土曜講座「出前授業」をしてみました

投稿者: | 1999年3月27日

土曜講座「出前授業」をしてみました

薮 玲子

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*きっかけ
「高校で授業をやってみませんか?」
11月中旬に猪野修治さんから土曜講座の運営委員宛にこんなメールが届きました。猪野さんは都内にある私立女子中学・高校の物理の先生です。そのご自分の担当していらっしゃる高校3年生の物理の授業で、何か話しをしてみませんかという提案でした。と言っても、物理を選択している生徒さんは8名。「いつもの土曜講座の感じで気楽に自由に話してくださればいいのです」とのこと。
「それでは、やってみますか」
「やるなら早いほうがいいですね」
と、とんとん拍子に話しがまとまり、11月26日の午後、5時限目と6時限目に、運営委員の古田ゆかりと編集委員の薮玲子が授業をすることになりました。

*それぞれのテーマ
さっそくそれぞれのテーマを決めました。
フリーライターの古田さんは、以前取材したことがある「遺伝子組み替え食品」を題材に科学技術と社会の関係を話してみたいとのことです。いかにも古田さんらしいテーマ設定です。
いっぽう私は、ちょうどその時『湯浅年子/パリに生きて』(山崎美和恵編、みすず書房1995)という本と出会って、読みはじめていたところでした。湯浅年子は1909年生まれの日本で最初の女性物理学者で、フランスを研究の拠点にして自由にエネルギッシュに生きた国際的な科学者です。物理を選択している女子高生に、この湯浅年子の生き方を話してみるのもおもしろいと思いました。

*授業の準備
お茶の水女子大学女性文化研究センターで湯浅年子の資料の整理をしていると知って、さっそく連絡してみました。すると幸運にも、湯浅と親交のあった山崎美和恵先生が会ってくださると言うのです。山崎先生は70代半ばの物理学者で、ご専門は「素粒子理論」です。どんなおばあさんかしら?と胸をときめかせて出かけました。
「湯浅年子に興味を持ってくださって嬉しいわ」
山崎先生はにこやかな笑顔で迎えてくださいました。とても70代には見えない若々しさです。机の上いっぱいに広げられ、積み上げられた資料や本を端に寄せながら、
「まあ、まあ、そのへんにお座りなさいな」
まるで恩師と教え子という風情です。
山崎先生は湯浅年子の30代から晩年にわたって親交があり、現在はその伝記を執筆中だそうです。物理学研究一筋に生きた湯浅年子の、なんと人間的に大きく温かく魅力的であったことか。山崎先生の熱っぽい話しは1時間半におよび、帰りにはどっさりと資料を戴きました。日の暮れた帰路を急ぎながら、私は山崎先生を通して湯浅年子につながった気がして興奮していました。

*授業の日
あっと言う間に授業の日がやってきました。
午後1時に校門を入ると、向こうの建物から猪野さんが「やあ、ようこそ!」と現れました。
7階の図書館の奥にある小部屋に案内されました。窓からは都心の景色が一望に見渡せます。
「わあ、まさに東京の中心という景色ですねえ」
古田さんと私はしばし景色に見入りました。8人の生徒さんが輪になって座りました。
古田さんの授業は、まず彼女のフリーライターという職業の説明から始まりました。女子高生たちは憧れのまなざしです。
「ところで、遺伝子組み替え食品って知っています?」
ほどんどの生徒さんが手を挙げます。
「どんな食品があるかしら?」
「大豆」とひとりが答えます。すかさず、
「大豆のつぶってこと?」と古田さん。
「大豆製品」
「そうね、どんなものがあるでしょう?」
「豆腐」「みそ」「おから」「ゆば」と口々に答えが飛び出します。その度に、「うん、そうね」「そうそう」「お、よく知っているね」「すごーい!」と古田さんは相づちを打って盛り上げます。
簡単に遺伝子組み替え食品の説明をした後、再び質問。
「じゃあ、除草剤耐性の大豆で得をするのはだれ?」
「農家の人!」「除草剤の会社」
「では、日持ちするトマトで得をするのは?」
「トマトを売る人」
そして、話しは核心に入ります。
「これらの食品の安全性の検査は誰がやるべきでしょ?」
生徒たちは「うーん」と考え込みます。
「厚生省・・?」
「そうよね。では、実際は誰が検査しているのでしょう?」
またもや、しばしの沈黙の後、一人の生徒が
「その食品を作った会社……かな?」
「そう。するどい!」
こんな風に授業は和気あいあいと楽しく進んでゆきました。遺伝子組み替えの技術が社会に入ってくる裏で、その技術によって利益をもたらすのは誰か、誰のための技術開発か、われわれは安全なものを手に入れるために何をすべきか、問題は何かを見極める目を養うことがいかに大切か、まさに科学と社会を考える分かりやすく楽しい授業でした。
次は私の「物理学者・湯浅年子について」の話しです。
前日にレジュメの準備をしながら、どういう風にまとめようかと迷っていました。話したい材料は山のようにありましたが、思いきって大幅に絞ることにしました。
1冊の本との出会いから湯浅年子に興味を持ったこと。生涯を研究に捧げた年子の生きざま。自分の意志を貫き自由に純粋に生きた年子に感動し、その人となりを知りたくて山崎先生を訪れたこと。山崎先生から伺った湯浅年子の人間的な側面。豊かな感受性と批判精神にあふれた年子の素顔。心温まる楽しいエピソードの数々。最後に、年子の文学的な素質が垣間見られる美しい文章を紹介しました。
これで、ちょうど予定の時間でした。

*授業を終えて
学校の先生ではない人の話しを聞くことは、生徒さん達にはとても新鮮だったようです。そればかりか、猪野先生まで、授業が始まる前に「なんだかドキドキするよ」と、おっしゃって緊張されていました。生徒さん達もそれを見抜いて、「今日の先生はいつもと違う」と、冷やかす始末です。そのほほえましいやり取りから、猪野先生がいかに生徒に慕われているかが伝わってきました。
でも、誰よりも新鮮な刺激を受けたのは、古田さんと私だったでしょう。部屋を出たとたんに古田さんが私に言いました。
「高校生って、あんなに素直で可愛いのねえ」
楽しい貴重なひとときでした。こんなチャンスを作ってくださった猪野さんに心から感謝申しあげます。
ありがとうございました。
宅配ピザならぬ「出前授業」、これを土曜講座の売り物にしてはどうでしょう?

*その後のこと
図書館に頼んでいた湯浅年子の数冊の著書が、授業から6日も経ってやっと手に入りました。驚いたことに、その中の1冊は1950年(昭和25年)に出版された文庫本の初版でした。(『パリ随想』)アテネ文庫・弘文堂1950)80ページの薄い本で、値段は30円とあります。茶色に変色したページをそろりとめくると、若い日の湯浅年子が、今にもそこに現れそうな気がしました。

 

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