【書評】 世界食糧戦争 天笠啓祐 緑風出版(2004年)税込1,890円

投稿者: | 2005年4月21日

書評 世界食糧戦争

天笠啓祐 緑風出版(2004年)税込1,890円

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鳥インフルエンザに続き、BSE問題と食肉の安全性が問われている昨今。しかしながら、世界規模で大量に流通し、日本の食環境においてもなじみの深い穀物さえも安全とは言い切れない。1996年から作付けが開始された遺伝子組み替え作物の存在が、安全な食を求める生産者や消費者の不安、反感をつのらせ、抗議運動が世界規模で拡大している。これは、米国の巨大企業モンサント社を筆頭に、バイオテクノロジー企業がグローバリゼーションの加速化と供に遺伝子組み替え作物の市場を世界レベルで確保しようとする動向に対応している。米国・ブッシュ陣営の中心的役割を担うのは、ラムズフェルド国防長官を含むモンサント人脈であり、国家戦略としてアグリビジネス(食料・農業関連産業)が重要な機能を果たす。アグリビジネスは政治力・経済力と結託し、やはり米国の意向が尊重されがちなWTOなどの貿易や食品に関する公的機関を通じ、世界の国々へ覇権を伸ばしている。政治的駆け引きに加え、特にEUやアフリカ諸国は米国の一方的な遺伝子組み替え作物推進の動きに対し安全審査の点で熾烈な論争を繰り広げている。遺伝子組み替え作物に関するこうした状況は、まさしく「食糧戦争」といった様相を呈す。

 遺伝子組み替え作物とは、例えば、特定の除草剤を分解する性質を持つ細菌の遺伝子を大豆など作物の細胞に組み込むことにより除草剤に強い大豆を人為的に作り出したもの。しかし、この「組み込み」については生物任せの部分があり、ゲノム情報や遺伝子地図については不明な点も多いと言われている。推進派は、遺伝子組み替え作物の利点に「収穫高の増量」、「農薬使用量の減少」を挙げ、結果、飢餓を解消する作物として革新的であると主張するが、これと反対の報告が遺伝子組み替え作物を栽培した農家から報告されている。組み替え作物がもたらす問題の一つに種子汚染がある。非組み替え作物を栽培する畑へ組み替え作物の種子が、風や昆虫により花粉が飛散したり、種子そのものが輸送中のトラックから落ちるなどの自然的要因によって混入してしまうと、もはや元の状態に戻すことは不可能である。さらに、その畑が有機栽培を行っている場合、組み替え作物が混入してしまうと有機作物とはみなされなくなるだけでなく、モンサント社に組み替え種子を栽培する膨大な特許料を払わなければならない。生態系への影響もある。遺伝子組み替え作物に内在する殺虫成分が根から土壌へ、花粉から昆虫へと様々なレベルでの影響を与える可能性が高く、それらの影響は連鎖し、組み替え作物の飼料を食べる家畜や日常的な食品から人間も影響を被ることになる。遺伝子組み替え技術は人知を超えた生命の営みを、人間の目的に添うように改変してしまう。変えてしまった後、何が起こるかは未知の領域であり、問題が発生しても必ず対処法が見つかるとは言い切れない。現段階では、組み替え作物が一般化するにはあまりにもリスクが高いと言えよう。

 とはいえ、組み替え作物は既に世界規模で栽培され、流通している。米国、アルゼンチン、カナダ、ブラジル、中国が栽培を実施している主要5カ国だ。しかし、作付け面積の比率から言えば、アルゼンチンの21%、カナダの6%に対し、米国は63%と規模の点で他国を凌駕している。米国では遺伝子組み替えトウモロコシ、大豆、綿が生産されているが、綿を除き最大の輸出相手国は日本だ。日本においても、1996年から上記3種の作物が順次、食品として認可されている。日本は大豆に関しては米国から75.5%を輸入に依存しており、私達が食卓で遭遇する確率は61.6%である。大豆油を買うと六割以上が遺伝子組み替え大豆となり、食料をほぼ輸入に依存している日本は世界で最も遺伝子組み替え食品を食べていることになる。

 遺伝子組み替え食品が多く出回る日本において、当の消費者は事態を傍観しているわけではない。日本の市民運動により遺伝子組み替え作物栽培計画、開発計画を次々に頓挫させている。2001年には遺伝子組み替えイネ、2004年には遺伝子組み替え小麦を中止に追い込んだが、遺伝子組み替え作物の開発自体が中止になったわけではなく、現在も様々な遺伝子組み替え作物が市場に参入する契機を見計らっている。

 とはいえ、日本の市民団体が中心となって遺伝子組み替え作物の開発を中止に追い込んだ成果は大きい。EUやアフリカにおいても強硬な反対勢力が存在する。遺伝子組み替え作物の是非を問うことは本質的には政府の役割ではなく、ただ安全な食生活を願う市民意識にかかっている。これは、世界共通の願いでもあるのだ。
(大野航輔)

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