「きっかけをデザインするということ~Think the Earthプロジェクト」

投稿者: | 2008年4月2日

写図表あり
csij-journal 015 living.pdf
リビング・サイエンス カフェ報告
vol.01 2007年9月18日(火)18:30~20:00
テーマ:「きっかけをデザインするということ~Think the Earthプロジェクト」
講師:上田壮一(Think the Earthプロジェクト クリエイティブ・ディレクター)
ファシリテーター:上田昌文(NPO法人市民科学研究室 代表)
■ファシリテーターあいさつ
今や生活の中にたくさんの科学技術が入り込み、複雑な問題を生んでいます。私たちのグループは、それを開発者の立場からでなく、生活者の立場から見直そうと、生活と科学をつなげるリビング・サイエンスをテーマに、フォ−ラム・調査報告・出版などさまざまな活動をしています。
サイエンス・カフェは数年前にイギリスで起こり、世界に広まりました。日本でも一昨年ごろから開催されるようになり、科学をテーマに、生活者が科学者・専門家とざっくばらんに会話を交わせる場となっています。そこで私たちも、「リビング・サイエンス」という視点から、ちょっとユニークなゲストを招いて、みなさんと場を共有したいと思います。
いま、温暖化をはじめ地球環境のことが広く一般の人の話題になっています。そうした問題をどう解決すればいいのか、どう行動を起こし、人に伝えればいいのか、皆さんも思うところがあるでしょう。本日のゲスト、上田壮一さんは、[Think the Earth Project]を立ち上げ、非常にユニークな活動を展開されています。
■講師:上田壮一さん
これからお話しするのは、Think the Earthプロジェクトの最初のプロジェクトです。いろいろなことをやりましたが、このなかに本質的なことが含まれていると思います。
環境問題をはじめ、さまざまな社会問題について関心を持つ人は多くても、なかなかコミットするところまでいきません。こうした問題を解決しようとすれば、一般の人にどう関心を持ってもらうかが重要な課題です。しかし、この課題に取り組んでいる人はあまりいません。とくに環境問題はあまりにも話が大きくて、個人がちょっと行動を起こしても何も変わらない、とあきらめてしまいがちです。
そうした状況に何か働きかけができないだろうか、と私は考えたわけです。声高に反対運動をしてもなかなか見向きされませんが、クリエイティブな力を使えば何かできるのではないか、地球のことについて考えるきっかけを作れないか、と考えたのです。きっかけさえつかんでしまえば情報は無限にあり、インターネットをはじめいろいろな方法でアクセスできます。一度モチベーションを持てば、行動するための入り口は無数にあるのです。ですから、私たちはそのきっかけを作ることが重要と考えて仕事をしています。
最初に手がけたプロジェクトは「Earth Watch」(1998年)という企画です。これは「地球を見る」と「地球の時計」という2つの意味を込めた言葉で、宇宙飛行士が宇宙から見た地球が、腕時計の中にそのまま入っているようなツールです。当時はインターネットがブロードバンド化していった頃で、通信に関してみんなが夢を持っていた時代。環境問題はニュースであまり取り上げられていませんでした。ただ、まもなく21世紀に移るという意味で大きな境目を迎える時代でもありました。そのタイミングで、僕らがこの地球に住んでいることを少しでも実感できるようなツールを、最新の技術を使って作ったら面白いんじゃないか、それこそが未来的なんじゃないかと思ったのです。
それでデモ機をつくってみました。下の台にパソコンが入っていて、デモ機には表示をさせているだけなのですが、雲の映像や地球の陰がリアルタイムに見られたり、自転したり、ズームができたりするものでした。そういうものを作ったら面白いんじゃないか、売れるんじゃないかと思ったんです。そのデモ機でいろいろな人にプレゼンをして、セイコーインスツル株式会社と出会い、製品化が実現しました(写真)。コンセプトは同じですが、デジタルではなくアナログで作ることになりました。
この製品には、宇宙飛行士が宇宙から地球を見て「この星を大事にしたい」と感慨にふけるのと同じ感覚をユーザーが味わえるように、という僕たちのメッセージを込めています。便利で安いものなら家に溢れていますが、今はモノを買うときにエモーショナルな要素、たとえばデザインがすごく好きとか、持っていることが嬉しくなるというようなことが重要な時代。携帯電話も機能よりデザインで買う時代です。さらに、いま重要になりつつあるのは、その商品が社会に与える良い影響を持っているか、といった社会的価値。例えば携帯電話なら、通話だけでなく災害時にライフラインとして機能する、というようなことです。ただ、今までは商品を売り出すときにそういう側面をセールスポイントにするのは一般的ではありませんでした。しかし、これからはモノ作りの段階においても、コミュニケーションの段階においても、そうした側面が重要になってくると思っています。
それで私たちは「モノ(Product)づくり」より「コト(Project)づくり」をしようとしています。モノづくりでは売ってしまえばおしまいですが、コトづくりでは「売る」ことは全体のほんの一部であって、それよりもメッセージを伝えることや、買った人がそのプロジェクトに参加することが重要なのです。そこで、インフォメーションの出し方、コミュニケーションの方法、社会そのものとどう関わっていくか、といったいろいろなことをデザインしながら取り組みました。従来の製品とは全く異なるものを作る作業なので、いろいろな常識をひとつひとつひっくり返して考えました。例えば、その商品がストーリー性をもっているか、世界観をもっているか、などという普通あまり考えないことを徹底的に考えました。そういう付加価値を持つ商品のユーザーは、それを他の人に自慢します。例えば、Macユーザーは、’60年代のカウンターカルチャーの話から始まって、なぜ自分がMacを持っているかを蕩々と語ります。つまり、自分が選ぶモノに自分自身を投影するのです。
この時計に関して言うと、宇宙飛行士が宇宙から地球を見て言ったこんな言葉があります。『宇宙から見ると国境はない』。僕はこの言葉にすごく感動して、この時計を作ろうと思ったんです。宇宙から見ると地球には国境は全くない。それでもなぜ人は戦争をするのか、なぜ環境問題が起きるのか。そういったことが端的にわかるような商品にしたかったのです。でも、誰でも宇宙飛行士になれるわけではないですから、気分だけでも宇宙飛行士になって宇宙からの視点を持つことができる時計があったら面白いんじゃないか、と。それで、この腕時計は大人の男性が腕をいっぱいにのばして(約60cm)見るとちょうど月面(地球から約38万km)から眺めた大きさになるように作ってあります。こういうふうに人に語れる要素をいっぱい入れているのです。
それから、ちょっと哲学的な話になりますが、僕らは時計が刻む「人間の時間」に縛られて生活しています。しかし、もともと時間というものは、地球の自転が「1日」を作り、公転が「1年」を作り、地軸の傾きが季節の変化を作り・・・と、地球が動くことによって作られていて、自然の生物はその「地球の時間」しか知りません。もしかしたら、人間が時計というツールを手に入れたことによって、もともとは自然と調和して暮らしていたことを忘れ、自然の時間のリズムと人間の時間のリズムがずれてしまって、人間中心主義的な考え方ができてきたんじゃないか、と思うんです。だから、時間を測る「Human Time」ではなく、「Earth Time」を感じられる製品にしよう、ということになりました。
それから、物を手にする時の驚きや喜び、つまり「ホスピタリティ」が重要だと僕は思います。単に便利なのではなく、モノと人の関係がフレンドリーであることもそのひとつです。そこで、デザイナーと一緒にいろいろ考えてこんなパッケージを作りました。地球のことを考えてもらうため、パッケージを開けると、最初に時計ではなく、地球だけが見えるようにしたい、といったことも考えました。ごく普通の段ボール製の箱ですが、箱を開けると地球時計の他にいろいろなカードが20枚入っています。月から見た地球の眺めが再現できるもの。表側が西洋の世界観で、裏側には東洋の世界観が描かれているもの。地球を見ている科学者のカードは、ひっくり返すと宇宙人が見ています。メッセージ性うんぬんより、単におかしくてやっているわけですが(笑)。それから、地球の大きさに対して他の太陽系の惑星の大きさがわかるカード。なんだか絵本みたいでしょう。
僕にとって初めてのモノ作りでしたし、当時考えていたのは、せっかく作ったものだから愛着をもって使ってほしい、長く使ってほしいということで、どうしたらそうなるか、ずっと考えていました。それで、僕自身がお気に入りのモノについて、なぜそれを好きになったのか考えてみると、そこにヒントがありました。やはり気持ちのいい体験をさせてもらえると好きになるんですね。普通は商品そのものにしか注目しなくて、パッケージはすぐ捨ててしまいます。でも、パッケージそのものが商品だと考えるとすごく素敵だと思うんです。実際に、時計だけを見せてもグッと来ない人が多かったのですが、パッケージを開けるところから体験してもらうと、反応は全く違うものになりました。この商品を通していろいろな楽しみ方ができ、いろいろな会話ができる。と同時に、僕らが込めたメッセージもわかってもらえると思うんです。もちろん、美しいものが良いのは当然ですから、なるべくきれいなデザインにしようということは常々考えていました。
それから、愛着も大事な要素です。これが自分のものだという実感はどこから湧いてくるのか、ということも考えました。時計自体はじつはバラバラに入っているんです。地層を掘り出すように段ボールを外していくと3つのパーツが出てきて、組み立てると時計になります。なんだか実演販売しているみたいですが(笑)。この組み立てる作業がすごく重要なのです。男の子ならわかると思うんですが、自分が作ったプラモデルはなかなか棄てられないものです。普通はユーザーに組み立てさせるなんていうリスキーなことはしないで工場で組み立ててしまいますが、これはあえてユーザーに組み立てさせて、自分でチューニングできるようにしているわけです。最後の仕上げをして「ああ、やっと自分のモノになった」と感じる、そのわずか数十秒の時間をどうデザインするか、に苦心しました。
商品と人が出会うことをどうデザインするか、つまりどこで売るか、も重要です。量販店でただ大量に並んでいるのと、お店の人に愛されていて、きれいにディスプレイされ、「こういうものなんですよ」と説明してくれるのとでは、同じモノでも全く印象が違います。最初はインターネットだけで売っていたんですが、実物を見てみたいとうい人が増えてきて、表参道のあるカフェが「展示してみたい」と言ってくれました。お店としては、お客さんが面白がってくれる、どこにも置いていない商品の実物を見ることができる、というメリットがあり、最初は販売せず、レジ横で展示するだけでした。そうしたら「買いたい」という人が出てきて、売ってみることになりました。それがクチコミで広まって「ウチも置いてみたい」というカフェ等が増え、都内10箇所くらいで売るようになりました。そのうちアートショップ、ミュージアムショップ、サイエンスショップなどが売ってくれるようになりました。現在60店舗ぐらいで置いていますが、いずれも「扱ってみたい」と言ってくれたお店ばかりです。ですから、売り場を拡げたのではなくて、この商品を面白いと思う人が増えていったという感覚です。販売店というものは売り場面積当たりの売上高を気にするのが普通ですが、気に入ってくれた人は「ウチもこういうことを考えているんです」というお店自身の表明になって宣伝にもなると思ってくれたと思うんです。
商品が顧客の手元に渡ったら、メーカーはむしろお客さんと繋がりたくないのが普通です。できればクレーム処理だとか、アフターケアにお金をかけたくないですから。でも僕らはメッセージを伝えたり、何か一緒に行動したりしたいわけですから、アフター・マーケティングにエネルギーを使っています。たとえば、買ってくれた人と繋がりをつくったり、もっと面白がらせたりすること、売れなくなったら手を引いてしまうのではなくて、どうやって長く続けていくか、を考えています。それでウェブサイトをつくって、Think the EarthプロジェクトというNPOをつくって、買ってくれた人に会員登録をしてもらってメールニュースを発行して、といったことをしています。今ではこんなことも普通ですけれど、ユーザー独自の時計の使い方や面白いノウハウがサイトに寄せられたりします。先ほど紹介した20枚のカードもいろいろな楽しみ方ができるんです。実際に使っている人から寄せられたアイデアなんですが、半分に折って切り込みを入れると、時計のスタンドとして使えるんですね(右の写真)。腕時計だけじゃなく、置き時計としても楽しめるわけです。
この商品は設計・品質管理・針を作る職人さんなど、何百人という人が関わって作られていますが、ユーザーは普通そういうことを知りません。でも、僕自身がたくさんの人たちと出会いながらこの時計ができたことを知ってほしいのです。日本の技術、とくに時計を作る技術はすごいんです。それで、その人たちに会いに行って聞いた非常に面白い話をレポートにしてウェブサイトに掲載したりしています。それをユーザーが読み、そのユーザーのクチコミでまた売れていくわけで、宣伝効果もあるわけです。
これは「地球について考える」というコンセプトから生まれた利益なので、その中から少しでも地球の未来のために役立てようと、途上国の子どもの教育活動をやっているNPOに寄付したり、彼らと一緒にプロジェクトを作ったり、といったことにも役立てています。あ、そうそう、北半球だけではおかしい、ということで、南半球版もつくりました。まだ売れ残っていますけどね(笑)。
さっき申しましたが、長く続けるということが重要です。単純にモノというレベルで見ると、商品には寿命があります。それでも1代目のwn-1は、ついこのあいだ生産終了になるまで発売から6年間続けました。今はauの携帯電話のアプリケーションに形を変えて提供していまして、現在で25,000人くらいが登録しています。月額105円いただいていますが、そのお金の一部を使って、パキスタンやネパールであった大洪水など、自然災害の緊急支援をしているNPOに寄付したりしています。wn-1は終わりましたが、今年の冬には後継機種を出すことになりました。基本は1代目と同じですが、ベゼルが交換できる等、モノとしての楽しみを増やしています。’98年にスタートして、さまざまな変遷はありましたが、コンセプトはずっと変わっていません。Think the Earth プロジェクトはほかにもいろいろな活動をしていますが、その話はまた後半に。
■フリートーク
A:手もとの資料の「失われつつある五感を呼び覚ます…」とはどういうプロジェクト?
上田壮一:ゴールドウインという服飾メーカーと一緒にやったものです。SLOW-FLOWという名のヨガブランドを持っていて、着る人が環境のことを考えたり、世界を感じたりできるような服を作れないか、と相談を受けました。僕らはカレンダーを見なくても、気持ちいい風が吹くとか、日差しを感じるとか、五感で季節の移り変わりを感じることができます。例えば、風が吹くとゆらゆら揺れて楽しい、というふうに、季節を感じるきっかけになるような服を作ってみようということです。
上田昌文:最近、オーガニックコットンのこと、衣類のリサイクル・廃棄など、衣服にも環境問題の視点が出てきましたよね。人間が外界と接するのは皮膚ですが、それと外の世界を結んでいるのが衣服。そうすると、ここにもエコロジカルな概念を持ち込むことができそうだな、となんとなく思えます。ただ、実際にそれをやった人は本当に少ないので、そういう視点を取り入れてもらうのはいいことだと思いますね。
B:環境や社会問題にはクリエイティブな力が必要とのこと。それはどういう力?
上田壮一:未来をつくり出していく原動力、創造力。前と同じじゃつまらないと思って何かを変えていく力。全ての人がもっていて、他の生物にはない、それこそが人間の力、なぜか僕らに与えられた力です。問題をストレートに伝えるのもひとつの方法ですが、もともと関心を持っていない人に振り向いてもらうためには、新しい視点を提供したり、誰もやらなかったことをしたりすることが有効です。
それから、いま世界で起こっていることを、ユニークな視点で切り取って提示するのも有効ですね。たとえば1秒間にどれだけの化石燃料を使っているとかいうふうに。とくに子どもたちを相手に伝えるときは、関心を持つ前に知識がありませんから、そういう視点できっかけを持ってもらうことが重要です。
上田昌文:象徴的な数字を出して、その尺度でいろいろ異なる現象を繋ぐ発想、まさに科学の力だと思います。壮一さんはもともと工学系ご出身ですが、そのあたり何か自分なりに思うところがありますか?
上田壮一:毛利衛さんが仰っていたことですが、小さな子どもが初めて庭に出ると、虫を見つけて驚いたりして、「これはなんだろう」「いったいどうなっているんだろう」と全て新鮮に感じるわけです。そういうときに生まれる好奇心がサイエンスの本質だと。僕もそう思います。科学というと、数学を覚えて計算して・・・と思われがちで、苦手意識を持たれたり、科学をやっている人は特別な人と思われたりしますけれど、そうじゃない。いろんなアプローチで世界が見えてきます。僕らが生きている世界そのものに関心を持ってもらうという意味では、この時計も同じだと思います。
C:振り向かせることは不可欠だが、その後、継続させ、発展させることが難しいと思う。
上田壮一:非常に重要な点ですね。人間は飽きっぽいし、すぐに忘れますから、興味を持続することは難しいと思います。残念ながら僕らはそれに対する明確な答えをもっていません。しかし、僕らはこのプロジェクトを続けることならできます。時代の移り変わりの中で新しい視点を提示し、相手の興味を持続させていきたいと思います。そして、なるべく長く続けることによって多くの人に伝えたいと思います。この時計も認知度はまだまだ数%程度でしょう。残りの9割以上の人に伝えていくためにも、重要だと思うもの、普遍的に面白いと思うものは、なるべくなくさず長く続けたいと思います。ただ、ビジネス的には難しいところなのですが。
上田昌文:手を替え品を替え・・・ではなく、ひとつのものを長く続ける方法ですね。
上田壮一:結果的には、そうしている間に注目されてテレビ番組で取り上げられることもあるし、僕らのコントロールを越えて持続している動きもあります。そうなるとしめたもので、どんどん広まっていきますね。
D:この時計の中の地球は動かない?
上田壮一:仕組みをちゃんと説明していなかったですね(笑)。北半球を模した地球針が24時間で実際の地球が自転する方向(反時計回り)に一周します。だから世界の時刻が視覚的に分かるんです。
この時計を2つ買った女性がいるんですが、1つは北欧に単身赴任している旦那さんに渡したんですね。以前は2人バラバラに過ごしていると思って寂しかったのが、この時計を持ってから、同じ時間の流れに沿い、同じ地球の上で暮らしていると思えるようになったそうです。地球や環境といった問題を越えて、夫婦の関係を良くしてしまったんですね(笑)。これはすごく本質的なことだと思うんです。例えば、遠い世界の貧困や地震のニュースをテレビで見るとき、この時計があると、「同じ地球で暮らしているのに」と思えるんじゃないか。「もうすぐ夜だな」とか、冬だと「寒くなるな」とか、そういったことを自分で想像できると、受け取り方も変わってくると思うんです。
上田昌文:時間を見ることよりも、時間を通して想像することの面白さですね。
上田壮一:きっかけを作るって、そういうことだと思うんです。想像することは誰でもできるはずだけれど、そこにどう火をつけてあげられるかが重要です。難しいですけれど。
E:Think the Earthプロジェクトで、何かメディアを使ったものがあれば知りたい。
上田壮一:自分たちのウェブサイトを日々更新していて、その中に重要なコンテンツが2つあります。
1つは「Think Daily」。地球ニュース、地球リポート、緊急支援情報の3つのコーナーがあります。地球ニュースは、マスメディアが取り上げない気になる話題について世界に散らばるリポーターに書いてもらっていて、携帯電話でも見られるようにしたりしています。地球リポートは、僕らが注目する人やプロジェクトをライターに取材してもらって、写真入りで年に6回掲載。霞ヶ浦のアサザプロジェクト、ココ・ファームというワイナリー、ブータン王国のGNH(Gross National Happiness)=国民総幸福という概念などを紹介しています。緊急支援情報には、自然災害のときに活動している団体をリストアップしてあって、寄付金の受付情報を提供しています。
もう1つのコンテンツは、Earthrium(アースリウム)(下図)。プラネタリウムは星を見る施設ですが、それと同じような意味の造語で、ここにアクセスすると歴史・科学・気象などいろいろな視点でビジュアライズされた地球儀を見ることができます。Think the Earthプロジェクトと(株)堀場製作所(分析・計測機器メーカー)が協働して、数か月に1回新しい視点から見た地球をアップしています。企画は僕らが持っていたものですが、堀場製作所も10年以上前から社会貢献活動のひとつとして自身のウェブサイトで面白い環境コンテンツを展開していて、この企画のスポンサーになってくださいました。今はウェブ上のコンテンツだけですが、いずれはこういうことのできる科学教育施設を作りたいですね。
F:どういうきっかけで? 子どもの頃からやろうと?
上田壮一:そういうわけではないんですが、子どもの頃から星や宇宙がすごく好きで、アイザック・アシモフの『天文学入門』を読んで、天文学者になるとかロケットをつくって打ち上げるとか、そういう仕事をしたいとは思っていました。ところが、大学院のころだったかな、大きな転機が訪れました。アメリカのケヴィン・W・ケリーという人が編集した『地球/母なる星』という写真集が出版されたんです。’88年ですから、まだ冷戦真っ只中ですが、米ソの宇宙飛行士が見た地球の写真、それに彼らの言葉が添えられていました。それを見てものすごく感動して、初めてこういう仕事がしたいと思いました。僕は工学部出身ですが、技術者になるだけではなくて、コミュニケーションで人の心を動かしたりする仕事もあるんだなと。宇宙の果ての百何十億光年先に何があるか、といったことにはもちろんワクワクするんですが、その写真集を見て思ったのは、自分の足元にあるこの星が、じつは不思議なことや未知なことに満ちあふれているし、かつ問題を抱えていることでした。理系の人は社会問題や政治に興味のない人が多くて、僕もその一人だったのですが、この写真集をきっかけに、この星の面白さ、この時代に生きていることの意味といったことに興味が移っていったのです。
F:最初はどんなことから?
上田壮一:広告代理店に入りました。当時は企業メセナが盛んなバブル時代で、NTTデータという会社と宇宙から地球を振り返るような番組を作ったりしていました。その後フリーになって、映画『地球交響曲』の助監督をやったりしました。そういう仕事を経験したことで、何かを伝えたり、そのために何かを作ったりする現場的なテクニックは学んでいましたが、まさか時計を作ったり、NPOを立ち上げたりするとは想像もしていませんでした。本を作ったのもThink the Earthプロジェクトを立ち上げて初めて取り組んだことです。いまはDTPで本が作れるようになりましたから、作ろうという気持ちさえあればわりと簡単にできるものです。
上田昌文:お作りになった本には、専門的な内容を面白く見せるための編集の工夫が感じられました。プロジェクトみんなで取り組んだ工夫が感じられますね。
上田壮一:せっかく人生を1年ぐらい使って作るのだから、自己満足で終わるのではなく、社会的なインパクトを持ちたいと思っています。ですから、自分のアイデアを押し通すのではなく、みんなが面白がるような答えが見えてくるまで次々とアイデアを出します。すると、自ずと形ができてきます。それまでの時間をどれだけ長くとれるかが重要ですね。年間10冊とかこなさないといけないような編集プロダクションとは異なり、僕らは企画に時間をかけ、一冊入魂で作ることができます。そんなに儲からなくても、コンセプトがちゃんと伝わっていけばいい、という発想でできるのがNPOの良いところです。
上田昌文:では、お作りになった本をいくつか紹介していただきましょうか。
上田壮一:『世界を変えるお金の使い方』では、100円とか3000円とかでどんな社会貢献ができるかを具体的に示し、関連するNPOや企業を紹介しています。「問題は分かったけど何をすればいいかわからない」「NPOに入るとか、ましてや現地に行って支援するなんてなかなかできない」という人も、「この100円をどう使うか」は毎日考えていますよね。そのお金を使ってこんなことができるんだよという、ヒント集です。
『気候変動+2℃』は国立環境研究所が作った温暖化シミュレーションをパラパラマンガで見られるよう右頁に配置し、左頁では環境問題が起こってきた過去50年間の地球の歴史を振り返っています。
『いきものがたり ~生物多様性 11の話』は、人間がいろいろな生物とともに生きていること、そしてその生き物たちが失われつつあることについて、とくに子どもたちにわかりやすく紹介した本です。例えばいま、清潔志向で細菌を追い出そうとしていますが、僕らは本来、別の生物であるさまざまな細菌をカラダの中に抱えながら生きているので、この本では善玉菌なども紹介しています。
『えこよみ ecoyomi 07-08』は、二十四節気と、それをさらに5日ごとに分けた七十二候という暦があるんですが、そのカレンダーです。二十四節気は立春、清明、啓蟄など、二字熟語で表現されますが、七十二候は「鶺鴒鳴(せきれいなく)」「玄鳥去(つばめさる)」「雷乃収声(かみなりこえをおさむ)」といった大和ことばです。七十二候の暦は中国から日本に伝わり、古くは江戸時代からいろいろな人が再編集していますが、Think the Earthプロジェクトオリジナルの七十二候の絵本の暦を作ろう、ということになったんです。シリーズ第1作目と第2作目では別のイラストレーターさんを起用していて、また2年後に新しいのを出そうと思っています。僕は毎週メルマガにこの「えこよみ」を書くんですが、そのたびに七十二候の暦が変わっていて、移ろう季節を感じ、自然への想像を膨らませるきっかけになっています。七十二候は一見科学と無関係に思えますが、地球が太陽の周りを15度ずつ動くのが1つの候にあたるわけですから、アナログかデジタルかの違いこそあれ、関連していますよね。
上田昌文:中国には気象現象と生き物との関係について調べる「物候学」というのがあって、たとえば野菜の実る時期といった知識が豊富に蓄積されています。伝統的に培われてきたものは言葉や習慣の中に今でも残っていて、それを科学や地球という視点で見ると意味がより深く感じられますね。
上田壮一:世界にはありとあらゆる情報があるのに、僕らが素敵だなと思えるコトが少ないと思うんです。それを探し出して光をあてたいのです。七十二候の暦はうちの女性スタッフが見つけてきたんですが、古い世界のものが案外いまと繋がっていると思いますね。そこまで間口を広げれば、紹介できるものがもっと増えると思っています。
G:ものの見方を変えるきっかけを作った後のフィードバックで印象的だったことは?
上田壮一:ネットで展開している利点で、1日に1~2通はフィードバックがあります。商品のクレームも来ますが(笑)、僕らの知らない情報を教えてくれる人もいます。一番印象に残っているのは、先ほど話しましたが、夫が北欧に単身赴任した夫婦の話ですね。
写真集『百年の愚行』への反応も印象的です。これは人間が過去百年に行ってきた愚行を写真で綴ったものですが、ある10代の読者が「祈るだけではダメで、自分も何か始めなくちゃ」と書いてくれました。また、この本を蔵書に入れてもらうために自転車で全国の図書館を回っている人もいます。彼は全国の図書館にこの本を置いてもらうための旅を続けながら、自分が読ませたい環境問題関連の本を道中で貸し出し、返さなくていいから次の人に貸してくれ、という「じてんしゃ図書館」を始めたそうです。高々写真をまとめただけのものかもしれませんが、こうして動いてくれる人がいるんですね。
それから、『世界を変えるお金の使い方』の16番目に乗っている団体に、ある男性から突然27,000円だったか、比較的大きな金額の寄付があって理由を聞いたところ、余裕のある月にはその本に載っている50団体の上から順番に給料の1/10を寄付している、ということだったそうです。つまりもう16回寄付をしているんですね。僕らの期待をはるかに上回る反応をしてくれる人がいることに驚きました。愛知県のある中学校では、文化祭で2年生の3クラス全員が自ら企画し「世界を変えるお金の使い方」というテーマで取り組んで、すごくいろいろな感想が来ました。中学生にとっては同じ100円でも大人より価値が高いですから、すごくインパクトがあったようです。教育の現場でもっと本格的にやれたら面白いんじゃないかと思って、今そういうプロジェクトを考えています。
上田昌文:ありがとうございました。次回のリビングサイエンスカフェもユニークな活動をなさっている方をお呼びする予定です。みなさんの周りにもぜひ広めてください。■
【まとめ:池上紅実(サイエンスライター)】

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