環境エッセイ 第7回  ドイツの環境教育の教科書からうかがえること

投稿者: | 2010年5月21日

 あなたは、海外のいわゆる「教科書」を手にとって日本の教科書と比べてみたことがあるだろうか。歴史の教科書は、ともすればその国の現政権の意向やナショナリズムが反映されかねないからおいておくとして、自然科学や数学は内容が世界共通であって当然という気がする。
 「環境の世紀」を迎え、世界各国でその国の事情に応じた環境教育が進められていると思われるが、これまた、地域ごとに現れる個別の事象は違っても、ほとんどの場合、それらが同じ問題構造を持っていたり、相互に関連し合っていたりする。したがって環境教育で使用できる教科書は、世界共通であっても何ら不思議はない。
 概して日本の教科書は、欧米の教科書に比べてずいぶんとページ数が少ない。コンパクトすぎて通読できないのだ(ストーリー性に欠ける)。また薄い分、派生的な話題の紹介や解説にも乏しく、興味本位の拾い読みにも適さない。当然、データ集としても活用できない。私は以前、米国の物理や生物学の高校生向けの教科書を見て、そのボリューム(数百ページに及ぶことがある)とコラムやカラー図解による解説の豊富さにびっくりしたことがある(これは大学の教科書についても同じ)。この経験があるものだから、今でも私は、自分にとって目新しい学問領域を手っ取り早くひととおり眺めるのには、欧米の教科書を通読するのがいちばんいいと決め込んでいる。
 では、環境教育の教科書はどうだろうか。大学では生態学、環境科学、環境経済学、環境政策などというくくりで標準的な教科書を一応編むことはできても、初等・中等教育段階での教科書となると、「環境に関する知識(環境破壊の現状報告や原因分析など)を羅列するだけではいけない」、「問題解決や実践に向けての示唆が得られるようにすべきだ」、「政治学や経済学を学ぶ以前に、環境政策を語れるだろうか」……といった様々な問題が立ちはだかって、その結果、新聞記事の寄せ集めとその解説、といった感じの副読本的なものになってしまうことが多いのではないだろうか。
 この9月にネット上で公開された、ドイツ連邦環境省制作の環境教育教材は、外国語授業での利用のために英語版、仏語版、ロシア語版が用意されている(※注1)。12歳から16歳の生徒を対象に、テーマごとに1冊が編まれていて、今回は「生物多様性」、「21世紀の水」、「地球温暖化防止と地球温暖化政策」の3冊、10月には「再生可能エネルギー」がアップされた。
これはなかなか斬新な、それぞれ100ページ弱の教材で、その中で紹介される事実は最小限にとどめながら、立体的な構成によって理解力と洞察力を与えるよう、次のような工夫がされている。
・事実を提示した直後に、その事実の理解度を確認する設問が設けられている
・数量的な把握が行き届くように漫画による物語にそれを織り込んだり(「21世紀の水」)、生物保護の実際にリアリティを感じてもらうために映画のシナリオ作りの疑似体験をさせたり(「生物多様性」)している
・授業内で小グループに分かれての討論するためのワークシートが入っている
・巻末の教師向けアドバイスの部分で、教える側に追加的な情報やデータをたどれるよう、関連したリンク先が数多く紹介されている
・環境の科学的なとらえ方→グローバルな問題状況の概説→ローカルな事象の具体的な
分析→あるべき政策の検討、という流れが明確に貫かれている
 同じく学校教育に関連して、ドイツ連邦環境省は10月半ばより、自然をテーマにしたドキュメンタリー映画「ホーム(Home)」を学校向けに無料の貸し出しを開始した(※注2)。ユニバーサル・ピクチャー・ドイツ社による支援と上映権の無償譲渡により、ドイツ全国約650カ所の教育機関やメディアセンターで貸し出しが可能になるという。
 また、少し先の話だが、2010年9月からは「国際気候保護奨学金」が開始される。これはアレクサンダー・フォン・フンボルト財団が設置したもので、途上国などから毎年20名までの若者を招き、1年間ドイツ内の大学や研究機関に滞在させ、気候保護・資源保護の分野におけるプロジェクトに参加してもらうというもの。こうした包括的な留学プログラムの推進は、自国の環境政策の国際的意義に対する自信の現れとみることができるだろう。
 
 再生可能エネルギー利用の促進でドイツがどれほど先を行っているかは、8月に発表された年次報告書「再生可能エネルギーデータ:国内・世界における成長」からもうかがい知ることができる。再生可能エネルギー法の制定を始めとする、連邦政府による多様な対策の結果、電力需要に占める再生可能エネルギーの割合は15.1%に増加し(総エネルギー需要に占める割合は9.5%)、電力・熱・燃料部門ではCO2排出量約1億1,000万tを削減したという。また、2008年には、再生可能エネルギー業界の利益が約290億ユーロに上り、28万人分の雇用がこの業界で創出された、とも述べている。
 先進的な環境政策のアピールと表裏一体になった、環境教育の国際化でのイニシアティブ――近頃のドイツの動向からは、射程の長いそうした戦略を感じ取ることができないだろうか。
★注1 この3種類の教材は次のサイトからダウンロード可能
 なお、この11月に環境省中部地方環境事務所は、この「生物多様性」のテキストを日本語にして以下のサイトに公開した。
 
★注2 この映画は、次の紹介サイトで映像の一部を見ることが可能

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