低線量被曝研究会とは

投稿者: | 1990年5月12日

人類は20世紀初頭前後、放射線・放射能を発見するやいなや、医療の診断や治療に使い始めました。 そして、1945年の米軍による原爆開発成功と広島・長崎への実戦使用以降、核エネルギーの本格的な軍事利用、 そして発電などの民事利用が始まりました。科学者も放射線・放射能が人体や環境にどのような影響を与えるのかよくわかってはいませんでした。国家主導で使いながらその効果・影響を調査・研究し、実験や事故や労働現場だけでなく、見えない低線量被曝により数々の犠牲者、被害者を生みながら、人々をごまかし続けてきました。調査・研究はアメリカ、日本はじめ各国政府中枢の命令により、科学者が実行してきました。成果は被害者のために生かされることなく、知識は市民と共有されていません。なぜこんなことをしているのか、どうしてこんなことになってしまったのか、歴史的、科学的に探りながら、状況を変えていく手立てを見いだすべく活動しています。

2003年低線量被曝勉強会の発足時は、放射線被曝のリスクモデルを根底から見直した『ECRR報告書』を読み解き、その結果を市民科学講座や『市民科学』誌上で発表しました。2006年には米国科学アカデミー(NAS)/米国研究評議会(NRC)の下に置かれている放射線影響研究評議会(BRER)内の「電離放射線の生物学的影響」に関する委員会による新しい報告書(BEIR VII)の要約版を翻訳してホームページ上に公開しました。さらに、ICRP(国際放射線防護委員会)の新勧告(2007年)を読み、「ヒロシマ・ナガサキの原爆被爆とヒトゲノム計画のつながり」の歴史的検証、広島・長崎にある放射線影響研究所の資料調査を行いました。

今に至るまで最も大規模に人体への被曝を行った広島・長崎での日米の政府・軍・科学者による原爆調査にひとつの発端があります。私たちはこの問題に正面から取り組み始めた笹本征男氏の論考を発展させようと考えています。これまでに、笹本氏が協力・出演したNHK番組や関連するドキュメンタリー映画の紹介をしました。2009年3月には広島・長崎の現地を訪れて原爆調査の跡をたどり、その後、新たな史料の発掘やまとめ、新たな番組への協力を通して2010年3月に亡くなった笹本氏の歴史研究を再検証しています。

2011年の震災以降、原発震災の被害・影響に向き合い、何ができるか模索するなかで、福島「県民健康管理調査」をはじめ、日本国内のいくつもの委員会や検討会の動向を注視し、国際的なICRP、IAEA、UNSCEARなども含めた報告書を俎上にのせ、検討しています。また、チェルノブイリ原発の被害をめぐるさまざまな調査・報告なども読み解き、ホームページ上で紹介しています。

市民の立場から歴史研究と科学研究を並行して行っているところに低線量被曝研究会の特色があります。

これまでの成果・報告

Ⅰ.低線量放射線リスク

1.「低線量放射線被曝のリスクを見直す」 (2005年3月)
~『ECRR報告書(欧州放射線リスク委員会2003年勧告)』をふまえて~

・ 放射線ホルミシスと放射線影響(西尾信一)
・ 「ヒロシマモデル」批判 (笹本征男)
・ ECRRの背景と放射線の線量規制にかかわる国際・国内諸機関(柿原泰)
・ ECRRメカニズム(瀬川嘉之)
・ ECRR報告書-その論理の構造を読み解く(上田昌文)

2.BEIR VII報告 翻訳 (2006年7月)
BEIR委員会とは、米国科学アカデミー(NAS)/米国研究評議会(NRC)の下に置 かれている放射線影響研究評議会(BRER)内の1つの委員会で、「電離放射線の生物学的影響」に関する委員会のことです。

BEIR報告は、アメリカ国内にとどまらず、これまでにも国際的な放射線防護基準の基礎とされるICRP(国際放射線防護委員会)の勧告やUNSCEAR(国連・原子放射線の影響に関する科学委員会)の報告にも大きな影響を与えてきた重要な報告書です。低線量放射線被曝による発がんなどのリスクについて、「放射線被曝には、これ以下なら安全」と言える量はないとの見解を示し、それが、近く出されることになっているICRPの新勧告や、さらには日本国内の放射線防護指針に、どのように反映されるのか、注目されます。市民科学研究室「低線量被曝プロジェクト」のメンバーがその報告書の要約部分を全文訳しました。ご利用いただければ幸いです。

【解説】低線量放射線被曝リスクをめぐる最近の動向──BEIR VII報告を中心として
【翻訳】「低線量放射線被曝に関する「米国科学アカデミーBEIR委員会報告書(BEIR VII報告書)」
「無料の概要(Free Executive Summary)」iページ
「放射線を表わす単位」ii-iiiページ
「一般向け概要(Public Summary)」1-16ページ
「行政・専門家向け概要(Executive Summary)」17-29ページ

Ⅱ.広島・長崎 原爆調査

1.故・笹本征男さんの仕事に関して

参考:インタビュー 「市民の科学をひらく」(5)笹本征男さん ~占領下の原爆調査が意味するもの 上 ・ 下

市民科学史家・笹本征男さんを偲ぶ (2010年06月20日)
笹本征男さんとの出会いと原爆調査 (2010年06月20日)
笹本さんの握手 (2010年06月20日)
笹本さんの思いを引き継いでいきたい (2010年06月20日)
笹本氏の仕事の衝撃 (2010年06月10日)
笹本征男さんの思い出 ~思い出を思い出としてしか語り得ぬもどかしさ (2010年06月10日)

2.報告書『原爆調査の歴史を問い直す』に関して

・報告書『原爆調査の歴史を問い直す』(2011年6月改訂新版)
・報告書『原爆調査の歴史を問い直す』(2011年3月)

目次

序  原爆調査の歴史を問い直す

第1部 日米の初期原爆調査を再検証する (吉田由布子 ほか)
第1章 米軍占領下の原爆調査・その再検証――1945年を中心に
第2章 米軍資料からみるマンハッタン調査団日本派遣の経緯
第3章 米軍による初期調査報告の「改ざん・隠蔽」
第4章 原爆調査以前の都築正男――日本軍の中国侵略との関わり
第5章 戦争犯罪裁判関連資料として保管された原爆調査資料

第2部 関連資料および年表
1945年当時の原爆調査に関する米軍通信資料
1945年当時の米軍原爆調査団に関する3つのファイル ~GHQ/SCAP資料より~ (2010年7月)
日米合同原爆調査関連年表 ver1.1 (2010年8月8日現在)

第3部 研究ノートおよび付録(再録)
原爆調査と科学者・医学者――加藤周一の場合 (笹本征男)
ヒロシマ・ナガサキとヒトゲノム計画 (笹本征男)
インタビュー「占領下の原爆調査が意味するもの」 上 ・ 下 (笹本征男 聞き手・上田昌文)
広島・長崎の原爆調査関係地訪問記 (柿原泰・瀬川嘉之)
その1 (2009年7月)
その2 (2009年8月)
長崎原爆調査 予備調査旅行 (2009年8月)
長崎原爆 投下の経過を再構成する (2009年11月) (桑垣豊)

Ⅲ.福島 原発震災

1.福島県民健康管理調査

・「県民健康管理調査」への要望書、福島県の回答書 (2011年7月)
・福島県民健康管理調査は何のため? (2011年9月)
・海外専門家のパブコメ:食品安全委の放射能健康影響評価案 (2011年9月)
・「市民のための放射線防護を考える・連続勉強会」
第1回「ICRPは黄門さまの印籠か?」 (2012年5月)
第2回「食品放射能汚染対策―いま必要なことは?」 (2012年6月)
第3回「今中哲二さんを囲んで共に考える」まとめ (2012年8月)
・福島の国際会議からみえること (2013年3月)

Ⅳ.チェルノブイリ関連

・ウクライナ政府報告書の第3章と第4章の日本語訳 (2013年3月)
・ベラルーシで実際に使用されている放射線教育用教科書について (2012年12月)
・講演資料 チェルノブイリ事故から26年(S.バーレヴァ) (2013年3月)
・チェルノブイリ事故の健康影響: 15年のフォローアップスタディの結果 (2013年6月)
・UNSCEARチェルノブイリ報告に対するベラルーシからの批判 (2013年9月)
・ARCH(チェルノブイリ健康研究アジェンダ)について (2013年9月)
ARCH(チェルノブイリ健康研究アジェンダ)翻訳 (2014年2月~ )
・文献紹介と解説 「チェルノブイリ 今も続く惨事」 (2014年1月)
・【翻訳】 報告書「チェルノブイリ 今も続く惨事」(国際連合) (2014年1月)

Ⅴ.放射線教育

・学校は「市民」を育ててきたか
・放射線教育をめぐる諸問題
・放射線教育原論
・セーブ・ザ・チルドレンとの共同事業「放射能リテラシーワークショップ」

 

参考
低線量被曝研究会のメンバーが執筆した記事論文は、ホームページ右側のメニューで
「カテゴリーから記事を探す」>「研究会・プロジェクト」>「低線量被曝研究会」
とたどっていただければ一覧が表示されます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です