第1回 科学技術を市民の手に

投稿者: | 2009年1月4日

写図表あり
csij-journal 021 goto.pdf

連載「科学技術コミュニケーションを問う」

第1回 科学技術を市民の手に
五島 綾子(サイエンス・ライター)

1.人間の肉体の力とその限界
北京五輪の開会式は実に豪華であった。中国政府が国家の威信にかけて繰り広げる仮想空間は、スポーツの祭典であることをしばしテレビの前の私たちに忘れさせてしまった。
しかしオリンピックの本来の目的は、生身の肉体の能力を競いあうことである。これをジャマイカの21歳の若者、ウサイン・ボルトが見事に世界に示した。 陸上100メートルでボルトが史上初めて9秒6台に突入する世界新記録で圧勝したからである。ゴールの手前で勝利を確信し、両腕を広げ、胸をたたくしぐさ。スタートからピッチをしっかりと刻み、しなやかな体を巧みにコントロールして駆け抜けた1)。
そこで最速の哺乳動物はなにかと、動物図鑑2)で調べてみるとチータである。後足でけって攻撃的な姿勢で100メートルをわずか3.5秒でかけぬける。チータは二本足で走るヒトの肉体の能力をはるかに超えている。ところが、このチータは、心臓が小さく全身を使って走るために持久力が乏しく、400メートル以上は走れない。生命の技(わざ)はその活動範囲に目に見えぬ制限をかけているようだ。
ボルトの走りを時速に換算すると、およそ37km/時間である。通勤自動車ぐらいの速さだ。私たちはこの自動車のおかげで気軽に行きたいところにいつでも行ける。しかも自動車はガソリンが途切れない限り、走り続けることができる。ヒトは筋力だけに頼るなら、チータに遠く及ばないが、チータよりも高速で持続的に移動する技術をもっているのだ。
このように生命の技を超えたヒトの技術が20世紀に次々誕生した。50代以上の世代は半世紀に及ぶ劇的に進歩した科学・技術の歴史の証言者だ。日本人の戦後の生活史は、モノのない時代から生活の中に次々と最新の電化製品が登場する絵巻物のようだ。洗濯機、テレビ、電子レンジ、……と。確かに私たちの生活は便利になった。
その上、科学・技術は夢や冒険を誘うロマンにあふれていた。わくわくして読んだガリバー旅行記、ロビンソン・クルーソーの物語は未知の島々があった時代を意味するが、科学・技術の発展は新しい島々ばかりか未知の南極へ、そして月へと導いた。

2.科学技術へのロマンが消えつつある
ところが、地球は太陽の惑星のひとつに過ぎず、宇宙にいかに多くの恒星が存在し、私たちは宇宙の中のヒトの存在のはかなさをすでに知らされている。月が不毛の地であることも明らかになり、火星も水がかってあったようであるが、とても生物が住める世界ではないこともわかってきた。宇宙に新世界を見出そうという夢まで打ち砕かれた。
その上、誰でも好きなところへ飛行機で行けるし、実際、みんなそうしているという日常性がある。50年前に比べれば、現在はもはや地球上の手づかずの土地を開拓しようという昔の昂揚感が失われてしまった。
それどころか、足もとの重大な危機に気がつき始めた。1970年代以降、生命を育むかけがえのないこの地球が明らかに変調をきたしていることである。大量生産・大量消費が拍車をかけて、光り輝く科学技術の陰に潜んでいた負の面がさらけだされるようになったからである。
飛行場さえあれば、どこにでも短時間にたどり着くことができるグローバル化は激しくヒトの移動を促す。そのために特定の地域にとどまって消滅するはずの変異したウイルスがあっというまに世界に拡がる可能性に、今、私たちは怯えている。

3.今、何故、科学コミニュケーションか
生命の技は、前述したチータのようにおのずとその活動範囲が制限されている。一方、昨今は、技術開発はより速く、より軽く、より精巧にと、極限を目指して進められてきた。したがってこのような科学技術が社会の中で問題を引き起こすのも当然だ。  
このような課題を科学技術の力のみに委ねるわけにはいかない。かといって、私たちが産業革命以前の自然と共存できた生活にもどる選択肢も非現実的だ。そうだとすると、私たちは、知恵をだしあって、巨大化する先端科学技術をコントロールできる社会の仕組みを考えていかねばならない。
そのためには、まず、私たちがもはや科学技術について受身ではなく、自分で考え、その判断を自らしなくてはならない。例えば、どのような環境政策を選択するのがよいのかという社会的な課題から、日常の生活の中でどのような電化製品が安全で環境に負荷をかけないのか、安全な食品を選ぶには、病気になったときどのような治療法があるのかなどなど判断が常に迫られている。そうなれば、科学のある程度の専門的な知識や幅広い日常生活の上での科学知識は現代人にとって欠かせない。
その第一歩として、科学・技術の専門家と市民(素人)の間の意思疎通をはかる双方向のコミニュケーションが今、求められている。これを科学コミニュケーションといい、双方の橋渡しをする科学インタプリターの養成が国の支援を受けて北大、東大、早稲田大学ですでに始まっている。そこには市民の科学リテラシーを高め,科学技術への信頼を高める意図がある。ここではまずそのルーツを探りながら考えてみよう。

4.ファラデーとクリスマスレクチャー
英国の電磁気学の父として知られるマイケル・ファラデーが1825年に創設した「クリスマスレクチャー」がルーツといわれる。図1には200年近くも前の少年、少女がファラデーの実験をまじえた講義を興味深く聴いている写真である。
英国では今でもこの講座は脈々と続いている。夏休みにはテームズ河のほとりで、オックスフォード大学などの一流の教授の実験をまじえた講義に母子が聞き入っているという3)。
英国王立協会は、我が国にも夏休みレクチャーとして出張講義を展開している。私は今年(2008)の夏は文京区で開催されたこのレクチャーに小学生の男の子の孫と参加した。テーマは”ヒトの体は極限下でいかにサバイバルできるか”であった。内気な孫が同時通訳のイヤホンで聞き入りながら、盛んに手を上げて参加しているのではないか。ふと、回りを見渡すと小学生ばかりでなく、中学生までもが時には立ち上がって歓声をあげて、くりひろげられる実験を夢中になって見入っているのである。神秘にあふれるヒトのからだの仕組みの講義内容の構成と見事なプレゼンテーション4)。高度に科学・技術が進む中、啓蒙の役割は欠かせない。

図1.ファラデーによるクリスマス講話 [和光純薬工業提供]

5.科学啓蒙のむずかしさ
 ところが、この英国において1980年代後半になって啓蒙活動だけでは科学・技術がもたらす社会問題の解決にはならないことがわかってきた。
1980年代半ばといえば、日本の経済はバブルに突入する前で絶好調であった。ロンドンではブランド品を求める日本人で溢れていた時代であった。それに対し英国の経済は今の日本に似た行き先の見えない閉塞状態に陥っていた。そこで1985年に英国王立協会のボドマー委員会が英国の産業力の低下の根っこには若者の理科離れと一般国民の科学への興味関心の低下があるとし,「市民(非専門家)の科学理解を促進することは個々の科学者の専門家としての責任であることは明らかだ」と宣言したのである。それと同時に英国科学振興協会、英国王立協会などによって「市民の科学理解委員会」が設置され、1992年には学術雑誌も刊行された5)。

6.専門家と市民
ここで専門家といわれる科学者は科学研究に従事する人たちをさすが、”論文を書く人”がより適切である6)。彼らは同じ分野の仲間たちと科学者共同体といわれるコミニュティを組織している。彼らにより書かれた論文はこの共同体が発刊する学術ジャーナルに新しい知として蓄積される。科学者はジャーナルから新しい情報を得て、自分の研究に役立て、さらに論文を書く。このような仕組みは、大事なことなので後に詳しく触れることにしよう。
それに対し、非専門家である市民はこのような専門分野のコミニュティに関わらないヒトである。しかし彼らの中には分野が異なる科学者や基礎的な科学リテラシーを持っている人も含まれ、科学の素人ばかりではない。
 当初の試みは素人の科学理解は空っぽのバケツのようなもので、彼らの科学理解を高めるには専門家が市民にそこに科学知識をどんどん注いでいけばよいというものであった。この背景には専門家たちは、暗黙のうちに市民に対して科学は賞賛されるべきものであり、科学技術の承認を求めていたからである。このような啓蒙活動を科学技術社会論では”欠如モデル”という。

7.食の不安から生まれた専門家に対する不信の連鎖
1990年にはいると英国では、遺伝子組換え農作物(GM作物)は「フランケンシュタインフード」などと揶揄(やゆ)され、市民は漠然と不安を抱いていた。そこへスコットランドのロウェット研究所のアーパド・パズダイ博士から1998年の英国のテレビ番組で遺伝子組換え作物の危険性を危惧する発言が飛び出した。しかし彼は不完全な実験結果を公表したと、研究所の職を失うこととなったが、混乱はおさまらなかった。この事態に王立協会は、「GMポテトの有害性の確実な証拠はない」とする判断を下し、一応決着したかのようにみえた。
ところが、英国の医学雑誌『ランセット』(Lancet)が、GM作物が食物として市場に出る前に政府、企業に注意深い扱いを促すとともに、このようなリスク研究の成果は科学的出版物で発表し、大衆メディアを通じて流すべきではなかったと述べた。しかしこの記事の掲載がタブロイド紙的な論争を招き、GM作物の危険性を重視する断片的なものばかりが市民に伝えられた7)。
さらに追い討ちをかけるように牛海綿状脳症(BSE)の問題が拡がった。政府と専門家が人間への感染の可能性は極めて低いというメッセージを流し、その後、撤回するというお粗末な失態を市民の前でさらけだし、彼らに対する信頼がいっきに崩れてしまった。

8.科学啓蒙を超える科学コミニケーションの必要性
専門家が一方的に市民に啓蒙しても、結局、市民の生活や健康に関わる科学技術の問題はすっきり解決あるいは理解には至らないことは明らかだ。一方、英国の科学技術論の研究者たちはこの欠如モデルの課題をすでに探り始めていた。
最も注目されたのは科学技術社会論者ウィンらによるセラフィールドの使用済み核燃料を再処理する工場での調査報告(1990)である。セラフィールドではかって原子炉施設があり、1957年にその火災により放射性物質を外部に放出し,アイリシュ海にまで放射能汚染が拡大した大事故があった。その後、1981年には施設再編に伴い、セラフィールドの使用済み核燃料再処理工場となり、我が国も使用済み核燃料の処理を委託してきた8)。筆者は1996年の夏にこの再処理工場を見学した際には、安全性と社会的な意義を伝えるために周期律表などを用いて市民に丁寧に伝える姿勢がそこにはあり、英国市民の見学者で溢れていた。
ウィンらの調査は、予想に反して、彼らの放射線に関する理解の意欲が極めて低かったことがはっきりした。彼らは際限のない放射線の論争に時間をさけないことに加え,工場にはすでに専門家がおり,放射線の危険性についてさらに知ろうとすることは自分たちを守ってくれる組織への不信につながると考えたからである。ウィンらは”市民の少ない科学的知識には社会的な訳があること”を明らかにしたのである。組織で働くヒトとして胸が痛くなるほど共感できることであろう。
9.生活者にとっての科学コミニケーションを考える
専門家から科学的な知識を受け取る市民はその立場により、その理解に微妙な違いがでてくる。したがって専門家がただ一方向に知識を授ける姿勢では効果が上がらない。一方、市民もただ受け取るだけでなく、新しい要求を投げかける仕組みも必要となる。こうして欧米では、科学と社会をつなげる新しい学問「科学技術社会研究」が本格始動し、日本より一足先に科学コミュニケーションの試行錯誤が始まったのである。
ところで、いずれの先進国も新たなことを実現する科学・技術の開発を通して経済成長の拡大を目指している。従って科学コミニュケーションに意欲を示す政府の姿勢の背景には理科離れを食い止めるばかりか、イノベーションの期待がかかった科学技術政策の膨大な予算の承認をも求めている。我が国もしかりである。この点は、一市民としてある程度、理解できるが、この連載は市民科学研究室から発信するものである。したがってなによりも生活者の視点を重視する。そこでこの連載は科学技術を推し進める主役が市民であるためになにを伝えたらよいかを考えたい。

私は7年前に化学実験研究の現場から退いたが、長い間の実験化学研究の経験を踏まえ、科学技術と社会の関係の研究に主力を移し、現在も取り組んでいる。科学技術をわかりやすく説明する書籍が多数出版され、小学校から大学に至るまで科学教育がしっかりと組み込まれている昨今においても、市民と専門家の間に生まれる科学に対する認識のずれを観察してきた。このような認識のずれは科学技術政策関係者、マスメディアなどいたるところに観察されるが、科学に対するある種の誤解ともいえるものである。
この誤解はとはなにか、何故生まれるのかその背景をさぐり、この誤解を解く鍵は私たちが”科学・技術の歴史”や”科学・技術と社会の相互作用”を学ぶことにあることを伝えたい。 【続く】

◆筆者プロフィール◆
五島 綾子(ごとう あやこ),サイエンスライター
略歴:静岡薬科大学卒, 薬学博士(静岡薬科大学,1980年),博士(理学)(名古屋大学,1992年)取得、1993年スイス連邦工科大学高分子科学研究所客員教授、静岡県立大学国際関係学部教養科講師を経て,同大学経営情報学部教授,2008年3月末に定年退官
IUPAC Fellow, 日本科学技術ジャーナリスト会議会員                
専門:科学技術社会論,化学史,コロイド界面化学        
主要著書:『ナノの世界が開かれるまで』(海鳴社,中垣正幸との共著,2004年),『ブレークスルーの科学』(単著,日経BP社,2007年,同年11月パピルス賞受賞)など

引用文献
1)2008年8月17日日本経済新聞
2)学研の図鑑、『動物のくらし』、学習研究社、2006年
3)五島綾子、市民から遠くなる科学、『科学』、73、1287-1288(2003)。
4)ヒュー・モンゴメリ、第9回英国科学実験講座 クリスマスレクチャー2008、体の神秘
5)小林傳司著、『トランス・サイエンスの時代』、NTT出版、2007年
6)村上陽一郎著、「科学・技術における専門家と非専門家」『社会人のための東大科学講座』講談社サイエンティフィック、2008年
7)林真理著、「公共性からみた科学研究とリスク情報」、小林傳司編『公共のための科学技術』玉川大学出版、2004年
8)http://ja.wikipedia.org/wiki/など(2008/12/15)

主な参考文献
1)金森修・中島秀人編著『科学論の現在』勁草書房、2005年
2)小林傳司著、『誰が科学技術について考えるのか』名古屋大学出版、2004年
3)Misunderstanding Science? Edited b A.Irwin and B. Wynne, Cambridge University Press,1996.
4)藤垣裕子著『専門知と公共性』東京大学出版会、2003年
5)村上陽一郎著、『文化としての科学・技術』岩波書店、2001年

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です