放射線被曝に関わる問題は、
低線量被曝研究会では、この数年間は、
低線量被曝研究会は、2003年に発足し、
研究会は原則、毎月の第3回曜日の19時から21時にオンラインで実施しています。
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<項目>
・三春町の安定ヨウ素剤配布の経緯と課題(2025-08-22)
・「安定ヨウ素剤投与指示」の失敗(2025-07-24)
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三春町の安定ヨウ素剤配布の経緯と課題~個人の情報収集と迅速な判断が命を救う~
はじめに
福島の原発事故から14年半。原発事故が無かったかのように、経産省は原発の再稼働を推進している。原発事故時に放射性ヨウ素が環境中に放出され、そのプルームに含まれる放射性ヨウ素を呼吸や飲食物を通じて人体に取り込まれると、放射性ヨウ素が甲状腺に集積し、放射性被ばくによって1年程度~数十年後に甲状腺がんを発生させる。それを防ぐためには、事前に安定ヨウ素剤を服用することが重要となる。
福島原発事故時には原子力政安全委員会(当時)は3月12日10:40頃、経産省ERC(政府原子力災害対策本部 事務局)に“レベル超はヨウ素剤投与すべき”とFAX。ERCのリエゾンが受領したが、班内で共有・検討されず、現地にも伝達されなかった。その結果、安定ヨウ素剤が県民に行きわたることは無かった。服用指示が多くの市町村に出ず、初期被ばく低減措置が取られなかった責任は政府や県にある、「知事の権限の不行使」も要因と国会事故調は評価している。この反省こそ、今後全国で活かさなければならないのに、原子力規制庁の安定ヨウ素剤配布の具体的方針は未だに不透明(議論中?)のままだ。
詳細以下の原子力規制庁のHPをご覧ください
安定ヨウ素剤の服用等に関する検討チーム|原子力規制委員会
原発事故発生時に安定ヨウ素剤を住民全員に行きわたらせて、どのタイミングで服用してもらうのかのマニュアルづくりが各自治体で実施されてはいるが、自治体毎に異なったマニュアルとなっている。その為にマニュアルに不備は無いのか?実際の運用がうまくいくのかは不透明な状況のままである。原発再稼働を推進しながら、事故時の国(原子力規制庁)は避難計画や安定ヨウ素剤配布については自治体任せで、無責任極まりない状況が続いている。
2.福島県三春町の安定ヨウ素剤配布の経緯と実体
そこで、福島原発事故時に素早い判断で住民に安定ヨウ素剤を配布し、服用させた福島県三春町の実態について簡単に解説する。全国の自治体への展開を望みたい。
昨年8月に三春町で開催された、展示会と講演会『風しもの村、風しもの町』に参加した。原発事故時、住民に安定ヨウ素剤を配った三春町の英断は素晴らしい。三春は東北地方最大の自由民権運動の中心地でもあった。この住民の日頃の活動やパワーが議会や町を動かしている。
原発事故当時に三春町に避難してきた大熊町と富岡町の住民の対応(連絡責任者)をしていたヨウ素剤に詳しい、大熊町の職員の知識をもとに安定ヨウ素剤の服用を三春町に提言したことにより、町職員、町長の素早い判断と、住民(区長、組長)の素早い、責任ある行動によるものだった。町の職員と住民+大熊町職員の連係が町民の命(健康)を救ったともいえる。
時系列の経緯は以下(原文のまま)。
2011年
3月11日14時46分
東北地方太平洋沖地震発生
3月11日19時03分
原子力緊急事態宣言
3月12日15時36分
福島第一原発1号機で爆発発生
3月12日18時25分
大熊町、富岡町住民が三春町に避難
3月13日10時37分
避難自治体が『安定ヨウ素剤』を住民に配布していること、三春町職員が知る。
経産省から福島県にSPEEDIの情報がFAXで送られる。しかし、すぐには公表されなかった。
3月14日11時01分
福島第一原発3号機で爆発発生
40歳以下の三春町町民、7248人、3303世帯分の「安定ヨウ素剤」を職員が県対策本部(福島市)に取りに行く
3月15日6時02分
福島第一原発4号機で爆発、2号機格納容器破損
経産省から福島県にSPEEDIの情報がメールで送られたが、86枚のうち65枚のデータを紛失。
風向きを確認するために、三春町は設置した吹き流しが、風向きが東風に変わったことを示す(東側に福島第一原発がある)。
3月15日13時00分
三春町が「安定ヨウ素剤」の配布を開始する
『風しもの村、風しもの町』で安定ヨウ素剤配布に関し、三春の町民の声が以下から聴ける。4人目の元三春町長(伊藤寛さん39:00~)の話は貴重。
https://www.youtube.com/watch?v=6LeBiDF-96k
それにしても安定ヨウ素剤の配布が福島県(地域医療課)の独自判断で配布されていれば、甲状腺がん患者がこれほど増えなかったのではないか?福島県・地域医療課の責任は重大である。
三春町が福島県庁に住民の数だけ安定ヨウ素剤を取りに行ったが、福島県からは、その後、三春町に安定ヨウ素剤の配布を控えるようにと一旦電話があったようだ。福島県の混乱ぶりが、県民の甲状腺がん患者を増やしたと言える。
(国と県はこの責任を逃れるためにも400名以上の甲状腺がん患者の放射能の影響は認めるわけにはいかないのだろう。さらに、事故前に国側の安定ヨウ素剤の服用に関する基準作成に加わった鈴木元氏は今年7月まで甲状腺検査評価部会長として、「甲状腺がんは放射能の影響は考えにくい」との報告書を策定し、国と一体となって放射能の影響を否定する構図になっているとすれば福島県民としては不幸なこと。)
三春町の当時の詳細な経緯等は以下をご覧ください。
軽量版『あの日風しもの町で起きたこと』初版.pdf – Google ドライブ
3.安定ヨウ素剤配布と服用の課題
①40歳以上に適用しなかったことが本当に良かったのか?臨床・疫学からの検証が必要だが、年齢に関係なく安定ヨウ素剤を服用する必要があるだろう。今、福島では高齢者の甲状腺がん患者が増えている。飯舘村民では甲状腺がんで亡くなった方もいる。当時飯館村にはプルームがどのように降ったのが、放射能内部被ばくは約1/100に矮小化され(注1)、未だに闇に葬られたままだ。
②安定ヨウ素剤配布が東向きの風に代わってから配布を始めた。既にプルームが届いていれば、外出することにより内部被ばくをする可能性もある。更に安定ヨウ素剤はプルームが来る数時間前に服用することが必要だ。タイミングが遅かったのではないか。
③各自治体は希望する家庭に安定ヨウ素剤を配るだけではなく、保育所・幼稚園、小中高校、企業にも安定ヨウ素剤の常備と、教育・訓練が必要だろう。
④家庭に配布された安定ヨウ素剤は、国や自治体、電力会社が発信する放射線の環境への放出状況の情報をもとに、各個人の判断で服用できるような事前教育と訓練が必要であろう。これは家族や自らの命と健康を守る為の最大の防御である。
⑤京都大学の調査で、内服しなかった理由についての選択式回答では、内服に関する不安が最多の 46.7%を占めてい た。 アンケートの内服しなかった理由に関する自由回答欄について、テーマ分析による検討を行い、配布に関する課題、安定ヨウ素剤の効果・ 副作用の情報提供、内服方法に関する課題(特に乳幼児の内服)が浮かび上がった。また、今後の災害へ備えて内服しなかったという回答も見られた。
なお、三春町において、安定ヨウ素剤内服後の有害事象は報告されていない。
京都大学の調査から、健康な人が適量の安定ヨウ素剤を服用しても、副作用はないことが判明した。この事実を医師から事前に説明すべき。(但し、被ばくのリスクとの天秤にかて自己責任で最終判断が必要。)
詳細は京都大学の調査結果報告をご覧ください。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2019-01-10
4.当時の安定ヨウ素剤配布に関する質問主意書や報道記事
◆参議院の質問主意書(公明党浜田 昌良議員)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/178/syuh/s178033.htm
◆政府答弁書
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/178/meisai/m178033.htm
◆福島民報新聞記事
https://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012/03/post_3383.html
◆朝日新聞記事『原発事故時、ヨウ素剤服用の助言900人に届かず』
https://www.asahi.com/special/10005/TKY201110250743.html
5.安定ヨウ素剤に関する放射線事故医療研究会主催の研究会での反省会
研究会の席上、鈴木氏(※)は「避難した後でも安定ヨウ素剤を服用すべきだった」と指摘した。「避難すれば服用は不要と考えられたが、避難方向によっては避難終了直前まで、プルーム(放射線物質の濃度が高い空気の塊)曝露があったと考えられる。避難所到着時の服用には意味があった」。例え、放射性ヨウ素を吸入した4時間後でも、安定ヨウ素剤の服用は50%の防護効果がある。
※2025年7月まで福島県の甲状腺検査評価部会長でもあった。詳細は以下をご覧ください。https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/report/201109/521472.html
6. 原子力災害伝承館は真実を伝えよ!~隠蔽された被ばくと甲状腺がんの真相~
原子力災害伝承館の展示も事故原因究明結果に関する反省も無く、何を後世に伝えるのか?昨年開催された「福島と放射能」と題した企画展でも、住民の被ばく矮小化したものであった。甲状腺がんは放射能の影響ではないと、130か所の問題点のあるUNSCEAR2020/2021報告書(注1)の内容をそのまま展示していた。抗議によって一部は修正したものの、UNSCEAR2020/2021報告書に依拠したものだから正しいとして修正を拒否した。伝承館の館長である長崎大学・高村昇氏の責任は重大。
詳細は以下のブログをご覧ください。
【原子力災害伝承館は真実を伝えよ】
https://yuyujinsei2.seesaa.net/article/2024-07-29.html
鹿砦社発刊の季刊誌『季節』夏・秋号に詳しく拙稿の報告記事が掲載されています。
ご興味があれば書店かAmazonから取り寄せ、お読みください。
注1:【UNSCEAR2020/2021報告書には約130ヶ所の問題点】
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は2021年3月に『UNSCEAR2020/2021報告書』1を発表しました。「放射線被ばくが直接の原因となる健康影響(例えば発がん)が将来的に見られる可能性は低い」との日本語のプレスリリースを発表し、メディアや国民を意図的にミスリードしました。英語の本文とは内容が大きく乖離したものでした。
2023年11月に開催された日本放射線影響学会はじめ、多くのシンポジウムや学習会等で、本行・大阪大学名誉教授によって「UNSCEAR 2020/2021 報告書」には約130ヶ所の問題点(間違い、被ばく線量矮小化、歪曲・改竄等)があることが報告された。この日本放射線影響学会には甲状腺検査評価部会長の鈴木元氏も参加しており、特に質問も異論も無かったとのこと。
詳細は以下をご覧ください。
https://yuyujinsei2.seesaa.net/article/2024-03-05.html
(2025年8月22日、田口茂)
●「安定ヨウ素剤投与指示」の失敗
雑誌『世界』2025年6月号(岩波書店)で連載「原発事故 検証の空白」が始まり、その第1回は吉田千亜さんの「『安定ヨウ素剤投与指示』はどこで止まったのか?」でした。おおいに参考になる記事だと思い、低線量被曝研究会の5月の定例研究会で、この記事を紹介し、議論しました。
(★ 吉田千亜「原発事故 検証の空白 第1回 『安定ヨウ素剤投与指示』はどこで止まったのか?」、『世界』第994号(2025年6月)、138-147頁)
というのも、低線量被曝研究会では、放射線防護のあり方を市民的観点から見直していく取り組みを続けており、その一環として、昨年(2024年)の夏から継続して、安定ヨウ素剤の配布・服用に関する問題群を調査・検討しているところだったので、私たちにとっても、ちょうどタイミングよく、よい記事が出たので、取り上げたわけです。安定ヨウ素剤というのは、原発事故等で発生した放射性ヨウ素の被ばく影響を低減させるために、適切なタイミングで速やかに服用することが必要であるとされるものですが、東電福島原発事故の際には、ほとんどの所で投与指示・服用がなされなかったのです(例外的に、双葉町や三春町では町独自の判断で配布・投与指示がなされた)。
吉田千亜さんの記事では、2011年3月16日10時35分に国の原子力災害対策現地本部長から福島県知事と県内12市町村長宛に発出された「避難地域(約20km以内)からの避難時における安定ヨウ素剤投与の指示」に注目している。実際には、ほとんどの人たちが安定ヨウ素剤の服用はできなかったのだが、「投与の指示」は出ていたのだ。その指示がなぜ伝わらず、実行に至らなかったのかを取材、検証している。ちなみに、この投与指示のことは、今回の記事ではじめて明らかになったわけではなく、政府事故調報告書や国会事故調報告書においても言及されている。しかし、それらの報告書では、住民の避難が完了しており対象者がいないという理由で福島県は投与指示を出さなかったとされていて(実際には、20km圏内にもまだ住民は残っていたので、間違っている)、再検証が必要だったのである。
著者の吉田千亜さんは、元県庁職員へのヒアリングなどの取材を重ね、なぜ投与指示に至らなかったのかの経緯を探っている。しかし、事故時のキーパーソンと考えられる内堀副知事(当時。現在の知事)らのヒアリング記録が未公開であることなど、さらに多くの情報が開示され、検証する必要があるという課題が示された。(記事内容の詳細については、ぜひ『世界』掲載の記事全文を参照していただきたい)
現在の原子力災害対策指針やマニュアルでは、安定ヨウ素剤の服用が必要なタイミングについては、国(原子力規制委員会)が必要性を判断し、その判断に基づき、原子力災害対策本部または地方公共団体が住民に指示を出す、とされているが、その判断の基準や根拠は明確になっているとは言い難い。国からの指示が出されたとしても、福島原発事故時のように、指示が伝わっていかないおそれもある。地方自治体等が独自に判断することも可能なのだが、「適切なタイミング」をどのような根拠や基準で判断するのかが明確でないと、「独自に」判断するのは難しいだろう。
このような諸課題について、低線量被曝研究会では、現在、検討を重ねている。さらに検討を進めて、市民科学の観点からの提言をまとめ、提示していきたい。
(付記:なお、ちょうど直近の、2025年7月18日までパブリックコメントを受け付けていた、原子力災害対策指針の改正案では、避難よりも屋内退避を徹底させる案となっており、重大事故等の際にも対策が奏功し、屋内退避をすれば、安定ヨウ素剤の服用が必要と判断される可能性は低いとする前提となっている。対策指針にはこのような大きな問題もあることを付記しておく)
(2025年7月24日、柿原泰)