緊急レポート WHO(世界保健機関)が電磁波問題への「予防原則の枠組み」案を公表

投稿者: | 2005年4月16日

緊急レポート
WHO(世界保健機関)が電磁波問題への「予防原則の枠組み」案を公表
植田武智+上田昌文+市民科学研究室「電磁波プロジェクト」
doyou83_uedatake.pdf
 送電線や携帯電話から発生する電磁波の健康リスクに対して、WHO(世界保健機関)が具体的な対策案を2004年10月に公表した。「Precautionary Framework for Public Health Protection」(公衆の健康を守るための予防原則の枠組み)と題された37ページの文書である。(http://www.who.int/peh-emf/en/よりダウンロードできる。)
 WHOは、1996年より10ヵ年計画で電磁波における健康リスクの調査プロジェクトを実施している(「WHO電磁波プロジェクト」)。これまでWHOは、『環境健康クライテリア』と題した一連のモノグラフを医療健康分野全般にわたって出してきたが、そのうち3つが電磁波関連であった(第35巻「超低周波」1984年、第69巻「磁場」1987年、第137巻「300Hzから300GHz周波数帯の電磁波 」1993年)。近年の電磁波健康影響問題への関心の高まりを受け、低周波ならびに高周波の新たなクライテリア(健康リスクの評価ならびに対策の指針)の作成の任を担って1996年に発足したのが「WHO電磁波プロジェクト」である。
 まず、電磁波の健康影響問題に取り組む上でWHOがどんな役割を担い、各国の規制政策にどう関係しているかを概観しよう。
●電磁波健康影響対策におけるWHOの役割
 現在この問題に関わる主要な国際機関は、「WHO電磁波プロジェクト」(健康リスクの評価ならびに対策の指針となる”クライテリア”を出す)、「IRAC(国際がん研究所)」(物質や因子ごとに発がんに関する評価を実施、モノグラフを発行)、「ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)」(電磁波の人体防護ガイドライン・規制値を作成し、勧告する)の3つである。各国の政府においては、電波行政に関わる省庁もしくは健康・保健衛生に関わる省庁が電磁波規制に直接携わること多いが、むろんエネルギー・産業政策や科学技術政策、場合によっては住民自治に関わる省庁もそこに関与して、国としての政策が決まっていくことになる。アウトプットとしての規制政策は、法律・法規として打ち出される以外にも様々な形がある。すなわちそこには、
・ 省庁の担当部署(通常、規制には健康や環境を扱う省が関与)による「法規」
・ 必要な場合に、専門諮問委員会(アドバイザリー・ボード)による「勧告」
・ 職業的被曝とEMC(電波障害などの電磁環境適合性)の観点から業界団体が設ける「自主的な規制値」
・ 自治体による「条例」
といった様々なレベルの規制が存在するのである。
 上記国際機関はこれらの規制にどういう関わりを持つと言えるだろうか。現体制上の関係は次のように整理できるだろう。
 WHOクライテリア→①→ICNIRP国際防護基準→②→ 各国省庁による規制法規
 WHOクライテリア←③→各国専門家委員会などの勧告
すなわち、矢印で示した関係性の中身は、
①:規制値を決めるのに必要な科学的データとその評価や解釈はICNIRP自身も行うが、規制は最終的には科学面での判断だけでは決まらず、必ず現実の政策面での考慮が伴う。したがって、ICNIRPはその規制値を決めるにあたっての政策的面での原則的な判断指針をWHOに仰ぐことになる。しかし、WHOは実際の各国の政策を決める機関ではないので、各国の事情に応じた具体性のある踏み込みはせず、あくまで一般的な原則論をまとめるに留まる。
②:ICNIRPの防護基準はあくまで各国が自主的に参照すべきものであって、拘束力を持つものではない。広く全世界の科学研究をレビューしている点で信頼度は高いとみなされているが、規制値という具体的な数字を決める上では、明確な健康影響の結果を示す研究が出ない限り「影響なし」とみなす立場をとっているので、健康影響へつながる可能性を示唆するとみなせそうな様々な生物影響を示す研究結果が、防護基準の検討には反映されないことになる。
③:WHOは各国の研究者が出す科学データを収集し検討するとともに、ワークショップや国際会議の場を組織してそれらのデータの評価に向けての足がかりを作る。さらに、必要ならば国際的な連携による研究プロジェクトを提唱し、各国の協力のもとに成果をまとめる。一方、各国の研究者や専門家は、自国の政府から政策形成・政策決定にかかわる科学的助言や勧告などの専門的アウトプットを要請された際には、形式上世界的な合意がほぼ大筋で得られているとみなせるWHOのクライテリアを参照することになる。
●予防原則の重要性を強調
 従来のリスク対策の手法は、専門家がリスクの有無や大小の評価を行ない、行政が具体的な対応措置を決定し管理するものであり、我々一般市民はその結果を伝えられるだけ、という形だった。そしてリスク評価の段階で、危険性が科学的に証明されたものだけに対して対策がとられていた。しかし、それでは危険の可能性のあるものに対しては、対策が遅れることになる。WHOの報告書は現今の社会の状況を、「危険であるとも安全であるとも確定的なことはいえない段階にあるリスクに対して、対策が遅れることよりも、過剰であってもとりあえず対策をとることを望み、その費用は許容する傾向にある」と指摘し、積極的な予防措置の必要性を強調している。
 また科学的に不確実なリスクの評価に際しては、科学的証拠の強弱だけでなく、社会的側面(胎児や子供や老人など自分で十分に身を守れない人たちへのリスクは過大に保護されるべきといったこと)や、政治的側面(被害を被る人たちと利益を受ける人たちが違う場合に調整する必要がある)、公衆衛生的側面(多くの人が曝露していれば、たとえリスク自体は小さくても公衆衛生上無視できない)といったことを考慮すべきだと述べている。また具体的な対策を検討する場合でも、そのリスクが、覚悟した人だけ受ける(携帯電話を使うなど)場合より、否応なしに受ける(送電線や中継基地局からの曝露)場合の方が対策は強化される必要があるとも指摘している。
 具体的な対策の決定にあたっては、個別の対策にかかる費用と効果を計算した上で、各国の状況にあわせて判断すべきだと述べている。ただし、決定に際しては、行政が一方的に決めるのではなく、企業や市民も広く参加した形で決定すべきだとも述べている。
 以上のような枠組みをはっきりと打ち出したことは、大いに評価されてよいだろう。
●しかし具体的な局面では……
 しかし、具体例として電磁波問題でこの枠組みを適用する段になると、すこし様子が変わるのである。(「付録B」で極低周波磁場、「付録C」で高周波が適用事例として取り上げられている。)
 極低周波磁場については、電磁波健康影響研究にとって転換点ともいうべき事態が生まれてきた。「4mG を超える磁場の曝露により小児白血病の発症率が2倍ほど上昇する」との疫学結果が相次ぎ、それを受けて、国際がん研究機関(IARC)が極低周波磁界を「2B=発がんの可能性あり」とランク付けしたことである。WHOの予防原則フレームワークの焦点の一つは、この極低周波磁場のリスクに対していかなる具体的な対策を勧告するかであろう。
 上記の疫学データは、WHO電磁波プロジェクトが数年がかりの国際協力研究によって得たものだ。しかし今回の報告書では、この疫学結果をどう解釈するかで「不確実性」の面を強調している。リスク低減・回避のための対策を立てるのに「費用とコスト」「費用と便益」の比較を行うべきだとしていて、極低周波磁場については、
「・小児白血病は比較的まれな病気である。
 ・疫学的証拠を額面どおり受け入れた場合、リスクが増大するようなレベルで曝露を受けている人口はほんの一部にすぎない。
 ・磁場が本当に原因なのか、様々ある曝露のどの面を低減すべきなのか、あるいは低減対策が実際に効果を上げるのか、ということについては不確実な点が多い。」(p.24)
との判断を下している。これ自身、”わずかな数の人しかかからない病気に対して金のかかる対策を講じる必要はない”との見方が前提とされているように思え、そのまま容認するわけにはいかない。
 そして、具体的対策の選択肢として、基準の見直しから送電線の設置場所の変更、技術的な電磁波低減策(送電線の地中化や電線の配置の変更など)、電磁波低減商品の開発などを列挙している。しかし、どの選択肢を選ぶかは各国の事情で違うと述べながらも、基準の見直しや送電設備への技術的な低減策は、コストがかかりすぎるので合理的でないとの判断を付け加えている。
「曝露の上限を4mG程度にすることは正当化されるとは思われない。WHOとしては、極低周波磁場の曝露の上限は、確立されたとみなされる科学的証拠に基づいたものであり続けるべきだと判断している。」(p.25)
「安全性がより向上するなど他の面での利益をもたらすか、あるいはその地域の事情によって超低コストで対策をとり得るということがない限り、技術的な手段の変更を含むいかなる対策も正当化されるとは思えない。」(同)
 この場合、どのような対策をとった場合にどれくらいのコストがかかるのかをある程度はっきりと示していないのだから、何をもって「超低コスト」とみなしているのかはまったく分からない。
「高圧線の計画体制の変更に関するコストは各国によって状況が違う。一般化は不可能である。しかし個々の新たなプロジェクトに対して曝露の効果的な低減を要求する手続きは採用されることもあるだろう。」(同)
と保留らしき言葉も付け加えているが、これでは、具体的な対策法を各国が決定する場合、基準の見直しや費用のかかる送電設備工事などは最初から選択肢からはずせと言っているのと変わらないだろう。
 では、予防原則に立った具体的な対策はありえないのだろうか? 周知のとおり、イタリアやスイスのように、ICNIRPの防護基準よりはるかに厳しい規制値を設定している国もすでにある。また2002年にアメリカのカリフォルニア州政府は、費用対効果の試算を公表して、配線の調整などによる電磁波低減策のコストは、小児白血病のリスク(年間3人程度が電磁波が原因で死亡と推定)解消のためには合理的な判断だという結論を出している。
 このように各国で具体的な実施例があるにもかかわらず、WHOが”具体的な対策をとらなければならない合理的根拠はない”と言わんばかりの判断を下していることは、報告書の趣旨自身をないがしろにするような後退ではないかと思われるのだ。
 WHOのこのレポートは草案であり、1月15日までパブリック・コメントを募集している。市民科学研究室電磁波プロジェクトでは、この報告書の「付録B」で扱われている高周波(ことに携帯電話と携帯基地局)の問題をも含めたコメントを作成中である。次号にてご報告したい。

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