は、都市戸籍を持つ労働者より週あたり2割強働いて、賃金は4割少ない。日本と違って中国では地方から来た彼女たちは都市戸籍を持つ労働者が受けられる住宅補助や、育児、医療、年金、などの行政上のサービスが受けられない。そのためほとんど会社の宿舎や工場に住んでいる。その上いつ違法な移住者として強制収容、送還されたりすることもある。
⑤TシャツはそれがTシャツとして縫製されたところが生産地として表示される 
その後他の国でプリントされたり染められても縫製されたところが生産地なのでリボリさんのTシャツはMade In Chinaだった。あなたのTシャツもそうではないだろうか?
⑥綿織物の歴史(技術革新と政治経済)
奴隷や孤児、貧しい人々の安価な労働力に支えられる完全な手作業から、産業革命を経て進みつづける技術革新、そして、各国で綿織物に対してどのような保護政策や貿易障壁が作られ、それが国内そして国際的に与えた影響がわかる。(17世紀初頭競争相手がなく、英国経済の中心だった毛織物産業が、安価でカラフルで洗濯が楽で、着ていてちくちくしないインド製綿織物によって大打撃を受けたとき、政府が毛織物産業保護のためにとった政策は超傑作である。本書p223〜p228参照))。
アメリカでは国別に綿織物の細かいカテゴリー別の割割り当て制限以内の輸入しか認めてこなかったため、各国ではその割り当てが取引の対象として多額の金額で売買された(なんだかCO2 の割り当てみたいだ)。日本もかつては綿織物の輸出国だったし、絹織物の輸出で外貨を稼いで、新興工業国としてのし上がっていったのは現在の中国やインドのこれからを想像させる。
⑦アメリカでリサイクルポストに入れられたTシャツ他衣料のゆくえ
 
不要品としてリサイクルポストに入れられても、救世軍に困った人のためにと寄付して  もおそらくほとんどは海外に輸出されて中古衣料として売られる運命にある。このとき初めてTシャツは自由貿易市場で取り引きされることになる。アメリカの中古衣料輸入業者はそれらの中古衣料を大きな梱包ごと買って、売り先の国のニーズにあった商品をより分けて各国の業者に売る(寒い国には温かい衣料。暑い国には夏物を。宗教的に肌を露出することの許されない国には当然ミニスカートは売れない)。
日本にもディズニーキャラクターものや有名ブランド(リーバイスやナイキなど)が来ている(本に日本のリサイクルショップにならぶアメリカ衣料の写真が載っている)。
この本を読んで、私は著者のリボリさんが大好きになった。機会があったら是非お目に掛かりたいくらいだ。この本には、彼女が買ったフTシャツをプリントしたフロリダのTシャツのメーカーの社長やテキサスの綿農家の家族、中国では上海で国営の衣料品工場を経営する男性や、紡績・縫製工場で働く女子工員さん達、マンハッタンの中古衣料貿易会社社長、タンザニアのマンゼゼのミトゥンバ(古着)市場の露天商、古着の売買から身を起こしてタンザニアの大企業社長になった人など、沢山の年齢も性別も国籍も違う人々が実名で登場するが、どの人も生き生きと自分の仕事を語っているのがとても印象的で、インタビュアーが好人物でなければこの本は書かれなかっただろうと思う。インタビューする人々への共感と敬意が感じられる文章である。
 さてあなたのTシャツはどこから来たのだろう。私が今年買ったTシャツは全てユニクロのものなので、綿はアメリカ製(とユニクロの広告に書いてある)。縫製は中国。染められたのも中国だろうかと思う(無地だから)。そのTシャツを着ながら、アフリカやインドやパキスタンの子供達も平等な教育が受けられるよう、そして自由を手に入れた中国の女工さん達がこれからもっと幸せになるようにと願う。■ 

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