多摩のめかいについて
恵泉女学園大学 篠田真理子
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めかいというのは、六角形の目を持つ籠のことで、高度経済成長期頃まで多摩丘陵地域において農家の副業として生産されていたものである。現在、販売はほぼ行われておらず、いくつかの団体がめかい編みを継承する活動をしている。
現在、私の本務校である恵泉女学園大学では、学生サークルとしてめかい編みを教えていただいているところである。
2024年9月14日「土曜広場」にて、三河内さんのお誘いにより多摩のめかいについてお話しする機会をいただいた。その時お話しをした概要と、参加者の方との応答について簡単に記したい。当日は、三河内さん以外に3名の方と代表の上田昌文さんが参加くださった。
多摩のめかい
多摩のめかいとの出会いは、大学周辺の地域住民の方とお話しした時に、偶然めかい編みをなさっているということを知った十数年前に始まる。
多摩ニュータウンは高度経済成長期の住宅需要に対応するために多摩丘陵に造成され、1971年に入居が始まった。大規模開発と造成の様子は、高畑勲監督作品『平成狸合戦ぽんぽこ』でもうかがい知ることができる。周辺環境も住居も一変し、新しい街に新しい住人が一気に流入したのである。
農業地域だったもともとの地域住民の方々と新しく住民になった方々は、交流を図る様々な取り組みをした。めかいを教える・教わるという交流はその一つである。大学の近隣である町田市小野路(おのじ)という地域の農家の方が、ご自宅の納屋をめかいのための場所に改造し、新しい住民に対してめかい編みを教えた。その時に教わった方が、現在はさらに次の世代に教える活動をされており、そのようにしてめかい編みは現在も引き継がれている。いま大学で学生にめかい編みを教えてくださっている矢滝先生は、ニュータウン初期の入居者として元農家の方からめかい編みを習ったお一人で、長らく児童館などで子供たちにめかい編みのご指導をなさってこられた。
めかいの材料になるのは、多摩丘陵の里山に生息しているシノダケ(アズマネザサなど)である。皮の部分を細く剥いて使う。多摩ニュータウンを造成したと言っても、いまだに里山や大きな公園が残る多摩地域では、この植物は身近なものである。つまり材料が身近で採取できる地産地消の産物である。
タケ・ササ類は地下茎で増殖するため、他の植物を圧迫して広がってしまい、里山では雑草扱いされて刈り取られる対象である。しかし、副業として盛んにめかいが作られていた頃は、奪い合うようにシノダケを採取していたという。めかいを知ることにより、里山管理のボランティアの方が、「これはひどい邪魔者と思っていたけど、役に立つんですね」とおっしゃっていたのは印象的であった。
大学近傍でのシノダケ切り
逆に言うと、採集して自作する以外に材料を作る方法がない。つる編みの材料(アケビ・ブドウ・ヤマブドウなど)や、いわゆる竹細工のためのマダケなどを割いたものは通販で販売されていることがあるが、多摩のめかいの材料となるシノダケを細く割いて皮をむいたもの(ヒネという)は販売されていない。めかい編みに挑戦したい人はかなりいると推測されるが、この材料作りが第一関門になる。編むよりも材料を作る方が技術的には難しいのである。
学生たちは、矢滝先生のご指導の下、材料となるササを切り出すところからはじまり、四つ割り、ヒネヘギ(ヒネを剝いで作ること)をして材料を作り、編んで籠を作るまでの一連の作業を行う。多摩地域には交通量が多い道路などもあり、皮の表面に自動車排ガス由来の油っぽい黒いススが付着している。そのような汚れを取る作業も必要である。手間はかかるが趣味としては楽しい作業であり、様々な形や大きさを考えて工夫する余地もある。ササの質感、におい、手触り、作った後に徐々に枯れて黄変していく過程なども味わえる。すべて自然の材料で作られているので、廃棄するときにも環境を汚染せず、カーボンフリーである。
めかいの材料であるヒネは皮の部分を剥いで作る
2023年に「南多摩のメカイ製作技術」は「東京都指定無形民俗文化財(民俗技術)」に指定された。現在、いくつかの任意団体が技術の継承に力を入れており、おそらく制作技術としては残っていくことができるだろう。材料も、森林・里山ボランティアが盛んな多摩地域においては、今のところ採取に困ることはなさそうである。
さて、すべて手作業で作られる多摩のめかいは、安価なプラスチックの笊や籠がいくらでも手に入る現代においては、販売しても人件費を考えると採算は取れない。日本の伝統工芸は、稼業としてはどこでも青息吐息である。しかし、手仕事が好きで、それを趣味ではなく仕事にしたいと考える一定数の若い人は存在する。ブラック企業、IT化、コミュニケーション能力の要求、パワハラセクハラ等にさらされる働き方になじめない人々が、自分の手を使って稼げたらいいのにという願望を抱いても不思議ではない。そういった働き方は無理なのだろうかという雑感を、「土曜広場」というざっくばらんにお話ができる機会に述べさせていただいた。
参加した方からは、福島県にある昭和村からむし織体験生制度のことをご紹介いただいただいた。また、多摩のめかいづくりにはめかい包丁という独特の形状をした刃物を使うのだが、そのような刃物の生産についても意見交換をすることができた。
ご参加の皆様の温かい雰囲気で心地よくお話しさせていただき、またたくさんのご意見をいただけたことで刺激を受けることができた。このような機会をいただけたことに御礼申し上げます。■
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