◆ 英国戦争博物館見学記

投稿者: | 1999年4月20日

◆ 英国戦争博物館見学記

滝 知則

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現在イギリスに留学中の滝さんから「イギリス便り」を寄せていただきました。 これまで滝さんはイギリスから日本の友人たちにあててヨーロッパでのいろいろ な動きを折りにふれて私信で伝えてくださっていました。「イギリス便り」でま た新たな読者との交流が生まれることを期待しています。

◆はじめに
1994年から1997年まで土曜講座に参加していた滝知則と申します。一 昨年の12月のクリスマス・パーティーの際には妻の光子と私の壮行会も兼ねて いただき大変ありがとうございました。あの時に激励していただいた方々へのご 報告も兼ねて、私が今何をしているかを簡単にご説明します。
昨年10月からウォーリック大学大学院で1年間の予定で国際関係学を専攻しており、次の4科目をとっています。必修の「国際関係理論」では国際政治理論 を学んだのち、国際関係上の具体的な問題についてクラスで討議しています。討 議のテーマは国家の倫理的責任、民族とナショナリズム、エコロジー、グローバ ル化などです。各科目ごとに自分で決めた問題について論文を書くのですが、こ の科目では、国家が国境を超えて人権を保証することが可能かどうかについて研 究しています。「東アジアの開発モデル」では東アジア諸国の経済開発の事例研 究をしています。論文のテーマは2つあり、1つは韓国の経済開発について調べ ています。
それからもう1つは、日本の対外投資と日本への移住労働者の動向と の間にどのような関係があるかという内容です。「ジェンダーと経済開発」で は、経済開発が女性におよぼす影響について研究しました。この科目では、アフ リカやラテンアメリカの債務危機の結果、各国の女性の生活がどのように厳しく なったか、その背景に女性差別がどのような形で存在するかを検討して論文を書 きました。最後の選択科目は「現代英国政治史」で、今世紀のイギリス政治の意 志決定がどのように行われてきたかについて研究しています。私は、第2次世界 大戦直後のアメリカからのイギリスに対する経済援助をめぐる両国の利害の対立 について調べています。同時期の韓国、台湾、日本がアメリカの援助を受け入れ たのとは違った経緯があることを興味深く思っています。

◆戦争博物館を訪れる
さて去る1月22日にロンドンにある戦争博物館(Imperial War Museum)を見 学してきて、興味深い見聞をしましたので、土曜講座の皆様にも関心を持ってい ただけるかと思い簡単にご報告します。私が今年在籍している学科では国際関係 論が必須科目なのですが、この科目の課外講義として担当教授と同級生の総勢約 20人(教授以外はみんな私よりも若い人たちです)とロンドンに行きました。 担当教授がこの博物館の学芸員の一人と面識があるということで、この方に展示 内容を説明してもらいました。

学芸員は「当博物館の展示の全体のメッセージは、戦争をしてはならないとい うことです」と言って説明を始めました。博物館の前にはイギリスの戦艦に使わ れていた長さ10メートルにもなる大砲2門がそびえていますし、建物の中に入 ると戦車、ロケット、大砲、戦闘機などが所狭しと並べられています。実は子ど ものころに流行していた戦車や飛行機のプラモデルを作っていたことがあります ので、そのころの記憶が蘇ってきて、若干妙な興奮を感じたのも事実です。しか し展示されているドイツの戦車をよく見ているうちに、子どもだましの妙な興奮 は吹き飛ばされます。
戦車の中が外から見えるようになっていますが、内部の空 間はほとんど大砲に占められていて、人間が身動きできる場所は驚くほど狭いの です。こんな中にいて何かがあったら、と思うと恐ろしくなりました。そう思っ て戦車の前に立っていたら、ルーマニア人の同級生にこう尋ねられました。「あ なたは戦車のキャタピラの音を聞いたことがある?」「幸運なことにありませ ん」「そう、私はブカレストの町中で戦車を間近に見たことがあるのよ」と彼女 が言いました。さらにその後で説明をよく見ると、この戦車の中が見えるように なっているのは、展示用にわざわざ穴を開けたわけではなく、実際の戦闘で被弾 して大きな穴が開いたというのです。

確かにハードウェアだけ漠然と見ていると戦争肯定につながりかねないのです が、地下には戦争の実態を示すいわばソフトウェアの詳細な展示があります。こ のソフトウェアの展示を見ることで、学芸員の上記のメッセージはかなりの程度 伝わると思います。この日も高校生がグループで見学に来ていて、レポートのた めにメモを取っていました。彼ら、彼女らが「戦争はすべきではない」という結 論に仮に今すぐにはたどりつかなくとも、映画やテレビで見る戦争のイメージと 現実の戦争とは全く違うものだという認識は持って帰ったと思います。
私個人として認識を新たにしたことが2つありました。一つめは、過去50年 余りの世界は、危険な局面を何度もくぐり抜けてきたということです。例えばイ ギリスという国家は世界戦争を2度経験し、さらにほんの10年前までは核戦争 の脅威にさらされていたことがこの博物館の展示からよくわかります。1960 年代生まれの私などは、第1次世界大戦は日本には深刻な影響は与えなかった し、太平洋戦争後は戦争の脅威を身近に感じることはなかったなどと考えていまして、これは少なくとも同年代の日本人の認識とあまり大きくかけ離れていない と思うのですが、大幅な修正を迫られました(「お前が無知なだけだ」ですって?そうかもしれません)。

もう一つは日本国憲法の第9条の意義です。展示の中に「日本国民は、国権の 発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段と しては、永久にこれを放棄する」と英語で書かれています。隣にいた同級生に 「こんなことが本当にお前の国の憲法に書かれているのか」と尋ねられ、「うん、本当に書かれている、そして日本人はこれを守るために努力してきた」と答 えました。彼はキプロスから留学しています。
隣接した展示パネルに写し出され ているヨーロッパでの戦争のあとの瓦礫の山、見渡す限り焼け野原の広島の写真 と比べてみると、この条文はやはり貴重な意義を持っているし、日本国と日本人が世界に対して誇ることができる内容だと改めて感じました。この条文を守り、 またこれに則って日本を動かしていくことは日本国にとどまらず、世界の他の国々に対しても責任のあることだと考えました。以下、私の関心をひいた展示内 容をご紹介します。

★1.「ほら、この通り平和を取り戻してきたよ、もう2度となくすんじゃないよ」
1945年以降の世界各地の紛争の展示室の入り口に、まずイラストがかけれています。負傷して包帯を巻いた右手をつった兵士が、瓦礫の上を歩いてきて疲れ切った表情でこっちにやってきたところです。彼は左手に持ったオリーブの葉で飾られた「平和」と書かれたカードをこちらに差し出して、「ほら、この通り平和を取り戻してきたよ、もう2度となくすんじゃないよ」と見るものに語りかけ ています。出典は書いてありませんでしたが、おそらく新聞か雑誌に掲載された イラストなのでしょう。すぐ隣のパネルには空襲で跡形もなく破壊されたヨーロッパの市内を人々が歩いたり荷車をひいている姿が写し出されています。「戦争の勝利だの栄光だのと言葉でいうとすばらしく聞こえるかもしれませんが、これ が現実なのです」と学芸員は説明しました。

★2.核シェルターの宣伝フィルム
核攻撃を受けたときの備えかた(があるとすれば)をイギリス国民に説明した宣伝フィルムも見ることができます。核攻撃の警報サイレンを聞いたら直ちに身近な建物の中に避難せよ、建物のないところでは地面に伏せて身を守れと説明します。建物の中、特に家の地下室か一階の窓のない部屋にいれば放射線の被害を最小限に食い止められる、ビルに避難した場合には最上階とその下の階は危険だから避けよ、などとも説明します。
「今見ると全くばかげた内容です」と、私たちを案内してくださった学芸員が感想をもらしました。核攻撃を受けても当局の指示を受けず に他の地域に避難してはならない、もし勝手に避難したものがあった場合には空 屋になった元の家は政府がシェルターとして接収する、許可なく避難してきたものに対して避難先の自治体はシェルターも食料援助も行わない、と警告もしま す。この宣伝フィルムの制作年は明記されていませんでしたが、おそらく196 0年代だろうと思います。

★3.世界の紛争地域一覧
パネル、ポスターなどのイラスト・写真・活字を中心として展示の中にコンピ ュータがさりげなく置かれています。このコンピュータの画面にさわって年代と 地域を選ぶと、1940年代から1990年代までの間に戦争・紛争が起きた地 域が世界地図上に赤く表示されるようになっています。1960年代、1970 年代のアフリカ大陸では赤くならずに無地のままでいる国・地域の方が少なかっ たり、東・東南・南アジアでもほとんど常にどこかで戦争・紛争が起きているの がわかります。恐ろしいデータが詰まっていますが、こういう用途であればマルチメディアも世の中の役に立つと思いました。

★4.第2次大戦中のイギリス国民向けの宣伝
第2次大戦中にイギリス国民にさまざまな不便を耐えさせるために行った宣伝内容も展示されています。食料配給キップ、衣料配給キップ、戦時国債、化繊の 衣類の実物があります。様々なポスターが展示されていて、「戦時国債を買いましょう」は当然として、「洋服ダンスをすみずみまで捜して、手持ちの衣類を直して使いましょう、衣料キップは節約しましょう」とか、「女性が(官庁・企 業・工場に)働きに出られるように、子供の世話は近所でお互いに助け合いまし ょう」、「家庭菜園で野菜を自給しましょう」と国民に訴えます。
「ニンジンを食べれば暗い夜道でも見通しがよくききます」というのもあり、買い物籠にニン ジンやほかの野菜を入れた母親と娘が、ライトを消したまま猛スピードで飛ばし ていくトラックの脇をたくましい足取りで歩いている姿がポスターに描かれています。このようなポスターが作られたのは電力節約と空襲対策のために、街灯や 車の明かりを消していたためだろうと思います。
余談ですが、私たちのお隣のイギリス人女性は90歳代の今でも庭で野菜を作っていますし、別の知人の80歳のイギリス人の女性も、野菜を自分で育てたり、旬の果物を使って山のようにジャムを作って車庫に貯蔵したり、あるいは肉、野菜をバーゲンのときに買い込んでは冷蔵しています。こうした節約の習慣は、2人とも戦争を経験してきて身に付いたのことだろうと今更ながらにわかり ました。

★5.第2次大戦中に旧日本軍捕虜になった英国兵・英国人の待遇・虐待
第2次大戦中に旧日本軍捕虜になった英国兵・英国人の待遇・虐待に対する日本政府の謝罪・補償請求が昨年秋に東京地方裁判所で退けられましたが、この請求運動は今でもイギリス国内で続けられています。原告は、東京での請求棄却のあと戦術を変えて、日本政府に対して補償を請求できたのにもかかわらずそうし なかったのはイギリス政府の責任であるとして同政府に対して、日本政府が謝 罪・補償をするよう働きかけるか、それができない場合にはイギリス政府が肩代 わりして補償せよと請求しています。
こうした情勢も反映してか、旧日本軍捕虜になった英国軍人・民間人の待遇を 示す展示もありました。展示内容自体は客観性を保つことに配慮がされていて、ただちに反日感情を扇動するものではありませんが、それでもやはりひどい待遇 であったことは明示されています。第2次大戦中に捕虜になった英国軍人・英国 人に関するあるデータをご紹介しますと、日本軍の捕虜になったのは約50,000 人、このうち抑留中に殺されたり、あるいは病気等で死亡したものは約13,000人 でした。ドイツ軍とイタリア軍の捕虜になったものは145,000人、このうち殺さ れたり、病気等で死亡したのは7,000人だったそうです。

◆おわりに
この博物館の展示対象は20世紀の戦争ですから、19世紀までの大英帝国の 歴史的背景を踏まえた検討は必ずしも十分ではありません。しかし、今世紀の世 界がいかに絶えず戦争とその危機にさらされてきたか、いかに戦争が人命と資源 を浪費してしまうか、またいかに国民の生活全般が戦争のために甚大な影響を被 るか、ということが見る者によく伝わると思います。もしロンドンにおいでにな る機会がある方はどうぞ足を運んでみてください。

Imperial War Museum Lambeth Road, London SE1 6HZ, U.K. (Tel) +44-171-416-5000 (Fax) +44-171-416-5374 (Web site) http://www.iwm.org.uk

 

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