『市民研通信』第46号 小特集
第76回日本公衆衛生学会総会 シンポジウム6
疫学研究の意義とその活用を検討する-放射線に関連した労働者の健康を守るために-
2017年10月31日(火)13:30~15:00第8会場(かごしま県民交流センター3F大研修室2)
報告ならびに発表者による論考(3)
被曝労働者の疫学調査についての考察
―ビンシロウとハカセの対話―
永井宏幸(NPO法人市民科学研究室・低線量被曝研究会)
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ビンシロウ:おい居るかい.ハカセ.だいぶん海の色も青くなってきたぞ.どうだい,いまからハゼ釣りに行かないかい.おい....なんだ,こんなに天気のいいのに,おまえ,パソコンとにらっめっこしているのか.あいかわらず野暮な男だ....おい.聞いてるのか? なに入れ込んでんだ.
ハカセ:え? ああ,ビンか.いやなあ,原発労働者のデータを使って放射線の影響を調べた報告書を読んでるんだ.
ビ:へえ,日本にもそんな調査があるのかい.
ハ:1990年から国が始めた調査なんだ.国から委託を受けているのは放射線影響放影協(放影協)という組織で,ここからほぼ5年に一度報告書が出ている.これは2015年の第V期調査の報告書だ.調査を始めたときの国の所管は科学技術庁だったんだが,いまは原子力規制庁になっている.
ビ:調査の対象は原発の作業員なのか?
ハ:核施設をもつ事業者は放射線業務従事者の被曝線量を記録して「放射線従事者中央登録センター」に引き渡しているんだが,ここに1999年3月末までに登録された従事者を放影協が追跡調査している.第Ⅴ期報告書は,このうち日本国籍をもつ20歳以上の男性204,103人のデータを用いて被曝線量と死亡率の関係を分析している.この分析対象をコホートといっておこう.事業者は16あるが原発をもつ電力会社が10社を占めるので,登録者の大半は原発労働者と思っていいだろう.ほかは日本原子力研究開発機構や燃料加工の事業者などだ.
ビ:それなら,福島第一原発事故の除染作業員ははいってないんだな.
ハ:そっちは厚生労働省の担当で別に調査が始まっている.
ビ:それで,その報告書には何がわかったと書いてあるんだ?
ハ:ここを読んでみてくれ.これがこの報告書の結論だ.そこに悪性新生物と書いてあるのは,がんのことだ.
本疫学謂査において、全死亡に累積線量との関連は観察されなかつた.また、放射線被ばくと関連が強いといわれている白血病(慢性リンパ性白血病を除く)においても有意な関連が認められなかった.多くの部位別の悪性新生物や新生物疾患に累積線量との統計的に有意な関連は観測されていないが、一部の疾患においてみられた累積線量との関連は喫煙等の放射線以外の要因による交絡の影響を含む可能性が高いことを示唆する結果が得られた.従って、現状では、低線量域の放射線が悪性新生物の死亡率に影響を及ぼしていると結論付けることはできない.(第V期調査報告書,p.43)
ビ:前段はいっていることがよくわからん.「有意な関連」というのもよくわからん.しかしだ.要するに,原発の放射線ががんの死亡率には影響してないということのようだな.よかったじゃないか.めでたい,めでたい.さあ,仕舞にしてハゼ釣りにいこうぜ.風も凪いでいる.
ハ:そう読むんだろうなあ,普通は.だけど,ビン,そう読むのは早計だ.
ビ:というと?
ハ:「関連が有意」というキーワードは後で説明するとして,ここには有意な関連のなかった死因が列挙されている.全死亡,白血病,多くの部位のがん,非新生疾患とね.ところが,有意な関連があった死因のほうは,はっきりと書いていないよね.
ビ:そうだなあ,「一部の疾患」と書いてあるだけだな.
ハ:部位で区別しないがんはどっちに入ると思う?
ビ:この文面からすれば,有意でなかったほうだと思うよ.
ハ:はずれだ.がんは関連が有意だった.この結論だけを読むと騙されてしまう.
ビ:なってこった! 確かに騙されたよ.
ハ:ここにはっきりと書きたくなかったんだろうな.
ビ:ちょっと,あきれてしまうな.ところで,この「有意な関連」というところはどう理解すればいい?
ハ:報告書は,放射線被曝が死亡や罹病のリスクと統計的に有意な関連が検出されないかぎり,放射線がリスク(死亡や罹病)の原因であるとは認められないという立場に立っている.関連が有意かどうかは,仮説検定による判定と,過剰相対死亡率ERRによる判定で決めている.簡単に説明しておこう.
ビ:すぐには理解できんよ.だいたい0.05とか90%とかの数字はなにが根拠なんだ.
ハ:根拠はない.習慣だ.これならリスクの有無を機械的に判断できるので使っている人が多い.何も考えなくていいから便利なんだろう.ただし,このようなリスク判定はリスクの過小評価をもたらしているという理由から根強い反対がある.ぼくもそれに同意見で,ベイズ統計学にもとづいてリスクを確率で評価したほうがよいと考えている.有意性による判定はリスクを認定するのに非常に消極的な仕組みになっている.
ビ:よくわからんが,まあいいだろう.それで報告書のがんの分析はどうだったんだ?
ハ:がん死亡のp値が0.005だった.ERRのほうも90%信頼区間の下限が0.43だ.だからどちらの判定方法でも有意という結果が出ている.
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