土曜講座 イギリス・エコツアー 電磁波NGO「パワーウォッチ」会見記

投稿者: | 2001年8月10日

上田昌文

pdf→doyou_em200107.pdf

●パワーウォッチと事前連絡
6月29日から7月8日のほぼ10日間、「科学と社会を考える土曜講座」の仲間6人で連れ立って、英国に滞在した。その6人の中には、先ごろ出版した『ザルツブルク国際会議 議事録』の翻訳作業を担ったり、東京タワーの電磁波計測などをすすめている「電磁波プロジェクト」のメンバーが3人含まれていたので(上田昌文、薮玲子さん、瀬川嘉之さん)、なんとかして英国の電磁波問題NGOと交流することを果たせないものかと、事前に思案していた。ガウスネットの懸樋哲夫さんにアドバイスいただき、英国ロンドン近郊のエリ(Ely)を拠点に活動しているNGO「Powerwatch」(パワーウォッチ)のことを教えていただいたので、さっそく連絡をとってみた。

幸い、その代表--というより彼が一人で切り盛りしているようだ--フィリップスさん(Alasdair Philips)から「7月1日なら会える」とすぐさま返事をいただいた。前日にケンブリッジで息子さんの結婚式を終えた次の日に、私たちが滞在していたロンドンのホテルまで2時間をかけて直行してきてくださったのだが、その結婚式直前には4日間連続で、英国の教育省がかかわるTV番組「Tomorrow’s World Live」に出演して、携帯電話やその基地局アンテナからの電磁波の発生と計測のデモンストレーション(後述)を行なってくる、という忙しさの中で、スケジュールを調整してくださったわけである。どこの誰とも知れない私たち日本人に何の躊躇もなく遠路はるばる会いに来てくださったそのご親切には感謝しないではいられなかった。また、2、3回の電子メールのやりとりだけでこうして会見が実現してしまうことに、市民運動に取り組む仲間としてのつながりも実感しないではいられなかった。

フィリップスさんその人は、とても結婚なさる息子さんがいらっしゃるとは思えないほどの、スポーツマンタイプの”好青年”を感じさせる若々しさをお持ちで、随所にユーモアを交えながら情熱的に語る、大変気さくな方であった。4人でホテルのロビーで話し込んでいるうちに、約束の2時間はあっと言う間に過ぎてしまったのだった。

 

●パワーウォッチの歩み
Powerwatchは、フィリップスさんが肩書きとして「電磁気エンジニア、電磁波の生物影響に関する研究者、コンサルタント」と名乗っていることから想像がつくように、専門的な分析能力を生かしながら電磁波問題を一般の人々に訴え、それへの適正な対応を社会に求めていくことを目指している。活動の基本となっているのは「家庭での電気、ラジオやTV、マイクロ波の使用などによって、私たちは自然界から受ける何百万倍もの電磁波にさらされるようになった。それが人間や動物の健康に何らかの悪影響をもたらしていることを、様々な研究が示している」という認識である。

設立は1988年で、ニューフォークに大規模な発電補助施設が建設されようとした際に、道路問題とともに電磁波問題も争点に持ち上がり、地域の評議会の決定に応じて監査官(Inspectorと言って、英国独特のアセスメント制度に定められた役職)がフィリップスさんたちに事前調査を依頼したのが始まりだった。フィリップスさん自身は、当時米国の巡航核ミサイルを各国の基地に配備することに反対する運動が欧州で盛り上がる中で、軍事面での電磁波の使用に関して調査しながら反核運動に携わっていた。英国では女性による反核運動の象徴的な中心となった「グリーナムコモン」基地で、直接行動に出る女性たちを追い散らすために、実際にマイクロ波が武器として使用され、フィリップスさんはそれを検証する作業にも携わった。(おもしろいことに、その時のマイクロ波計測の経験が買われて、後に1996年英国内務省の「携帯電話と人体影響」に関する会議で証言することになる。)フィリップスさんは、米国ならびにロシア(当時のソ連)の軍事施設での電磁波使用の影響に関する文献を調べていて、「一般の送電線や家電製品からの電磁波も、子どもの白血病をはじめとする様々な健康影響をもたらしているに違いない」と確信するようになった。それ以来、彼は活動の主力を電磁波問題にあてるようになる。1998年にはPowerwatchは会員600名を数えるようになったが、その年以降独自の会員制は廃して、別団体が発行している季刊誌『Electromagnetic Hazard & Therapy』の購読者として会員を統合する一方(その紙面の最低2ページはPowerwatchのニースのページになっていて、フィリップスさんはこの雑誌の顧問である)、情報提供はウェッブサイト(http://www.powerwatch.org.uk)で精力的に行なうとともに、一般の人々や企業へのコンサルタント、そして政府や地方の評議会に対して専門家として発言する仕事をこなしている。

こうした活動歴をみると、フィリップスさんは、まさに科学の専門能力をオルタナティブな方向を作り出すために生かそうと活動している「市民科学者」であると言えるだろう。彼自身が住民運動を組織したり、抗議行動を指揮したりするわけではないが、政府や学術機関の専門家たちと互角にやりあうことを通して、前進をはかっている、と言えるだろう。

 

●入門書と高周波測定メーター
そうは言っても、フィリップスさんの活動の幅は広く、一般向けに際立った仕事を2つしている。

一つは電磁波問題入門の書籍を1冊とブックレットを1冊執筆していること。前者は『Living with Electricity』(1997年)と題されていて、電磁波の物理や生物影響を説明した後に、送電線や軍事施設、公共施設などからからの電磁波について述べ、英国や各国の規制政策の現状をまとめている。後者はご夫妻で執筆した『Killing Fields in the Home ?』(1999年)で、副題は「家電製品と家庭内電線からの電磁波健康リスクを減らすために」とある。健康影響について図解入りでていねいに説明した後、数多くの家電製品を取上げて、電磁波が漏洩する仕組み、付されている警告文のチェック、被曝を少しでも減らす工夫などが、非常に細かく記されている。車、地下鉄、送電線、携帯基地など家電以外の電磁波についても触れられている。ともに専門論文からのデータを示しながら、分かりやすく解説しているのが特徴だ。

もう一つは、高周波を検知する簡易計測メーター「COM」(microwave radiation monitor)の開発だ。これは世界的なヒットになるかもしれないので、要注目だ。携帯電話、コードレス電話、携帯タワーのアンテナ、電子レンジなどが高周波の身近な発生源だが、0.6~6.5 V/mの範囲の強さの高周波をキャッチして、その時の強さを10段階で表示するというメーターである。表示で面白いのは、スイスとイタリアそしてPowerwatchのそれぞれが、採用するなり推奨するなりしている「予防原則」に則った電磁波被曝基準値が色別に示されていて、それを超える強さの電磁波が検出されたかどうかが一目でわかるようになっている。大きさも携帯電話とほぼ同じくらいで、値段も個人で買えないほど高くはない(1台149ポンド、約2万6000円ほど)。これまでの高周波測定メーターが実測値をはじき出すのと比べて精度の粗さはあるが、低周波用のガウスメーターと同じ使い勝手である点が貴重だ。フィリップスさんは貸し出しも始める予定で(1週間で25ポンド)、学校での普及に期待をかけている。先にふれたテレビ番組の出演でも、学校の生徒たちにこのメーターで携帯電話の高周波を測定させてみて、生徒たちに漏れ出ている電磁波の強さを実感してもらうことができたとのこと。私も小学生相手にガウスメーターを使って計測する授業をやってみて、その手ごたえはわかっているだけに(『どよう便り』第44号9ページ参照)、この「COM」を使ったデモンストレーションは効果があるだろうな、という気がする。

 

●携帯電話の電磁波影響をどう探るか
興味深かったのは、フィリップスさんたちがロンドン市内や携帯タワー近隣地域での高周波測定を重ねていて、その電波の強度分布(鉛直方向を縦軸に水平方向を横軸にしてみると”波打つ”形を示すこと)や被曝の度合いを調べていることだ。これは地域の住民のリクエストに応じて測定しているわけだが、英国政府が公式にはこうした高周波が溢れかえっている現状には目をつぶっていると、フィリップスさんは述べていたが、少なくとも「16歳以下の子どもは携帯電話の使用を控えるべき」との勧告を出した英国政府と比べて、携帯電話使用に何の警告も発しない日本ではさらに状況は悪いと言えるだろう。

しかしたとえば、私たちが訳した『ザルツブルク議事録』96-97ページにも紹介されているサットン・コールドフィールドにある送信所(TVおよびラジオ)周辺の白血病とリンパ腫の集団発生の例でもわかるように、慎重に統計データを解釈しない限り、容易に「因果関係があるとは言えない」との結論を引き出してしまうことになるし、時にはガンの発生数のデータでさえ操作されている可能性もある、とフィリップスさんは警告していた。つまりこの例では、放送電波の放射パターンとガンの発生をとの対応を詳しく見ながら、周辺の人口の分布状況、その人口の内訳のうちどういう人に着目するか(男女別、年齢別など)、電波強度と周波数、ガンの種類が電磁波に敏感な種類かどうかなどの条件を検討し直すと、これまで「因果関係が認められない」とされていたデータがじつは「因果関係を示唆する」ものであったことが明らかになったりするのである(American Journal of Epidemiology 2001;153(2)202-205
のD.Copperらの論文やN.CherryとH. Dolkの書簡を参照のこと)。

私たち電磁波プロジェクトが進めている東京タワー計測データをフィリップスさんに示したところ、その高周波の高い値に驚きを示していた。「しかし、疫学調査は大変難しいでしょう……」と、まさに私たちが今抱えている問題を見透かされたような具合だった。携帯電話の健康影響を疫学的に明らかにするのは、普及してまだ数年の段階ではほとんど不可能だが、それに間接的に関連するデータを与えてくれるものとして注目されるのが、東京タワーのように長期にわたって電波を出しつづけている放送タワーであり、そしてもう一つフィリップスさんの指摘で教えられたのが、「コードレス電話」である。Lennart博士とHardell博士の最近の研究でもうすぐ公表されることになっているものでは、携帯電話およびコードレス電話を5年以上頻繁に使用した人では2倍、10以上頻繁に使用した人では3から4倍、脳腫瘍になる率が高まるというのである。フィリップスさんが出席した国際会議でなされた報告なのだが、論文の公表が待たれる内容ではある。フィリップスさんは、東京タワーの測定データにも大きな興味を示していた。今後電子メールのやり取りで、彼にも結果をお知らせして、さまざまな専門的なアドバイスをいただくことになるだろう。

 

●アルツハイマーと電磁波
携帯電話使用と関連して彼が強調していたもう一つの点は、アルツハイマー病のことである。老人性の痴呆として深刻な問題になっている病気だが、普通は60歳以下ではその症状が顕著に表れることはない。ところが、50歳代、なかには40歳代でアルツハイマー病のような深刻な「記憶障害」を煩う人が英国ではかなり増えているという。たとえば、ブリティッシュ・テレコム(BT、英国の大手通信会社)はこうした症状を示す社員を解雇せざるを得なくなった、というニュースがある。解雇された元技師は携帯電話のヘビーユーザーでもあったわけだが、自身に脳腫瘍ができ健忘症になったことで会社を告訴している。BTは病気と携帯電話使用の間に何らかの関連があるとは認めていない(『ガウス通信』36号10ページ参照)。

電磁波でアルツハイマー病が引き起こされる生物メカニズムはまだ知られていない。しかし問題は、こうした兆候が社会に現れ始めているというのに、たとえば「英国ではガン研究の研究費の0.01パーセントしか、環境影響の調査にあてられていない」というフィリップスさんの言葉にあるように、国のお金がそうした環境的な原因を探ることにまともに使われていないという点にある。(ガン遺伝子の研究、治療法や薬剤の開発に膨大な金があてられ、予防や環境調査のためにはわずかな金しか使われていないのは日本もまったく同様である。)「ブリストル大学のある研究者がガンのデータベースを用いて、ブリストルの南西部で高圧線下の住民の間で皮膚ガンの14%増加、肺ガンの29%の増加、口腔ガンの50%の増加を見出しました。しかしこの研究を他の地域を広げて行なおうとする計画(1年半のプロジェクト)は、未だに英国政府によって承認されていないのです」とフィリップスさんは語っていた。

 

●こどもの”携帯中毒”が心配
携帯電話問題は英国でも深刻で、2000年の7月には英国政府が「16歳以下の生徒は、緊急時を除いて、携帯電話の使用をしないように」との指導の勧告が出されたことは耳に新しい(『ガス』通信44号6ページ参照)。フィリップスさんもこの点を前進だとみなしていたが、「でも一方で”影響ない”といいながらもう一方で”使用を控えるべきだ”というのは矛盾しているよね」と皮肉っていた。

フィリップスさんたちは1000人の子ども(13歳~15歳)を対象に聞き取り調査を行なってところ、「880人が携帯電話を持っていて、そのうち半数が平均して1日1時間は使用している」という事実が判明して、この先を案じていた。政府の出した勧告も実際に子どもたちに使用を控えさせるという効力を発揮しているとは言えないようだ。日本同様、子どもたちが使う携帯電話の使用料金のことも問題になっているし、”携帯中毒”とでも言うべき憂慮すべき状態が生まれている。しかし日本で見られる「子どもに携帯を持たせることを奨励するようなCM」は、さすがに英国で違法である。そのようなCMがテレビで流されていることを伝えると、フィリップスさんは大変驚いていた。

写真:左からフィリップスさん、薮さん、筆者

フィリップスさんの指摘で注目を惹いたことには、化学物質と電磁波の複合影響が現れてくるかもしれない点もある。排ガス濃度が高く、かつ電磁波の被曝も大きい地域で何が起きているのか、また複合作用の生物学的メカニズムは何なのか、そうしたことを探る研究が出始めているという。化学物質が”引き金”になって電磁波の影響が大きく身体に現れてくるという可能性を想定する必要があるのだ。

また、携帯電話の疫学調査の難点は、それが使用されてまだ数年しか経っていないという点を除いても、到る所にある携帯電話タワーとそれぞれの人が持つ携帯端末がすべてをあわせてどれくらいの被曝量になるのか(あるいは携帯からの被曝を特定できるか)を知ることが非常に難しいことである。フィリップスさんはこの点をかなり気にしていた。何らかの使用記録(時間と強度)のデータベースがどうしても必要になってくるだろう。

 

●リアルタイムの国際的情報交換が必要
英国では、フィリップスさんたちの運動の他に、「マスト・アクション・UK」(マストというのは携帯電話基地局タワーのこと)と「EMBA」の2つが携帯電話問題に組織的に取り組んでいる団体がある。前者は基地局建設反対のキャンペーンであり、後者はもっと広範な問題を使う主として科学者たちのグループである。こうした団体の詳しい活動は今後フィリップスさんから教えてもらうことになっている。

フィリップスが電磁波問題で非常に先進的な立場をとっていることは、彼が国立放射線防護委員会(NRPB)がこの度公表した「ドール報告」(2001年3月)に対しても「有用な情報が一部含まれている」と述べつつも非常に厳しい批判を加えていることからもわかる。これについては、『Electromagnetic Hazard & Therapy』の2001年第11号でのフィリップスさんの批判(公表済み)と、それに対する委員会側からの反論が予定されているので、機会をみて詳しくご紹介したい。

フィリップスさんとの会見をとおして痛感したのは、電磁波問題での国際的なネットワークの必要である。海外の情報を紹介するだけでなく、リアルタイムで情報を交換し、運動を共同で作っていくこと。そのための1つの手がかりをフィリップスさんは私たちに与えてくれたと言えるだろう。それに応える努力を皆で模索したいと思う。

(ガウスネット発行の『ガウス通信』第50号2001年8月6日に掲載した原稿を一部修正して載せました。)

 

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