環境エッセイ 第6回  ミツバチの大量死は何を語るのか

投稿者: | 2010年5月21日

ミツバチの大量失踪(大量死)が、一昨年あたりから各国各地で引き続いている。実際にはミツバチの個体が失踪・消失するのではなく、巣箱から離れたところにバラバラに飛び去って死滅しているのだが、この帰巣本能を失ったかにみえる大量死は何を意味するのだろうか。取り返しのつかない自然界の連鎖的崩壊の前触れだろうか。だとすれば、これほど不気味な話はない。
 ミツバチの大量失踪事件が米国全土で起きたのは、2006年末から2007年にかけての冬のこと。養蜂家が持つ何百何千もの巣箱のうち、まるでゴーストタウンのようにもぬけの殻となる巣が続出した。この大量失踪は「蜂群崩壊症候群」(CCD:Colony Collapse Disorder)と名付けられ、専門家による調査も始まったが、原因の究明が難航し、有効な対応策を打ち出せないまま、被害は米国の35州をはじめ欧州や日本にも及んでいる。世界全体では数百万もの巣箱が空になり、受粉を必要とする100種類近くの作物が危機に瀕している。
農林水産省の2008年夏の調査では、受粉用に飼育されたセイヨウミツバチが前年比で14%減っていた(ミツバチは女王バチ1匹と1万~数万匹の働きバチなどの群れで「1群」と数えるが、2007年は3万8,592群だったのが、2008年には3万3,220群に減っていた)。
また2009年4月に行われた調査では、山形県、栃木県、静岡県、岡山県、鹿児島県など計21都県で、いちご・メロンなどの果物やすいか・なす・かぼちゃなどの野菜を育てる上での受粉に必要なミツバチが不足していることが明らかになった。農林水産省はすぐさま、各県や関係団体と連携してミツバチを不足地にも回していく需給調整や、ミツバチ不足で経営が悪化した園芸農家への融資などの対策を打って出たが、むろんこれは急場しのぎの対処療法でしかない。
CCDの原因としては、いくつもの説が浮上している。ミツバチの栄養失調、新種のダニ、感染症、農薬、電磁波、遺伝子組み換え作物の影響、働かせすぎからくるストレス……。これらのうちの何が本当の原因か、あるいはいくつかの原因が複合しているのなら、それらがどう関連し合っているのか。
例えば、大量失踪が起きた巣箱で生き残っていたハチを遺伝子レベルで詳しく分析したところ、それまで米国では確認されていなかった新たなウイルスが検出されたが(イスラエル急性麻痺ウイルス)、ではなぜこのウイルスがこの時期に出現したのだろうか。ミツバチの免疫力を低下させる別の原因があるからこそ、ウイルスに侵されるようになったと考えられはしまいか。
また、日本においては少なくとも数年前より使用頻度が高まっている、ネオニコチノイド系の殺虫剤を疑う向きもある。
これは、従来の有機リン系殺虫剤に比べて人体への直接的影響が3分の1以下といわれ、「低農薬・減農薬」をうたって散布されているものだが、昆虫には特に知覚神経に対して強い毒性を発揮する。たとえば2008年には、ドイツ南部でのCCD発生をもたらした原因物質として、ドイツ連邦消費者保護・食品安全局がクロチアニジン(日本が開発に成功したネオニコチノイド系殺虫剤)を特定した。
たしかに、この事例や、2005年に岩手県胆江地域を中心に700群のミツバチが死亡した事例のように、大量死とクロチアニジンの広域散布(岩手県の場合はイネのカメムシ防除のため)の時期・地域が重なれば、原因の特定につながる。だが、世界同時多発的なCCDの原因だと断定するには、散布の地域・時期・量・頻度とCCD発生状況との相関をかなりはっきりさせないといけないだろう。
同じネオニコチノイド系に属する殺虫剤でありながら、イミダクロプリドはチアクロプリドに比べてミツバチに対する毒性が約800倍違うというデータもあり、話は単純ではない。
電磁波説もごく最近、再浮上してきた。インド南部のケララ州で、ミツバチの個体数が激減したのは、携帯電話会社が通信網を拡大しようと同州全域に設置した基地局が原因ではないかと疑われていた。実際に巣箱の近くに携帯電話を置いてみると、働きバチは巣箱に戻ることができなくなり(巣箱には女王バチと卵だけが取り残され)、10日以内で、ハチのコロニーは崩壊したという。携帯電話のマイクロ波によって働きバチのナビゲーション能力が損なわれたからではないかと考えられているが、では、全国津々浦々に基地局がある日本なら、至るところでCCDが発生してもおかしくないが、そうはなっていない。なぜか?
実は私は、CCDの原因が明瞭に特定できなくても、それは無理からぬことだと考えている。
ハチと人間との共存の歴史は、紀元前6000年にまでさかのぼると言われるが、人間はハチを受粉作業用の道具として大量に飼い、頻繁に移動させ、人工的に栄養(ミツバチ用のたんぱく質サプリメント)を与えて、作物の大量生産過程に組み込んできた。ハチの受粉行為は進化によって達成された生物共生の見事な姿の1つだが、人間は自身の経済活動のためにハチを酷使しておきながら、「何がハチにとって快適な環境か」を解き明かしてはこなかったし(それを科学的に究めるのは非常に大変だが……)、その配慮も十分に持てずにきた。
むろん、ハチに限らず、現在毎日3種といわれるほどの恐ろしいスピードで、絶滅に追い込まれている生物たちについても、「なぜいま、この生物が絶滅するのか」の真相をつかめないまま、手をこまねいているばかりだ。ただ、真相はつかめなくても、人間が招いた環境の劣化が連鎖的に引き起こしているだろうことは間違いないから、そのことを真摯に受け止めて、生物たちへの配慮を新たに加えていくことはできる。
受粉という植物の繁殖の要の部分を支える、貴重な動物であるミツバチ。それを自分の都合で利用してきて、ついに三行半を突き付けられた人間。ミツバチに対して最低限の礼節を尽くすべき時が、われわれ人間にやってきたのだろうと思う。■

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