<シリーズ「語る+聞く リプロダクションのいま」> 第3回
出生前検査について今あらためて考える
渡部 麻衣子 (日本学術振興会 特別研究員PD)
pdfはこちらから→csijnewsletter_016_watanabe_201303.pdf
1. はじめに
2012年8月下旬 より、「新型出生前検査」の臨床応用が日本で開始されることが、様々な媒体を通して広く報道された。以来、一般誌等でも「出生前検査」に関する記事をしばしば目にするようになった。新型出生前検査の登場は、「出生前検査」についてあらためて社会で検討するきっかけとなっていると言えるだろう。しかし、出生前検査の技術は既に約半世紀社会に存在し続けている。新型出生前検査は、ここにどのような課題を付け加えるものなのだろうか。そして、これから私たちは何について論じていけばよいのだろうか。ここでは、考えるためのきっかけとして、先日開催された市民講座での議論を踏まえながら、発表の内容を改訂して、二回に分けて紹介したい。
2. 「新型出生前検査」とは
まず「新型出生前検査」について簡単に解説しておきたい。
現在「新型出生前検査」と呼ばれているものは、妊婦の血液中に存在するDNA断片の量を測定し、胎児の染色体の数の異常を検出する検査技術である。
DNAとは、生物の遺伝情報をつかさどる物質で、通常、ヒトを含む真核生物では細胞の核内に折り畳まれた長い紐のような状態で存在している。しかし細胞が分裂する時、長いDNAの紐は切断され短いDNAの断片となる。私たちの血液中にはこのDNA断片が常に浮遊している。妊婦の血液中には、妊婦自身のDNA断片の他に、胎盤を通して伝達された胎児のDNA断片が存在する。このことは1997年にLo等 によって発表された。
Lo等によれば、妊婦の血液中の胎児のDNA断片は、妊娠4週目には認めることができるようになり、その量は妊娠後期まで徐々に増加し、出生後数時間の後に消滅する。妊婦の血液中には、他にも様々な胎児の細胞が含まれている。中には生後10年間も母体内に存在し続ける細胞もある。こうした細胞の核からDNAを抽出して解析に用いる診断法も研究されているが、未だ臨床応用には至っていない。今話題となっているのは、DNAの断片を用いた検査法で、2011年の10月に米国の企業が提供を開始すると発表し、現在米国を中心に各国の企業から提供がはじまっている。
さて、妊婦の血液中に胎児のDNA断片が存在することを利用する出生前検査には2種類ある。ひとつは妊婦の血液中から、胎児のDNA断片だけを取り出して、これを解析する方法である。しかし実は、検出したDNA断片が妊婦に由来するのか胎児に由来するのかが明らかな場合は少ない。確実に胎児に由来するとわかるのは、Y染色体に属するDNA断片の場合のみである。
先ほど、DNAは細胞の核内に折り畳まれた長い紐のような状態で存在すると述べた。長いDNAの紐は、ヒストンという物質と結合して折り畳まれて、染色体を形成している。染色体はいわばDNAを収める箱である。この染色体の箱には、いくつかの種類があり、DNA断片はそれぞれ所属する箱が決まっている。ヒトの場合、常染色体22種類と性別を決定する性染色体の計23種類の染色体の箱を持っている。
Y染色体は男性の性染色体である。したがって、妊婦の血液中にY染色体に属するDNA断片が発見された場合、それは男児である胎児に由来するものであることがわかる。これを利用して胎児の性別を確認することができる。母親が男児にのみ発症するX染色体劣性遺伝の遺伝子の保因者であった場合、胎児の性別を知ることは、胎児の遺伝子疾患を知ることにもつながる。
一方、検出するDNA断片が妊婦由来か胎児由来かを問題としない技術も存在する。この技術では、妊婦と胎児のDNA断片を合わせた量を測定する。
染色体は通常1種類につき2本で形成されるが、3本以上や1本で形成される種類が存在する場合がある。染色体の本数が多いとその染色体に属するDNA断片の量は増え、少ないと減る。この原理を利用すると、DNA断片の量を測定することで、胎児に染色体の数の異常のあることがわかる。
現在「新型出生前検査」と呼ばれているのは、後者、DNA断片の量を測定する検査技術である。検査対象は染色体21番、18番、13番のトリソミー。トリソミーとは、染色体が3本あることを意味する。
3. 「新型出生前検査」の特徴
その他の「出生前検査」の中での、「新型出生前検査」の特徴は何だろうか。出生前検査は大きくは二つの基準によって分類される。一つは、身体に与える危害の大きさで、もう一つは検査結果の確定性である。今のところ、身体への危害の度合いが大きい「侵襲的検査」は、同時に検査結果によって確定的な診断が可能になる「診断検査」でもある。ここには、羊水検査と絨毛検査が含まれる。一方、身体への危害の度合いが少ない「非侵襲的検査」には、検査の結果で確定的な診断に至るものと、至らないものとがある。確定的診断に至る技術として、一般にエコーと呼ばれる超音波画像診断法があり、胎児の身体の形の異常を特定するのに用いられる。しかし、言うまでもなく画像を用いたこの技術では、遺伝子や染色体の異常を診断することはできない。胎児にいくつかの形態の異常が認められる時には、遺伝子や染色体の異常を疑う場合もある。これらの異常の検知は確定診断に至らない『予測的検査』に分類することができる。 また、超音波画像診断法は、形態異常の発見だけでなく、染色体異常を予測することを本来の目的とした検査としても用いられる。Nuchal Translucency(NT)と呼ばれる。また、「非侵襲的」な「予測的検査」の方法としては、他に、母体血清マーカー検査がある。これは、妊婦の血液中に存在する特定の蛋白やホルモンの量から、胎児に開放性神経管奇形、胎児腹壁破裂、21番染色体トリソミー、18番染色体トリソミーがある確率を算出する検査である。
これらの分類では、妊婦の血液中に含まれるDNA断片の量を測定する「新型出生前検査」は、「非侵襲的予測的検査」に分類される。発表された当初は、陽性的中率(detection rate)が99%であったために、身体への危害の度合いが少ない手法でありながら、ほぼ確定的な診断を可能にする技術として注目を集めた。しかし実際には、この検査は母体血清マーカー検査と同じく、統計解析に基づく「予測的検査」である。
「予測的検査」の一番の特徴は、偽陽性が存在するということだ。偽陽性とは、染色体の数に異常がある胎児を妊娠している人の中で、この検査を受けて「陽性」と判定されることだ。2011年にPalomaki等 が発表した論文では、 21番染色体のトリソミーを対象とする場合の偽陽性の割合は0.1%だった。人口の中での21番染色体トリソミーを持つ人と持たない人の割合は、約1:1000である。この検査の陽性的中率、すなわち21番染色体トリソミーを持つ胎児を妊娠している人の中で、この検査を受けて「陽性」と判定される人の割合は99%である。したがって、この検査を受けて「陽性」となる人の中で、胎児が21番染色体トリソミーを持つ人と持たない人の割合は、
1×99%:1000×0.1% = 0.99:1
となる。つまり、妊婦全体にこの検査を提供した場合、検査を受けて陽性となる人のうち、実際に染色体21番のトリソミーのある胎児を妊娠している人は約半数となる。染色体21番のトリソミーの場合、妊婦の年齢が高くなる程発症率が高くなることがわかっている。したがって、妊婦の年齢が高い場合、検査を受けて「陽性」となる人の中で、胎児が21番染色体トリソミーを持つ人の割合が高くなる。たとえば、先ほどの陽性的中率と偽陽性率を、発症率1:100の群に当てはめてみよう。
1X99%:100X0.1% = 0.99:0.1
この場合、検査が陽性の人のうち、染色体21番トリソミーのある胎児を実際に妊娠している人は約90%となる。ただし、この点は、今後、各年齢ごとのデータが蓄積されることで是正される可能性もある。ここからも、この検査が「予測的検査」として扱われるべきものであることが分かる。
では、既存の予測的出生前検査と比べた時の「新型出生前検査」の特徴は何だろうか。
まず言えることは、検査時期が早いということだろう。母体血清マーカー検査が行なわれるのが14週以降であるのに対して、「新型出生前検査」は10週から行なうことができる。つまり既存の検査に比べて1ヶ月早く行なうことが可能である。また、検査結果の提示のされ方も異なっている。母体血清マーカー検査の場合、測定する物質の量に応じた発症確率が示され、場合によって「陽性」と「陰性」を定義する基準は変化し得る。一方、「新型出生前検査」の場合には、あらかじめ「陽性」と「陰性」を分類するDNA断片の量の基準値が定義されている。結果は、「陽性」か「陰性」でしか示されない。(図1参照)したがって、母体血清マーカーの場合に生じる「確率的に示される結果をどう理解するか」という問題は、今のところ「新型出生前検査」にはない。加えて、「新型出生前検査」が対象とするのは、特定の染色体の数の異常に限られる。
まとめると、「予測的検査」としての「新型出生前検査」の特徴は、早くに実施できること、結果が単純に示されること、そして染色体の数の異常を対象としていることの三つにあると言えるだろう。
4. 提供をめぐって
2011年10月に「新型出生前検査」の提供を開始すると発表した企業は、実は2009年にも一度提供の開始を発表していた。その後、臨床試験のデータに問題が見つかり提供は延期されたが、この発表を受けて、英国では二つの団体が「新型出生前検査」の課題を検討している。その結果、NHS胎児異常スクリーニングプログラムは、2009年から5年間はこの検査の提供を行なわないとする方針を示した。 また、英国PHG財団も、提供するには時期尚早とし、国に、公的技術評価と提供体制の整備を求める報告書をまとめている。
2011年10月に提供が開始されると、国際出生前診断委員会は、「ローリスク群」への有効性が示されなければならず、双子や人工授精の場合での有効性が示されなければならず、必ず羊水検査や絨毛検査と併用されなければならないとする声明を発表した。 また、2012年11月には米国産科婦人科学会が、「ハイリスク」の場合に推奨されること、事前の遺伝カウンセリングが必須なこと、羊水検査や絨毛検査の正確さには及ばないとする見解を発表した。 日本では、現在「新型出生前検査」を提供するための臨床研究が計画されており、これに先立って日本産科婦人科学会(日産婦)が提供指針を策定している。
日産婦の指針案は、英国や米国の各機関が発表した声明とは異なり、提供体制を微細に定めている。特に、対象となる染色体の数の異常について、妊婦とその家族に対し、医学的解説に留まらず社会的な側面についても説明することを求め、これを行なうことが可能な専門職を配備することを提供施設の要件としていることは日本独自の取り組みと言えるだろう。
5. 今、何について論じるべきなのか
こうして見てみると、「新型出生前検査」は、それ自体としては予測的検査の域を出ず、引き続き精度を確認していくこと、そして確定診断法と併用することが必要という結論に達する。しかし、今後、精度が既存の予測的検査よりも高いことが全ての年齢層で実証され、価格も同程度以下に抑えられれば、主流の予測的検査としての地位を獲得することになるだろう。また技術の精緻化によって偽陽性率が下がれば、より診断検査に近い検査として利用されることも予想される。そうなれば、技術的には非侵襲性の低い検査であるため、より多くの妊婦が、確定診断として検査を利用することも考えられる。また、血液を採取して解析機関に送付することで検査が終了するため、医療者が一人介在すれば、妊娠初期に個人的に確定診断を行なうことができるようになるとも言われる。この状況において、まず何を論じるべきなのだろうか。
懸念されることの一つは、この検査が検査対象である染色体の数の異常を持つ胎児を、「(産んでもよいが)産まれてこなくてもよい胎児」としてあらためて定義付ける結果となること、そしてその定義をより多くの妊婦が共有することになるということではないだろうか。このことは、「産まれてこなくてもよい」と定義される染色体の数の異常を持って生きる人とその家族を、今、実際に傷付けている。
しかし、だからこの検査の提供を差し止めるべきだ、と主張するには、妊娠出産のプロセスの中に、出生前検査というもの自体があまりにも浸透している。出生前検査法のひとつである超音波画像診断法は、産科での通常の妊婦検診では毎回用いられる技術である。「新型出生前検査」の対象は、こうした既存の一般的な出生前検査の対象に既に含まれている。言い換えれば、「新型出生前検査」は、それが対象とする「異常」のある胎児が、「(産んでもよいが)産まれてこなくてもよい胎児」として既に技術的に定義されている社会基盤の上に登場したにすぎない技術である。そうした社会基盤は、世界各地で技術を伴って共有されており、新しい技術が日本で提供されなくても、他の国に渡航して利用することは常に可能である。
それでも、新しい技術が、対象となる染色体異常を持って生きる人とその家族を再び傷付けている現状について、批判的な視座を持ち続けることは重要ではないだろうか。なぜなら、染色体の異常はある確率でどのような妊娠にも生じ得ることであり、私たちは誰しも様々な理由で障がいを持ったり、障がいのある家族を持ったりする可能性があるからだ。私たちが当たり前に使っている、あるいは使おうとしている技術が、私たち自身や、胎児を含めた私たちの大切に思う存在を「産まれてこない方がよい存在」として定義付けることを、私たちは無批判に受容することができるだろうか。
次回は、批判的視座の出発点として、出生前検査が常にその対象としてきた染色体21番のトリソミーという医学的分類の成り立ちと変遷を紹介したい。
ⅰ) Lo, YYMD. et al. 1997. Presence of fetal DNA in maternal plasma and serum. The Lancet. 350 (9076) : 485-487.
ⅱ) Palomaki, GE. et al. 2011. DNA sequencing of maternal plasma to detect Down syndrome: an international clinical validation study. Genet Med. 13 (11) : 913-20.
ⅲ) National Health Service. 2009. Information for woman on Non Invasive Prenatal Diagnosis (NIPD) and cell-free fetal DNA (cffDNA).
ⅳ) PHG Foundation. 2009. Cell-free fetal nucleic acids for non-invasive prenatal diagnosis.
ⅴ) International Society for Prenatal Diagnosis. 2011. Rapid Response Statement.
ⅵ) The American College of Obstetricians and Gynecologists Committee on Genetics The Society for Maternal-Fetal Medicine Publications Committee 2012. Noninvasive Prenatal Testing for Fetal Aneuploidy. Committee Opinion. Number 545.
ⅶ) 日本産科婦人科学会 『「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」指針(案)に関するご意見の募集』[http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_20121217.html] (最終閲覧日:2013年2月13日)
ⅷ) 日本ダウン症協会 『ダウン症のある人たちへのメッセージ』[http://www.jdss.or.jp/project/05_03.html](最終閲覧日:2013年2月13日)