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調べるための読書術【第1章 読む前に】
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「読む時の技」が目指すもの
本を読むには意志が要る、と前回に述べた。その意志は、「読まずにはいられない」本に向かう場合と、「読まなければならない」本に向かう場合とでは、随分違ってくる。その違いは、一冊の本を読み終えることができるかどうかにも反映する。あなたが今までに途中で投げ出してしまった本は、どれくらいの数に達するのだろうか。いつか読もうと思って並べてはいるものの本棚の“肥やし”になっている本は、何割を占めるだろうか。それともそんなことは気にせず、せっせと新しい本に向かっているのだろうか。
確かに、本は、律儀に最後まで読み通さねばならないものではない。途中で投げ出すのも、あなたの意思表示の一つではあろう。だが、そうした本がむやみに積み上がっていくとすれば、それはそれで痛い出費になるし、自分の選択眼のなさや意志力の弱さをさらしているようで、あまり気分のよいことではない。それになにより、あなた自身で選び、いかほどかの金を費やして今目の前にある本に対して、あなたはそれなりの期待を込めているはずだ。その期待を裏切られることは、やはり、あなた自身にとって残念であろう。
こうした残念な思いに陥らないように、今手にした本から自分への恵みを最大限に引き出すこと ―もし「読む時の技」があるとすれば、それを可能にするものでなくてはならない。車の運転に喩えてみよう。快適なドライブは目的地に向けての道筋をしっかりと把握し、要所要所で的確な運転技術を発揮することで達せられる。読書もまた然(しか)り。あなたにはその本を読み切っていく「道筋」が見えているか。要所にさしかかった時にそれを乗り切っていくことのできる「運転技術」を備えているか。
時間とエネルギーをできるだけ無駄にしないで、うまく道筋をつけて心地よく操縦する ―「読む時の技」は、それを達成するための技術であるはずだ。
何のための読書?
まず確認しておきたいのは、読書には目的がある、ということ。手当たりしだいの乱読は未成年の特権であり、大人になると勉学や仕事の必要で読むことが多くなる。つまり純粋に楽しみのためだけに読む時間がなかなか取れなくなってくる。
このことから察せられるように、読書には大きく言って、次の3つの目的がある。
B・教養のための読書
C・調べ物・調査・勉学や仕事のための読書
理想はもちろん、BやCがAに転じていくことであり、読書の技もそれを促進するためにある、と言っても言い過ぎではない。だが大抵は、やむを得ずCをこなしながら、折に触れて仕事や勉学にも関連してきそうなBにも手を伸ばし、そして自分の趣味や嗜好を満たしてくれそうなAで息を抜く(リフレッシュする)、といったところだろう。ここで述べるのは主にCのための技だが、それが身についてくると、Bの幅が広がり、そしてAさえも加速させることができる。その結果、CやBが次第にAと化していく、という有り難いサイクルを生み出すことができるのだ。
前回述べた「読む前の技(※)」を駆使して、本の選択をAにおいてどんどん洗練させ(「自分もこのテーマなら面白いものが書けるかも」との意気込みが持てるくらいに、高いレベルを狙うのだ)、Bにおいては自分で見つけた“目利き”の力を借りて常に好奇心の幅を広げその感度を高めるようにする。その姿勢があれば、じつは必要から取り組むことになるCもまた、楽しみながら効率を上げていけるようになるものなのだ。
今述べた連関は、多読・精読・速読の間にも見出すことのできる連関と似ている。速読の能力は、精読を通してコツコツと積み上げた語彙力や、表現や修辞の勘所(「ああ、これが著者の一番言いたいことなのだな」)を直観的に見抜く力が基礎になる。また、多読を通して、そうした力を錆びつかせることなく頻繁に発動させることが、読むスピードを高める。そして当然だが、速読の力が上がってくれば、限られた時間のなかでより多くの本が読めるようになる……。
本来は性格の違う、この多読・精読・速読というスタイルを、読書の目的に応じて上手に使い分けながら、全体としてよいサイクル ―より楽しくより効率的に― を作り出していけるようにするのが、肝心なのだ。
そこで読書の技の項目(Tips)の第四は、
となる。
ただし、ここではまだ、多読・精読・速読で、それぞれをどう鍛えていくか、それぞれにおいてどんな技を身につけておくとよいか、については述べていない。そのいくつかをみてみよう。
多読に必要な「読みの形」の選択
本を読む速さは、本の中身や難易度によって、あるいはあなたがその本にどれくらい興味があるかによって、大きく変わるから、何時でも誰にでも使える普遍的な速読法などない、と考えるべきだ。ただ、筆者の経験から次のようなことは言えそうな気がする。
それは、“掴み読み”とでも言えるだろうか、文章に視線を走らせる時に、文字ごとにではなく、フレーズで一掴みしながら進んでいければ、相当速く読めるようになる、ということ。高速で走っている電車の車窓から、次々目に飛び込んでくる看板の文字を瞬時で読んでいくことに相当する。つまり文章を心のなかで音読するのではなくて、文字の連なりを、フレーズ(句)という意味の単位ごとに塊として視覚的にとらえて文の意味を了解していく、というやり方だ。これは確かに訓練できる。筆者はバスやタクシーなどに乗っている時は、よくこの「看板読み」の練習をしている(電車と違ってバスや車で本を読むと“車酔い”してしまうので)。
次に多読の技は、
E・一気読みとノルマ読み
F・同時併行読み
をどう使い分けたり配分したりするか、ということになりそうだ。
じつは多読は「むやみに多くを読む」ことではなくて、「読んでよかったと思える本をできるだけたくさんちゃんと読む」ことである。なので、読み始めて「あれ、この本、たいしたこと言ってないかも……」と思える場合は、Dの「ズル読み」か「飛ばし読み」に切り替える。
同じ著者(あるいはその著書へコメントする他人)がネットなどの記事や論文やコラムで似たようなことを述べている場合は ―その可能性はじつは意外と高い― 、それを読むことで本を読んだことにしてしまう。論証のための細かい事実まで確認しておく必要がないのなら、まずは論旨を知ることが肝心だから、この「ズル読み」で済ませてしまう。この手口に長けた人は、あたかもその本を読んだかのような顔をして、実際にその本を読んだ友人か誰かをつかまえて「あの本、○○がよかったよ、なぁ」などとやんわりと合いの手を入れて、相手にその本の主だった中身を語らせてしまう。そんな高等テクニックも「ズル読み」の一つだ。
「飛ばし読み」は誰でもやっている技だが、自分に必要な部分に狙いを定めてそこだけ精読したり、見出しをセンテンスに変えながら ―すなわちその見出しが掲げられた部分で一番大事な文のいくつかをうまく拾ってつなげながら― 読み進んだりできるようになるとしめたものだ。著者の書き方の癖を見抜いて、記述の濃淡を把握し、全体の論旨を汲みつつ自分が取り込みたいところを確実に取り込むのが極意と言える。
Eの一気読みとノルマ読みは、手にした本の全ページに一応目を通すことを前提にして、どう時間を管理するかに関わる。これまでの読書経験からして、今手にした本をおよそ何時間で読み切れそうか想像がつく。一気読みに適しているかどうかの判断は、調べることの中身に依るが、一般的には難しそうな本ほど「ノルマ読み」になるだろう。「一気読み」の場合は「今から○○時までに読み切る」とタイマーをかけて、「ノルマ読み」の場合は何日で読み終えるか決めてスケジューリングして「今日は○○ページまで読む」と目印をつけて、集中するのがよい。これを繰り返すことで、自分の読みのペースが自分でつかめてくる感じになるのが面白い。
Fの同時併行読みもまた多読には欠かせない。何かを調べるために1冊の本を集中して読むのは、長くて1時間か2時間が限度だろう。ならば、相手をとりかえてその集中を途切れさせないようにするのが「同時併行読み」である。前回に述べた、読む姿勢と読む環境の切り替えをこれに重ねると、集中をより容易に持続させることができるだろう。
そこで読書の技の項目(Tips)の第五は、多読をうまくすすめていくためのもので、
となる。
難しい本とつきあうための「30ページ精読」
精読しようと心に決めても、そうは簡単に読み進められない難しい本がある。その難しい本を制覇するよい方法はないのだろうか。
なくはないのだが、まず心得てほしいのは、“難しさ”といってもいろいろで、どう難しいかを見定めておかねばならない、ということだ。
専門的過ぎる(前提となる知識がこちらに不足しているので歯が立たない)。言い回しが複雑だったり過度に抽象的だったりして何を言おうとしているのかがつかめない。とてもまともな日本語とは思えないような翻訳文であるため頭に入ってこない。描かれている状況が今と違いすぎたり、馴染みのない固有名詞が頻出したりして、イメージが一向に湧かない。……
このような、いろいろな難しさを前にして、あなたはどうするか。いったんは退却して、予備知識を蓄えたり、ガイド本の助けを借りたり、ということもあるだろう。でも筆者がまず尋ねたいのは、「その本のどのページでもいいから、1ページでも、『ここ、面白いことを言っている感じがする』と確実に言えそうな箇所があるか」、である。もしそれが見つけられないなら、その本は当面はあなたには不向きな必要のない本だとみなしていい。
一方、そんな箇所が見つけられたら、思い切って精読に挑戦してほしい。「難しい、だけど、面白そう」というシグナルは、今のあなたをさらに一歩知的に成長させるきっかけがそこにあることを告げるものであるからだ。
難しい本を精読していくための、筆者が実行している方法は唯一つ。「30ページ超精読」である。「超」がついていることにご注意あれ。
1日1ページでよい。最初の30ページをコピーして、1ページごとに切り離し、大学ノートの見開きの左側に1ページずつ貼り付けてみる。その本文テキストを音読する。わからない言葉に印を付け、辞書や事典やネットで調べたことを右側に書きつける。その右側に自分なりの図解を作って内容を解きほぐすのもよい。もちろん、自分なりのコメント・注釈も記す。場合によっては、テキストそのものを書き写してもいい(外国語の学習には音読・筆写が有効であることが知られている)。
どうだろうか。あなたはここまでできるだろうか。ここまでして、何か自分なりに著者の世界に入り込めたという感触 ―「読み続けてみたい」という意欲と言ってもいい― が得られなければ、やはり、その本は今のあなたには不要な本なのだ。でも、たとえそうだとしてもこの超精読の作業は決して無駄にならないことを、筆者は保証する。この作業を経れば、難しくても読み通していけるという自信が得られ、実際に読み通せるようになる。
そこで、読書の技の項目(Tips)の第六は、難しい本を読み通すためのもので、
となる。
読書に有用な「道具」たち
読書をより楽しくより効率的にすすめるための工夫を、「読み方」の観点からみてきたが、次の3つの「道具」も大きな役割を果たすことを、最後に述べておきたい。その3つとは、
H・辞書や事典
I・テキストに付す傍線や付箋(マーキング)
である。
Gの語学力の重要性は誰でも知っている。日本語を読む時と比べて、たとえそのスピードが10倍ほど遅くなるとしても、辞書を頼りになんとか読み進んでいける外国語が1つでも2つでもあるということは、読書の世界をとてつもなく大きく広げる。仕事や勉学で外国語の文献を読む必要がある場合は、語学力のあるなしは、決定的な差を生んでしまう。日本人の多くは英語をひと通り学校で学んでいるが、それでも英語の専門文献を読むのは辛い、という人も多いだろう。筆者の『実践 自分で調べる技術』(岩波新書)では、「英語文献を読む技術」を紹介しているので、参考になればと思う。
Hの辞書や事典は、「わからない言葉はネットで調べる」があたりまえになってきたご時世だが、専門性の高そうな領域で何かを調べていこうとするなら、その領域で定評のある大型の辞書や事典や(詳しい索引の付いた)教科書を備えておくべきだろう。特に医学・薬学など自然科学分野では必ずそうした定番の本がある。それらをしょっちゅう引いて使いこなすことで、調べたいその分野や領域での、あなたの調べる力は、どんどん加速するものなのだ。
Iのテキストに付す傍線や付箋(マーキング)は、ノートやPCにメモをとりながら読む人、重要な箇所をカードに書き写す人、電子書籍でいろいろなマーキング機能を活用する人、など各人各様だろう。読んだ後に生かせるであろう情報を、その本を読みながら引き出して整理していくという作業は、大切だが、あまり時間がかかるものであってはならない。筆者が採用しているのは、次の2つである。
- 読みながら、「ここは自分にとって重要! 後で引用したり、自分のアイデアを発展させるためのネタにしたりできる」と思う箇所に傍線を引いておく(筆者は、傍線を引くのに黄色や薄い青色の紙巻き鉛筆(デルマトグラフ)を愛用している)
- 読みながら、「ここはよくわからない。本当かどうか疑問だ。後で調べてみなければ」と思える箇所には囲みを入れて、そのページに付箋を貼っておく
もちろん、こうしてマーキングしたものをどう生かしていくは、「読んだ後」の技にかかってくることになる。
読書の技の項目(Tips)の第七は、読書のための「道具」に関わるもので、
となる。
次回は「読んだ後に」使う読書の技術について論じる。
調べるための読書術【第3章 読んだ後に】
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