2050年 ヒモト国訪問記 (その1)
『CSIJ Journal』2050年9月号 記者U.A.(原文英語)
温暖化の容赦ない進行、慢性化する食糧・エネルギー・水の供給不足、引き続く金融危機と高い失業率―21世紀の半ばを迎えて、世界全体が底知れない不況にあえぎ将来への希望を見出せないでいる中、ひとりほのぼのとする幸福感を漂わせている国がある。ヒモト国だ。食糧とエネルギーの自給率で世界最低水準を低迷し、史上類のない超高齢化に突入し、財政赤字も世界最高レベルで、自殺者数も飛び抜けて多い―没落必至とみられていたこの国が起死回生をはたしたきっかけが2021年に開始した「国民温泉クーポン」という奇策だったのには驚く。
これは「地元ならびに近接した自治体の温泉宿を年間20回まで利用できる」クーポン券で、1泊2日で利用する際の宿泊費(食費を含む)、往復の交通費が全額免除になる。年収1000万マドカ(貨幣の単位)未満の個人(家族を含む)の全員に支給され(当時の国民の95%)、受け取るにあたっては、「みんなの安心番号」への登録(住民登録、納税、医療保険などのデータを一括管理するシステム)が義務付けられる。交通費は公共交通(鉄道とバス)の利用に限定されるが、20回のうち2回までは船舶と航空機の利用も可となる。1泊2日を超える滞在分は自己負担となる。クーポンの譲渡・交換はできない。
ヒモト国が誘致し国内47の自治体で競技別に分散して2週間同時開催された2020年「オリンピック」で、海外から多くの観光客が訪れ、ヒモト国の至る所にある温泉の心地よさと郷土料理の美味しさに皆が驚嘆した。この激賞の声と、その時に発効された「周遊特別割引券」が大ヒットとなったことが「国民温泉クーポン」を誕生させた。
地元食材がふんだんに供されることから、地元の一次産業が活性化。首都圏から地元に帰る若者や地元に留まって生業を営む若者が増えた。年20回の保養が健康維持に効を奏してか医療費が年々減少、がんの罹患率も着実に下がっている。「残業や休日出勤のために、使えるクーポンをみすみす無駄にするのは嫌だ」と、仲間とともに声を上げる労働者が続出し、勤務スタイルにも変化が現れた。ネット上には行きつけた温泉の心地よさを語ったブログ記事などが溢れ、ネットを介して知り合った人たちが「合宿」に及ぶケースも数知れない。温泉旅館業者は利用者数に応じた、決まった割合での経費の負担が政府からなされるとあって、サービス向上に余念がない。
最近では、このクーポンを求めて海外からヒモト国に移住する者も出てきているという。
いったこの膨大なクーポンの財源はどうしているのか? 伝説のあの「打ち出の小槌」なのか? 次回はそれを報告する。