水俣病事件における歪曲作用

投稿者: | 2015年12月16日

水俣病事件における歪曲作用
―ある行政機関報告書に掲載された科学者名簿の意味―

中野 浩(市民科学研究室Bending science研究会)

pdfはこちらから→csijnewsletter_033_201512_nakano.pdf

はじめに
1961(昭和36)年3月7日、第4回水俣病総合調査研究連絡協議会で水俣病の病因物質研究に異説が出たことが報じられた(毎日新聞西日本版、1961年3月7日)。この瞬間、いわゆる有機水銀説はあいまい化された。新潟水俣病の発生後、水俣病事件を管轄していた経済企画庁は、1967(昭和42)年4月に『水銀問題特殊調査』という熊本での水俣病の経緯を記した資料を作成する。そこには前記協議会に参加した科学者名が一括掲載されていた。この名簿掲載が水俣病事件の歪曲にどのように作用したのかについてここに報告してみる。

有機水銀説あいまい化以降、経済企画庁は水俣病に関する研究・調査を何もしていない。新潟水俣病発覚後、国会で水俣病問題を放置したのは何故かと問われても、経済企画庁官僚たちは1961年当時の水俣病総合調査研究連絡協議会の科学研究でも水俣病の原因はわからなかったと繰り返す。『水銀問題特殊調査』に協議会参加科学者名簿を掲載することによって、科学の権威が水俣病放置の正当性を示すということである。このことは都合のよい科学だけを根拠に経済企画庁官僚が水俣病を放置してきたことを意味するのではなかろうか。そこで水俣奇病と言われた疾病に罹患した人々の治癒を目指すべき科学研究が、水俣病放置の根拠へと歪められていく過程を浮き彫りにすることで、「科学の歪曲」をどのように考えることができるのか、その一例を提示したい。

筆者が属する市民科学研究室Bending science研究会は、Thomas O. McGarity and Wendy E. Wagner, Bending Science: How Special Interests Corrupt Public Health Research, Harvard University Press, 2008に示された事例分析を参照しつつ、「科学の歪曲」すなわちBending scienceを「企業が利益追求のために、あるいは政府が体制維持のために、あるいは特定のイデオロギーを持った諸団体が自身の主張を通すために行うことがある、恣意的な科学の利用(ねじ曲げ)」と認識するようになった 。

McGarityらにより、Bending scienceにもShaping science(都合のよい科学の構築)、Attacking science(都合の悪い科学への攻撃)、Packaging science(科学によって都合よく装わせる)など様々な形態があることを我々は知りつつある。このBending scienceというパースペクティブから水俣病事件をみると、食品衛生調査会答申の有機水銀説に対する政治的圧力、マスコミを利用した水俣病アミン説キャンペーン、行政による水俣病放置など科学が関わる様々な「歪曲」の有様を我々は改めて浮かび上がらせることができるだろう。
【続きは上記PDFファイルにてお読みください】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA