環境エッセイ 第5回 白熱灯から蛍光灯へ―今、考えるべきこと

投稿者: | 2010年5月21日

上田昌文
昨年4月のことになるが、経済産業省は、省エネに優れた電球型蛍光灯の普及拡大を目指すため、白熱電球の生産を2012年までに原則中止するよう、電気器具メーカーに要請する方針を明らかにした。電球型蛍光灯について、「白熱電球に比べ価格は高いが、電力消費量は白熱電球の5分の1、寿命は6倍だ」とし、温室効果ガスの排出削減にもつながると強調した。大手家電メーカーの試算では、電気代は1万時間(半日つけっぱなしで約833日分)使った場合で、白熱灯は電球形蛍光灯よりも1個当たり約9,600円高い。むろんこうした数字はどのタイプの電球で比較するかで変わるが、おおよそ「蛍光灯は白熱灯に比べると、電球の値段では10倍ほど高いが、消費電力が5分の1くらいだし、5~10倍ほども長持ちするので、エコである」との主張だと理解してよいだろう。経済産業省は、全世帯が電球形蛍光灯に切り替えた場合のCO2削減効果は、全家庭からの排出量の1.3%に当たる約200万トンとみている(照明は家庭部門電力消費の約16%を占める)。
「エコ」を強調するなら環境省が音頭をとってよさそうなものなのに、なぜ経済産業省が、という点がまず疑問だが、この方針は、エコの面でも、それ以外の面でも、様々な再検討を要するだろうと私は考えている。
まず、言うまでもないことだが、照明は省エネの観点だけで語ることのできない、生理的・身体的・社会的・文化的など多面的な事象であること。「これからのよい照明とは?」と考えたとき、確かに「環境への配慮(エコ)」は重要だが、その他にも「快適性(アートの要素も含んで)」や「安心・安全・健康の確保」も欠かせない。省エネは達成できたとしても、心地の悪い照明であったり、将来的に健康を損なうようではいけないだろう。
“全廃・全面切り替え政策”は場合によっては必要になる選択肢であり、決断ではある。しかし「2011年に地上波デジタル完全移行(アナログTV受信機全廃)」が典型的な例だが、得てして、合理的な検討の末というより「初めに結論ありき」でなされる強引な決定は、多くの歪みと犠牲を生む。そもそも全廃・全面切り替えを行うなら、その前に、「切り替えが適さない合理的な理由があるケースにどう配慮するか」、「LCA的にみて問題はないか(廃棄物などがきちんと処理できるか)」、「経済的負担の公正で合理的な分配ができるか(税金、個人購買、企業負担等をどう設計するか)」、「切り替えの効用にしっかりした根拠があるか」、「漸次的(段階的)切り替えと比べていかなるメリットがあるのか」といったことをしっかり検討せねばならない。
だが、この白熱灯全廃政策には、省エネに限ってみても、白熱灯と蛍光灯の比較において、「LCA(原材料、製造、流通、販売、消費、廃棄など)に即して正確に比較したか」、「白熱灯の寿命を単純化していないか(光の強弱を変える調光システムを用いれば、白熱灯の寿命は相当に延びる)」、「白熱灯と蛍光灯の棲み分けで達成できる省エネの事例を検討したのか」、「まだ使える白熱灯を廃棄することの無駄をどう考えているのか」、「付け替え工事のエネルギー的負担も考えるべきではないか」といった疑問に対するデータが、何も示されていない。
健康面でまず懸念されるのは、水銀による環境汚染だ。日本電球工業会統計によれば、2007年には約3億5,600万本の蛍光灯が販売されている。一般蛍光灯1本あたりの含有水銀量は、8~10mgほどであり、蛍光灯全体での総水銀量は3,225kg。この含有量は、年間水銀需要量の約23%を占めている。問題は使用済み蛍光灯が廃棄物処分場で埋め立てられる前に、適正に水銀を除去し、処理・回収されているかであるが、共産党参議院議員・紙智子氏の質問に対する政府の答弁(2008年12月9日)によれば、「蛍光灯水銀処理業者については…(中略)…業者ごとの年間の水銀の回収量については承知していない。」、「事業者から排出される使用済みの蛍光灯は、他の産業廃棄物とあわせて処理されていることから、蛍光灯の量のみを把握することは困難である。また、最終処分場に埋め立てられている水銀の量については、使用済みの蛍光灯が、他の廃棄物とあわせて中間処理を経て最終処分場に搬入されるため、これを把握することは困難である」とある。水銀処理最大手の野村興産株式会社イトムカ鉱業所の話によれば、「適正処理されているのは15%くらい」だという。事業所等で使用されているラピッドスタート形蛍光灯(全蛍光灯の約15.3%)には、管内に酸化スズが塗布されていることから、使用中に酸化水銀を発生させ、これがリサイクルの大きな障害となっているという指摘もあり、容易な解決は見込めない。
蛍光灯ではインバータを使用することにより、かなり強めの高周波電磁波(数万ヘルツの帯域の電磁波)が発生することも要注意だ。蛍光灯本体から30cmくらいにまで近づけば、電波防護基準で定められた基準値を上回る値が計測されることもまれではない。
もちろん、これはただちに健康被害が出るといった話ではない。ただ、周波数は違うものの、近年普及が著しくすすんだ携帯電話では、電磁波の健康影響を考慮して子どもへの使用制限を課する国が増えてきている。たとえばつい最近、フランスは法令で、小学校での携帯電話の使用を禁止し、事業者には小学生に対してメールしかできなようにした端末を取り扱うことを義務化した。白熱灯から蛍光灯への置き換えをすすめるのなら、たとえば子どもの勉強机のランプなど、接近させて使用する蛍光灯では何らかの規制や注意喚起が必要になるものと思われる。
海外に出かけたことがある人なら、日本の室内の照明がやたら明るいことに気付かされたはずだ。第2次世界大戦後、私たち日本人は「照明=明るさの追求=豊かさの現れ」という暗黙の理解で蛍光灯を普及させてきた。乾正雄『ロウソクと蛍光灯』によれば、日本ほど蛍光灯の普及が著しかった国はない。谷崎潤一郎が『陰影礼賛』で称揚したあの美意識をもった国が、である。「明るすぎる」、「暗くてもよい」、「暗くなければいけない」という感性には、おそらく太陽光と生物進化の関係に根差した深い合理性が秘められている。私たちに今求められているのは、この深い合理性に目を向けながらの照明の見直しであろう。新しい技術を用いて、「調光」や自然光の「採光」を最大限に生かすこともできるはずだ。「快適さ」と「エコ」との調和を図りながら、光を最適化していくこと――これこそが、環境問題としての照明の基本理念でなければならないと思う。■

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