道路偏重の交通政策を転換せよ

投稿者: | 1999年3月27日

道路偏重の交通政策を転換せよ

守谷俊明

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これは「クルマ社会を問い直す会」の会員であり、鉄道会社に勤めておられる守谷さんが、同会の会報向けに書かれた文章ですが、重要な問題提起を含んでいますので、ここ守谷さんの許しを得て転載いたします。(上田)

クルマ社会における交通事故や環境破壊等の問題を解決するために、本会あるいはその構成員はこれまで様々な提言や訴えをしてきた。その結果末端の交通政策の風向きは少しずつ変わりつつあるが、国の交通政策の骨格については全く変化が見られない。そこで私は、今後の運動の重要な目標を明確にするべく、これについて触れてみたい。

そもそも交通政策とは、重要な基本的人権である交通権(人が安全・快適・確実・迅速・廉価に移動する権利)を保障するために、様々な交通機関をうまく組合せる事である。近年では更に資源・環境問題上の要請も加わった。様々な目的価値と様々な手段を見渡すので、総合的な判断能力が必要な政策分野である。

ところが現実の国土交通政策には、そのような観点が全く無い。本来なら相互補完関係であるべき鉄道と道路が、利権の力で別々に政策立案され、またそれぞれの内に投資の過剰と貧困を生み、極めて非効率的な状況になっている。国鉄債務問題であれだけ大騒ぎしたにもかかわらず(それすら満足に処理していないが)、相変わらず新幹線や高速道路の計画が目白押しだ。
特に道路族の鼻息の荒さにはあきれるばかりだ。現状でも高速道路等の高規格道路は過剰なのに、まだ飽き足らずに、更に今の2倍以上になるまで作らねば国民は豊かになれない、と言うのである。余計なお世話だ。このまま行けば、「道路満ちて国滅ぶ」という事になりかねない。

高規格道路は問題だらけだ。まず財源の裏付けが無い。道路公団には一応料金収入と道路特定財源という収入があるが、建設費(それ以上に借入金返済費)を賄うためにそれらの収入を上回る国からの借金を重ねているので、雪だるま式に債務が膨張してゆく。近年の公共事業費抑制の流れの中でも、この分野だけは聖域のようだ。どうせゼネコンにカネをばらまきたいのなら、余計な道路を壊す事に使った方が余程増しだと思うのだが。

そして、環境破壊や交通事故については言うまでもないが、更にあまり言及されない問題として、設備の維持・更新がある。先日の山陽新幹線のトンネル事故で明らかになったように、コンクリートには寿命があり(正しく施工しても約50年)、現在ただでさえ原料の砂利が不足しているのに、今後大量のコンクリート構造物が更新の時期を迎えたら一体どうなるのか。
また、高規格道路は並行する鉄道の経営を圧迫する。中でも、JR3島会社とJR貨物は危機的状況だ。JR四国では、近年の相次ぐ本四連絡橋の開通で乗客が激減し、比較的新しい特急形車両を普通列車用に転用せざるを得ない異常事態に追込まれた。安全で環境にやさしい鉄道の衰退は、私達の生活を確実に脅かすだろう。

そのような状況を変える抜本策としては、「政策判断の総合化」と「道路特定財源の総合交通財源化」に尽きるが、関係者の抵抗が激しく見通しが立たない。今度の国土交通省への統合後も、局単位で鉄道と道路の対立が温存されると言われている。改革に抵抗する族義員の御用学者を、片端から説得しなければならないだろう。道のりは長く、運動はこれからが本番だ。

 

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