【小特集02】シンポジウムの趣旨ならびに発表の抄録

投稿者: | 2018年7月4日

『市民研通信』第46号 小特集

第76回日本公衆衛生学会総会 シンポジウム6
疫学研究の意義とその活用を検討する-放射線に関連した労働者の健康を守るために-
2017年10月31日(火)13:30~15:00第8会場(かごしま県民交流センター3F大研修室2)

報告ならびに発表者による論考(2)

シンポジウムの趣旨ならびに発表の抄録

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座 長:上田 昌文(NPO法人市民科学研究室・低線量被曝研究会)
山口 一郎(国立保健医療科学院 生活環境研究部)
発表者:吉永 信治(量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所)
永井 宏幸(NPO法人市民科学研究室・低線量被曝研究会)
濱岡 豊(慶應義塾大学商学部)
毛利 一平(ひらの亀戸みまわり診療所)

シンポジウムの趣旨

【疫学が人々の関心を集めるとき】
私たちの健康に重要な公衆衛生活動の科学的根拠は疫学研究に基づく。しかし、日常生活では疫学は市民にとって身近なものではないかもしれない。ところが疫学研究が一般市民の関心を集めることがある。例えば東電福島第一原発事故は、放射線による健康影響への関心を高めることになった。このように健康への危機感が高まると疫学研究への関心が増す。

【社会的な課題となる疫学研究結果の解釈】
放射線による健康影響はこれまでの疫学研究により検証されているが、その解釈で議論もあり社会問題化した。このように疫学は、社会的な課題にもなることから、率直に意見を交わすことが容易でないことがある。このように公衆衛生の課題は社会的な側面も持つ。放射線の影響を最も長期間で大規模に調べ続けてきたのが米日合同の広島・長崎原爆被ばく者の疫学研究である。この研究は被ばく者の貢献で成り立っており、日本人にとっては他人事ではない。一方、保健医療では、国策として推進しているがん検診だけでなく、日々の診療でも放射線が使われている。診療にメリットをもたらすにしても、リスクも与えるかもしれない放射線とどう付き合うのがよいだろうか?このような課題でも疫学研究の成果を反映させることが重要であり、公衆衛生関係者だけでなく市民共通の課題でもある。

【労働者を対象とする疫学研究の意義と課題】
職業被ばくは、公衆の被ばくと異なって線量の記録・保管が法律で義務付けられている。低線量での放射線影響に関する疫学研究に役立つと考えられ、日本学術会議は平成22年に放射線作業者の被ばくの一元管理を提言している。そこで、まず職業集団を対象とした疫学研究を実施した研究者から、課題をお話しいただく。また、原発の放射線業務従事者を対象とした長期大規模な疫学調査について、その成果と問題点を検討している異分野の研究者から問題提起をしていただき、批判的に検討する。
職業上で被ばくする労働者はみな生きた人間である。この当たり前の事実が軽視されているという疑念も公衆衛生関係者に対して持たれている。このことは何を意味しているのか。日々労働者の診療をされ、相談に応じている医師から疫学研究を労働者の健康を守るために生かすにはどうしたらよいのか、手がかりになるお話をいただいた上で、それぞれ異なる立場間での対話により、不信の連鎖を断ち切るための模索の機会としたい。

発表の抄録

吉永信治(量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所)
放射線に関連した職業集団を対象とした疫学研究の経験から

【放射線疫学研究の概要】
職業、医療、環境など様々な状況で放射線被ばくを受けた集団を対象として「放射線疫学研究」が実施されてきた。特に、原爆被爆者を対象とした疫学研究による知見は、放射線被ばくによる健康影響に関する最も重要な情報として、放射線の安全基準や規制の科学的根拠として役立てられてきた。しかしながら、長期にわたる低線量放射線など、被ばくの仕方が原爆被爆者と異なる被ばくに関連した健康影響については、十分な知見が蓄積されておらず、また結果の不確かさが大きい。

【放射線技師の疫学研究の経験から】
放射線技師や放射線科医は、最も古くから職業的に放射線被ばくを受けてきた集団の1つで、欧州、米国、中国、日本等で疫学研究が実施されてきた。演者らは、関連学会の協力のもとに、日本の診療放射線技師約12,000人を対象とした追跡調査を実施し、初期の集団における白血病リスクの増加などを報告した。一方、最近の集団では、日本を含む各国の放射線技師や放射線科医において、白血病を含むがんリスクの増加は概ね確認されなかった。日本の放射線技師を対象とした演者らの疫学研究では、研究対象者に直接接触する機会がなかったが、米国の放射線技師の疫学研究など最近の多くの疫学研究では、研究対象者からのよりよい理解と協力を得るために、ニュースレターの配布などを通した情報提供などの取り組みが行われている。

【放射線疫学研究の課題と展望】
現在、わが国では放射線に関連した職業集団のうち、約20万人の放射線業務従事者、および約2万人の東京電力福島第一原子力発電所の事故に対する緊急作業従事者について、大規模な疫学研究が実施され、低線量放射線によるがんなどの健康影響が調査されている。さらに、本格的な疫学研究はわが国で実施されていないものの、IVR(Interventional Radiology)に従事する医師における白内障は懸念される健康影響の1つである。これらの研究においては、調査研究が果たす役割について研究対象者のみならず、社会からの十分な理解を得た上で実施する必要がある。得られた研究結果は労働者の健康管理や不安解消に役立てるばかりでなく、放射線と健康に関する社会の理解増進にも役立てていく必要がある。

永井宏幸(NPO法人市民科学研究室)
被曝労働者の疫学調査について

日本の被曝労働者の被曝線量は、1979年から放射線影響協会(放影協)内の放射線従事者中央登録センターに保管されている。国はこのデータによる疫学調査を1990年から放影協に委託し、1995年から5年ごとに報告を受けてきた。何が明らかになったのか,最新の第Ⅴ期調査報告書(2015年)から考察する。
報告書の判断基準
(1)死亡率が被曝線量に応じて増加しないという仮説をスコア統計量を用いて片側検定し、p<0.05であれば死亡率が増加していると判断する。(このとき「統計的有意」と表現する。)
(2)年齢,暦年,住所で層にきったデータで過剰相対リスク係数βを求め、βの信頼区間の下限が正であれば死亡率が増加していると判断する。(報告書はこれも「統計的有意」と表現する。)
分析結果
がん*について結果は
p=0.005,β= 1.20 (90%CI,0.43:1.96)
であった。いずれの基準からも増加が認められた。部位別については肺・肝臓などで有意な増加が認められた。
交絡の影響
放影協は,過去2回、コホートの一部集団を対象にした生活習慣のアンケート調査をしている。これまで報告書はβの計算をあえてしてこなかったが,第Ⅴ期調査ではじめてβの値を公表し,喫煙の影響によってβの値が小さくなると主張している。第2次アンケート回答者集団についての分析では,
p=0.221,β= 0.78 (90%CI,-0.65:2.20)

p=0.348,β= 0.31 (90%CI,-1.03:1.65)
になっている。βの60%が喫煙の影響によって説明できるというのが放影協の結果である。
報告書の結論
報告書は、このことから「喫煙等の放射線以外の要因による交絡の影響を含む可能性が高い」とし,「低線量域の放射線が悪性新生物の死亡率に影響を及ぼしていると結論付けることはできない」と総合判断をしている。
調査の成果はなにか
国はこの調査に97億円(推定)の国税を投入し,25年間,「結論がでない」という報告を受け続けている。このままでは意味のある報告が出る見通しはない。
多面的分析の必要性
データを観察すると検討を要する問題がいくつもある。5mSvでリスクが急に大きくなるのはなぜか。100mSvを超えるとリスクが減少するのはなぜか。直線近似の分析は妥当か。欧米の大規模コホートとなぜ結果が大きく違うのか。
調査を意味あるものにするために何をすべきかを考えます。

濱岡豊(慶應義塾大学商学部)
米国核施設労働者データの再分析:マーケティング分野からの視点

【目的】 小売店へのPOSシステムの普及によってデータ入手が容易となり、マーケティング分野においては、個人レベルの行動を分析する手法が発達してきた。一方、原爆被爆者、核施設労働者など放射線疫学の主要な研究では、被曝量、年齢などの連続変数を離散化し、層別集計したデータが分析されてい
る。このような方法には、離散化の際の区間設定の任意性、層別集計による情報損失=検定力の低下等の問題がある。また、長期の被ばくについても各年の被曝量を単純に累積した値が用いられている。これは若年時の被ばくの方がリスクが高いという知見を無視していることになる。

【方法】本研究では、米国エネルギー省が公開している核施設関連労働者データのうち、Gilbert et al. (1993)が用いたデータを再分析する。彼女らは、上述のように集計したデータにMantel-Hansel検定とポアソン回帰を適用し、累積被曝量と固形ガンなどの死亡率には有意な関係がないとした。本研究では、個人レベルのモデルとして、死因別に分析する二項ロジットモデル、複数の死因のうちいずれかで死亡することを想定した多項ロジットモデル、さらに死亡までの期間を考慮したハザードモデルで分析を行った。説明変数としては累積被ばく線量、雇用年数、雇用開始年、施設ダミー等を導入した。線量につ
いては時系列での被ばくパターンを6分類して累積線量との交互作用を導入した。

【結果】固形ガン死亡に関して、二項ロジットモデル、多項ロジットモデル、ハザードモデルのいずれも有意となった(例えばハザードモデルの累積線量の係数0.097, z=3.11, p<0.01)。被ばくパターンと累積被曝量の交互作用を導入することによってモデルのあてはまりが向上し (AIC:交互作用項なしのハザードモデルの場合42674vs ありの場合42668)、累積線量のみならず、被ばくのパターンを考慮する必要があることがわかった。

【結論】原爆被爆者、核施設従業者など、主要な研究は上述の問題がある分析が行われている。個人レベルのデータがあるにもかかわらず、そのような分析をすることは、計算機のパワーが不足していた時代には許容された。(低線量)被ばくのリスクを把握するには、個人レベルでのデータをそのまま分析すべきである。

毛利一平(ひらの亀戸みまわり診療所)
労働者の健康を守るために疫学研究をどうすれば生かせるのか

疫学研究の成果は、労働者にとってどのような意味を持つだろうか。それは、一つには安全な、そして安心して働ける労働条件・労働環境を整えるための根拠を与えてくれる。そして二つには、健康を害してしまったときに、それが仕事に起因するものであるかどうか判断するための根拠を与えてくれる。
研究の結果が、常に、誰にとっても納得できるものであれば、労働条件・環境の整備も、疾病の作業関連性の判断も容易だ。しかし、そんなことはまずありえない。労働者の健康に関する問題は、労働者と使用者、その間で政策をコントロールする行政が絡むため、それぞれがそれぞれの立場に対して、深い理解と共感を持つことができない限り必ず対立が生じ、疫学研究もまたそのはざまで翻弄される。
重要なことは、この特異な分野において、研究者のほとんどが疫学データの活かし方を理解できていないことにある。例えば疾病の作業関連性を判断する場合、疫学データは何らその基準、つまりここからここまでを作業関連性とするデータ(数字)、を示すことができない。疫学データにできることは、疾病の作業関連性を確率として示すところまでであり、どこからを作業関連性ありとし、あるいはどこまでを労災保険の中でサポートするかといったことは、(データを基にはするけれども)社会的な判断でしかない。そのことが理解されていないと、疫学データは労働者、使用者および行政それぞれの立場を支持する根拠として使われるだけで、議論は平行線となりやすく、問題の解決を困難にしてしまっている。
課題は多いが、まず何よりも疫学研究のすべてのプロセスにおいて、高度の透明性が確保されなければならない。誰によって、どのようにして得られたデータなのか、原則すべてがオープンにされる必要がある。プロセスのどこかに問題があることが問題なのではなく、問題が正しく議論されればよい。原データが公開され、様々な角度から解析され、議論されることも期待したい。結局、そうした議論を納得いくまで積み重ねるしか、疫学データを社会的により正しく生かす術はない。

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