大川小裁判の判決をどう読むか (その1)

投稿者: | 2016年12月21日

大川小裁判の判決をどう読むか
(その1)

林 衛(富山大学人間発達科学部)

 東日本大震災の津波被災によって,学校にいた児童74名,教員10名,迎えにきていた大川中生徒3名,地区住人らが石巻市立大川小学校で命を失いました。現場生存者は児童4名,教員1名でした。
 児童23人の19遺族による国家賠償請求訴訟で,仙台地裁(高宮健二裁判長)は2016年10月26日,石巻市と宮城県に約14億円の支払いを命じました。被告の控訴発表を受け,原告も控訴方針を示すことになりました。
 津波被災の原因はどこまで検証されたのでしょうか,学校行政,防災教育にどのような教訓を導けるのでしょうか,現地調査,検証委員会傍聴をふまえ,判決文を検討します。

巨大地震・地震津波災害を未来に向けて語る

 2008年6月15日に富山大学にて開催された「アースデイとやま2008」では,人間発達科学部人間環境システム学科環境社会デザインコース学生有志とともに,「地震の真実をどれだけ知っているのか? そして,何ができるのか?」と題して,ポスター展示を実施しました。

 北陸地方では2007年3月に能登半島地震を経験,2007年度後期に始まった「プロジェクト研究」という学部2年生向けの授業では石川県七尾市の和倉温泉の被災地見学を皮切りに,グループに分かれた学生たちが地域防災計画や住宅耐震化の課題,避難所生活でのプライバシー確保などの問題に取り組みました。その成果を,学内の活動に留めることなく公表するための機会が「アースデイとやま2008」に得られたのでした。

 2004年のインド洋大津波の記憶も新しく,準備期間の2008年5月12日には四川大地震が発生,呉羽山断層帯の直上にキャンパスのある富山大学の学生,教員としても,他人事ではすまないという思いを強くしていました。

 授業最終回までに作成した発表用資料に加え,新たに用意した展示資料のなかには四川大地震被災現場で建物倒壊による死者の姿が記録された写真週刊誌の誌面も紹介したものもありました。日本の新聞・テレビは災害死の実態を直接的に示す画像や映像を使用しません。そのため,災害が危ないという抽象的な理解が得られたとしても,災害によって命を落としてしまう回避すべき事態が実際にどのような現象であるのか示されて,そのとき命を守るためになにが必要なのか,読者・視聴者が具体的に考える機会が限られてしまっています。

 1995阪神・淡路大震災の死因を問われると,「地震だ! 火を消せ!」との常識化した標語に引っ張られたまま,「死因のトップは火事です」と多くの学生が答えます。自ら選んだ住宅,自ら購入した家具類の下敷きになった圧死・窒息死が死因のほとんどを占めるという事実に触れる機会に恵まれていないのです。 1923関東大震災は,神奈川県西部の湘南地方,三浦半島,千葉県の房総半島南部の各所では直下地震となり,家屋の倒壊率が5割を越えました。いっぽう,震源域からやや離れた東京では,延焼が火災旋風によって拡大し焼死者が多数うまれ,その経験が常識化し,「地震だ! 火を消せ!」とステレオタイプとして語られるようになってはいるのですが,地震の揺れによる家屋の倒壊,マイホームが凶器になるという現実はまだ十分に社会的記憶となっていないのです。

 住宅で圧死した現場が報道に載るのは珍しく,阪神・淡路大震災の際は,不幸中の幸いで浜風も六甲おろしも吹いていない条件下だったので,延焼はじわじわと広がり,テレビ報道では背後に火事の炎を背にしたレポータがマイクを握る映像が流れていました。そこで,四川地震をとりあげたなまなましい写真週刊誌をあえて紹介しようと,前年度からともに「地震の真実」を学んできた学生たちと決めたのでした(なお,最近の大学生たちは阪神・淡路大震災発災後の生まれ世代になっていますが,それ以前から授業時の聞き取りやアンケートでも死因のトップに火事があがる傾向は続いています)。

 プロジェクト研究授業では,インド洋大津波の際に濁流にクルマや家屋,屋台が破壊されたなかに人びとや家畜が巻き込まれた映像や画像もとりあげました。あらゆるものが津波によってミキサー状態になったあとのがれきの山のなかから突き出た人体の一部が目に飛び込んでくる写真は,巨大津波の威力をまざまざとみせつけるものでした。

 能登半島地震や阪神・淡路大震災をもたらした兵庫県南部地震はマグニチュード7級の大地震ですが,四川大地震や関東大震災をもたらした大正関東地震はマグニチュード8の巨大地震,インド洋大津波を発生させたスマトラ沖地震はマグニチュード9の超巨大地震です。北海道大学の隈本邦彦氏らからは千島海溝沿いに400年あるいは500年おきに発生する巨大地震による巨大津波の近年の研究成果の共有のために,住民と車座になった科学コミュニケーションを始めているとの情報も得ていました(1)。

 「アースデイとやま2008」に学生とともに参加したのは,地震国日本で,巨大地震やマグニチュード8を越える超巨大地震,それによる巨大津波が発生するときがくるにちがいない,その真実を共有する機会を富山にも広げたいとの願いからでした。

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