台湾における生殖技術の応用

投稿者: | 2005年5月10日

台湾における生殖技術の応用
張瓊方(科学技術文明研究所)
PDFはこちらから→bio_005.pdf
■はじめに
 ここ数年、台湾社会では「生殖」や「出産」のテーマが高い関心を集めています。1995年より10年にわたって社会的論争まで巻き起こした代理出産の話題をはじめ、平均出生率が1.2人を切るようになった現在、深刻になりつつある少子高齢化の課題は国民的な関心事となっています。出生率の急激な低下に歯止めがかからない昨今、少子化問題の対応策として台湾政府は児童手当、出産補助金、減税優遇などの出産奨励政策を打ち出しました。
 しかし、少子化問題は、経済的な優遇政策のみで解決できる問題ではありません。「生殖」や「出産」をめぐる論議には女性の自己決定権、国家の人口政策、生殖技術、優生思想、家族規範など、重層的な権力関係が交錯しています。本稿は、特に生殖技術から派生した諸問題を、ジェンダーの視点から解析し、さらにその背後にある社会的・文化的要素を掘り下げたいと思います。
■「不孝有三、無後為大」1
      (子孫を残さないことは、最も親不孝)
 台湾では、「不孝有三、無後為大」という古い諺を知らない人はいないと言っても過言ではありません。台湾社会では、現在でも父系出自を重んじる家族規範が根強く定着しています。「伝宗接代」という言葉が示すように、夫(男性)の家系の血統を代々存続させるために、嫁(女性)が跡継ぎの男児を産まなければならない社会的背景があります。そのため、嫁となる女性には結婚した時点から、出産の重圧がかかることは避けられません。そして、この状況は過去の歴史ではありません。女性の社会進出が著しくなった今日でも、台湾人女性の出産の義務に強いられる宿命は完全に解消されることはないのです。
■子宮の持ち主≠子宮の主人
 旧来の伝統社会においては、男性の家系を継続するために、子宝に恵まれない家族には、借り腹や妾制度などの対応策が考えられました。それ以外に養子縁組みという選択肢も取られてきました。ところが、今日の生殖技術の普及に伴って、体外受精や代理出産などが、不妊の人々にとって子どもを持つための手段と見なされるようになり、自分と遺伝的に繋がりを持つ子供を望み求める傾向が強まりつつあります。跡継ぎの男児を重視する社会的・文化的背景が、不妊を問題視する姿勢を強めていた傾向が見受けられます2。不妊の汚名を払拭し、家族規範という強烈な圧力から解放される可能性を示しているという点から、生殖技術は「不妊カップルの福音」として登場した経緯があります。しかし一方で、こういった家族規範が緩くならない限り、女性は本人の意思というより、家族のために生殖技術を利用し、子どもを産むプレッシャーから解放される日はまだまだ遠いでしょう。
■生殖技術の受容
 台湾では、1950年代に配偶者間人工授精(AIH)が導入され、1980年代からは体外受精が本格的に普及し、生殖技術への関心が衰えることなく現在に至りました。
 そして、技術の実施以前に、命の操作や技術の成熟の度合いが十分に配慮されないまま、配偶者間人工授精(AIH)、非配偶者間人工授精(AID)、体外受精(IVF-ET)、顕微授精(ICSI)などの生殖技術はすでに台湾社会に普及し始めました(表1、表2を参照)。さらに、日本では未だに容認されていない代理出産や着床前診断(PGD)に関しても、立法院で「人工生殖法」が通過していない現時点では、その実施可否は台湾国民の関心を呼んでいます。
■生殖技術への社会的反応
 生殖補助医療が導入された当初、これについての議論や抵抗感はそれほど大きなものではありませんでした。法律的見地からの、親子関係の鑑定や、第三者の提供配偶子による人工授精(AID)が「姦通罪」を犯情報は国民一般に普及していなかったのです。
 しかし、今日では、不妊治療については非常に高い関心が寄せられる現状があります。国内外で公表された新しく開発した生殖技術の関連ニュースは、即座にマスメディアによって報道されるほどです。しかもその内容は、社会的、倫理的観点から生殖技術自体を批判するというよりはむしろ、家族・社会のために役立つ先端技術として紹介するものが圧倒的に多いです。先端生殖技術のうち、唯一社会的論争まで引き起こし、賛否両論が明白に浮き彫りになったのは代理出産のみと言えるでしょう。
■代理出産
 代理出産についての論議は、1995年より代理出産をめぐる条項を人工生殖法に組み込む提案に端を発したといえます。1997年に、それまでに一貫して代理出産を禁止する方針を取ってきた衛生署の立場を覆し、当時新任の衛生署長・詹啓賢氏は代理出産容認の意見を明言しました。それをきっかけに、代理出産をめぐる論議は、国民の間に大きな反響を巻き起こしました4。
 代理出産の合法化に賛成する人は、女性の「生殖の権利」(reproduction rights)と「医療技術を受ける権利」を訴え、それによって不妊に悩む人々に子どもを持つチャンスを与える点について肯定的な見方を示しています。それに対して、フェミニズムの論点に立脚した反対者は、代理出産が女性の身体を道具として見なす視線を批判し、この技術が家父長制や血縁主義を助長すると非難しています。このような議論が平行線のままに続いたあげく、国民のそれに対する意識はまだ一致していない(表3を参照)という理由で、人工生殖法草案は廃案を繰り返す結果を迎えました。こうして、生殖技術を規制
■生殖技術への社会的反応
 生殖補助医療が導入された当初、これについての議論や抵抗感はそれほど大きなものではありませんでした。法律的見地からの、親子関係の鑑定や、第三者の提供配偶子による人工授精(AID)が「姦通罪」を犯すか否かという問題提起3、また宗教関係者の立場からの生殖技術への懸念の発言が見られたものの、全体として議論や抵抗が顕著であったとは言えません。そもそも当時は、生殖技術に関する情報は国民一般に普及していなかったのです。
 しかし、今日では、不妊治療については非常に高い関心が寄せられる現状があります。国内外で公表された新しく開発した生殖技術の関連ニュースは、即座にマスメディアによって報道されるほどです。しかもその内容は、社会的、倫理的観点から生殖技術自体を批判するというよりはむしろ、家族・社会のために役立つ先端技術として紹介するものが圧倒的に多いです。先端生殖技術のうち、唯一社会的論争まで引き起こし、賛否両論が明白に浮き彫りになったのは代理出産のみと言えるでしょう。
■代理出産
 代理出産についての論議は、1995年より代理出産をめぐる条項を人工生殖法に組み込む提案に端を発したといえます。1997年に、それまでに一貫して代理出産を禁止する方針を取ってきた衛生署の立場を覆し、当時新任の衛生署長・詹啓賢氏は代理出産容認の意見を明言しました。それをきっかけに、代理出産をめぐる論議は、国民の間に大きな反響を巻き起こしました4。
 代理出産の合法化に賛成する人は、女性の「生殖の権利」(reproduction rights)と「医療技術を受ける権利」を訴え、それによって不妊に悩む人々に子どもを持つチャンスを与える点について肯定的な見方を示しています。それに対して、フェミニズムの論点に立脚した反対者は、代理出産が女性の身体を道具として見なす視線を批判し、この技術が家父長制や血縁主義を助長すると非難しています。このような議論が平行線のままに続いたあげく、国民のそれに対する意識はまだ一致していない(表3を参照)という理由で、人工生殖法草案は廃案を繰り返す結果を迎えました。こうして、生殖技術を規制する法体制が確立されていない今日の状況で、研究者と国民双方からの不満・不安により生じる閉塞状況を打開するために、2004年9月に衛生署は国民の意見を反映するのに有効的なコンセンサス会議の開催に踏み切りました。コンセンサス会議開催当初から、当会議で得られた結論は代理出産関連法案作りに反映されることが期待されています。現在は、衛生署は代理出産の条項を人工生殖法から抜き出し、代理出産のための本文法案を作る方針を明らかにしました。
■出産の医療化
 前述した通り、代理出産のように女性の身体への搾取とされる生殖技術が批判されている一方、近年、台湾では出産における女性身体の医療化の問題もしばしば指摘されます。まずは、出産時に不必要な浣腸、断食、薬物投与などの措置が日常的に行われ、妊婦(産婦)を取り巻く環境は不親切であることが非難の的なっています。妊娠の当初から、胎児の健康や安全にのみ注目が集まることから、女性の身体・感情への配慮が足りないという問題点が取り上げられます。また、平均30%を超える帝王切開の実施率や、98%の会陰切開率、必要以上の超音波検査、胎児監視装置、出生前診断等々は女性の身体への医療的介入の深刻さを物語っています。
■より良いお産を求めて
 以上述べてきたような出産の医療化問題はそもそも生殖医療への過剰な依存から来たと思われます。近代医療への期待が膨らむことが、女性や胎児の自らの力を過小評価することに繋がることも言えるでしょう。女性の産む環境を改善するために、近年台湾の女性団体、社会学者や女性の医療関係者団体は、「より良いお産を」の目標を掲げて一連の活動を始めました。その主旨は女性にとってより人道的、より親切な出産環境を整備することです。彼女/彼らは、女性団体や助産師看護師と産科医の有効的な対話を求めるために、「人間的なお産」をテーマとする公聴会、シンポジウムを開催し、社会に向けて「出産におけるパートナーシップの構築」を呼びかけました。また、2003年に助産師法改正を実現して、産科医と助産師の不平等な権力関係の改善に第一歩を踏み出しました。次の目標は、医療保険給付の見直しによって、自然分娩と帝王切開、病院出産と助産院出産の給付基準格差を是正することです。それによって、帝王切開の件数を減らし、助産院での出産を奨励することが期待できます。さらに、それが国民の意識を高め、出産への医療介入の深刻化に歯止めをかけることに繋がると考えられます。
1:この諺は『孟子』離婁編上、「於礼不孝者有三事、謂阿意区従、陷親於不意、一不孝也、家貧親老、不謂祿仕、二不孝也、不娶無子、絶先組祀、三不孝也、三者中、無後為大。」から引用したものである。
2:唐代以来夫から妻に離縁を要求するときの理由は「七出」という。その内容は「無子、淫乱、親不孝、多言、窃盗、嫉妬、悪疾」となるように、子どもの産めない女性に対して、その夫は三行半(みくだりはん)を突きつけることができる。
3:以下の論文を参照されたい。劉得寛「従「試管嬰児」探討「人工授精」之法律問題」『法令月刊』第29巻第9期、1978年。李聖隆「人工授精的問題」『健康世界』第34期、1978年。陳昭徳「従栄総試管嬰児談起人工生殖技術使用之法律規則」『台湾医界』第28巻第6期、1985年。
4:台湾の代理出産についての議論は、下記の論文を参照されたい。張瓊方『台湾における生殖技術への対応~医療とジェンダーポリティクス;「人工生殖法」立法をめぐって』科学技術文明研究所CLSS Etudes No.1、2003年。加藤茂生「子どもを持つという幸福」『幸福̶変容するライフスタイル』アジア新世紀第4巻、岩波書店、2003年。
表1. 生殖補助医療の実施人数
1998年実施人数全体での割合1999年実施人数全体での割合
出典:行政院衛生署国民健康局のホームページ、http://www.bhp.doh.gov.tw/snew/doc/87年人工生殖年報.htm.及びhttp://www.bhp.doh.gov.tw/snew/doc/88年人工協助生殖年報.doc)
表2:1998年~2000年台湾における生殖技術の実施数(%)
表3 :代理出産に関する意見調査
出典:王英馨2003『以「政策網絡」途徑探討代理孕母政策』世新大學行政管理学科修士論文。

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