石橋夏江
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地球の物質は姿を変えながら循環しています。これを物質循環といいます。土の中も物質循環が行われる場所のひとつです。土の中で物質が移動したり変化するために一役買っているのが土壌微生物たちです。(図1)
例えば窒素はアミノ酸の原料になるので生き物にはなくてはならない元素ですが、空気中の8 0 %を占める気体の窒素(N 2 )は植物も動物も利用できません。動物は他の動物や植物を食べることで窒素を含むたんぱく質やアミノ酸を摂取しています。動物の糞尿や死体、植物体に含まれるたんぱく質やアミノ酸を微生物が分解することで、植物が根から吸収できるアンモニウムイオンや(NH4 + )硝酸イオン(N O 3 – )ができます。こうした窒素化合物は植物の養分になりますが、あまりたくさんあっても根を傷めてしまいます。そんなときも土壌微生物は活躍します。脱窒素菌と呼ばれる菌たちは硝酸や亜硝酸から窒素(N 2 )を作って空気中に逃がす働きをします。
また、根粒菌と呼ばれる菌は窒素(N 2 )からアミノ酸を作り、マメ科植物にアミノ酸を提供します。一方マメ科植物は光合成で作ったブドウ糖を根粒菌へ供給するという共生関係を持っています。畑の肉と呼ばれる高たんぱくの大豆は根粒菌の働きの賜物です。
植物の根の周りにはたくさんの菌が集まっています。この根のまわりを根圏といい、そこに集まる菌は根圏菌と呼ばれます。VA菌もそのひとつです。この菌は希少で重要な栄養素であるリン酸を、植物の根が届かないような遠くまで菌糸を伸ばして集め、植物に供給する働きをします。
根粒菌、VA菌はそれぞれ窒素分、リン酸を植物に供給する働きをするのですが、土の中にこうした養分が豊富にあるとあまり活動しなくなります。にもかかわらず農業や園芸などでは、アンモニウムイオンや硝酸イオン、リン酸などが水に溶け易く流亡しやすいため、過剰に施肥をしてしまいがちです。そしてたくさん撒いた肥料分は植物が吸収できる量を超えて撒かれて地下水や河川に流出し、富栄養状態になる一因となります。過剰に施肥された作物は肥料負けすることもあります。また、育っても硝酸などは消費しきれないで植物体の中に溜め込んでしまうことがあります。1 9 5 0 年代のアメリカでは硝酸が大量に蓄積されたほうれん草を赤ちゃんに食べさせたところ、呼吸困難になり死亡するという痛ましい事故が発生しています。このように過剰な施肥は土壌や環境、私達の健康に被害を与えることがあるのです。
植物の成長を促す微生物の働きをお話しましたが、地中には植物を病気にする菌や寄生するカビなどもたくさん住んでいます。それらを排除するために土壌消毒剤を散布することもあります。しかし、それでは上記のような有益な菌も皆殺しになり、土の活力が低下してしまいます。土は土そのものの力とそこに住む生き物の働きの双方で環境の足元を支えているのです。
特定の病原菌の成長を阻害する別の菌を散布するという試みも研究されています。いわゆる天敵農薬の菌類版です。
土をくぐる水・保水する土・土を守る植物
東京の白金にある自然科学教育園で面白い実験を行ったのでご紹介します。3つの発砲スチロールの箱を用意して、箱の底の縁に水が抜けるように穴を開けておきます。発砲スチロールの箱は傾斜のついた台の上に乗せられているので、水を流し入れると箱の下のほうから流れ出て、また水はビーカーに溜められるようにしてあります。発砲スチロールの箱の中は1つは空、1つは土だけ入れたもの、1つは土を入れて表面に草を植えます。それぞれに同じ量の水を如雨露で降らせるとどうなると思いますか?
何もしない箱はアスファルトのモデルで、あっという間に水は穴から流れ出ていきます。裸土は土の表面を流れる水のほかに土にしみこむ水があります。注いだ水の7 2 %が土の表面を流れて泥水となりました。土が水によって侵食されたのです。土に沁み込んで箱に開けた穴から出てきた水は全体の2 8 %ですが表面を流れた水よりもずっと澄んでいて流れきるまでに3 0 分ほどかかります。表面に草を植えた箱では表面を流れてくる水はわずかです。7 4 %の水が土にしみ込み、箱の底から全部出てくるまで裸土よりも余計に時間がかかります。流れ出る水のうち最もきれいなのは、草の生えた箱の土にしみこんだ後に出てくる水です。植物の根は水による土の侵食を防ぎ、土のろ過機能を補強しているといえます。また、水の滞留時間も草が植えてある箱が最も長い点から、裸土より、植物の生えた土のほうが保水能が高いことがわかります。
土のろ過機能
土は水をろ過する働きがあります。ろ過機能は次の3つに分類できます。
1.物理的ろ過機能 2.化学的ろ過機能 3.生物学的ろ過機能です。
物理的ろ過機能とは、土や植物の根などにごみが引っかかって濾されることです。上記の実験でたと
え泥水をまいて実験しても土を通って出てくる水のにごりはそれほど変わりがありません。
化学的ろ過機能とは、前号で説明した土のイオン交換の働きなどで金属イオンなどの陽イオンが化学的に吸着されることを指します。
生物学的ろ過機能とは、生き物の活動によって水の中の物質が取り除かれることです。先ほど述べました脱窒素菌のように物質を分解する働きをする菌は無数に土の中にいます。土の中の菌の生態については研究がまだ緒についたところです。
水の富栄養状態を改善するために葦を植えてリン酸を植物に吸収させているところがありますが、葦だけでなく多くの植物にとってリン酸や硝酸などは養分となるので、植物が吸収することで土から河川や地下水へ流れ込む水を植物が浄化してくれます。
土をくぐり抜けた水
水は土によって濾されて、その下の岩石だらけの層もくぐりぬけて地下水となります。このとき水は土や岩石の成分を溶かしだします。ミネラルが多く含まれる水は硬水と呼びます。日本の水は軟水と呼ばれるミネラル分の少ない水ですが、それは日本の岩盤の多くが火成岩という火山岩で、あまり岩石中にミネラルが多くないことと、地層も比較的粗いので地中を通る時間も短く、その結果ミネラル分が少ない軟水になります。
2 0 0 2 年に産経新聞で連載された「水再考」という記事によるとフランスのミネラルウォーターで有名なヴィッテルは地層を2 5 年かけて1 0 キロの距離を流れるといわれています。この商品価値の高い地下水を守るためヴィッテル村では水源周囲6 , 0 0 0 h a (約東京ドーム1 2 8 0 個分)を環境保全地域に指定しています。農薬散布を禁止するほか、作物の種類も制限し、家畜もそのし尿の影響から厳しい頭数制限がされています。このため補助金なしでは専業農家として生活できないほどだそうです。
こうした取り組みはヴィッテル村以外にもミネラルウォーターの産地では珍しくありません。私達の家にある蛇口からでる水もどこかの川や地下水から取水したものです。こうした水が安心できる水であるためには浄水場の設備投資より水源の環境保全のほうがよほど効率的な気がします。
ミネラルが入っている水はなにもボトルに入った水ばかりではありません。川の水にも土の恵みのミネラルは溶けていて海まで届き、海の生き物もそのミネラルを利用して生きています。
磯やけ
海藻は海に住む生き物の棲み処となる海の森です。その海藻が枯れてしまう現象が近年日本のあちこちで見られるようになりました。原因は様々な説がありますが、その中の一説に川から流入してくるフルボ酸鉄の減少が挙げられています。フルボ酸鉄とはフルボ酸と鉄が結合したものです。フルボ酸は土の中の有機物が分解されできた腐植の成分です。鉄は海藻の生長になくてはならない成分です。ある実験では昆布の胞子に鉄を与えたものと与えないものの生育を比べると、鉄を与えなかったほうはあまり生育できませんでした。このように海藻が育たない海では代わりに石灰藻という藻が育ってしまい、その働きで石灰が海底を覆ってしまいます。いったんこうなるとその後海藻が根をおろしにくくなってしまうと言われています。
フルボ酸鉄の鉄は海藻にとって利用し易い形になっています。海の中の鉄分はもともと量が少なく、他の物質と結びついて海藻が利用しにくい状態で存在しています。
図2をみてください。海の水と河川の水の中に溶けている物質の比較です。海の水は塩素、ナトリウム、マグネシウムが突出して多く、それ以外のものはあまり溶けていません。一方、河川の水は炭酸カルシウムが多いですが、この表でその他の物質として様々な物質が溶けています。
魚付林
このように海にはない土の成分が川を経て海にたどりついています。そして、海藻がフルボ酸鉄の鉄を利用するばかりでなく他の土の成分も海の生き物の養分となっているようです。プランクトンの分布を見ると陸地周辺に偏っていて、外洋での密度は低いです。その要因は海の深さや海流の関係など様々ですが川が海へ土のミネラルを運んでいることも関係していることが考えられています。
例えばケイ藻という植物性プランクトンは海水でも淡水でもどこにでもいるありふれた藻類です。とてもたくさんいて、一説には地球で行われる光合成の四分の一はケイ藻によるものといわれています。このプランクトンの特徴はケイ酸でできた殻を持っていることです。そのためケイ酸がないところでは増殖できません。このケイ酸というのは岩石の主成分なので岩石が風化してできた土にも多く含まれます。山から流れ出た川にはもちろんケイ酸が溶けていると考えられます。植物性プランクトンが多くいればそれを食べるほかの海の生き物も多く生存できます。
こうしたことを日本の昔の人は経験から知っていて、江戸時代にはすでに山の木を伐採しすぎると海の漁獲量が減ることが知られていたようです。明治時代には魚付林という海の資源を守る目的で保全する林が全国に指定されていました。このような制度は、現在は一部を残して忘れられてしまっています。
一方、漁獲量が減ってしまった地域の漁業組合の人が植林を行って魚付林を復活させる試みが行われ成果がでているところがあります。北海道の襟裳町ではおよそ3 5 年かけて1 5 0 h a 以上植林したところ植林する面積に比例して漁獲量が増えました。植林を始めたころは3 0 0 t に満たなかった魚の水揚げ高が1 , 5 0 0 t を超えるほどになったのです。
終わりに
地球環境問題の解決のため異分野を統合し、これまで細分化した科学が欠落させてきた専門分野のつながりに焦点をあてる動きがあるそうです。京都大学では森と海のつながりに里という人間の文化的な領域も融合して「森里海連環学」という分野を設けたそうです。
今回この講座に参加した動機は、高校の生物部の活動でミミズをテーマにしており、そのときにもっといろいろとやりたかった、知りたかったという気持ちがあったためです。あれから2 0 年経ち都会の高校生だった私は都会でますます土から遠ざかった生活をしています。活動に参加して、ミミズの気持ちを理解できるような想像力を養うことが地球の水循環やいろいろな物質の循環を理解する第一歩のような気がしました。
< 参考文献>
『環境土壌学~人間の環境としての土壌学』松井健・岡崎正親編著,朝倉書店
『土壌の基礎知識』前田正男・松尾嘉郎著,農山漁村文化協会
『土壌微生物の基礎知識』西尾道徳著,農山漁村文化協会
『土の構造と機能~複雑系をどうとらえるか』岡崎秀雄著,農山漁村文化協会
『土の科学』大政正隆著,日本放送出版協会
『森と海とマチを結ぶ~林系と水系の環境論』矢間秀次郎著,北斗出版
『システムとしての(森―川―海)~魚付林の視点から』長崎福三著,農山漁村文化協会
『土のはたらき~エコロジカルライフ』岩田進牛著,家の光協会国立科学博物館付属自然教育園・自然観察会資料「雨のゆくえ」産経新聞2 0 0 2 年6 月1 3 日記事「水再考」
『土は生きている~自然科学シリーズ2 7 』都留信也著,小峰書店
『土の絵本』1~3日本土壌肥料学会編,農山漁村文化協会
『さかなの森~森の新聞1 0 ・海そう』松永勝彦著,フレーベル館
● W E B サイト
団法人日本土壌肥料学会H P http://wwwsoc.nii.ac.jp/jssspn/
独立行政法人農業環境技術研究所HP http://www.niaes.affrc.go.jp/index.html
大阪市婦人団体協議会「みおつくし」HP http://www.miotsukushi.com/miotsukushi.htm
栃木県農業技術経営技術課農作物施肥基準HP http://www.pref.tochigi.jp/gijutu/sonota/keiei/sihyou/index.html
広島大学地球資源論研究室H P http://home.hiroshima-u.ac.jp/er/index.html
(どよう便り 79号 2004年8月)